Y-77
弟とママを病院に連れ行くため、パパの車は病院へ向けて走っていた。
救急車を呼んだのに、電話越しに伝えられた到着予定時刻を10分過ぎても救急車は来なかった。
途中で何度も何度も催促するうちに電話は繋がらなくなり、パパは泣きながらカンカンに怒っていた。
遂には直接病院に向かうと言って車に乗り込む頃には、遊園地も閉園する状態にまで異変が広がっていた。
暴れ回るヒーローショーの悪役の人。
取り押さえていたヒーロー達も、今は一緒になって周りの人たちを襲ってる。
襲われた人が次は別の人たちを襲う方になる。
まるで鬼が増えてく鬼ごっこのようだった。
鬼たちは皆、体のどこかに噛み付かれたような傷痕がついてだけど気にする素振りは見せない。
口元を汚してるケチャップにも気がついてないみたい。
それはパパとママが私に内緒で夜中にコッソリ見ていたホラー映画にそっくりだった。
『ゾンビ』って言うんだって。
そういえばクラスの男子があの鬼ごっこの事を『ゾンビ鬼』って言ってたけど、ゾンビってこういうのだったんだ。
私はやったこと無いから、男子たちがいつもこんな感じの危なそうな遊びをしてただなんて、ちょっぴり驚いた。
たくさんの車が駐車場の出口を塞いで進めなくなってるところをパパは避けて、車に引っ掛けたワイヤーで柵を吹き飛ばして道を開けていた。
それは私とパパが、ママに内緒でコッソリ二人で見た映画の主人公みたいでカッコよかった。
でも「本当はこういうのはいけない事なんだぞ!」って自分で言ってたのに良いのかな?
と思ったけど、今が普段とは違う、おかしな状況なのは子供の私でも流石に分かっていたので何も言わなかった。
吹き飛ばした柵から道路に出てしばらく走ると、また車で道が塞がれて動けなくなった。
パパは他の車の人と一緒になってクラクションを鳴らすけど、やっぱり動かなくて泣きながら怒鳴り散らしていた。
怒ったパパは怖いから嫌いだけど、それよりも今は弟やママの事が心配だった。
弟は一番後ろの列でチャイルドシートの上に座って暴れ回っていた、ついさっきまでは青い顔をしてグッタリしていたのに。
こんなに早く元気になってくれて本当によかった、とは思えなかった。
真っ赤な顔してジタバタする弟はまるで小鬼のようで、
弟はまだ幼稚園だけど、私の知らない別のクラスの男の子とか、そんな別人になってしまったかのような感覚を覚えた。
反対にママはとても静か。
こう言う時はいつも騒ぐ弟を叱りつけたり、ご機嫌をとったりしていたのに、今日は前の席で黙って爪の先をカリカリ噛んでる。ちょっとお行儀が悪いと思う。
私も小学生になったから、そろそろお姉ちゃんらしい事をしなくちゃと思って弟を叱ろうとしたら、パパが怖い顔で『やめなさい‼︎』と怒るので、怖くて涙が止まらない。
お姉ちゃんらしくしたいのに、どうして怒られるの?
弟と一緒になって騒がしくしていると、なぜかママまで騒ぎ始めて、
ついにパパまで揃って、みんなで騒々しく叫び始めた。
やかましい車内で、私は少し冷静になり
(パパとママはうるさい私達に我慢できなかったんだ!
私達を車から外に連れ出そうとしてるんだ!)
と思って不安になってまた泣き叫んだ。
ついに置いてけぼりにされてしまうのだ!
そう思ったら、涙が溢れて溢れて溢れ出てきて
もう訳が分からなくて
とにかく泣いて泣いて泣き叫んでいた。
涙は全然止まらなくて、
私がいい子じゃないから外に置いていかれてしまうのだと思って、
だから必死に「ごめんなさい」って泣きついたけど、
チャイルドシートを背負ったパパは
「ちょっと病院まで行ってすぐに戻ってくるから、車から外に出るんじゃないぞ」
と怒ってて怖かったから、
とにかく言われた通りいい子にしておこうと思って、涙をこらえて大人しい子にしようと頑張った。
気が付いたら私だけ車の中でひとりぼっちだった。
涙が枯れてもママとパパと弟のみーくんは帰ってこなかった。
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今日は5月5日、子供の日。
18歳になった私!ピカピカ(?)の女子高生!!
……を改めまして、今は流行りのゾンビ系少女なのっ♪
それって実は履歴書まっさら無職透明なニートの人?
