Z-78
……お腹すいた。
パパは帰ってこない。
……喉乾いた。
ママは帰ってこない。
……目の前がグルグルする。
みーくんは帰ってこない
お月様が二回出た。
さむいの。
いい子で待ってたのに、パパは戻って来ないの。
お天道様も二回出た。
あついの。
でもパパが出ちゃダメだって。
車の中、臭いのやなの。気持ち悪い。
あ、パパだ。
パパが帰ってきた、遅いよパパ。
私、早くお家帰りたいの。
ハンバーグが食べたかったけど、今はもういいの。
あと喉が渇いたからりんごジュースも飲みたいし、お風呂に入ってさっぱりもしたい。
でも今は、なんかグルグルして気持ち悪いから、お医者さんに連れて行ってほしいの。
パパ、早く出してよ。
グルグル、グルグル、気持ち悪い。
なんで私だけ置いていくの?
どうしてまだ出してくれないの?
パパ、その人たち誰なの?
なんでパパの車をバンバン叩くの?
やめてよ、パパがろーんでかっただいじなくるまなの。
グルグルしてるの。
車と一緒にグルグルしてるの。
ひっくり返っちゃった。
ゴロゴロしてる。
あ、パパが
パパが……ぺちゃんこになっちゃった。
********************
薬が、薬が大量にいる。
ゾンビを生贄に生み出した、私や夏奈をゾンビして作ろうとした忌まわしい薬の力が、いまは必要なんだ。
クスリ、クスリは何処?
たぶん生き残りの誰かは必ず持っている。
生き残りの人と接触する為に、屋敷のシャワーで身を清めて服を着替えた。
ゾンビといっても私や夏奈などは外傷がなく、少し血色が悪いだけなので、ゾンビだとは気がつかれないだろう。
待っててね、夏奈!
今度こそ私があなたを救ってみせる!
私は街の中を身を隠しながら駆け回った。
私が実験台にされている間に街も荒れたのか、誰もいない街をむやみに出歩くのは少し危険な気がした。
生き残りの人とはしばらく接触出来なかったけど、何日かしたら人が出歩くところを目撃した。
が、接触するにはまだ早い。
多分生き残りの人たちが暮らす街とか、施設とかがあると思うから。
そっちの方が手っ取り早く薬を入手することが出来るだろうなって。
……そこからどうやって入手するの?
お金は?そもそも買えるものなの?
大丈夫、上手くやってみせるよ。
たとえ自分の身体と引き換えにしてでも、絶対に夏奈を救うんだ。
私がどうやって薬を手に入れるか、考えながら生き残りの人を追跡していくと、
私が予想した通りだんだんと人の気配が増えてきた。
が、それと同時に私の中で無視できない衝動が疼きはじめた。
(新鮮な、真剣な、肉が食べたい
焼肉、じゃない。
採れたての野菜のような、もっと新鮮なお肉が。
あそこの若い男の子に噛み付いて、柔らかなモモ肉を味わいたい!)
……気がつけば私は物陰から飛び出して少年の足に噛み付いていた。
ジーンズに阻まれて上手く肉を噛みちぎる事が出来ずにいるところを、周りから何事かと人々が続々と現れて、私を凝視していた。
失敗した。
穏便に薬を入手する筈が、大失敗だ。
夏奈もきっと怒るだろう。
そうだ、夏奈を助けるんだ。
その為にはお肉のことなんでどうでもいいでしょう?
薬がいまは必要なんでしょ!
とにかく薬が欲しくて、僅かな希望のクスリが欲しくて、無我夢中で少年のバックパックに手を伸ばす。
すると周りの人間は物盗りと勘違いしてくれたのか、私を取り押さえ、殴りつけられ、初めての暴行を受けた。
男達が欲望をひとしきり出して満足したら、最初の一人が粘膜からの接触感染を起こしてうまいことゾンビ化を遂げた。
その混乱の隙に彼らが持っていた銃を奪い取り、今度は私が欲望の弾丸を撒き散らす。
そうやって動けなくなった集団の中から、少年のモモ肉を試しにいただくと、とても美味しくて涙が止まらない。
私は、やっぱり私はゾンビなのだ。
泣きながらバックの中を漁ると、私が求めていた薬が出てこなくて泣いた。
泣きながら死体の持ち物を漁っていると、ようやく目的のお薬が手に入ってわんわん泣いた。
これで、これで夏奈を救う事が出来るかもしれない!
この日、初めて私は人のお肉の味を覚えた。
帰って気がついたのだけれど、奇しくもこの日は子供の日だった。
子供の日はいつも思い出す。
家族が死んだこと。
夏奈と最後に食べた海鮮丼のこと。
子供の私はもう死んでしまったのだということ。
じゃあ死んでしまった私は何に生まれ変わったのだろう?
友達を助けたい一途な乙女?
― 乙女と呼べるほど純粋な気持ちなんて残ってないでしょ?
友達を蘇らせるため毎日生贄を供物に捧げる、頭のおかしな人?
― その方がまだしっくり来るんじゃない?
友達を実験台に仲間を増やそうとするモンスター?
― ……
ねぇ、夏奈……答えてよ。
「お…なか…す…いた」
え?
「お腹…減った」
夏奈が、夏奈が喋ってる……。
夏奈が、私の夏奈が帰ってきた!
