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8   敵



 初のUP遭遇戦より一ヶ月。現在は十月、新たな任務が言い渡された。

「我々は、これより敵国への〝制裁攻撃〟に着手する」

 司令官の言葉に僕らは首を傾げる。敵勢力ならわかる。だが〝敵国〟とは何のことなのか。司令官の後ろのディスプレイに地図が表示された時、それを理解した。

 二〇三五年、いまだ各地に存在する発展途上、また崩壊した国だった。それらの国は、貧困回避のためと敵対国排除のために、異星人との公約によって捕虜を提供していた国家だ。それがでかでかと映っていた。

 今回の敵は、DOWNのような生物兵器でもなければ、UPのような奴らの機械兵器ではない。


 同じ人類だった。


 次の戦いは、人類の内紛だった。

「奴らは我ら地球人類にとって裏切り者である。異星人に組みし、無辜(むこ)の市民、多数の同志たちを奴らに食わせた、許されざる者たちだ! 決して情けなどいらぬ!」

 まるで私怨を吐き出すように今回の司令官は叫ぶ。いつもの人ではない。彼は、一人残らず全てを破壊しろと叫ぶ。狂気に晒されたのか、それともずっと腹の奥底に溜まっていたものを吐きだしたのか、眼は充血し言葉が止まらない。

敵国(奴ら)の自国製パワードスーツ《レシェプ》は、近接武器にはトマホークを、背部にはレールガンを一丁標準装備している。手持ち武装はライフル、バズーカ、ミサイルポッドなど多岐にわたる。心してあたってくれ」

 レシェプに関する詳細なデータが表示される。あらゆる環境に対応した移動システムを足に装備しており、ホバー移動を可能としている。トマホークはスターズと同じタイプの装備で、形状がわずかに違うがほぼ変わらない。レールガンの射程はインドラより短く、威力も通常機よりも強化されたカムイの装甲を破壊するほどではない。光学兵器もないし、問題はなさそうだ。それに、DOWNを除けば、数はこちらが勝っている。

 攻撃目標は敵司令部、そこにはDOWNも多く見張っている。

「本日一九〇〇より作戦を開始する。解散!!」

 民間人を攻撃対象にしなかっただけまだ正気を保っている。だけど、同じ人類なのに、なぜ戦うのか。僕はその疑問を解決できずにいた。

 ただ、激動の時代はそんな思考を持っても、考える暇を与えてくれもしなければ答えを返してくれるわけでもない。

 この作戦は、ヨーロッパ方面への攻撃のために後顧の憂いを立つ、という目的で行われる。ペルクナス、バアルの活躍でアジアの大部分が盛り返してきたこともあり、好機と見たのだろう。

 そのために、現在奮戦中の国以外が連合して攻撃を決定した。カムイは全機投入、その本気がうかがえた。


 そして一九時、作戦が開始された。太陽が沈みきったころであり、辺りは特に暗さを増していた。目的地はより暗い夜の闇に包まれていることだろう。

 海上の空母から射出された僕らは、そのまま加速し、敵本拠地に電撃攻撃を仕掛ける。ダイヤモンドコーティングによる電磁カタパルト射出と、核融合推進システムがあってこそなせる、日本海からの超長距離電撃作戦だ。普通の機体なら、これほど遠く飛行できない。

 機体設計上ゼウスが最も速く、インドラが最も遅い。そのため到着に差は出るものの、短くて数十秒、長くても一分程度だ。問題はない。

 連続して攻撃を仕掛け、レシェプの出番をなくす。

『それじゃあゼウス、先行するぜ!』

 ゼウスの機動力を持って先行し、僕と建御雷、バアルが続く。雲を突き抜け、山脈を乗り越えて僕らは目的地を目視で捉える。各地から集まった連合軍も、敵国への攻撃を待ち構えている。データ上、ヤマト、五雷元帥、ペルーンの姿もある。