私の将来がマジやばたにえん。
つまり私はもう子供じゃなくなっちゃったから、私にはこの祝日が本来の意味で特別なものではなくなったけど、今でもなき家族を思い出す。そんな特別な一日。
もう子供じゃないならおじさんを食べちゃっても問題ないよね?
すでに一口味見しちゃってるけど、それはそれ。
ではズボンを脱いでください。
おじさんの、太くておっきいですね、凄い!
じゃあ改めておじさんの初めましてを、パクッといただいちゃいますね?
あーん。
まずは太くておっきい……大好きな太ももをガブリ!
うーん、この太ももはちょっとだけイマイチかな?
おじさん少し運動した方が良いよ。
野菜もちゃんと食べないと、お肉が獣臭くなるから気をつけてね。
ふくらはぎもガブリ!
太ももよりきめ細やかな、少し筋張ってるのが通好み。
くるぶしから先は……臭そうだから今回も遠慮しとこうかな?
と言うかもう既に、結構お腹いっぱいだったりするし。
余ったお肉どうしようか?
あ、そうだ。居酒屋に行くおじさん達は内臓が好みなんだよね?おじさんさ、自分の内臓食べてみない?
ぷっくり太ったおじさんのお腹の中からモツを引きずり出す。ほら、たーんとお食べ。
私に噛まれてゾンビになっていたおじさんは、まだ新鮮な自分の内臓が口元に運ばれてくると、それを喜んで食べてくれた。
分かってはいたけれど、おじさんが自分の内臓を食べるたびに、飲み込んだ内臓はお腹の中へ戻ってきちゃうから、おじさんのモツは一向に減る気配を見せない。
よーし、終わりのない空腹感を終わりの無い食事で満たしてあげよっと。
しばらくの間、おじさんの中身をおじさんに食べさせてあげてたら、やがて妖怪テケテケおじさんに残された大切な上半身がぜーんぶ噛み砕かれちゃって、テケテケおじさんがただの落ち武者おじさんになっちゃった!
なのに全然衰えないおじさんの現役バリバリな食欲は、自らのドロドロなハラワタでもガブガブッと咀嚼させてしまうの。
すご〜い!じゃあ、おじさんのガブガブとドロドロをタライの中に入れとけば、おじさんは大好きな内臓をいつまでも食べ続けることが出来るんだね?
良かったねー、おじさん!
私は生命のたくましさとかゆーやつに、ちょっぴり感動した。
おじさん、下半身(あと少しだけ肩のお肉も)ご馳走様でした!
— いえいえお粗末様でした、葵さん。
私のおじちゃんは美味しかったかな?
……も〜何言ってるの?
おじさんのおじちゃんは、おじさんがさっき食べたじゃない。
もしかして、なにかいけなかった?
だっておじさんは内臓好きって言うから。私は内臓嫌いだし。
私の家族に襲いかかった悪夢の日から12年が過ぎた現在。
世界の半分を牛耳った魔王軍のゾンビ達は、医学界に君臨した勇者の力によって徐々に駆除されていった。
悪夢の日から9年が過ぎて私が15歳になった頃には既に、世界は昔のように平穏を取り戻しつつあって、
私も学校を卒業したら夏奈へたくさん恩返しするつもりだった……のに。
誰もが昔みたいに暮らせる日々を夢見て頑張っていた時期に、私は碌でもない大人たちの野望の為にゾンビにさせられた。
誰かを救うためだとか、誰かの遊び半分だとか、そんな分かりやすい悲劇すら与えて貰えず。
あらかじめ決められたシナリオの一部をこなしていくみたいに、奴らはまるで流れ作業みたいに私をゾンビに仕立て上げたんだ。
……生きてる人間をゾンビにする、そんなおかしな儲け話があるんだってね。
医学界の勇者はね、魔王が言う『仲間になったら世界を半分くれてやろう』なんて戯言に耳を傾けちゃったんだよ。
予定調和で生み出され、争わせ、排除され、また産み落とされる……そんなの酷くない?
きっと今日も何処かで生き残りの誰かがゾンビにされる商売が行われいて、ビジネススーツの黒幕は安全な場所でくつろぎながらゲーム感覚で数字とにらめっこしているに違いない。
とんでもないマッチポンプで一向に数が減らない、そんな私達ゾンビだけど、今日もなんとか頑張って生きてますよー。
楽に死んでやると思うなよ、医学界の勇者め!
「ただいま夏奈」
― おかえり、葵
「今日はたくさんご飯集めてきたよ?」
― え?本当、なになにどうしたの?
「だって今日、子供の日でしょ?
