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こどくにいけるしかばね  作者: Aprilz
孤独に往ける尸
5/5

U-69

 五月五日のこどもの日。あの遊園地での出来事は 、全国各地でも同じようにして同時多発的に発生していた。

 いや、日本だけではない。一週間もする頃には世界各国で感染者の傷害事件が後を絶たずに、特に銃社会の外国からネットに流されたニュースの光景は凄まじかった。


 警察組織の検問を突破して流れ込んでいく感染者や、逆に感染者の群れに嬉々として飛び込んで弾丸をばら撒く荒くれ供。

 溢れるゾンビ達と、銃を片手にソレに立ち向かう無謀な市民達。彼らを止める余裕など、どこの誰にも持ち合わせてはいなかった。

 街の治安は、世界の秩序は日に日に乱れていった。




 あの五月五日から5年の歳月が流れ過ぎた。


 その日取れた収穫物、小学校で拾った食料品を拠点にて整理している間、いつものように考えるのはこうなる以前の世界とこうなった現在の世界について。

 ラジオなどで他所の情報に耳を傾ける限り、あれからゾンビ騒動は少しづつだが落ち着きを見せて来てはいるものの、復興の目処がつかない地域は各地にいくらでも存在していた。


 被害の少なかった一部の地域では、未だにこうなる前の価値観を持った人間がかつての生活のまま普通に暮らしていたりするらしいが、やはり俺があの暮らしに戻るなんて今更あり得ないだろう。

 今の世界は、こうなる以前のかつての自分が請い願って止まなかった世界だ。だか実際に五年過ごしてみてどうだっただろうか?

 俺が望んだ世界は、果たして俺の心を満たしてくれただろうか、充実した毎日を送れているだろうか?


「結局、俺は彼女のことをどう思っていたのやら……」


 俺の心の根底に、深く突き刺さったささくれの様な記憶。俺が『普通』の暮らしに馴染むことが出来たのは、隣の席になった彼女が物怖じせず俺の様な変わり者に話しかけてくれたお陰だろう。

 その事に感謝しているのは確かだ。だからこそ、今を受け入れるのは矛盾しているのではなかろうかと。



 俺に普通の暮らしを与えてくれた彼女。それを喪ったあの日、確かに俺の心に何か空虚なものが出現した。そしてそれは、現在も埋まらない何か特別なもので、それを埋めたくて……。



 バールを片手に拠点を出る。

 電動自転車に跨り、街を目指す。

 空っぽを満たす、ナニカを求めて今日も彷徨う。



 都会は好きだ。荒廃した風景に心洗われる。

 林立する崩壊した建物。

 タバコの吸殻みたく無造作に路上へ横たわる人骨と、その隣を何の気なしに行き交うゾンビの人波が織りなすアンバランス。

 自然なまでに溶け込んだ不自然さが、どうにも俺の胸をざわめかせる。



 そんな光景にウキウキしていると、あの崩壊後の世界に似合わない人物が一人、その中を駆け抜けていた。

 なんだ、まだあんな不用心な人がいたのか。



「ヒッ?! 止め、助け——」

「ゔぁぁ」


 バキバキ、ボリボリと。骨を砕き肉を齧る、最近あまり見なくなった光景。なんと、未だにあんな間抜けが居たのかと。だから、救いの手を差し伸べんと大胆にも単身乗り込む。


「おらぁぁぁあ——!!」


 とうして大声出して無策に飛び込んで、それではお前も同じことだろう。と、その場に誰か居たら思われる事だろう。だがしかし、俺の場合はちょっと事情が違う。


「ギェァッ——!?」


 現場に勢いよく駆けつけた俺は、既に手遅れとなった哀れな生存者相手に躊躇なくバールを振り抜き頭蓋を砕き割る。そうすると柔らかな内部組織は外気にさらけ出されたので、えも言えない異臭に辺りは包まれた。俺は興奮した。


「ほらー、ほらほらほらぁ、やって来た。

金属バット持って来ましたよぉ〜?」


 どーん。俺、登場!

