第一回 注文の多い料理店?
あの伝説の番組が、遂に蘇る……『ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き』シーズン2、開幕!
※更新はとてもとても不定期です。
うう、せっかくシーズン2の企画が通ってロケに来たっていうのに、ネコなんて全然いないじゃないですか……ディレクターさん、ほんとにこんな山奥にいるんですか……もうかれこれ四時間も歩いてますけど……
「大丈夫! ネコいるもん! なんか青い目の巨大山猫を見たってお爺さんに聞いたって猟師の話を親戚が聞いたって酒場の店主が言ってたって探検隊の人が言ってたもん!」
なんて又聞きの又聞き……もう諦めましょうよ。日もすっかり落ちちゃったし、これじゃあ迷いかねませんって。
「大丈夫いるって! もう少し奥だってきっと!」
そんなこと言って自信満々に山道から逸れて奥に来ちゃいましたけど、ちゃんと来た道覚えてます? なんかさっきから同じ所をぐるぐる回ってる気がするんですけど。ってあれ? 何冷や汗かいてるんですか。ちょっと! まさか本気で迷ってるんじゃあ……
「ほ、本気じゃないもん! まだまだ序の口だもん!」
何わけのわかんないこと言ってるんですか! わかった! もう帰る! さっさとナビゲーター出してください! それでターミナスの座標がわかるでしょ?
「え、えっと、それが……ロケ久々だから忘れてきちゃって……」
えーっ! それ序の口じゃないでしょ! もう三役来てますって遭難ですって!
「いやいや、まだ幕内くらいだと思うよ?」
そこ反抗してどうするんですか! もー、遭難した時の鉄則は無闇矢鱈に動かない事でしょ。それをこんな闇雲に歩き回って。やめやめ、怪我しないうちに諦めてキャンプしましょう。それで日が昇ってからドローンを飛ばして帰り道を探す。いいですね?
「そ、それが、キャンプ装備も忘れてきちゃって……」
はぁーっ? 何ですかそれ!
「いやぁ、あまりにも久々だったから、つい……」
つい、じゃないでしょ! ヤバい、それ本気でヤバい。なんか凄い寒くなってきたし、オオカミの遠吠えみたいなのも聞こえるし、真面目に何か手を考えないと。とりあえず洞窟か何かを探すとか、火を焚くとか……おや? 何か光が見えますね。何ですあれ。
「よくわかんないけど、とりあえず行ってみよう!」
ちょ、ディレクターさん! おい聞け眼鏡! 勝手に動くな!
……駄目だ、ずんずん明かりの方に行ってしまった。せっかく決まりかけてたターミナス財団の広報の仕事を蹴ってまで来たっていうのに、これじゃあ先が思いやられるなぁ……仕方ない、行きましょうカメラさんADさん。
◇ ◇ ◇
あれぇ、ディレクターさんどこ行っちゃったのかなぁ。もう中に入っちゃったのかな? しかしこの建物は一体……むっ、あ、あの看板は……!
RESTAURANT
西洋料理店
WILDCAT HOUSE
山猫軒
「助かった、こんなとこに洋食屋さんがあるなんてラッキーだね! お腹空いたし何か食べてこうよ!」
い、いやいやADさん、どう考えてもおかしいでしょこれ! こんな山の中に立派な洋館があって、誰も来るはずないのに洋食屋さんとか書いてあって、しかも『山猫軒』だなんて! ……え? 知らない? 山猫軒知らない? あぁ、ADさん、異世界人だし知らなくて当然か。あのね、私たちの世界には宮沢賢治っていう偉大な作家さんがいて……
「え? あぁ! ひょっとして、これはまさか……」
ね、カメラさん知ってるでしょ? そう! それ! これはあの『注文の多い料理店』ですよ!
◇ ◇ ◇
~注文の多い料理店~
二人の猟師が山奥で彷徨っていると、目の前に料理店『山猫軒』が現れました。とてもお腹の空いていた二人は、いぶかりながらも中に入ります。すると次々と不思議な注文が現れます。最初は『埃を落としてください』とか『銃は持ち込まないでください』なんていう物でしたが、次第に『油を身体に塗ってください』、『身体に塩をまぶしてください』なんて奇妙な物に。そして最後に二人は気づいたのです。ここは料理を出してくれる店ではなく、自分たちが料理される店だったと……
◇ ◇ ◇
こ、これはあの、伝説の山猫軒……まさか実在していたとは!
なんとシーズン2開幕と同時に、私たちはもの凄い発見をしてしまいました。みなさん、この番組を見ているくらいだから知っているでしょう、ネコ好きにとっての聖人の一人、宮沢賢治の童話「注文の多い料理店」。それに出てくる山猫軒が、まさに今、私たちの目の前にあるのです! すごい! びっくり! これは大変だ!!
