6 激戦
その日、僕らは新たな任務で三班に分かれることとなった。
「これより、地球各地の被侵略地の奪還任務を遂行する。アメリカ、アジア、オーストラリアの三か所だ」
駐屯基地の司令官からの指示で、僕らは各地へと出撃することとなった。内訳はゼウス、トール、インドラの三機。バアル、ペルクナスの二機。建御雷、ライガーの二機と、番号順に前から三、二、二と、予定ではそうなるはずだった。
「では、各機の担当地域を伝える。壱から参型、アメリカ方面。肆、伍型はアジア方面。陸、漆型はオーストラリア方面へ出撃する」
「僕らが、オーストラリア方面ですか……?」
「そうだが、何か問題でもあったか?」
別にオセアニア方面に出撃すること自体に問題はない。アーサさんの方に視線だけを向けると、彼女が小さく手を上げようとしていた。
すでに各地には伝令が届いているだろうし、今更出撃メンバーを変更するなど、普通許可されない。それをわかっているから、手を上げにくいのだろう。ただ、指令はそれに気づいてくれた。
「ああ、アーサ=サンセットはニュージーランド出身だったな……行きたいか?」
指令の言葉に、彼女は下げていた視線をバッ! と上げる。
「行きたいです!!」
失われた故郷を取り戻すために、それが彼女の戦う理由になっていた。なら、それを叶えたいだろう。
ならば、行くしかあるまい。そういうことか。
指令としても、雷神たちの精神的ポテンシャルはあげておきたい。なら、こういうところで気持ちを高ぶらせておいたほうが、雷人の出力向上には向いている。
「オーストラリア方面担当の二人は、それでもいいか?」
「問題ありません」
「大丈夫です」
僕と愛水さんの言葉はほぼ同時だった。そのせいで司令官は聞き取りづらさに若干顔を歪めたが、よし、といった。
「これから各地に出撃し、現地の隊員と協力して各地のDOWN及びUPの対処をするように。各員、心して出撃してくれ」
初戦は七機束になって出撃した。だけど、いつまでもそうしているわけにはいかない。
いずれ僕らは各地に出向いていかなくちゃならない。人類の切り札として、勝たなくちゃいけない。
「空くん、行こ?」
「うん。アーサさんの、故郷か……」
オーストラリアにも大型のものが一つ墜落したと聞いている。しかも迎撃が間に合わず、地表に落ちたものもあるという。高い雷人保有者が生まれる可能性はある。だから、大西洋の攻撃の直後、オーストラリアも攻撃を受けた。その頃にアーサさんは脱出し、日本に来たそうだ。
まだ、多くの国民が各地のシェルターで避難生活を強いられている。定期的な攻撃とともにシェルターへの食糧搬送、人員の輸送を行っているが、焼け石に水だった。
食糧の備蓄は隕石大量接近時から行われており、各地の大規模なシェルターでは十年間耐えしのげると言われるだけの量の備蓄があるという。
ただ、想定人数内なら、の話だ。
早く、決着をつけなくてはならない。
「必ず、必ず取り戻そうね。国も、おうちも、友達も……!」
うん、とアーサさんは頷く。ようやく、彼女は目的を果たせるのだ。一年以上、待ち続けた。奴らへの反撃の時を。
「愛水、空、ありがとう」
三隻の空母に分かれて、それぞれの担当地域へと出撃した。
◇
オーストラリア方面への出撃は、僕ら三人のカムイを含めて、パワードスーツ部隊からも五機がともに行動する。
奴らの攻撃集中箇所はオーストラリア海岸線であり、やはりもとから人の少ない中央部の乾燥地帯にはあまり進行していないようだ。
コックピット内で待機しながらディスプレイを動かして、奴らが多数潜伏する場所を見る。
衛星のほとんどは破壊され、現在地球の周囲にはかなりのデブリが滞留しているという。そのため衛星からの画像は望めない。上空を旋回する無人偵察機の映像が頼りだ。
携行火器であるライフルを持ってから、詰まれている弾から炸裂弾を選択する。出会い頭にぶっ放すつもりだ。
センサー機器正常、ジェネレーター正常、スラスター正常、オールグリーン、それを確認して大きく息を吐きだす。二度目の出撃、やはりまだ不安は残る。だが、それ以上にアーサさんは不安のはずだ。
自分の故郷が戦場になったのかもしれないのだ。一体どれほどの知り合い、友人が犠牲になっているか。そう考えると、気持ちが焦るのだろう。先ほどカムイにいち早く乗り込んでいた。
『空くん、ちょっといい?』
愛水さんからの通信だった。
「いいけど、どうかした?」
『悪いけど、DOWNへの攻撃は任せていい? 私が、アーサさんの護衛に付く』
つまり、前回はスティナさんのトールが行っていたことを、愛水さんがするということか。確かに、正直今の状態のアーサさんを一人にしておくのはまずいような気がする。
焦りがミスにつながりかねない。もし、自分の故郷が、日本がそうなったら、僕も同じようになると思ったからだ。
彼女を、一人で戦わせてはならない。僕らは彼女に内緒でそう決めた。お節介かもしれないけど、仲間を失いたくはない。それは他の軍人さんだって同じだ。誰にも死んで欲しくない。
それに、カムイだけは一機も落とさせちゃいけない。整備長が言っていたように、僕ら自身が希望なら、壊させるわけにはいかないのだから。