まぁ持って来たのはバットじゃなくてバールのようなものだが、そこは気にしないでくれ。


 おいおいどうしたお前ら、大好きな新鮮お肉がここにも居るってのに、ちっとも相手してくれねぇじゃねえか。いや、それどころかこちらを見るなり逃げ出そうなんて、お前らそれでもゾンビなのかよ。これじゃあ、俺がまるでこの生肉攫いに来たハイエナみたいな悪者じゃねえか。全く、これだから最近のゾンビって奴は……。



 あの遊園地以降、ややあって暫く寝込んだのち目を覚ますと、俺は奴らゾンビに無視されるどころか、むしろ向こうから一目散ににげられるっつー、よくわからん現象に悩まされていた。


 いや、分かるよ分かる。ゾンビ社会の第一人者を自認する俺の見立てによると、どうせゾンビに無視される系統の特殊能力得てイージーモードに入ったんだろう?

 なんだよそれ、くだらねえなぁ。そんな能力あるなら、俺以外のヤツで女の子侍らせるのが趣味な連中に任せとけばいいじゃん。


 見ろよ。モタモタしているうちにあれだけ居たゾンビの奴らが街路から消えちまったじゃねえか。

 こっちは、襲いかかる奴らを相手に手に汗握る生存競争がしたいってのに、それを望んだ俺が全く逆の境遇に立たされるとか何の冗談だよ、コレは?



 ったく……。そんなにかくれんぼしたいってんなら付き合ってやんよ!


 何処かなぁ、コッチにいるのかな? 

 あっ! 見つけた。


 だから、血気盛んなゾンビからの反撃に期待して、次は仕方な〜く鬼ごっこするハメになるんだけど、せいぜい20体に1体ぐらいいれば良い方で。それも逃げる前提の消極的な反撃だしさ、俺は非常に満足いきません。


 街はずれの廃工場……そもそも今は何処も人がいなんだから全部そうか……に追い詰めたので、そこからどう料理してしまおうかと、もしかしたら反撃してくれるかもって考えていたら突然前方からドタドタと足音が聞こえてきた。


「——うわっ 前からもゾンビが!

このッ」


 工場とそれを囲う堀の隙間から覗いていた勝手口らしきところから、若い男が勢いよく飛び出してきて、勢いそのまま俺が追い回していた獲物をバットでぶん殴り。

 それから、そいつらは勢い殺さずこちらへ向かって走ってきた。


「おい、そこのお前! 今すぐそこを退け!」


 俺はその男のあまりの剣幕に思わず身体を逸らし道を譲ると、そこを幾人かの人物たちが慌ただしく駆け抜けたていった。


「……あ、横殴りとかマナー違反だろ!」


 そのことに気がつき、抗議の声を来た道に向けて叫んでみた時には、人影は既に遠くに小さくなっていった。


 走った距離の分だけ、落胆も激しい。

多分、一キロメートルぐらいは走らされたんじゃないかなぁと溜息が口から溢れでる。


「あー、面白くねぇなぁ……ん?」


 落ち着いて耳を澄ませると、工場の中から大勢がひしめき合うような物音と、女性がすすり泣くような声が聞こえて来た。



 俺はバールを片手に、意味もなくそろりそろりと内部へ忍び寄る。すると中では驚きの光景が。



「シクシク……グスン」


 そこにはなんと、裸に剥かれ縄で縛られ、ウィンチで中空に吊り下げられた状態で咽び泣く一人の少女の姿と、その下で手を伸ばし群がる大勢のゾンビ達の姿がッ!


「なんて、なんて酷い光景なんだ!」


 俺はかわいそうな彼女を助けようとウィンチのリモコンに手を伸ばし、上から三番目にあったボタンを取り敢えず押してみた。



—— ガコン……ウィィィン


 すると何処かでモーターが作動したような音が建物に響き渡り、ウィンチに吊るされた少女がゆっくりと地上に降りてきたではないか!