『見えた! 目標地点確認!』

『真西君、東さん、突っ込むぞ!』

 ジョバンニの通信のすぐ後、貴霧さんから指示がでる。

「了解……!」

『りょ、了解です!』

 なんでこんなことに、そんな疑問を考えている暇はなかった。敵国内の抵抗軍は、すでに戦いを始めている。その援護をしなくてはならない。

 敵側を見れば、人間の軍とDOWNが手を組んで戦っている。もしこれがただのSF映画だったら、異星人と協力して世界を守っている、とか言うシチュエーションもあり得る。敵に乗っ取られた機械が動いているとかもあり得る。

 だけど、そんな都合のいい展開はない。彼らは紛れもない悪だ。自分たちの保身のために、他の国にすむ人たちを犠牲にする。そんなのダメだ。口では簡単に言えても、実際に多くの国が降伏している。

 そしてそれは、正しい選択なのかもしれない。

 操縦桿を握る手に力が入り、悔しさのようなものが溢れてくる。希望だなんだと言われても、彼らにとっては絶望でしかない。

「くっそぉぉぉぉ!!」

 フレアの砲口を前に向けて、右手人指し指を曲げてトリガーを引く。彼らが使っているのは従来のレシェプ。彼らの機動力では避けられない。光学兵器の威力は実弾兵器よりもはるかに上だ。どうやら、異星人からの技術提供はされなかったようだ。

 プラズマビームが一撃で装甲板を貫き左腕を破壊する。けど、コックピットを狙えなかった。

 だから、右腕に保持したマシンガンはまだ僕を狙っていた。腰から回したレールガンは保持する左腕を失い、地面に落ちている。砲口をわずかにずらし、レシェプの持つマシンガンと重なる。

『ヴァーリー!!』

 通信機越しに聞こえて来たのは、既に着地したゼウスの放電攻撃の合図だった。音声認識しているわけではないが、体内の雷人を活性化させるのに叫んだりテンションをあげたりすることが最適だとわかっている。だから彼は叫んでいる。僕と同じで、苦しそうな声だった。

 放電攻撃は僕らを狙っていたレシェプを数体巻き込んで爆発させ、トマホークを構えた相手にプラズマランスが突き出され、引き抜くと爆発した。爆炎で焼けるパイロットスーツが、空に舞っている。

『うっ……!』

 愛水さんの声が聞こえた。悲しむ声が、通信機に入る。僕らの攻撃を合図に周りのパワードスーツも攻撃を開始する。各地で爆発音が響き渡る。

『真西君、東さんとともにDOWNの掃討を頼む! パワードスーツ隊は、彼らは私とジョバンニが担当する!』

 それは、貴霧さんの小さな気遣い。僕らが相手にするには、重すぎると思ったのか。行こう、それだけを愛水さんに告げて僕らは行先を変える。多分、同じことをインドラに乗るアーサさんにも、もしかしたらペルクナスの綾太さんにも言うかもしれない。

「――何でだよ、何でッ!?」

 通信を切り、腹に抱えた言葉を吐き出す。

 地球を人類の手に取り戻すための戦いだったはずなのに、今は同じ人類と戦っている。いつか起きるとわかっていて、考えなかった。

 同時に思う。奴らが消えたら、僕らはどうなるのだろうか、と。

 ジョバンニのように軍を抜けて、自分の道を進めるのだろうか。そもそも本来職業軍人である彼がいきなり軍をやめるとはどういう意味なのかと思うが、目の前のティラノサウルス型がそれ以上思考する時間をくれない。考えるなとでも言っているのか、咆哮を上げる。

 出現させたプラズマソードを素早く振り抜くと、大きく開けていた口に挟まれる。そのまま止まることなく体を上下真っ二つにすると、次のDOWNへ向けて飛んで行く。

「行け、フレア!!」

 発進させたフレアで連合軍に近づくDOWNを一体ずつ貫く。先に戦っていた抵抗軍のパワードスーツは少しずつ後退していき、僕らはその援護をする。

『こちらペルクナス。残りは全員到着した!』

『嵐君、サンセットさんは真西君たちの援護を頼む。トールは――』

『わかってる。私はそっちでしょ、一満』

『……頼むぞ。みんな、生き残るぞ!!』

 貴霧さん全員への指示を素早く出していたが、最後の言葉だけはすぐには出てこなかった。僕らがDOWNを凍らしたり撃ち抜いたりする中を、プラズマフィールドを発生させたトールが突っ切って行く。

