涙たまり
穴のあいた長靴をはいて、水たまりに足をつける。
初めはそっと水面を撫で、次第に勢いを増していく。
すっかり止んだ雨を呼び戻すように、私は、水の輪の中で高く高く弾け飛んだ。
びしゃん、と水が鳴く。
降った雨は、私の涙。
たまった雨は、私の悲しみ。
――帰って来ないのだ、彼は。
思考も体も静止させると、すぐに水面の揺らぎはなくなった。
水たまりに映る太陽と空は、現物よりもコントラストが低い。
決してよどんでいるわけではない。
それなのに、くもったレンズを通して覗いているように見える。
私は水たまりに映る自分の顔とにらめっこをした。
――酷い顔。
泣いて泣いて、腫れてしまった瞼。
跳ねて跳ねて、乱れてしまった髪。
彼の、笑った顔しか思い出せない。
彼の、明るい声色しか耳に残っていない。
それなのに、新しくわき上がってくる気持ちは、苦しみを帯びたものばかりだ。
――好きだったから……。
つらいのだ。
泣いてもいいのかもしれない。
雨に紛れて隠す必要など、ないのかもしれない……。
私は顔を上げた。
涙を拭って見た空には、薄い色彩の虹がかかっていた。
『悲しくても、つらくてもいいんだよ。ゆっくりと渡っておいで』
虹に――なぐさめられる。
大丈夫。
泣きたくなったら、また長靴をはけばいい。
悲しくなったら、虹を渡ればいい。
私は、長靴の穴から水を全て追い出して、今度は乾き始めた地面へ飛び出した。