 よかったぁ、これで地面に帰れるね。なんて、俺は少しほっこりした気分になることが出来た。良いことをした日は気分が良い。



「ゔゔゔっ?! ゔゔ——ッ!!」


 おっと?  何やら彼女は地上に帰りたくないのか、荒縄に塞がれた口からはくぐもった悲鳴のような叫びが聞こえてくるぞ?


「なんて余興は程々にしておいて、いい加減とっとと方をつけますかね〜」



 てな訳で、ゾンビの群れに突撃した訳なんですよ。

するとね、またもビックリする出来事がありましてね。



「あら? 君たちは俺を見ても逃げ出さないでいてくれるんだな。うれしいなぁ」


 嬉しいなって。おまけにいつもより彼らの動きも良いのでね、気分が高揚しちゃって。そのまま元気良くゾンビを片付けたんですよ。



「でもまぁ、ゾンビの群れと言ってもね、たかだか十数人しかいなかったから、バールを数十回振り回すと直ぐに壊れて動かなくなっちゃいました。でも俺は久々に楽しかったから満足だなぁと家に帰ろうと思いました、まる」

「ふぐぅ、ふぐぅぅう!」


「おっといけねー。忘れてた」


 人助けは今回たまたまだからさ、忘れちゃっても仕方ないんじゃないかって俺は思います。


 今回はしっかり足元の安全が確保されているからか、声も出さずにおとなしく地面に降りてくる。

 ウィンチの速度が遅いので、その間に近くに転がってたマットでも敷いて汚い地面に触れないようにしてあげたら、何故か絶望したような表情になったので渋々マットは元に戻しておいた。


 手足を背中で一つに縛られていた彼女。マットすらあれだと受け止めたらもっと嫌がりそうだと思って何もせずに傍観してたんだが、そうすると下に転がってる生きた屍の死体が無造作に横たわっているので、距離が近づく毎に呻き声のような悲鳴が大きくなっていく。一体全体どないせーちゅうんや、と突っ込みを入れたくなったがだんだんと目も当てられないような状態で悶え始めたので泣く泣く両手で受け止めてあげる事に。


 ウィンチがしっかり下がり、手足を縛る紐に掛けられたホックを外す。吊り下げられていた時の体勢が体勢なので、今彼女を支えている俺の両腕はなかなかに悩ましいポジションで保持する事になっているのだが、彼女はグッタリとしたままだ。


「……下手に暴れられるよりはいいか」


 さて、次は彼女を何処に降ろせば良いのやら。

 あ、やっぱりあのマットレスはダメ? なんで?

 しゃあ机。机もダメ?

 てかもう腕が限界。疲れてきちゃった、落としそう。落とすのだめ? やっぱり??

 あーもう無理、腕がパンパン!取り敢えずもう一度吊るすね。 ダメ? だよね……。

 じゃあもう俺の膝の上でもいい? え、膝の上OKなんだ……基準がようわからん。


 そんじゃ、もう一度ウィンチに吊らくって……ああハイハイ直ぐ下ろしてやっから。

 んで、俺はその下で両足投げ出してゆったりと座り、上から降りてくる海老反りの少女を下半身に受け止めると。……なんだ、この構図。一体なんの羞恥プレイだよ!

 少女の重さが優しく両足に乗りかかる。ズボン越しに触れる柔らかな感触と荒縄の硬さに思わず反応しそうになる。


「はぁ……何をやっているんだ俺は」


 少女の手足を一箇所に繋ぎ留める結び目を普段持ち歩いているナイフでサクッと切り解いてやると、自由になった両手両足を素早く捻り体勢を入れ替えて、有ろう事か俺の胸元にガバッと両手を広げて飛び込んで来た。


(——ッ こいつ!?)



 硬い地面に押し倒されながら、俺は自分の迂闊さを呪いたくなり、右手のナイフに力が入る。


(なんて力だよ!)


