A-01
この小説には暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています。
※子供は見ちゃいけません。
今日は5月5日、子供の日。
魔王が世界の半分を征服した日。
私が家族を失った日。
あれから毎年、この5月5日に流れる追悼の鐘が
否応なく私の頭で眠る悲劇の記憶を掘り起こす。
埋葬された筈の、家族の怨嗟の声と共に……。
生ける屍。
いわゆるゾンビ達があの世からこの世に向けて押し寄せてきたのは、私がまだ6歳の頃の出来事。
あの日は5歳になった弟とパパとママと、家族で一緒に遊園地に出かけていて、みんなでヒーローショーを楽しんでいた。
日曜日の朝7時から30分間だけ画面の向こう側にいる、ヒーロー達が一丸となって悪党を倒す光景は、別段私が好んで見るような内容では無かった。
だけど弟の目覚ましに起こされて毎週欠かさず一緒に見ていたから、初めて生で見る彼らの活躍は私もちょっぴり感動した。
「がんばれ〜、負けるな爆笑レンジャー!」
悪の人質となった弟を助ける為に、早くあの技を使うのだー!
「みんなでゆくぞ‼︎
必殺—」
爆笑レンジャーの協力技がババン‼︎と決まった。
悪党がバタンと倒れて、無事に救出された弟が笑顔でヒーロー達と握手している光景を眺めながめている間に、私の頭の中では
「次に乗る予定のジェットコースターが今度こそ身長制限にひっかかりませんように」
と、この前届かなかった身長計にお祈りをしていた。
悪との闘いだとか弟の救出劇もいいけど、それよりもお姉ちゃんはあのとても速い乗り物に興味深々なのだ。
その時の私は、悪の親玉である大魔王が世界の半分を手に入れようと進軍している真っ最中だとは考えもしていなかった……。
弟が名残惜しそうに握手を終え、ステージも幕を下ろそうとしていた。
ちょうどその時、倒されたはずの悪党が蘇ってワルの仮面を脱ぎ捨ててステージ上で踠き苦しんだ。
私はお姉ちゃんだから、本当は中に役者さんがいる事を知っていたけど、中にいた役者さんの表情は恐ろしくて、今にも襲いかかって来そうなケモノのようでとても怖くて……。
子供ながらにそれは異常な光景だと察知した私は不安になった。
だけど、ここには悪を真っ向から叩きのめした我らがヒーローがいるのだ。
悪いヤツの第二形態は必ずおっきくなるけど、すぐにやられちゃうのだと弟は言っていた。
だからどうせすぐにヒーローがやっつけてくれるのだろうなーと楽観的に見ていた。
そしたらやっぱり、すぐに舞台袖から再登場したヒーロー達が、悪いヤツを5人掛かりで押さえつけてくれた。
ナレーションの人がジョークを言って会場の雰囲気は和らいだけど、やっぱり悪いヤツが巨大になる第二形態なんてものは存在しないし、本当に大変な時はヒーローも必殺技なんて使わないのだ。
そんな冷めた事を考えたりしていたから、ナレーションの人がなんて言っていたのかはよく聞いてなかったし、私は全然笑えなかった。
無責任に盛り上がる周りの人とは違って、私は
「大人のひとが5人いても押さえてるだけで精一杯なんてー」
とか、少し幻滅してた。
白けた感じの私とは対照的に弟はむしろ大興奮で、まだステージの上にいた弟はそこから応援するだけには飽き足らず、ヒーロー達と一緒に悪党のひとを押さえつけようと思ったのか、よせばいいのに彼らのそばに近づき始めた。
いつの間にかママが弟を連れ戻そうとステージに上ろうとしていて、その光景を私は遠くから呆れながら見ていて、そんな時に悲劇は始まった。
爆笑レンジャーの誰かが「痛えっ!」とくぐもった声で悲鳴をあげて、その隙に拘束が緩んだのか、のし掛かるレンジャー達を一気に跳ね除けて……。
すぐ近くにいた小さな弟は蹴り飛ばされ、勢いよく床の上を転がって動かなくなって……。
さらに追い討ちをかけるかのように悪党が覆い被さった後は、目の前が真っ赤になって、真っ白になって、真っ暗になった……。
あまりの光景に呆然と立ち尽くした私。
誰かに手を引かれて我に返り、思い出したかのように弟の姿を探してみたけれど、
