第三回 占いネコのオブシディアン
みなさん、占いとか信じます? 私はあまり信じてないというか、苦手なんです。朝のニュースとかで星座占いが出るじゃないですか。あれって良い運勢でも別に良いことなんてないし、逆に最悪だったりすると凄い気になるし憂鬱になっちゃって……後ろ向き? いやね、そうは言いますけど、何の根拠もなく「おまえ、今日は最悪だぞ」って言われるなんておかしいと思いません? 占いハラスメントですよ占ハラ!
……という考えだった私なんですけど、今回は何故かその片棒を担ぐ羽目になってしまい……今日はそんなお話です。
◇ ◇ ◇
さぁ、今回やってきたのは結構な大都市です。なんでも人口は一千万くらいいるんじゃないかとか……ご覧の通り発展具合はまだまだ、電気もない古典期レベルです。家々は粘土やレンガ造りで、高くても三階建てくらい。人々の装いは中東風で、ターバンやスカーフで頭を覆い、イェレクやドルマンのような服を着て、足にはサンダルです。結構私たちの世界と位相が近い異世界なんじゃないかと言われています。
どうしてこんな世界にやってきたかというと、実は! ただ普通にネコがいる異世界というだけで、特に何もないんです。でもいいじゃないですかたまには。こういう普通っぽい世界で普通に暮らすネコを追ってみるというのも……えっ、ネタ切れ!? 予算がない!? 違います! ネタは沢山あるし予算も大丈夫です! さぁ、あんまり世知辛いことは考えず、その辺をお散歩しに行きましょう!
◇ ◇ ◇
いやぁ、いいですねぇ。賑やかな街で、普通に生きているネコの姿を眺めるというのは……ほら、あちらの市場では灰色のネコさんが店番をしていますね。大きな沢山の籠に豆っぽいのが山ほど入っています。野菜や果物などもゴロゴロと積まれていて豪快ですね。やはりこれだけ人が沢山いるだけあって、結構裕福な世界のようです。おお! 私、こういう家々の狭間にある細い階段って大好きなんです! 何処に続いているのかわかりませんが、テクテクと行く白ネコさんについて上っていくことにしましょう。
……あら、なんか普通の集合住宅の中庭みたいな所にたどり着いてしまいました。すいませんこんにちは、お邪魔します。ちょっと通りますね。さて更に階段を上っていくと……あら、何か丘の上の広場につきました。コリント式風な円柱が沢山立っていて、そこかしこに丸い神殿らしき建物が並んでいます。神殿の中には大きな動物の像があって、祭壇らしき物がありますね。きっとここは神域なのでしょう。巡礼者らしき人々が祭壇に供物を供えたり、天を仰いで祈りを捧げています。この世界は十二支的な動物多神教なのかな……もしそうなのであればネコ神殿を探さねばなりません。どれどれ? あれはライオン、あれはクマですね。他にはタカ、サメ、ヘビ、ヤギ……うーん、ネコはないなぁ。その辺に結構ネコがゴロゴロしているのにどうしてだろう。神殿の間には占い師のテントらしい物が一杯あるので、その人たちに聞けば何かわかるかなぁ……
おや、あれは何でしょう。アラビアンナイトのような衣装を着たかわいらしい女の子が、目の前の黒ネコさんをじっと見つめています。これは絵になりますねぇ。カメラさん、もう嘗めるように撮っておいてください!
「お姉さん、ネコ好きなの?」
え。うん! ネコは大好き。お嬢さん何してるの?
……何か悩みがあるようです。ちょこんと座っている黒ネコさんの頭をグニグニと撫でながら、大きくため息を吐きます。
「こら、またネコなんかと遊んで! 仕事なさい!」おっと、彼女の四倍くらいありそうな女性が現れて、女の子の背中をぽんと叩きます。「すいませんねぇ、この子、腕は一番なんですけど。まだ子供なもので。どうします?」
えっと、何をでしょう?
「神託を得に来たんじゃないの?」
おや、この子も占い師さんでしたか。
「そうだよ! この年で神託を許された天才なんだから。で、どうする?」
うーん、占いとかあまり好きじゃないんですが、せっかくだしやっていきますか。何か女の子の様子も気になりますし。
テントの中に通されましたが、女の子は相変わらず暗い表情です。それでも抱えた黒ネコを机の上に置くと、目の前の水晶玉に集中し始めます。おお、雰囲気ありますね。本場の占い師っぽいです! でもまぁ、私も占いのことなら多少知ってます。なんか曖昧な事を言って、相手にそれが当たってると思いこませるコールドリーディングというテクニックが……
「うーん、あなたのお名前はイワノヴァさんね。異世界人でロシア共和国のウラジオストック出身、お父様のお仕事の都合で日本にやってきて、そのまま定住。色々あってネコ番組のリポーターをすることに……」
ええっ! いやいやなんでそんな具体的に凄い透視なんです!?