でもどうしよう、お腹減ってるって。
ああもう、ご飯残しとけばよかった!
「なか…ないで」
「泣かないでって、夏奈も泣いてるじゃん」
気がつけば視界が潤んでいた
薬はさっき使い切ってしまったから、ご飯と一緒にまた探さないといけない。
けどなんとなく、今を逃したら私の知ってる夏奈が遠くに行っちゃうような気がして考えた。
……。
「ねぇ、夏奈。私を食べてよ」
「…ダメ」
「お腹が減って、今にも気が変になりそうなんでしょ?
分かるよ、私もそうだから」
「……」
「だったらさ、私も夏奈を食べさせてよ。
二人で食べ合いっこすればおあいこでしょ?
苦しいことも、悲しいことも。
嬉しいことも、楽しいことも。
痛いのも、美味しいのも……
全部一緒になれるんだよ?」
「……」
「あはは!
ごめんね、私また夏奈に迷惑なこと言ってるよね?
私のこと、もう嫌いになっちゃかな?
ごめんね夏奈、いつも迷惑かけてごめん」
……ガブリ!
「え?」
いつの間にか私は夏奈に押し倒されて、夏奈が私の太ももを食べてくれていた。
真っ先に食べるのが太ももなんて、やっぱり夏奈は私の親友だね!
ほら、たくさん食べて良いからね。
たーんとお食べ♪
夏奈が私を食べてくれてとても嬉しかった。
こんな形でしか恩返し出来なくて、本当に申し訳ないと思う。
出来れば夏奈が私を最後まで食べてくれると嬉しいけど、美味しくなかったらごめんなさい。
私は夏奈の食事が終わるのを待つ。
だけど夏奈は私の太ももを一口かじっただけで、それから全然手をつけてくれない。
どうしたの、夏奈?
ひょっとして私、美味しくなかった?
ごめんね夏奈、やっぱり私じゃダメなのかな?
私のそんな不安をよそに、夏奈は倒れた私の口元に自らの太ももを押し付ける。
……食べて良いの?
恐る恐る夏奈の綺麗な太ももを噛むと、夏奈はまた私の太ももを食べてくれた!
嬉しくて私も夏奈の太ももの肉を噛みちぎり、口に含んだ。
夏奈のお肉は今まで食べたどんな食事よりも美味しくて、思わず涙が出るほどだった。
その味をもう一度噛み締めたくて、一口、一口と身を食べ進めた。
「ごめんね、ごめんね夏奈。
夏奈の足が美味しくて、気がつけば無くなっちゃった。
ごめんね、許してくれるかな?」
「何言ってるのよ?
こう言う時は『ごめんね』じゃなくて、『ありがとうございます夏奈様』でしょう?」
「ふふふ、そうだね。
そう言えばそうだったね、夏奈サマ」
「って、おいおい。サマは余計よ、冗談だっての」
「へへへ、夏奈……ありがとう」
ねぇ、夏奈
私のお肉美味しい?
わ、渡さないよ?
そっか、美味しいんだね?
……よかった。
全く、こんなに美味しい物を私に黙って隠し持ってただなんて、あんたも案外食わせ者だね。
そっちこそ。
私を置いてこっそり死んじゃうなんて、抜け駆けなんてするからこんな面倒な女に食べられちゃうんだよ
ふっ、あんたを面倒な女なんて思ったことは、一度もないんだぜ?
ああもう、やっぱり夏奈には敵わないなぁ
あ、ごめん、やっぱ嘘
えっ?!そんなー
って言うのが嘘。
……もう、知らない。
あ、ごめん。
悪かったってば。
……ねぇ夏奈
……何?
どっちが早く食べられるか、競争しない?
おっ、良いねえ。
私、負けないよ?
私だって!
夏奈が私を一口すれば、私も夏奈を一口食べる
競争とか言いつつも、考えることはいつも一緒。
自分は味わって食べて、真に受けて早く食べた方をからかって遊んで。
私が食べた夏奈と、夏奈が食べた私が、齧って穴が空いたお腹の中から溢れて出で一つに混ざり合って。
最後は口と口でお互いの味を確かめ合う。
ねぇ夏奈。
なに、葵?
私たち、ずっと一緒だね!
そうだね……これからはずっと一緒………
5月5日は特別な日。
夏奈と私が一つになれた特別な日。
死んだ私が何になってしまったのかは分からないけれど、
孤独だった私は夏奈と一つになってずっと一緒に生きていくの。
ずっと……ずっと一緒に。
???「本部、こちらマルヒト。
被験体A-01とY-77の混雑による、新たな変異体の発生を確認した。
指示を乞う。送れ」
???「こちら本部、状況了解。
変異体を新型Z-78と仮定し、
現時刻をもって作戦を第五段階に移行する。
回収班が到着する間、観察班は引き続き警戒に当たれ」
観察「観察班マルヒト、作戦了解。
サンプルの観察を継ぞ……う、うわぁぁああ?!」
本部「観測班、何が起こった?
状況を報告しろ、送れ」
観察「……ザザ—」
本部「おい観察班、マルヒト、返事をしろ!
マルヒトォォオ—!」
その日、ゾンビを生んだウイルスが突然変異を起こした。
変異したウイルスは僅か一ヶ月で世界中に蔓延し、人類は滅亡した。
Dead End