第四回 飛べても飛べなくてもネコはネコ
やってきましたのはジャングル、熱帯の密林です。それほど暑くはないんですが凄く蒸し暑くて、足場は悪いし道も以前来た探検隊が切り開いた頼りない物しかありません。しかし私たちは異世界ネコ探検隊、落石や急流も乗り越えて進むのです。ばっさばっさとADさんが藪を切り開くその先には……おお、広場です。恐らく古代の遺跡でしょう。石畳のおかげでジャングルの浸食を免れてはいますが、相当に朽ち果ててしまっています。参道らしき道に建ち並ぶ円柱は折れたり崩れたりしていて、広場の中央にある石の祭壇も角が丸くなってしまっています。
しかしその先には、相当に土木技術が進んだ文明の痕跡を見ることが出来ます。木々の奥にそびえ立つのは、石の塔……それも少し不思議な形をしていて、二十メートルほどの円筒の頭頂部に、まるでキノコの傘のような構造が乗っています。すごい……これバランス悪そうだなぁ……地震とかあったら速攻で崩れてしまいそうですが、今のところその偉業は保たれています。どうやってあんなふうに石で組み上げられたんだろう……とにかくキノコタワーまでもう少しです。頑張って向かいましょう!
◇ ◇ ◇
はぁはぁ、ようやく土地が拓けてきました。所々で密林が切り開かれ、畑になっています。作られているのはジャガイモやトウモロコシのようなものでしょうか。灌漑技術は進んでいるようで、石組みの水路が網の目のように広がっています。
そして……いました! 現地人の方です! 今回の目的は、珍しくこの現地人さん! なんと彼らは、ネコから進化した二足歩行知的生命体なのです! ……って聞いてたんですけど……あれー……ちょっと想像と違うなぁ……
鍬を携えて歩く姿は、遠目にはほぼ人間と同じです。上半身は裸……というか短い毛で覆われていて、腰から下は彩り鮮やかなスカートのようなものを巻いています。特徴的なのは頭の左右ではなく上に付いている耳ですが、それほど大きくはなく。目も小さくて細くて鋭いし、お髭もありません。うーん、ネコというよりはメスのライオンとかヒョウが二足歩行している感じ……いや、ライオンもヒョウもネコ科ですけど……尻尾は見えないけど、スカートの中に隠してるのかなぁ……
「なんか用?」
おっと、じろじろと眺めていたら注意されてしまいました。す、すいません。私たちはこれこれこういう者でして……
「またか。ネコ目当てに来たけど、あんまりそれっぽくないって言うんだろ? 悪かったな。他に見る物なんてないし、気が済んだら帰れ帰れ」
うう、随分観光客が来つつ、みんながっかりして帰ってしまっているようです。これは相当の無礼だし異世界外交問題に発展しかねない……ここは少しポジティブに受け止めて行かないと。
いやいやネコっぽいとかぽくないとか、そんなことはどうでもいいんです! 私たちは皆さんの文化に興味があって……
「ふん。そんなこと言って、『尻尾はどこに隠してるんですか?』とか『やっぱりマタタビ好きなんですか?』とか聞くんだろ。悪かったな、尻尾はとうに退化してるし、マタタビなんて不味いもん嘗めないよ! 普通に酒飲むし!」
こ、これは相当被害妄想で卑屈になってしまっています。重傷だ。何とかして関係修復しないと。
えぇと、ほら、尻尾がなくてもちゃんと二足歩行出来るっていうのは進化の証ですし、そんなマタタビとか麻薬みたいなものを節制する知性というのは素晴らしくて……えぇと……あの……あっ! あのキノコタワーは何なんです? 凄い! あんな物を作れるなんて、皆さん凄いですよ!
「あぁ、いやぁ、まぁ、あれは凄いよな……随分昔からあって……でも本当に? 本当に凄いと思う? 言っておくけど別にネコの像とか置かれてないし、好き好んで上るような奴もいないよ?」
そ、そうなのか……実はキャットタワーが進化した凄い神殿みたいな何かで、みんなで競争して上ったりする物じゃないのか……じゃ、じゃあ、あれは何なんです? 天文台か何かですか?