夏奈がいつもこの日に私を励ましてくれてたの、とても嬉しかったんだ。
だから私も恩返ししたくてね」
― いいよそんな、大した事じゃないし
「ううん、やっぱり違う。
これは私の自己満足だから、夏奈は気にする事ないからね?」
― お、言ったなこいつ?
「だからね、今日も注射、しとこうか」
「……が…あう」
あのおじさんから貰ったおクスリを夏奈に注射した。
やっぱり今日も夏奈は喋ってくれない。
だんだん私、夏奈の声の幻聴が聞こえるようになったんだよ?
だからね、これ食べて早く元気出してね?
はい、あーん……どう?
おじさんの太もも、やっぱちょっとイマイチ?
そう……ふふふ。
ふふふっ、私たちやっぱり親友だね。
今日も同じものを食べて暮らしてるよ、嬉しいな。
夏奈もたぶん2年ちょっとぐらい前、私が屋敷からいなくなって少しぐらいの間にゾンビになった。
その時から、ちょっとだけ内気な性格になっちゃったけど、今度は私が夏奈を助ける番。
今日もね、この街に私達を狩りに来た野蛮な人たちを返り討ちにして、彼らが持っていたゼット抑制剤を手に入れたの。
ゼット抑制剤は私達ゾンビの一人を材料にしていて、私たち一人につき10本作ることができる。
現在、ゾンビに大して有効な唯一の薬だと思う。
ゼット抑制剤は非感染性者一人に対して一本摂取することで約一ヶ月の予防効果が期待できる優れもの。
ゾンビ化している人も初期段階なら定期接種することで、症状の進行に対して抑制効果が期待できる。
実は100倍に濃縮したものを、毎日注射していけば、いつかゾンビになった人の意識が回復する見込みがある事を私は知っている。
そのことを薬を作った誰かさんは隠しているけどね。
医学界の勇者はゾンビを生かさず殺さず。
魔王と共謀してお互いの仮想敵を常に用意して争わせ、人類も生きた屍として支配したいらしい。
まったく、操り人形だなんて失礼しちゃうよね?
そりゃあ一人治す為にその他大勢の治る見込みがあるゾンビ達を犠牲にするわけだから、
ゾンビの家族を持つ生き残りの人たちは受け入れられないだろうな、とは私も思うよ。
何故そんな事を私が知っているかと言うと、
実は私、そのお薬の実験台にされちゃった系の人なのね。
意識は回復しても、彼らが期待していた別の効果は出なかったみたいで、失敗作として処分されそうなところを命かながら逃げ出し、なんとか生き残る事に成功した。
だけど、逃げ出した私に行くあてなんてあるはずも無く、他のゾンビ達みたく彷徨い歩きながら考えていた。
屋敷の中へゾンビが侵入して来たあの時、すぐさま地下室に閉じ込めておいた夏奈をは生き残ることが出来ただろうか?
あの屋敷にはこんなこともあろうかと、家族が一年間は籠城できるだけの物資があるのだと、
一部の使用人にしか知らない事を私も特別に教わっている。
あれからどれぐらい経ったかはよく分からないけれど、多分まだうまくやって行けるだけの物資が残っている筈だ。
そんな希望を胸に抱いて、気がつけばノコノコと夏奈の屋敷まで帰って来てしまった。
屋敷の内部は荒れ果てていたが、きっと大丈夫。
地下室の扉は傷だらけだけど、大丈夫。
……地下室の鍵が開いている。
大丈夫、きっと大丈夫。
だってあの子は家族思いで、いつも誰かの為に頑張って、大事な時は真っ先にやるべき事を教えてくれるような、そんな立派な……。
ほら、ちゃんと歩いてる!
よかった、ちゃんと生きてる!!
ひょこり帰ってきてごめんね夏奈。
大丈夫?元気してた?
「ゔあ"ぁぁあ"」
私の願いは叶わず、夏奈はゾンビになっていた。
夏奈と家族は机の上に置かれた睡眠導入剤と、何かしらの薬による服毒自殺で死んでいた。
それが蘇って部屋を彷徨い歩いていただけだった。
私は彼女を守れなかった。
私に守るだけの力があったわけでも、食料を持っていたわけでも、そばに居てあげれた訳でもないから、守れなかった、なんて大それた事を言うのはおこがましいけれど、それでも彼女は助かっていて欲しかった。
……いや、まだ方法がない訳じゃない!
私を散々実験台にして弄んだ連中は、私という『言葉を話しすゾンビ』を生み出せたじゃない。
……こんな体になってまで生き残りたいと思ってるの?
うるさいうるさい!今度こそ私が夏奈を助けるんだ!