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異世界ネコ歩き  作者: 吉田エン
シーズン1
1/24

第一回 階段世界のニャン

 私たちの世界とターミナスで繋がる様々な異世界。各国の探検隊が持ち帰る探検報告は驚くべきものばかりですが、異世界にあるのは不思議な現象や変わった風習を持つ知的生命体ばかりではありません。実は、まるで私たちの世界と変わらないような風景や動物たちの営みが、沢山あるんです。


 たとえば、ネコ。


 他の地球上の動物たちと同じように、ネコも異世界で沢山見られます。ネコたちはやっぱり、ある世界では逞しく、ある世界ではノンビリと生きています。この番組では、そんなネコたちの姿を、この異世界ネコレポーター、ミニッツテイル・イワノヴァがお届けします。


 ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。第一回は〈階段世界のニャン〉です!


◇ ◇ ◇


 ターミナスでたどり着いたこの世界〈94F2AC009F〉。探検隊では通称〈階段世界〉と呼ばれています。一体どうして階段世界なのかというと……どうです、ご覧のように、一面階段だらけなんです!


 うわー、すごいですねー。ターミナスの出口は少し広い空中の踊り場のような所にあるんですが、そこから上にも、下にも、奥にも、背中方向にも、数え切れないほどの階段が伸びています。なんとなく全体が薄暗いんですが、それもそのはず、真上にもすごい数の階段が網の目のように行き来していて、日の光があんまり届かないんです。そして下の方を見てみると……あぁ、目眩がしますこれ。日の光が届かない奥底まで、真っ直ぐに伸びてるの、ぐるぐる回っているの、踊り場から変な方向に折れ曲がっているの、とにかく色々な階段が続いています。


 しかしこの階段、何で出来てるんでしょうね? 蹴ってみると何か砂岩っぽい感じがします。おかげで空気は埃っぽくて、遠くの階段は霞んで見えちゃいますね。


 そんなわけで、この世界には階段しかないです。壁もないし、床もないし、天井も装飾も何にもないです。あるのはただ、砂っぽい岩で出来た階段だけ。ここを訪れたベラルーシの探検隊によると、結構な数のネコがいたとの事なんですが、果たしてこんな所でどうやってネコが……あ、いました! ネコです!


 茶虎ちゃんですねぇ。保護色になっていて近づくまで気づきませんでした。はてさて一体、こんな所で何をしているんでしょう?


 ……じーっと眺めている間に、ノコノコと目の前を通り過ぎてしまいましたね。まるで私たち撮影隊の事なんで見向きもしません。人慣れしているんでしょうか? 見ての通り、階段世界のネコちゃんたちは私たちの世界のイエネコとすっかり同じです。五、六十センチくらいで、ご飯はちゃんと食べてるみたいです。でも、こんな世界で一体何を?


 疑問は尽きません。とにかく少し、追いかけてみましょう! って何処行った! 保護色で見えなくなっちゃいました! あ、いた! あっちの階段です!


◇ ◇ ◇


 しかしこの階段、人が上り下りしても大丈夫なんでしょうか? 幅は一メートルくらいだし、下が何かに支えられてるわけでもないし、だいたい手すりもなくて凄い怖いんですけど。とりあえずポータブル反重力装置を装備しているので奈落の奥底、じゃない、階段の奥底に真っ逆さま、ということはないですが、わかってても怖いです。


 そんな感じでジリジリと上っていく私たちに比べて、茶虎ちゃんはテクテクと無心に上っていきます……可愛い長い尻尾ですね……傷も全然ないし、あんまり喧嘩とかしないんでしょうか……相変わらず無心に上っていきます……というか他のネコもいるんでしょうか? 見渡してもそれらしい影はないですねぇ……うーん……階段ばっかだなぁ……これ頂上とかあるのかなぁ……うーん……うぅ、茶虎ちゃん元気だなぁ……私はいいけど、カメラさんが死にそうになってます……うーん……いかん、私も疲れてきた……脹ら脛が……まだ階段が続く……てかこの階段、一体何処まで続いてるんでしょう……この階段の先には一体何が……茶虎ちゃんは何を求めて階段を上っているんでしょう……そもそも私たちはどうして階段を上っているんでしょう……何のために……果たして生きるとは……人生とは……


 ……いかんいかん、駄目です、ここは思わずそんなことを考えてしまいたくなる世界です。だって階段しかないんです。それは上るしかないでしょう?


 え? 下りたらどうかって?


 それは考えてもみませんでした。だって普通、高いところには上るものでしょう? ネコだってそうです。キャットタワーはあるけど、キャット奈落なんてないじゃないですか。高いところがある、だから上るんです。低いところを探して下る、というのはネコの思想では……あああ! 大変です! 茶虎ちゃんが足を滑らせて落ちてしまいました! どうしよう! 私もダイブして捉まえて反重力装置をオンにすれば……!