「さぁ……誰も行かないし……見てみたいなら案内するけど……きっと面白くないよ? 別に野良ネコとかもいないし……」
うう、何かすいません。今更どうでも良くなったとも言えないし、ここはポジティブかつ消極的に行くしかなくなってしまいました。とりあえず農民さんに案内戴いて、そこから打開策を練るとしましょう。
◇ ◇ ◇
それにしても今まで何度か二足歩行ネコは見ましたけど、どうも不自然なんですよねぇみんな。フレイア様のところのセバスチャンさんたち(S1#10)は種族というより精霊みたいな感じだったし、山猫軒のトラさん(S2#1)は明らかに妖怪の類いだったし……何か普通にネコのまま進化したモフモフで目の大きい長い尻尾のネコ人間族とか、どっかにいないのかなぁ……それともネコはネコらしく進化出来ない何かがあるのかなぁ……うーん……
そうこうしているうちに、石組みで作られた街を通り過ぎていきます。それは機械装置類が全くない状態でこうしたものを作れるのは凄いですが、特段ネコっぽい何かがある訳でもなく……何か神話とか伝説とかで、ネコらしい逸話とかないのかなぁ。でも聞くのも何か悪い気がしてきた……これは完全に袋小路です……
どうやらキノコタワー周辺は古い市街地らしく、戦争でもあったようで焼けて崩れた家々があります。半ばジャングルに飲み込まれつつあって、住人の皆さんも全く顧みない地になっているそうです。
そして問題のキノコタワーは……うーん、やっぱり間近で見ると凄いなぁ。塔の足下は円柱に囲まれていて、以前は市場でもあったのか朽ちた木組みが数多く転がっています。南側には、ご覧のように大きな池が設えられています。石のプールですね。一体どこから引かれているのでしょう、目立った水道もないですが水は澄んでいて、小魚が泳いでいるのが見えます。見上げればやはり十階建てのビルくらいの高さがあって、傘の部分は小さな公園くらいはありそうです。塔に池……一体ここでは、何が行われていたのでしょう。どうにかして上れないかな?
「中に階段があるようだけど、いつ崩れるかわかりゃしない。やめとけやめとけ」
うう、そうなのか……せっかく来たんだし、上に行ってみたいなぁ……って。何かギーコギーコと音がしますけど。どなたか開墾でもしてるんでしょうか。
「あぁ。あれは変ネコだ。関わるだけ無駄だよ」
変ネコ! やっと何かのトリガーを見つけました。見てください、塔の側の藪を切り開いて、木組みで何かを作っている方がいます。黒ネコ種なんでしょうか。真っ黒です。せっかくなのでお話を聞いてみましょう。こんにちは!
……思いっきり無視されてしまいました。
「だから変ネコだって言ったろ? な、面白くも何ともない。悪かったな。さ、帰れ帰れ。俺も仕事に戻るし」
ありゃりゃ、ネガティブ農民さん、ついにネガティブなまま去ってしまいました。残念無念。それにしても黒ネコ……いや、黒ヒョウさんという方が近いですが……黒ヒョウさんは一体何を作ってるんでしょう。見た感じ、これは……翼ですよねこれ……飛行機でしょうか。
「おまえ、今何て言った?」
ありゃ、何か黒ヒョウさんに食いつかれました。随分渋い声ですね。えっと、これが翼で、これが胴体で……飛行機の一種かなと思ったんですが。
「飛行機……飛行機か。悪くない名前だ」
何か納得した様子で頷き、再びギーコギーコとノコギリを引きはじめました。ひょっとして彼らの文化には飛行機という名詞はなかったんでしょうか。まぁ技術水準的に、まだまだ難しそうだしなぁ飛行機は。
「そりゃあおまえらから見たら原始的なのかもしれんがな。設計図がある。その通りに作れば飛べるはずだ」
設計図? 一体どういうことなんでしょう。
◇ ◇ ◇
あまり親切そうな方には見えなかったんですが、聞くと色々と周囲を案内してくれました。私、ずっと不思議だったんです。外見があんまりネコっぽくないのは置いておいても、どうして付近にネコの像みたいなものも全然ないのかなって。偉人や神の像くらい、あってもおかしくないのに。するとどうやらそれには、理由があるっぽいんですよね。
「この街も遺跡も俺たちが作った物じゃない。居座ったんだ。何世代か前にな」
どうやら彼がこの筋にのめり込むようになったのは、土地を開墾しようとしていて埋もれた遺跡を発見してしまったのがきっかけらしいです。
殆ど崩れかけた壁には、極彩色の絵が描かれています。そのどれも登場人物はネコ人類種ではなく、六本指の光り輝くのっぺらぼうでした。彼らはジャングルを切り開き、土地を耕し、石を切り出し、それなりに進んだ文明を築いていたようです。
「こんな連中の噂は聞いたこともねぇ。だからみんな森を抜けて遠くに行っちまったんだろう。こいつでな」
それは巨大な飛行機のような物でした。鯨のようなデザインで、続々とのっぺらぼうが乗り込んでいる様子が描かれています。ややパースが狂ってはいますが、そのまま信じるなら千人くらいは乗れてしまいそうです。しかしこれ、とても飛べるような代物には見えませんが……
「見てみな。殆どの『飛行機』には、ここに黒い宝石が描かれている。きっとこれが鍵さ」
ふむ、天然の反重力物質なのでしょうか。いまだにどの異世界でも発見されていませんが、その存在は学者さんたちが予想しています。じゃあそれを使って、黒ヒョウさんも飛ぼうというのですか?