さきほどまで眺めていたはずのステージ上には誰もいなくて……。
手を握る先をみたら血まみれのママがいて、ママの隣で泣いたり怒ったりな見たこともない形相をするパパがいて……。
パパの両手に抱えられた弟も血まみれで、青ざめて、グッタリとしていて——
「葵、帰るよ?」
その声で過去の光景から現在へと意識が舞い戻る。
足元に落っこちた視線を慌てて正面へと戻すと、周囲には私と私を呼んだ彼女以外のほかは誰もいない。
追悼式はいつの間にか終わっていた。
「何ぼーっとしてんのよ。
早く行かないと昼食の時間が無くなっちゃうよ?」
「うん、ごめんね夏奈」
パイプ椅子から立ち上がった私の手をひく人物は、あの時とは違い母ではなく、今年高校の寮で同室となった夏奈だった。
3年前、中学校で出会った彼女はとても活発で、毎年のこの日はいつも落ち込んでしまう私のことを気にかけてくれる。
今ではかけがえのない私の親友は、今日も私を励ますために笑顔で明るく振舞って、私に楽しい話題を持ちかけてくれるんだ。
本当は夏奈だって辛いはずなのに……私は。
「よし葵、今日は海鮮丼にしよう!」
「ええー、あれ一杯3000円以上もする高級料理じゃん」
「いいのよ、こういう日は。
景気良く美味いものでも食べて、チャッチャと気持ち切り替えてかないと、いつまでもシンドイままだかんね。
……あ、わかってるとは思うけど今日は私の奢りだからあんたは出さなくて良いよ」
「やっぱり悪いよ、せめて鮪丼にしない?」
「ダメダメ〜、すでにアンタと私のおくちの中は、プリップリのウニとイクラ達で予約満席中となっております」
「うう……いつもゴメンね?」
「それを言うなら『感謝します夏奈様!』でしょ?
これくらい良いってことよ。
気にしない、気にしなーい!
それに私の親のカードだから、私は痛くもかゆくもないのだ」
子供の日、夏奈は決まって私に何かご飯をご馳走してくれる。
本人は「親の金だから気兼ねなく使ってくれて良いよ」と言ってくれるが、どのみち夏奈の家族には迷惑をかけてしまう。
そう言って去年も遠慮はしたけれど、夏奈の両親たちも「可愛い娘の友人なら喜んで‼︎」と、気前よく言って下さるので、結局私はご好意に甘んじている。
「それにさ、やっぱりあんたが苦しんでいるところを脇目に私が
人の苦労も知らないでぬくぬくと暮らしているのが気持ち悪いんだ!
っていう、そんな自分勝手な罪悪感みたいなものに対してさ、
手前勝手な埋め合わせをしているだけなんだってば。
だからあんたは本当に気にする必要性なんてないんだからね?」
「……いつもありがとね。
感謝してますよ、夏奈サマ」
「そうそう、謝ることなんてないの。
って、夏奈様はやめい!冗談、冗談だから」
夏奈はとてもいい子だ。
本当は自分も辛いのに、弱音を出さずにみんなの為に頑張って。
それなのに私はいつも迷惑をかけて、夏奈には何も返せていない。
高校の学費だってそう、夏奈とその家族には頭が上がらない。
せめて学費だけでも、何か少しでもお返しがしたくてバイトを始めてみたけれど、結局それも夏奈の勧めで、夏奈の屋敷でお手伝いをさせて貰ってるぐらいで。
なんか私、お世話になってばっかりだよね?
……何かもっと大きな恩返しがしたいな。
と、夏奈のウニと私のイクラを交換しながら思うのだった。
夏奈がご馳走してくれた鮮やかな海鮮丼。
ちょっぴり一部分削れてて、イクラがウニになってるけど美味しそう。
今では新鮮なお魚は高くて滅多に食べられない。
ありがとね、夏奈。
美味しくいただくね!
「いっただっきまーす!」
あーん。
ガブリッ
はむはむ……
うんっ♪
このお肉美味しいね、夏奈。
あれ?お肉???
ウニは何処に?
まあいっか!
夏奈も美味しい?
あれ、夏奈……
何処にいるの?
あ、そうか、夏奈は居ないんだった。
「……た、助け」
パタリ、と私に噛み付かれていたおじさんは地面に倒れた。
今日は5月5日、子供の日。
あれから3年の月日が流れ、私は18歳になった。
私は18歳のゾンビになっちゃった。