表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/16

終わる平穏




買い物からの帰り道、ヤマメは必要な食材をメモした紙を眺めながら最後のチェックをしていた。

今日の夕食は豪勢にすき焼き。

特別なイベントがあるというわけでもないが、たまには豪勢な食事も悪くはない。

幸い、二人共大食いという訳でもないので、量が少ない分だけ質にお金をかけられる。


「卵に、お肉に、白菜、春菊、豆腐にしらたきに、あとザラメも買ってるよね、うんオーケー、買い漏らしは無いみたい」


手首にぶら下げた袋の中身を確認しながら、パルスィの待つ家に向かって歩くその姿は新妻に見えなくもない。

何も無いのにヤマメがニヤニヤしているのはそういう理由だった。

やだ、今の私ってちょっと新妻っぽい!? なんて馬鹿げた事を考えつつ、それが近いうちに実現するんじゃないかという淡い希望もさらに妄想を加速させる。


「どーせまた、今日も料理してたら襲われちゃうんだろうなー。

 エプロン姿に興奮したパルスィが、私の背後からがばっと抱きついてきて、そのままいちゃいちゃと……んふ、んふふ、ふふふふふぅ~」


思わずヤマメの口から気持ちの悪い笑い声が漏れてしまった。

幸い通行人はヤマメ以外におらず、その姿は誰にも見られることは無かったが、仮に誰かが見ていれば怪訝な目で見られることは間違いない。

実際、ヤマメのエプロン姿はパルスィの大好物らしく、その後ろ姿を見ると我慢できずに毎回抱きついてくるのだ。

もちろん嫌なわけがない、ヤマメにとってはいちゃいちゃチャンスである。

未だ予備軍は取れないのでキス以上のことは出来ないが、それでもヤマメを蕩けさせるには十分過ぎるほど濃密なスキンシップ。

これで予備軍が取れたらどうなっちゃうんだろう、という期待感がさらにさらに妄想を暴走させた。


「あ、あんなことや……そんなこと……ダメだよ、パルスィそんなところはっ……あぁっ!」


体をくねらせながら歩くヤマメは、客観的に見て……いや、どう見てもただの不審者でしかない。

人生初めての恋人(予備軍)に浮かれてしまうのは仕方ないのだが、日に日にエスカレートする妄想にヤマメ自身も少し危機感を覚えつつあった。

このままだと、いつか人目も気にしなくなってしまうのではないか、と。

しかし今のヤマメの頭は完全にお惚気モード、そんな危機感も妄想に容易く掻き消されてしまう。


「なーんて、あるのかなー、あるんだろうなー、だってあのパルスィだもん」


人通りの無い路地にヤマメの独り言が響く。

そう、人影はない。

ヤマメと――彼女の物以外、誰も。


「無いはずな……がっ!?」


全く油断していた、気配の察知など考えもしなかった、だって誰かに狙われるなんて想像すらしていなかったから。

鈍い音と同時に、後頭部に強い衝撃。

ガクンと首が曲がり、ヤマメの視界が意識ごと揺らぐ。

”何が起こったのか”、分析するよりも前に一瞬にして意識は消え、最後に残ったのは自分の体が地面に叩きつけられる感覚。


「ぅ……あぁ……」


最後はうめき声を出すのが精一杯。

それから、意識はすぐに闇の底へと沈んでいった。


路地に残されたのは、たった一人の少女。

歳相応の少女らしくか弱く細いその腕に、拳二個分ほどの大きさの岩を持って。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


肩を上下させながら、倒れたヤマメをじっと睨みつけている。

殺意にも似た憎しみを込めて、まさに鬼の形相で。


「はぁぁ……は、はぁ……っく……ぁ……はぁ……」


ここで殺してもいいと思った。

だが、まだ早い。

確かめなければならないことがいくつもある。

だから、まだ殺すわけにはいかなかった。






ズルズルと死体を引きずり、腕を台の上に載せる。

用意したノコギリは表面が錆び、切れ味の保証はされていなかったが、代えを探しに行く余裕などなかった。

手首に刃を当て、ぐっと力を込め前へとすべらせる。

錆びているせいか、手首の表面が少し切れただけだった。

次はさらに力を込め、後ろへと引き抜く。

今度こそは、ぐちゅりと肉を割く感触があった、どうやら上手く刃を入れる事が出来たらしい。

それから骨に到達するまでのあいだ、前へ後ろへとリズミカルに繰り返すことが出来た。

切断は順調に進む。

最初は気持ち悪い感触だと思ったが、慣れてみると普段料理に使う肉と何ら変わらない。

そう、これは死体。死んでしまえばただの肉、だったら食卓に並ぶ肉と何の違いなどないはずだ。

ガリッ。

刃が骨まで到達する。

さすがに錆びた刃では分が悪いのか、押しても引いても中々切れそうにない。

それでも止めるわけにはいかなかった、あまり時間をかけるのも好ましくない。

鬼らしく、力づくで事を進めることにした。

のこぎりが先に壊れてしまいそうだったが、その時はその時、見栄えは悪いだろうが強引に引きちぎればいい。

ガリ、ガリ。

錆びたのこぎりの歯が手首の骨と削れあい、肉を撹拌する音と混じって不快な音が小屋に響く。


馬鹿げたことをしている自覚はあった。

そもそも悪いのは彼女ではなかったはずなのに。

巻き込む必要などなく、自分と相手だけで解決したらいいだけの問題に、なぜ他人を巻き込んでしまったのか。


大通りを歩くお姉さまの姿を見た。

すぐに近づいて甘えてやろうと思ったが、その隣には見知らぬ女の姿があって、二人は手を繋いで、お姉さまは私の見たことのない幸せそうな表情をしていた。

本物を、見せられた気分だった。

直感的に、普段見ているお姉さまの表情は嘘だったんだって気付いてしまったのだ。

酷く傷ついて、数日の間、店を休んでしまった。

その間、一人で部屋にこもって、ずっと嫌なイメージばかりを見ていた。

思えば、周りの友人は揃って私の事を心配していた。

酷いことはされていないか、あんな奴とは関わらない方がいい。

悪い噂だって、本当は知っていたのに。

それこそ、出会った当初から。

なのに、信じてしまった。

甘い言葉に誑かされて、刹那的な快楽に溺れていって、後戻りのできない所まで来てしまったから。

だから、もう信じる以外の選択肢が私には残されていなくて、そしたら案の定裏切られてしまった。


最初は、歩いている彼女の後ろ姿を見かけただけだった。

ようやく少しだけ立ち直って、外を歩けるようになってすぐのこと、たまたま見かけたのだ。見かけてしまったのだ。

もしかしたら彼女も私同様に騙されているのかもしれない、そのうち裏切られるのかもしれない、つまり可哀想な被害者なのだ。

そう考えながらも、気付けば岩を握っていた。

衝動的な殺意、理性で制御出来ない憎悪。

故に、一切の躊躇はなかった。


今だってそう、これだけ残酷なことをしておきながら一切の躊躇はない。

壊れてしまったのか、あるいは元からこうだったのか。

わからない。自分のことなのに、何も。

たったひとつ、はっきりしていることといえば……もう、後戻りなんて出来なくて。

ほんの少しだったけど、お姉さまと過ごせた幸せな時間はもう戻らないんだろうなって、ただ、それだけ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