「いや、探してはいるが、俺もこんな物は見たことねぇ。しかしこっちには、石がなくても飛べる小さな『飛行機』が描かれてる。これが設計図さ」
なるほど、これなら普通に飛べそうです。そして図面の隣には、小さなグライダーらしき物が塔の頂上から滑空している様子が描かれています。あれ、この塔は……
「あぁ。おまえらがキノコタワーと呼んでる塔さ。あれはきっと、空を飛ぶ訓練のための施設だったんだろう」
なるほどなるほど! 色々と謎が解けてきました。塔の南側の大きな池は落ちちゃった時用で、それで黒ヒョウさんもグライダーを作り、あの塔から飛んでみようというのですね。しかし一つだけわからないんですが、黒ヒョウさんはどうして飛びたいのですか? 街の人から変人扱いまでされて……
「昔の連中にやれたことが、俺たちにやれないはずがないだろう? それに森の先に何があるのかも見てみたい。来てみな?」
黒ヒョウさんに連れられ、キノコタワーに戻ってきました。確かに内部は半空洞になっていて、段階的に重い荷物を持ち上げる滑車が設えられ、脇には細い階段があります。黒ヒョウさんはそれを地道に修復していたのでしょう、崩れて危なそうなところは補修されていて、なんとか私たちも無事に頂上にたどり着けました。
塔の頂上は広場になっていて、まさに絶景! ですね。見渡す限りジャングルが広がっていて、遠くは霞んでしまっています。いや、ほんとにジャングル……丘くらいあっても良さそうなのに、本当に地平線までずっと緑が広がっています。一体これは何処まで続いているんでしょう……
「森の端は断崖になっているとか、炎の壁に遮られるとか色々言われているがな。じゃああののっぺらぼうたちは何処に行ったんだ? って話だ。それを確かめに行きてぇが、とても歩いてじゃ無理だ。飛べなければ『外』の事はわからない」
ふむ。黒ヒョウさんには段々親近感が沸いてきました。彼もまた私たちと同じく、探検家の魂を持っているようです。うーん、応援してあげたいのはやまやまですが……
「わかってる。異世界人はみんなそうだ。進んだ技術は提供できないんだろ? それに森の外には草地か海があるだけだなんて抜かしやがる。そんなのを調べるのに時間も金もかけてられねぇとな。あぁ、そうかもしれねぇ。だが、それならどうして、のっぺらぼうたちは何処かに行ったんだ? 何処に行っても同じなら、何処かに行く必要なんてないだろう? だからこの森の先には、何かがあるのさ。俺はそう信じてる」
確かに、この森の先には何かがあるのかも知れません。
◇ ◇ ◇
進んだ技術は提供できませんが、進んだ資材なら提供できます。実は百円ショップで売っている物って、凄いんですよ? ビニール紐なんて凄い強度ですから、木組みのグライダーを補強するのに随分役立ちます。それに金具くらいならいいですよね? あとは目張りのテープやら、合板を作る接着剤。
そしてようやく、黒ヒョウさんのグライダーは完成しました。部品ごとに塔の頂上へ持ち上げ、最終組立を行います。出来上がったそれは、残念ながら鳥人間コンテストのレベルにも達していません。あれはあれで、カーボンファイバーやらを使って結構お金も時間もかけていますからね……こちらは殆どが木製で、大きな羽は革張りです。しかし千匹のネコも一匹から、ネコも一日にしてならずです。黒ヒョウさん、がんばって!
「よし、じゃあみんなで押してくれ!」
行きますよ? 3、2、1、ゴー!
どりゃー行けー! と、塔からグライダーを押し出すと……おぉ、浮いた! 大きな革張りの翼は空気にふわりと乗り、そのまますぅっと彼方へ……あ、折れた。
うわー! 翼の梁が折れて黒ヒョウさんは真っ逆さまです! 大丈夫ですか黒ヒョウさん! 今すぐ行きま……あぁ、良かった。無事に池から顔を出しています。でもネコ類って基本、泳げませんよね……? あぁ、あれは完全に溺れてます! 急いで助けに行かないと!
◇ ◇ ◇
さすが黒ヒョウさん、一回の失敗くらいではめげません。早速壊れたグライダーを池から引き上げて、壊れた部分の分析を始めました。
「まぁ原因は明らかに梁の強度不足だな。もっと強い木を探すか、金属で作るのも考えてみるさ。あとは黒い宝石も探さないとな。何処かに一つくらい、転がってるだろう」
そうですか。大変だと思いますが、私たちもまたお手伝いに来ます。がんばってください!
「いや、色々手伝ってもらって悪かったな。何のお返しも出来ねえが……」
あ、実は一つ、〆に黒ヒョウさんに言ってもらいたい台詞があったんです! これ、お願いします!
「……『飛べないネコは、ただのネコだ』……? 一体どういう意味だ? 飛べても飛べなくてもネコはネコだろう?」
何でもありません!
ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩きシーズン2! 第四回は「飛べても飛べなくてもネコはネコ」をお送りしました。黒ヒョウさんがいつか空を自在に飛べる日を願って、また様子を見に来ることにしましょう!