「それで今年のお姉さんは、結構お金に苦労することになりそうだね。幾つかどうにかなる道もあるけれど、その場合は好きな物を諦めなきゃならなくて……」
ちょ、ちょっと待って! どういうことです? 一体何をどうやって……
「どうって、普通の神託だけど……」
こ、これは何かのトリックに違いありません。私のスマホ、ハッキングされた? この水晶玉は何か凄いパソコンのディスプレイとか!?
「へぇ、お姉さんの世界の占いってインチキなのね。変なの。当たらないならどうして占いなんてするの?」
ど、どうして? 一体これは、どういうことでしょう。
◇ ◇ ◇
「私はモナ。この子はオブシディアン」
色々と事情を伺いましたが、どうにも半信半疑です。どうやらこの世界の占いって、本当に当たるらしくて……とはいえ未来は不確定だから可能性しか見れないとか、何か現実の多元宇宙論を踏まえたような事も理解しているようです。ということはつまり、彼らにはこの多元宇宙を見通す力があるということでしょうか。色々危なそうな力ですが……
「そうでもないよ。だって起こりえる可能性なんて、本人でも気づいてる事ばかりだから。それを私たちは改めて言ってあげるというだけ」
む、むぅ、確かに心当たりがあるお話でしたが……
「それに不意な事故なんて起きる確率が低いから良く見えない事が多いし、別に面白くもなんともないし、誰も救われない」
ふ、ふむ……そういうものでしょうか……
どうやらこのモナちゃん、若くしてこの力に目覚めた天才さんらしいです。修行も訓練もなしで、ここまではっきり未来を見通す力を持っているのは希だとか。おかげで占い師組合の稼ぎ頭になっているようですが、どうもご本人は気の乗らない様子……それは切羽詰まった人ばかりが来て悩みを聞かされるんですもん、憂鬱にもなりますよねぇ……うーん、お姉さんが何か力になれたらいいんですが……
「それならお姉さん、ネコに詳しいんでしょう? 何かネコを使った占いって知らない?」
「またこの子はそんなことを」
おや、元締めのおば……お姉さん、聞いていたのですか。
「あのね、スクライング(幻視を得る占い)で見られる物っていうのは、使う道具でだいたい決まるんだよ。そして鉱物は長い時間を通して存在するものだから、ヒトや世の中の動きを知るのに一番なんだ。そりゃ動物だって、ライオンの牙なら狩りの獲物を探すのに使えるし、ウシの角は家畜の状態がわかるけど、ネコだなんて……」
へぇ、そういう仕組みなのですか。でも私たちの世界じゃ、ネコは黒魔術とセットみたいなもんですよ。特に黒ネコについては色々と面白い逸話が……
「えっ! そうなの? 聞かせて聞かせて!」
うっ、モナちゃんに凄い勢いで食いつかれてしまいました。でも私も結構うろ覚えなんだよなぁ。ちょっと資料を集めるから、少し待ってね?
◇ ◇ ◇
~ネコと黒魔術~
害獣を駆除することから古代エジプトにおいて神獣として手厚くもてなされたネコたちの糞や毛は、しばしば医療に用いられた。フェニキア人商人やローマ人の手によって世界各地に拡散していったネコたちの子孫も、その記憶が失われた後ですら身体に魔力を宿していると信じられていた。主人に服従しない態度や夜中に活動する生活習慣などから魔女と深く結びつけられ、目の見えないネコを焼いた灰を人に投げつければ盲目にさせられる、黒い雄ネコの脂肪で作った蝋燭には人を麻痺させる力があるなどの魔術が伝わる。
(新紀元社「猫の神話」より)
◇ ◇ ◇
「へぇ、糞に毛……黒ネコの数字……なるほど、世界のアカシック・レコードとして数字を用いるのね。でもこれはよくある勘違い。本当に必要な数字は17と42、そして紫陽花、かぶと虫、特異点、それに黒ネコ……お姉さん、この占星術ってものに関する資料はもっとない?」
うっ、天才少女というのは本当だったようです。言われるがままに持ち込んだ本が山のようになってしまいました。モナちゃんは数日で私たちの世界の占いや魔術に納得がいった様子で、今度は紙を取り出して何やらバリバリと書き始めます。怪しげな図に、数字に、文字。
「よし、わかった! 必要なのは黒ネコの毛、イモリの心臓、ベラドンナ、あとは……」
なんだか占いというより魔術っぽくなってきました。次々と怪しげな代物が集められ、モナちゃんはゴリゴリと乳鉢ですり潰したり、釜で茹でたり混ぜ合わせたりし始めます。最後に出来上がったのが、何か灰色のドロッとした代物。果たしてこれで何をするのでしょう。
「じゃあ、やってみます! 私たちの世界で初の、黒ネコ占い!!」
どきどき。一体どんな占いなのかな。元締めのおば……お姉さんも、興味津々な様子で眺めています。お姉さん、大丈夫でしょうかこれ。
「まぁ所詮ネコだし、たいした反作用はないから大丈夫だと思うよ。しかし一体、何について見えるようになるのやら」
「何だろうね。ネコの原質的に見える何かだと思うけど。まぁいいや。せっかく手伝ってくれたので、とりあえずお姉さんについて占うね」
は、はい。とりあえず死ななければオーケーです。
「じゃあこの泥を指にとって、オブシディアンの背中に『42』って書きます」
はい。大人しいネコちゃんですね。書きました。
「そしてオブシディアンの目を覗き込みます」
はい。黄色くて綺麗な目ですね……って、クシャミされた。唾がべっちゃり……
「はいそこ! 動かない!」
えっ、えぇっ!?