 ――下がってなさい。

 すれ違いざまに伝えられたメッセージに、僕らは従った。追いかけてくるレシェプに対し、トールは右手のミョルニルで思いっきり殴りつける。レールガン方式で飛ばされた杭がレシェプのコックピットを貫き、一撃で爆散させる。その威力に敵は戦意をそがれたのか、敵軍は数歩後ずさりをする。

 思考がダイレクトに反映されている構造をしている以上、小さな恐怖でもその通りに機体は足を一歩後ろに引く。

「なんで異星人と手を組んじゃったんだよ……」

 どうせ、最後には見捨てられるだろうに。それは機体に異星人の技術が全く使われていないことからも予想できる。

 それでも、今この瞬間の安全を確保するには、彼らにはその方法しかなかったのか。

 四足歩行によって岩場を軽快に進むバアルは、右手のクローで実に六機目に及ぶレシェプを切り裂く。四足歩行特有の地上運用能力の高さを十二分に発揮し、トマホークもマシンガンもレールガンも全て回避して突撃、クローかファングで攻撃する。

 獲物を喰らうジャガーのようで、攻撃することに迷いはなかった。

 ゼウスのプラズマランスは、供給されるエネルギーが増幅したことによって矛先を巨大化、頭上で振り回すことで周囲に集まっていた相手を全て破壊する。遠距離から攻撃は放電が全て防御する。

 神話のゼウスは、時に人類を大洪水で滅ぼすほど、厳格な神としての顔を見せる時がある。その逆麟に触れれば、どんな神でも怖れ慄くしかない。

 最後の一機が、ゼウスの前に倒れた。

『ま、待ってくれ。もう、もうやめてくれ!』

『降伏するなら、最初(ハナ)っからアイツらに手ぇ貸すんじゃねぇよ!!』

 武装を保持した腕だけを破壊して、ゼウスはランスの刃を消した。機体は踏みつけて、動かなくする。コックピットからパイロットが脱出したのを見ると、電撃で操縦システムを破壊する。

『胸糞悪ぃ』

 その一言に、全ての想いが込められている気がした。だけど、感傷に浸っている暇なんかなかった。すぐに、次がくる。

『作戦領域の全連合軍兵士に連絡します! 敵司令部を占拠、作戦目標はクリアしました。DOWN及び抵抗する敵機の掃討を行ってください!』

 オペレーターの言う通りなら、作戦は成功、あとは抵抗する奴らを倒すだけ。僕らは、DOWNを片付けるだけ。

『センサーに反応! 熱源多数接近中……これは、ウソ!』

 DOWNの攻撃中に飛び込んでくるオペレーターの驚きの声に、僕らは何かよくないものを感じる。

『熱紋照合、UP接近! エンカウントまで六〇〇セコンド!!』

 その程度なら狼狽えるほどではない。そう思っていたが、次の一言に、僕らは言葉を失った。

『その数、二〇体!!』

 僕らが遭遇した時の、一〇倍。

『おい……まじか』

 ジョバンニの言葉に、オペレーターは肯定を返した。笑えない冗談だ、そう思いたいのに、レーダーに映る反応も、光学カメラが捉えた映像も、まぎれもなく奴らを映し出している。

 二〇体のUP、カムイ一機でようやくUP一体を倒せるというのに、それが二十体。敵の数は約三倍。この連合軍の中にたとえ他に雷神が居たとしても、五分にもっていくのは不可能だ。