 しかし、俺の右腕はしっかりと抑えられ、ピクリとも動かない。こんな少女にこれほどの膂力で抑えられようとは恐れ入った。まさか、ハニートラップ紛いの遣り口でハメられようとは、俺も焼が回ったみたいだな。


 締め付けられる右手首の負荷でポロリとナイフを落としたら、彼女は俺の胸からガバリと起き上がり、そしてそのまま馬乗りになり、俺の首元に絵を伸ばし……ハッハ!こんな小娘に首を絞められて殺られるなんて思いもしなかった……ぜ?!



 これが走馬灯かとこれまでの人生が頭の中で一瞬のうちに流れ去っていったような気がする、そんな思考の空白の間にあった束の間に俺は……。


(……は?)



 俺の唇は……彼女の口で塞がれていた!


(え、何これそういうパターン? 恋人がいつの間にかゾンビ化しててお楽しみの間にあっさり死んじゃうモブ男的なヤツ?)


 次は噛みつかれるのかと覚悟を決めていたらなんて事はなく、彼女は散々俺の唇を吸い尽くした後に「ぷはっ」と息を立て、それから何をするでもなく赤らんだ表情でこちらを見つめていた。


(……そうだよな。そもそも俺はゾンビには逃げられるんだった)


 さてさて、この状況はどうしたら良いのやら。一先ず言うべきは……。


「上、どいてもらって構いません?」

「やだ。退かない」

「ほら、色々丸見えだし……服着たら」

「次はそっちからキスしてくれたら、退く」



…… オーケー。なんかよく分からんが、キスしたら退いてくれるってさ。


「いや、なんでだよ!?」

「私とキスするのは、嫌?」


「別に嫌とかそう言う訳じゃないが、それ以前に——」

「キスしてくれないなら退かないし服も着ない」


 一体何なんだよ、こいつは!

それに、こいつの顔、昔何処かで——


「……ダメ?」

「あーもう、分かった分かった!

ちょっと目ぇ瞑ってろ——




—— ほら、これで良いだろ?」


「ん、積極さが足りない。もっと口の中全体を嬲るように。でも記念すべき最初の人だから今日はそれで許す」

「は?何寝ぼけたこと言ってんだよ。

ほら、適当なの集めといたからさっさと服を着ろ」



「あれれ〜、おっかしいぞぉ〜?」


 俺の唇に残る甘酸っぱい感触を紛らわす為に、そうやって謎の少女を突き放していると、いつの間にか知らない男達が交渉入り口の方で立ち並んでいた。


「囮に使ってたあの疫病神が、何で五体満足で地面に立っているのかなぁ?」

「おいおっさん、まさかあの連中はあんた一人で片付けたのか?やるじゃねえか」


「……そうだが、君たちは?」


「俺らか?俺らは、ここら一体をしめる正義の味方なんすわ」

「飢えに苦しむ可愛こちゃんを救う為、今日も街で食糧漁って食べさせてやってんだぜ。男の甲斐性ってヤツだな」


「へぇ……」



 どうやら正義の味方は学ラン羽織って釘バットを武器に悪と戦ってるらしい。

 手前2人が頭なのか、後ろの方ではガラの悪い連中がギラギラとした視線を飛ばして来る。




「ところがさ、なーぜか俺らが養ってやってる女共は立場ってヤツを弁えないのか、一丁前に誰が俺様の一番だかなんて図々しい話題で争って、勝手に俺の嫁さん面してくるんすわ」

「まぁ、俺らの男らしさに惚れるのは構わないんだが、それとは別に反抗的な女もいてよぉ〜」


「……」


「だからな、そんな奴はこー……輪わして、壊して、ぽいっだ」

「ほら、おっさんだってそうするだろう?」


「……それで?」


「お、あんたもわかる口か?

それでな、そこのアバズレもそんな馬鹿の一人なのか、こっちが下手に出て養ってるやってたのに何の感謝も返してくれないわけさ」

「しかも、クソ生意気にも好き嫌いしやがるから、じゃあもうこいつを養ってやる義理はねえと今までの温情を返しやがれと段取りと整えてたら、決まってヤツらがやって来るんだよ……」


「ん? ヤツら」


「そうさ、奴らだよ!