……すいません、世紀の発見に動転してしまいました。駄目駄目、深呼吸してちゃんとリポートします。ご覧のように建物は、童話に出てくるように西洋作りですね。金属で出来た看板が軒からぶらさがっています。脇にはガス灯が灯っていますが、しかし周囲は山に囲まれていて、ここにたどり着くまで四時間ほど歩きました。お話通り、とても尋常な場所とは思えません。しかも既に暴走した眼鏡のディレクターさんが行方不明になってしまっています。ひょっとしてもう、化け猫に食われてしまったんでしょうか……
ちょ、ちょっとこれ、突入するには武器とか何かあったほうがいいですよね。え? なんもない? じゃああるのはパーソナル・パワーフィールドだけ? うーん、化け猫にパワーフィールドって効果あるのかなぁ……しかしここで引いては『異世界ネコ歩き』の名がすたります。さぁ、ADさん、行ってください!
「え? 僕が行くの!?」
当然です! 視聴者の皆さんに勇姿を見せるチャンスじゃないですか!
「い、いやいや、僕、寄生獣っぽい外見だし。無理無理」
そんなことないと思うけどなぁ。しょうがない、恐る恐る玄関に近づいていくと……
『どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はいらないニャン❤』
おお、凄い、お話の通り、ガラス戸に金文字が……あれ? 文章ってこんなんでしたっけ? 私も随分昔に読んだきりなので、あんまり正確には覚えてないんですが……でもさすがに『ニャン❤』はない気が……
「いや、これはこれでありじゃない?」
いやいやADさん、そういうありなしじゃなく。まぁいいや。とりあえず慎重に扉を開けてみましょう。お話通りであれば、裏側にも文章が……あった。
『ことに肥ったカメラマンの人類や若いタクラミラン人の方は、大歓迎ニャン❤』
タクラミラン人! ADさん、タクラミラン人ですよね? 歓迎されてます! どうぞお先に!
「#%$*&@!」
そんな自動翻訳装置が機能しないほど動揺しなくても……じゃあカメラマンの人類の方に……
「カメラマンだけど肥ってないし!」
いやいや、前より肥りましたって! 仕事がないからって食っちゃ寝してたんでしょ!
まったく、誰も彼も花のリポーターに最前線を行かせようとするとは……仕方がない。まっすぐに続いている板張りの廊下を進んでいきましょう。確かこの先には『注文の多い料理店です』って注意書きがあった気が……あれ。この扉には何も書いてないですね。代わりに奥からは、何か調子のいい音楽が聞こえてきます。カラオケ? しかもこの歌声は……
「お帰りなさいませご主人様ー!」
ぎゃー! 扉を開けた途端に化け猫が! 二足歩行で牙の鋭い青い目の巨猫化け猫がー!! く、食われる……って、今なんて言いました?
「山猫軒にようこそニャン❤ とりあえずお掛けになるニャン❤」
……化け猫さん、てくてくと歩いて奥に行ってしまいました。何か違う……何でしょうここは。
◇ ◇ ◇
むぅ、お店の中は、何か安っぽい……まるで学園祭の模擬店のようです……安っぽいテーブルに安っぽい椅子がついていて、安っぽいテーブルクロスが……っておい、そこの眼鏡! 何ノリノリで舞台に上がってアニソン歌ってるんですか!!
「あー、イワノヴァちゃん! それにみんな! やっと来たのか。遅い遅い!」
遅いじゃないでしょ! 何なんですかここ!