 撤退か、抗戦か。

『初手はインドラの陽電子破城砲を打ち込んで敵を攪乱、トール、ペルクナス、建御雷を決め手として、僕らで奴らに隙を作る。全員二機一組(ツーマンセル)で対処、インドラは連合軍に護衛を任せ、トールとゼウス、ペルクナスとバアル、建御雷とライガーで行う。焦る必要はない、カムイなら、問題ない。一体ずつ潰す!』

 貴霧さんの指示に、頭が冷えていく。

 今ここで弱気になったら、誰も助からない。ここでの戦いが、これまでの戦いが意味なくなる。そうしないために、勝ち続ける。

『殲滅攻撃、許可!!』

『了解、陽電子破城砲……発射!!』

 放出された陽電子が一直線にUPの大群へ向かっていく。だが、一つ問題はある。陽電子砲は確かに強力だ。ただし、それは物質に対しての話だ。バリアというのは、物質ではない。光である以上原子を持たない。つまり対消滅させる対象が存在しない。

 だが強力なエネルギーをぶつければ奴らのバリアは飽和して消滅することはわかっている。それだけのエネルギーは十分にあるから、通用するはずだ。それで一体どれほど落とせるか。

『着弾!』

 命中を確認すると、爆発が煙を立てる。その中から、ほとんど無傷のUPが出現する。

「効いてない!?」

『敵UP健在……数、一九!!』

 一機撃破、だが消費したエネルギーに対して功績は低い。恐らくあの中のどれかが自らを盾としたのだろう。他のUPに届く前に自らの体で全ての陽電子を受け止め、消滅させた。

 予定では他のUPも掠めたり貫いたりすることで被害を大きくさせるはずだったが、捨て身で防がれた。

『全機、予定通り攻撃を開始!』

 インドラは陽電子砲を格納すると、ビームライフルを両手に保持しる。ガトリングガンのカートリッジを変更すると、僕らの標的を攻撃する。光線がバリアを飽和させようとしてぶつかり、応えるように奴らも反撃してくる。ナマズの口からビームが飛んできた。

 スラスターを吹かして回避すると、まず一体目のUPに接近する。真正面から近づき、フレアと両腕の四連射でバリアを飽和、降りかかるビームブレードをプラズマフィールドで防ぐ。

 バリアが飽和していれば、攻撃し放題だ。下に回った建御雷が冷凍光線と冷凍ミサイルを発射、腹から足に冷気が伝播する。

「斬るよ!」

『オッケィ!』

 足を弾くと、プラズマソードを発生させて両手で握る。そのまま、思いっきり叩き付けた。刃が食い込み、バジジジッ! と音が鳴る。さらに建御雷のチェーンソードが食い込み、二本のブレードで両断する。

 これで、まず一体。

『行くぞ、ここが正念場だ!』

『よっしゃぁ!! 全部、ぶっ飛ばしてやらぁ!!』

 ジョバンニの威勢の良い叫びが、後押しになる。



 敵性国家への攻撃は、僕ら連合軍の勝利に終わった。しかし、その後に発生した一〇対のUP出現による被害は、敵性国家との戦闘との比ではなかった。

 連合軍のパワードスーツは、敵性国家との戦闘では参加した機体数が全部で三四機、そのうち大破はなく、中破・小破が三機と、一割にも満たない損害だった。

 しかし、UP出現による大破、および撃墜数は二四機に及んだ。中破・小破は五機、最終的に損傷軽微の機体は一機だけだった。

 被害は従来機だけではない。

 戦闘の終盤で、カムイにも甚大な被害が出た。意外な乱入者の出現によって。



「こいつらがいなくなれば、もうこんな戦いはしなくて済む!!」

 ――終わらせる、絶対に。

 そう誓って、僕らは突き進む。インドラが砲塔を全て上空へ向け、それ以外の六機は残った二体のUP――クラゲとナマズ一体ずつ――へと向かって行く。

 インドラの砲撃の射線上に入らないように飛んで行くと、まず一直線に両手のビームライフル、さらにビームに切り替えたガトリングガンが、次にレールガンの弾が飛んで行く。遅れてミサイルが飛んで行き、連続して命中音が響く。バリアが飽和して弾けた。