 ……って、そう慌てることはなかったですね。茶虎ちゃんは華麗にクルクルと回って、ちょうど真下にあった階段に着地しました。そして……あぁ、すこし歩き疲れたのか、丸くなって寝てしまいましたねぇ。


 困った、どうしましょう。あの階段、この階段と何処かで繋がってるのかな? もう少し上に広い踊り場があって五、六本の階段に分かれてるんですが、なんかもうあちこち入り組んでて全然わかんないです。ほら、アレです。エッシャーのだまし絵で、無限階段のがあるじゃないですか。こう階段ばかりだと、あんな感じで遠近感が掴めなくなってきます。うーん、とりあえずあの踊り場まで上がってみますか。


◇ ◇ ◇


 はてさて、これからどうするか。そう思いながらたどり着いた踊り場ですが、なんとここはネコの集会場になっていました! ちょうど日当たりがいいからでしょうか、茶虎白ちゃん、錆茶ちゃん、縞三毛ちゃんと、茶色っぽいネコちゃんが六匹ほど寛いでいます。確かにここは風の具合かここは埃っぽくないし、暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい感じです。私たちもここで少し休むことにしましょう。


 しかしこの階段世界、一体何なんでしょうね? ご承知のようにターミナスで繋がる異世界はそれこそ無限大にあって、更にその世界には宇宙があって、当然大型反重力装置を持ち込めばターミナスのない別の惑星に行くことも可能なわけで、とても全部真面目に調べていられないわけです。なのでここを訪れた探検隊も、なんか変な所だけど価値がありそうなのはなさそうだ、ってことで、さっさと引き上げちゃったらしいんですね。一応ポータブル反重力装置を使って階段の一番上を目指したそうなんですけど、これって五分くらいしか保たないじゃないですか。なので頂上にたどり着く前に諦めちゃったんですって。その時の高度は二千メートル。まだまだ階段は続いていたということですから、下手をするとエベレスト山よりも高いところまで階段が続いてるのかもしれません。


 ですけどこんなの、とても何処かの知的生命体が作ったとも思えませんし、やっぱり自然に出来た物なんですかねぇ。しかしこんな所に、なんでネコちゃんが住んでるんでしょう。ネコちゃんしかいないってのも変だし……と、そういう学術的な感じなのはNHKスペシャルにお任せするとして、そろそろネコちゃんのレポートを再開しましょう!


 とりあえず転落した茶虎ちゃんの目的地は、この日当たりのいい集会場っぽかったですけど、果たしてご飯はどうしているのか……


 おっと! ここでむくりと起き上がった錆茶ちゃんが、当然のように踊り場から飛び降りていきました! 凄い、凄い華麗です! 錆茶ちゃんは、下の階段、下の階段と、どんどん飛び降りていきます! 私たちももう上る気力は残っていないので、ここは反重力装置を使って錆茶ちゃんを追いかけることにします!


◇ ◇ ◇


 上るときには気にしてませんでしたけど、ターミナスのあった踊り場も結構な高さにあったんですねぇ。錆茶ちゃんを追いかけて一分ほど経ちましたが、未だに底が全然見えてきません。日の光もだんだん届かなくなってきて、周囲は夕暮れよりなお暗い感じです。あんまり深いようだと私たちの反重力装置のエネルギーが切れちゃって、ターミナスのある所まで階段で戻らなきゃならなくなるので、ディレクターさんがやばいやばいと言っています。しかし! この番組は異世界ネコ歩き。ネコの姿を求めて何処までも……あれ? なんだか空気がだんだん湿っぽくなってきましたね。ひょっとしてこの先には……


 あっ! チャプン、って水しぶきが上がりました! 水です! 錆茶ちゃんは水にダイブしたようです! 


 わぁ、薄暗くて良く見えませんが、これはなかなかの光景です。それこそ見渡す限りの階段が、水面から立ち上っています。そしてこの水は……嘗めても大丈夫かな? まぁネコも飛び込んでるし、予防薬も色々飲んできたから大丈夫でしょう! どれ! うん、しょっぱい! これは海水です!


 なんとこの数え切れない階段、全部海の上に伸びてるものだったんですね。そしてどうやら、海には結構な魚がいるようです。さっきの錆茶ちゃんが魚を咥えて、階段を登ってきました。メジナかな? 美味しそうに食べています。


 よくよく見ると、そこかしこに魚の骨が散らばってますねぇ。きっとここは、ネコたちの食堂なのでしょう。でも、日が全然あたらないのでちょっと寒いです。なのできっとこの階段世界のネコたちは、お腹がすいたらここでご飯を食べて、あとは暖かい場所を求めて階段を上る、という日々を繰り返しているんでしょうね。


◇ ◇ ◇


 不思議な不思議な階段世界。階段は海の底まで、天空の果てまで続いていて、その先に一体何があるのか、そもそも一体誰が、何のために作ったのか、全然わかりません。でも、そんな世界にもネコがいて、お腹がすいたら魚を食べ、時には足を滑らせながらも頂を目指し、毎日逞しく生きていました。


 ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。第一回は〈94F2AC009F〉、通称〈階段世界〉からお届けしました!





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