「え? 何かメイド喫茶みたいよ?」
いや違うでしょ……ほら、何かメイドっぽい衣装は着てますけど、明らかに巨猫化け猫だし……
「化け猫ってことないでしょ! こんな可愛いのに! ねぇトラちゃん❤」
「やだーご主人様ったら❤」
……なんか凄いイライラしてきた。えっと、トラさん? ここって一体……
「あ、システムの説明がまだだったニャン。ネコ喫茶『山猫軒』にようこそニャン❤ 入場料でドリンク一杯無料、飲み放題はラチナムの板五枚、メニューはこちらになってるニャン。ご指名のネコちゃんとの記念撮影はラチナムの板一枚で、十回ごとに特別な衣装で一緒にお散歩出来る権利が……」
うっ、遮る間もなくシステムの説明が続いていきます。全異世界共通通貨のラチナムが使えるって事は、ほんとこれ、メイド喫茶とネコ喫茶とキャバクラを足して三で割ったような何かのお店っぽいですが……
「ADちゃんはビール? イワノヴァちゃんは何にする?」
何か妙にディレクターさん慣れてるし……まぁいいや。えっと、じゃあ私はビールとカツサンドを。とりあえず歩き疲れたしお腹も空いたし、少し休んでから考えるとしましょう。
◇ ◇ ◇
「え? あと十ポイントで撫でていいの? よっしゃー! ドンペリ入れるぞドンペリ! トラちゃんドンペリあるよね? 持ってこーい!!」
「さ、さすがご主人様だニャン❤ ちなみにあと五ポイントで抜けたお髭がプレゼント出来るニャン❤」
「わかった! じゃあドンペリ二本! 二本だー!」
「キャー❤ ご主人様素敵ニャン❤」
……駄目だすごい目が回る。ちょっと飲み過ぎてしまったようです。しかしこうして見ると、大きなネコさんたちも可愛いですね。山猫だけあって、イエネコにはない精悍さがあって……スレンダーでワイルドな感じが何とも……
「あれ、お嬢様はもう飲まなくていいニャン? 何かいらないかニャン?」
うっ、じゃ、じゃあお水を……
「お水ぅー? そんなんじゃなく、もっとお酒飲むニャン! お嬢様ノリが悪いニャン!」
「そうだぞイワノヴァぁ! 飲め飲め! シーズン2の番組予算がまだ一杯あるんだ! ガンガン飲め!」
そりゃ初回だから一杯あるでしょうけど、ちゃんと計画立てて使わないと駄目でしょ!
「番組? みんなメディアの人ニャン? 凄いニャン!」
いやいや、そんなことは。実はこれこれこういう番組で。最初は『山猫軒』って、取って食われるんじゃないかと思ってたんですよ。
「あぁ、あれは危ないからもう止めたニャン」
えっ! じゃああのお話は、やっぱり実話だったんですか!
「百年近く前のお話ニャね。警察さんに怒られたから別の仕事を探して街に出たりもしたニャけど、山猫はあんまり人気ニャいし、景気も悪いし不器用ニャし、クビになって戻ってくるしかなかったニャ……でもこんな山奥じゃあんまりお客さんも来ないし、経営も大変ニャ……このままじゃあ来月のお給料、みんなに払えないかもニャ……」
な、何て可哀想……大変だったんですね……わかった! 困ってるネコを助けるのも、私たちの使命! 普段ネコのお世話になって仕事を得てるんです! こんな時こそ恩返しをしないと!
「良く言ったイワノヴァ! おまえこそネコリポーターの鏡だ!」
でしょうディレクター! よし、何でもいいから上から順に高いの持ってきて頂戴! 実は私も番組が終わってから、お金がなくてろくな物を食べてなかったんです! ついでだ美味しい物をガンガン食べてやる!
「キャー! お嬢様最高ニャー❤」
◇ ◇ ◇
……はっ! い、一体何が……うわっ! 何だこれ! なんで私、枯れ葉の山なんかに埋まってるんだ!? あっ、ディレクターさん、カメラさん、ADさん! みんな無事ですか!?
「と、トラちゃんのお髭、すごい素敵にゃね……」
こら眼鏡! しゃんとしろ!
「うっ! ここは一体……確か僕ら、山猫軒で暴飲暴食して……」
ま、まさかこれは……ディレクターさん、予算! 番組予算のラチナムは?
「……あぁっ! ない! 全部! 全部なくなってる!!」
な、何だってー!
◇ ◇ ◇
「またですか。最近多いんですよねぇ、そういう被害が。まぁ異世界トラブル保険に入ってるでしょ? 今回は勉強代だと思って諦めるんですな」
この世界の警察さんに行ったんですが、答えは想像通り。やられました。すっかりやられてしまいました。詳しく聞いてみるとあの化け猫さんたち、確かに昔は人を化かして襲うような事をしていたようですが、今ではぼったくりバーやニャンニャン詐欺など常に時代の最先端を行く化かしっぷりらしいです。それは妖怪の筋の人たちも、新しい事をやらないと淘汰されちゃいますからねぇ……って感心している場合じゃない。ディレクターさんは保険屋さんに申請をしていますが、果たして私たちの番組予算はどれくらい戻ってくるのでしょう。あれがなければ、シーズン2は身近なネコを追うしかなくなってしまいます……ってまぁ、それはそれでいいですけど。どんな時、どんな所にいてもネコは可愛いんです! と、私も自分に言い聞かせて諦めることにしましょう。
ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩きシーズン2! 第一回は「注文の多い料理店?」をお送りしました。あ、確かにいっぱい、注文しちゃいましたね。