 続いてナマズへはペルクナスの荷電粒子砲と建御雷の冷凍光線が撃ち出される。コーティングされた触手が後からの攻撃を弾くが、冷凍光線の冷気までは防げていない。

 クラゲが四本の足からビームを連射するが、ダイヤモンドコーティングで守られた装甲には通用しない。ゼウスはプラズマランスを射撃モードにすると、先端からプラズマビームを連射する。構造としてはライガーの手と変わらないだろう。

『奴らを地面に叩き落とす!』

 貴霧さんの指示に従い僕らは全機二体より上に向かい、ある程度距離が空いたところで急降下する。機動力のあるクラゲにはゼウスとバアルが、残りの四体でナマズを抑えにかかる。

『墜ちろぉぉぉぉ!!』

 一撃必殺の格闘性能を持つペルクナスとトール、さらに剣を装備した建御雷と僕のライガーが、ナマズの巨体の上に落ちる。そして武器を叩きつけ、地面へと落下させた。

 すでに連合軍のパワードスーツは動けるものは全て撤退した。やはり被害が出過ぎた。もっと強ければ、悔しさを叫びに、怒りを雷人のエネルギーに変えて叩き付ける。

 ナマズも必死に抵抗し、全身を大きく揺さぶってカムイを弾く。口から放出したビームが地面を焼き、すぐには近づけなかった。巨体のくせに素早く、口の中にあるカッターはオリハルコンを簡単に砕く。

 長大な触手を振りかざし、飲み込もうと接近してくるが、真横から突き出されたミョルニルに巨体が押し出される。五十メートルはあろうと言う巨体でも、トールのパワーには勝てないようだ。

 機械か生物かわからない悲鳴のようなものをあげてペルクナスに突っ込むが、それこそ悪手。綾太さんは素早く後退し、荷電粒子砲を連射して動きを抑えると、プラズマハンドのツッパリが突進を止める。

 距離をわずかに明けてから、巨大な裏拳がナマズを弾き浮き上がった腹に向けてタックルを受ける。装甲表面の回転するチェーンソーが切り裂き、明確なダメージを蓄積していく。

 グルンッ、と振るわれた触手にペルクナスは弾かれるが、腹には傷が残っていた。そこへ向けて冷凍光線が命中、絶対零度までに冷やされた表面から内部へも冷気が伝わる。

『空くん! 今だよ!!』

 目に見えて動きが鈍ると、プラズマソードとフレアを展開しつつ僕が斬り込む。伸びてくる触手を斬り落とし、フレアによる全方位射撃をする。同時にトールのミョルニルも二発目が命中、足を二本吹き飛ばす。

 反対側では、ペルクナスのプラズマハンドが三本いっぺんに引きちぎった。暴れ回るナマズだが、既に体は冷凍弾による凍結でその場から動くことはできなかった。

 最後には、ライガーとペルクナスのプラズマによって斬り捨てられた。

 クラゲも地面に落ちて、四足歩行モードのバアルがクローを展開しており、ゼウスはまだクラゲの足と取っ組みあっているようだ。

 クラゲに今のところ近接戦闘用の武器は、四本の足から放出されるビームブレード以外には確認されていない。

 それでは、彼らの敵ではない。

 既にゼウスの一撃が決まっていた。叩き落とす時にプラズマランスで本体を串刺しにし、地面に磔にしておいた。何度か足先から伸びたニードルに突き刺されながらも、翼を盾にして防ぎきった。どうやら、ビームだけではなく、実体の槍も持っているようだ。しかし、もう遅い。

 そのまま飛び上がり、左手から電撃を発する。

『ヴァーリー……ブレイクゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』

 プラズマランスを避雷針代わりにしてヴァーリーを叩き込み、ランスの刃が巨大化するのと電撃攻撃を同時に行う。

 それでもまだ破壊されておらず、足の銃口をゼウスへと向ける。そこにバアルが走り込み、牙と爪を使って足を引きちぎる。その後本体を上空に放り投げると、ピンポイントで陽電子破城砲が命中、消滅した。