モナちゃん、私の顔に付いた唾の位置を眺めつつ、何やら方眼紙にチェックを入れ始めました。そしてその位置関係を数字に置き換えると、最後に文字へと変換していくようです。むむっ、この言葉は一体何を指し示しているのでしょう……
「えっとね。こう出たよ。『イワノヴァは……』」
イ、イワノヴァは……!?
「『コインを拾う』だって。あれ? コインを拾う?」
ん? コイン? なんでしょうそれ。何かの暗示? それとも本当に何かのコインが……あら、落ちてる。
「拾った……コインを拾った!」
え? あぁ、言われてみれば当たりましたけど……モナちゃんには言えませんが、ちょっとしょっぱい占いだなぁ……ん? どうしたんですかお二人とも血相を変えて。
「お姉さん、もう一回! もう一回やるよ!」
は。はぁ。じゃあ42と書いて、目を覗き込んで……今度は大あくびですね。クシャミを待った方がいいのかな?
「大丈夫! あくびの場合は、大きさとか角度とか向きで判定するよ! それでこれがこうなってこうすると……『イワノヴァの頭にタライが落ちてきます』だって」
タ、タライ!? 一体何処にタライなんて物が……ぎゃあ! 痛い!! 慌ててテントから外に飛び出した途端、頭にタライが……!
「おお、悪い悪い、手が滑って落っことしちまった」
ちょ、ちょっと気をつけてくださいよ二階の住人さん! 当たり所が悪かったら死んでましたよ!!
まったく、何なんでしょうこれ。当たってるようですけど、そもそも占いを聞かなきゃ当たらなかったような感じの占いでもあるし……
「あはは! おもしろーい! オブシディアンの占いすごいよー!」
ははは、まぁ何か面白いのは確かですが……まぁモナちゃんも喜んでるし、これはこれでいいのかな……ってお姉さん、何を震えてるんですか?
「か、革命だ……これは神託の革命だよ……!」
……えー。一体これの何がどうしてそういうお話に……
「言っただろう! 未来は不確定なんだ。私たちは自然を通してその可能性を知ることは出来ても、確定的なことは一切わからなかった……それがこのネコ占いは、『占いを聞かせることで未来を確定的に出来る』んだよ……ほんの数秒先の事でもね……なんてこと! 大至急巫女様やら組合やら招集しないと!!」
……へぇ……よくわかりませんが、何か凄いことなんですね……でもこの様子だと、モナちゃんはオブシディアンと楽しく占い仕事を出来るようになりそうですね。
◇ ◇ ◇
ということであの世界の占いは何かありそうなので一応ターミナス公団に報告しておいたんですけど、みんな全然信じてくれないんです。まぁ私自身もよく分からなかったので、上手く説明できなかったんですけど……そもそも占いが当たると言われてもですよね……
それにしても彼らは自然を通じて未来の可能性を知ることが出来るそうですが、どうしてネコだけ普通と違う見え方がしたんでしょうね。それは地球でもネコは不思議な力を持つとされていますが、それってもしかして、本当の事なんでしょうか……
「よくわかんない。でもネコかわいいよね?」
はい。モナちゃんの言葉が全てのような気がします。
ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩きシーズン2! 第三回は「占いネコのオブシディアン」をお送りしました。明日はいいことあるかな?