こっちが最高の舞台を整えていざって時に、なぜか決まってぶち壊しに来やがるんだ、ゾンビの奴らがよ。

毎晩あんな耳障りな呻き声でバリケードを叩かれたんじゃ、おちおち楽しめたもんじゃないぜ? そんな気持ち、あんたも分かるだろ?」

「だって、決まってソイツに躾を施そうとした時に……だせ。君が悪いったらありゃしない」



 決まってゾンビ達がやって来るね。何だか面白くなってきたじゃねえか。



「なるほど、それであんな事を?」


「おうよ! 今度こそ懲らしめてやろうとひん剥いて縄で縛ってやる迄は良かったんだかな、何やら嫌な予感がビンビンしてきたんで、このままじゃいかんと追加で手足も縛って天井に吊り下げてやったんだ」

「だって、あんなに縛られてたんじゃ満足に外へ逃げられないだろう。だから少しでも助かる方法を考えて考えて……ああなっちまったんだ

勿論、一人で置いていくことには俺らも心を痛めたぜ?

こんな事なら、さっさと楽しんで終わらせておけば一緒に逃げられたのにってな」



 ふーん。別にこいつらの話を鵜呑みにするわけじゃ無いが、さっきの事も気になる。


(こいつを下に降ろす時、確かに周りのゾンビは俺に気付いてた筈なのに逃げなかった)



「それで、別にこいつを囮にして奴らが群がってる隙に逃げ出そう、だなんて考えがあった訳じゃ無いんだな?」


「勿論さ! 確かにあの女のところにゾンビが寄ってたかって降りられなくなるんじゃ無いかと心配もしたさ、でもこっちは五人だぜ?

五人もいたら少なくても半分くらいは追って来ると思ってたのに、ふと振り返ってみたら一匹も追いかけてきてないってもんだ!」

「それどころか、ゾンビが逃げる俺らの方に向かって前からやってきてたのは、あの女が出す謎のオーラか何かに惹かれて集まってるとかに違いねぇぜ」


(それは、俺がソイツと鬼ごっこしてたからだよ馬鹿野郎)



「てな訳で、案外無事に逃げおおせたんでアバズレの様子は如何かなと興味半分で覗きにきたらこんな有様だったって訳だ」

「そんじゃおっさん、貴様の掃除のお陰で犯りやすくしてくれてありがとう。

今回はあんたの仕事に免じて見逃し……何なら特別に一回順番を回してやるのも良いかもな? こういうのは数が多い方が良い。

なぁ、お前らはどう思う?」


 ……さっきからゴチャゴチャと。


「おっ、そりゃあ良いなあ。ちょうど辺りには奴らもいない事だし。たっぷり輪わせるしな、お前にしては良いこと言うじゃねえか」

「あ?お前にしてはってどう言う意味だよそりゃあ」

「まーた始まった」

「兄貴たちは本当に仲が良いのか悪いのか」

「とりあえず、今のうちに三人でジャンケンしとこうぜ?」



「だってお前が立てる案は何時も滅茶苦茶で……悪かった、悪かったよ。今日はジャンケンはせずにお前から最初に」

「だったら、今日のMVPのおっさんが一番初めで良くね?

偶には知らない人間同士のを見て昂りたい」


「うわっ、なんか今日すごく輝いてるなお前、惚れるぜ相棒。

てな訳でおっさんもどうよ?」



「ええ、 良いのかい君達?