『戦闘状況終了、周囲のサンプルを回収して帰還しよう』

 敵対国への制裁攻撃から、予想外のUPとの戦闘。疲弊した僕らの精神は、休息を求めると同時に勝利の美酒の余韻に浸っていた。

 二〇体にも及ぶUPへの勝利。それは全世界の希望となるはずだった。だけど、僕らはまだ知らなかった。


 奴らの本気を。


 奴らの技術力を。


 この先に待つ、絶望を。


『センサーに反応!! 熱紋照合……なし!? 未確認(アンノウン)です!!』

 警告音がコックピット内に鳴り響き、その方向に僕らは目を向ける。はるか彼方、黄昏に染まる西の空に黒い点が見える。細長い手足、逆光に光る二つの目。

 その形状は、人型。

『奴らの、人型機動兵器……!?』

 それは、僕らに絶望をもたらすであろう存在だった。右腕に持った何かが、待機していたカムイへ向けられる。数は三、アンノウンは攻撃を開始した。

 ライガーの最大チャージレベルのビームが発射されると地面をえぐりながら迫ってくる。

 ――威力が高すぎる!

 とっさに判断すると、全機その場から後退する。これだけの威力、ダイヤモンドコーティングも意味をなさない。左腕を砲撃形態に変形して牽制射撃をするが、アンノウンはもろともせず回避する。

 インドラが弾幕を展開するが、それすらも避けていく。卓越した操縦技術が、こちらの攻撃を無効化する。どんな強い攻撃も、当たらなければどうということはない。

 しかも全員二〇体のUPとの戦闘で疲弊している。このままでは負ける。

「貴霧さん!」

『ああ、全機撤退を! アンノウンの追撃を振り切れ!!』

 各機少なからず損傷している。これ以上の行動は危険すぎる。カムイを落とさせるわけにはいかない。希望が、少しでも潰えるようなことがあってはならない。

「僕が殿を務めます。みんなは早く!」

『私も手伝うよ、空くん』

 両手のプラズマビームを連射しながら、隣に立つ建御雷を見る。ありがとう、と小さく呟いてから、右腕を通常形態に戻す。プラズマソードを握り、一番に接近してきた機体に対応する。

 奴らの武装はビームライフル、右腕に沿って内蔵されたビームカッター、今分かるのはそれだけ。

 ライフルを腰にマウントしてビームカッターを出すと、プラズマソードと切り結ぶ。左腕を元に戻し掌底を突き出す。だが、アンノウンの左腕から発生したバリアが阻む。攻守に武装を持った、汎用型か。

「……ならっ!」

 左回し蹴りで脇腹を蹴り飛ばすと、踏みつけて上空に飛び上がる。急激な動きにはついて来られていない。

「やれ、フレア!!」

 みんなに迫る二機に向けて、フレアを射出する。プラズマビームを連射して動きを阻害すると、建御雷の冷凍光線がアンノウンのうち一機の足に命中する。冷気が広がる前に、ライフルの底部に装備された銃剣が切り落とした。

 今までの攻撃でわかったのは、奴らにはバリアの発生能力はない。そうでなければ初弾はバリアが防ぐはずだからだ。

 ――やれるか……!?

 勝算は、正直低い。まだ敵の機能は全て見られたとは思えない。未知数な部分はあり、さらに今はみんなが後退中だ。ペルクナスの荷電粒子砲と、インドラから借り受けたライフルでバアルが援護してくれるが確実に距離が詰められている。長射程のビームライフルは、撤退中の部隊にも届く。

「一機、だけでも……」

 プラズマジェネレーターの出力を上げると、ゼウスたちに一番近い狙撃中のアンノウンへ突撃する。右手のプラズマを放出しながら掌底を突き出し、アンノウンは左腕のバリアで防ぐ。

 右腕のカッターがこちらを狙ってくる。だが、それより早くライガーの左腕がバリアを飽和させて貫いた。そのまま掴み、全力で振り回す。最初に抗戦したアンノウンへ投げつけ動きを止めると、フレアと右腕の三連射を浴びせた。

 二機が同時に発動し二重となったバリアが阻むが、次第に飽和する。

「愛水さん!」

『貰った!!』

 がら空きとなった後ろから、チェーンソードが投げたほうのアンノウンを貫く。だが、一機逃す。そちらは建御雷を踏み台にして僕のほうへと加速する。まるで、特攻。

 もう一機いるアンノウンはゼウスたちのもとに向かうが、対処は任せるしかない。突っ込んできたアンノウンと取っ組み合いになると、地面へ向けて急速に落ちていく。

「く、ぐぅ……!」

 スラスターを全開にして地面への激突は避けるが、着地しようにもアンノウンは止まらない。

『止まりなさい……。この!』

 建御雷のチェーンソードがアンノウンの足に巻き付き、引き留めようとしているのだが逆に加速、上昇する。カムイ二機を引っ張る推力は、直線の加速力ならゼウス以上だ。その出力を使って、まるでどこかに連れ去ろうとしている。奴はさらに加速していく。まずい、そう判断する。

「愛水さん、離れて!! こいつは、どこかに特攻を――」

『させないわよ! 絶対に、これ以上、誰もやらせない!!』

 そう言って、建御雷は振り下ろされないようにスラスターを吹かす。

 僕らが飛んでいく方向に何があるのか、コンピュータが示してくれる。よく知っている場所、富士の自衛隊駐屯地、カムイ研究所だ。そこを潰そうというのか。かなり距離があるはずだけど、このアンノウンの出力なら十分届きうる。

「やらせな――ッ!!」

 コックピットに衝撃が走る。右腕にカッターが、ライガーの左肩に食い込んでいたのだ。電子機器が火花を噴き、全身がガタガタと揺さぶられる。メインカメラに写り込むアンノウンを顔は、まるで骸骨のように見えるそれが、画面の向こうから睨んでいた。

 一瞬全身を寒気が走ると、同時にライガーの出力が低下する。より深くカッターが食い込み、さらに火花が広がった。

「こん……のぉぉぉ!」

 負けるか、そう思って操縦桿を握りしめると、全身から噴き出したプラズマの粒子がアンノウンを引き剥がそうとする。しかし、奴の左腕から発生するフィールドがその威力を抑え込む。これでは、引き剥がせない。むしろ、放出するプラズマによって機体が浮遊し、移動速度が上がっていた。このままでは、アンノウンの加速力を持って富士に突っ込まれる。

 右腕は完全にフィールドに覆われ、左腕は貫かれて意味がない。この移動速度ではフレアも役には立たないだろう。ならば――。

「あ、愛水さん……、ごめん、受け止めて!!」

『空くん!? どうする気!?』

 こうなった以上、無理にでもこのアンノウンを止める必要がある。

 ガタガタと揺れるコックピット内でコンソールを素早く打ち込むと、強制脱出装置を作動させる。全身に強いGと風圧を感じながらも目を開けると、放出したプラズマがキラキラ輝くのが見えた。その中にいるライガーは、脱出しようとしていた先ほどとは違い、自らアンノウンを掴んで降下する。

「ごめんね。ライガー……」

 次の瞬間、ライガーは自爆した。爆風に飛ばされた僕は建御雷に回収してもらえたが、ライガーの部品はそこら中に散っていく。ヘッドパーツがふらふらと落ちていく瞬間がとても虚しく思えた。

「空くん、早く!」

 通信機越しではなく、直接耳に届いた声に振り返る。いつの間にかコックピットのハッチが開き、その手がヘルメットに触れていた。中に入ると、愛水さんの席の後ろに捕まる。本来一人乗りなので、さすがに狭い。

「帰りましょう。ライガーは、仕方ないわね。あのままだったら、研究所に突っ込んで大惨事になってたし。わたしたちじゃ、アンノウンだけを撃ち落とすなんて器用な真似できないし」