僕が彼女の最初の人にさせてもらえるなんて」


「おう、良いぜ良いぜ。喰っちまえ。

俺らは結構経験あるが割と面倒臭い思い出しかないし」

「てな訳で、おっさん一名ごしょうたーい」



「あはは、なら早速——」


—— ズバッ


「……え?」


 鮮血が、宙に浮かぶ


—— ピチャリ


「その首、俺が貰い受ける」



 学ラン男の首筋から、赤い噴水がビシャビシャと噴き上がった。


——ドサリ


 五人いた学生服は一人、血のあぶくを吐きながら工場のコンクリートの床に倒れた。


「……え?」


 稼働しなくなった工場の中は、まるで時が止まった世界の中に居るようで。

 模型のように動かない学生服の四人は、まるで石膏像のよう。

 その中を動く俺だけがカツンカツンと音を立てて、時計の秒針を進めている。まるで俺が彼らに魔法をかけたかのような気分になった。

 血で濡れたナイフを捨て、バールを拾う迄に十数秒が過ぎて、ようやく魔法は解けた。



「いやーすまんすまん。正直、これだけはするまいと思っていたんだが、生存者の集団で一悶着ってのもお約束だよな?」

「何を言って、それにお前——!?」


—— ズゴッ!


「いやー、お前ら全然つまらないよ。つまらない。

これなら、逃げ惑うゾンビの方がマシだ」


「いやっ、助け——ガッ」

「コイツ、死ね——ゲボ」

「デェェェ——あっあ」



「俺がね、思うにお前らには必死さが足りないんだよ。

例えばお前らの脳みそは何処に付いているんだ? 聞く限りどう考えても下半身に乗っ取られてるだろう。お前らの股間に生えた菌糸類は脳みそにまで寄生しちゃったの? だとしたら大変だ、聞くところによると寄生虫が脳みそに侵入した生物は簡単に思考を乗っ取られるらしいな。とある寄生虫は宿主を川へ入水自殺させ、そして終宿主である魚に食べられることにより体内で繁殖をしてまた自然の営みの中で解き放たれる。実に他力本願な奴らだと俺は感じるがだからこそ全力であいつらは脛がじって生きているんだよ、命懸けでね。

それにひきかえお前らは何なの?まるで響かないよ、俺の心に、必死さが届いてないよ。別に交尾するなとは言わんよ。だが明日を生きるために一生懸命交尾しましたかな君たちは。してないだろう? 何の意味もなく子種を撒き散らしやがって、菌糸類に支配されてるくせに一丁前に気取ってんじゃねえよバーカ。

ゾンビ達をもっと良く見てみろよ、彼らは一生懸命何をしていますか?食べるんだよ、人のお肉を。美味しそうにムシャムシャかぶりつくんだよ。仲間を増やすために死に物狂いでムシャムシャかぶりついて来るんだよ。たとえ足が引きちぎれようとも腕がもがれようとも首から下が無くなろうとも奴らは必死に肉を噛むんだよ。お前らそこまで必死になったことがあったか?それは交尾するのに危なくなったら直ぐに逃げ出すお前らではいつまでも分からないままだろう。必死になればいいじゃん。お前らの本体である股間に生えた菌糸類が最後まで残って役目を果たせばそれで良いじゃん。それ以外何が必要なの?それが嫌なら全力で腰振りながら戦えよクソどもが。最初から本気出してないお前らが奴らゾンビに敵う通りなんてなぁ、何処にもあるわきゃねぇだろドサンピンが。おいおい、もう動けなくなったの?本当に君たちはしょうもないゴミ屑なんだね」



 嗚呼やっちまった。まだ生きてる連中だけは手を出さないと決めていたのに、俺の誓いはチリ紙よりも破れやすいのかよ。こんなチンケな人間が、こんなクズ野郎が今更社会に馴染める訳ないだろ馬鹿野郎が


 こいよ、ゾンビども。早く俺と勝負してくれよ。俺を殺しに来てくれよ。俺は全力で生きていたんいんだよ。

 こんな世界になったというのに、こんなにも心が満たされないなんて。それなら俺は……嗚呼。


「一体なんのために生まれて来たのだ!」



 物言わぬ肉塊と化した男からバールを抜き去ると、その男はピクリとも動かなくなった。

 返り血に染まった男とそれをうっとりと眺める少女だけが残された廃工場に、一人の慟哭が響き渡った

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