「うん……」

 そう、納得するしかない。建御雷の進路を日本に向けようとしたとき、ガクンと機体が揺れる。まさか、そう思って背後を見れば、銃剣をバックパックのスラスターに突き立てるボロボロのアンノウンの姿があった。

 あの爆発でも、やられなかったというのか。スラスターは火花を上げ、高度がどんどん落ちていく。しかも、奴はライフルを発射しようとしている。銃口の奥に、光が凝縮されていく。

「こぉんの!!」

 刃を掴み、無理やり引き抜く。次の瞬間、何もない場所をビームが通り抜けていく。

 アンノウンの下半身はすでに吹き飛び、残っているのは鳩尾から上、それに右腕と頭。顔も左半分は吹き飛びカメラアイをむき出しにしていた。生物的な何かが見え、おぞましい声のようなものを上げている。

 だが放り投げられた体は自由に動くことはできないようで、ライフルを持った右腕だけを動かしてこちらを狙ってくる。

 同時に発射したビームと冷凍光線がぶつかり合い、強烈なエネルギーを周囲に放出する。高度はいまだ下がり続け、このままでは地面に叩き付けられて吹き飛ぶか、ビームに貫かれて吹き飛ぶかの二択しかない。

 どちらも、選んでたまるか。

「僕の、エネルギーも!!」

 操縦桿を握る愛水さんの右手に、僕の右手を重ねる。別々の信号を流すとカムイは上手く動作しなくなるから、本来やらないほうがいい。だが、エネルギー供給だけなら、今この状況であればできる。目の前の相手を撃ち抜く。それだけに全てを込める。

 その時、雷人を通して何かが繋がったように思えた。

「「行っけぇぇぇ!!」」

 冷凍光線の出力が上昇し、アンノウンのビームライフルを押し返す。行ける、そう確信してさらにエネルギーを絞り出す。

『…………ザ、オボ……オマエ、ノチ……タオ……』

 通信に流れる奇妙な声。それは、まるで目の前のアンノウンが喋っているようだった。全身に悪寒が走り、鳥肌が立つ。明確な恐怖が体を支配しようとしてくる。

 愛水さんの手も震え、操縦桿から離れる。その手の代わりに、操縦桿を握りしめる。ありったけの雷人を込めて、トリガーを引く。

「失せろ」

 冷凍光線がビームライフルを、アンノウンを包み込む。膨大なエネルギー流が包み込むと、完全に凍結する。そのまま、機体は気流に乗って移動していく。いつかどこかに落ちて、粉々に砕けることだろう。

 ふぅ、と息を吐いて操縦桿から手を離す。

「……空くん」

「……どうにかなったね」

「うーん、それがそうでもないんだよね」

 え? と彼女が指さす表示を見ると、高度がかなり下がっていた。墜落まで、もう時間がない。このままだと、僕らも粉々だ。

 彼女は必死の形相で操縦桿を掴み、フットペダルを踏み込む。

「頑張って、建御雷!!」

 愛水さんの必死の叫びに応えるように、建御雷は全身のスラスターを吹かす。僕も重量軽減のために雷人からエネルギーを放出、地面または海面との激突を防ぐために尽力した。

 虚しくも、地面と強打することになったときから、記憶が途切れた。


「ここ、どこだ?」

 コックピットハッチを開けて降り立つと、砂浜と林の間に建御雷は墜落していた。そこから見える風景は、一言で言うなら「静寂」だった。

 さすがに名前くらい付いているであろうどこかの島に、僕らは不時着したのだ。だが建御雷は着地ならぬ激突のショックで機能を停止し、通信手段も移動手段もない。再起動しようにも、システムは完全に沈黙していた。

 波が流れ着く音と、風が枝を揺らす音以外に、音を立てる存在は僕らしかいなかった。

 いわゆる遭難という奴だ。

 アンノウンとの遭遇は、僕らをとんでもない場所に導いた。

「さて、どうしよう」

 何もない島に、声が消えていく。



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