「わかった。なら、支援任せるよ」
『りょーかい!』
作戦は現地のシェルターを護衛しているパワードスーツ部隊以外の部隊、つまり現在市街地や沿岸部で戦闘を続けているオーストラリア軍との共同作戦だ。
オーストラリア製パワードスーツ《イピリア》。アボリジニが信仰するトカゲの精霊で、雷の音が鳴き声だと言われていた。人型のパワードスーツなので何がトカゲなのかと疑問が出てくるが、ペイントがしてあるそうだ。オーストリア製という誇りを乗せて。
射撃能力が高く、脚部のホバー装甲でどんな地形でも自由に進むことができる。高速移動中でも高い安定性を持つ。
ニュージーランドでは日本製パワードスーツのヤマトが使われている。鎧武者をイメージしたらしく、防御を重視している面がある。同時に武装も豊富であり、バリエーションの多さと使い勝手の良さ、チューンアップによって自由度の高さもある。
そして僕らが使うカムイ。この三種が戦場に集まっている。
『敵DOWNの移動を確認! 市街地戦になるぞ!』
「了解、アーサさん、援護頼むよ!!」
『……あ、うん!!』
やはり少し不安だ。ライフルをライガーの腰に下げながら聞く。
『アーサさん、大丈夫。私が守りぬくから!!』
頼むよ、と心の中で呟いてから、カタパルトに両足を乗せる。
「真西 空。ライガー、行きます!!」
「アーサ=サンセット。インドラ、発進します!」
「東 愛水。武御雷、出るわよ!!」
僕ら三人に続き、日本のヤマトも五機発進する。すでにオーストラリアのイピリアが市街地で戦闘状態になったとの情報もある。急がなくては。
オペラハウスのある沿岸部を目指して直進しているとノース・シドニーで戦うイピリアを見つける。肩にあるトカゲのマーク、間違いない。
ビルとビルの間を怪獣のように徘徊しながら咆え立てている。ティラノサウルス型が多い。機動力を重視したのか。
イピリアの武装は火器中心だ。十分DOWNを倒すことができる。ライフルの底部に装備された対近接ブレード、銃剣で応戦している。
「インドラと建御雷到着前に射撃ポジションを確保します。先行します!!」
六機のジェネレーターからもたらされる出力を活用して加速すると、シドニーのど真ん中に着地する。地面のコンクリートをはがしながら停止すると、早速目の前に来たDOWNへ向けてプラズマソードを振るう。
頭を右手のプラズマソードで吹き飛ばし、体を左手で掴む。放出したプラズマビームで貫くと、体はそのまま放置する。もう一度飛び上がり、スラスター推力を上げてハイウェイのような道を進んでいく。
上空のプテラノドン型を叩き落とし、シンクロした目で周囲を見渡す。シドニーブリッジが目に入る。さすがにあそこからではやりにくいか。だがビルの上ではプテラノドン型が湧く。
しかし、一先ずは援護が欲しい。
「インドラ、建御雷、援護を!!」
要請にこたえて、空の彼方からマッハ七のレールガンが発射される。着弾点は派手に吹き飛び、同時にDOWNも吹き飛ぶ。さすがの威力だ。さらに冷凍光線も発射され、道路が凍結していく。急激な温度変化に対応できないDOWNを、プラズマソードで貫く。
いったん息を掃き出し、そして吸い直す。
ライガーを一気に加速し、集まり始めたDOWNをチャージしたプラズマビームで撃ち抜く。
『インドラ、建御雷、ポイント到着、援護に入ります!』
高いビルの上に着地したインドラは、その重装備をノースではないほうのシドニーに全て向ける。ビルが倒壊しないようにスラスターで少しだけ浮かしている。隣のビルには建御雷が待機し、上空に気を配っている。これなら問題ない。
「砲撃終了とともに突撃する。頼むよ!」
『了解、建築物の破壊許可は出てるよね……。みんな、すぐに助けるからね!』
シドニー側で戦闘していた部隊も一旦下がり、ビルの陰から顔を出したDOWNをインドラの目が睨む。
『ロックオン……ファイヤ!!』
レールガンとガトリングガン、ミサイルの連射が頭上を飛んでいく。着弾まで一秒とない。すぐに顔を着弾点に向けると、爆発光が視界に飛び込んでくる。
一瞬目を細めるが、すぐに加速する。イピリアのようにホバー移動はできないため、スラスターを吹かしてジャンプして近づく。
結構な数の敵が残っている。だけど、それも想定済み。腰に下げたままのライフルをとると、炸裂弾を放つ。近接信管のため、着弾手前で爆発する。大量に放出された鉄の弾がぶつかり、広範囲のダメージをDOWNたちに与える。
そのまま連続して撃ち続けると、弾をすべて使い切った。その分、周りにはDOWNが転がっていた。
ライフルはその場に放置し、プラズマソードを展開する。
遠くからインドラのレールガンと建御雷のライフルが援護してくれる。ビルの間を縫うように移動し、いきなり目の前にDOWNが現れることもよくある。だが、カムイの反応速度はかなりのものだ。ほぼタイムラグなしでパイロットの思考を読み取り、行動に移す。
大きく開いた顎を真下から掌底で打ち上げ、放ったプラズマビームを維持しながら腕を振り下ろす。ビームがブレードとなり、真っ二つに斬り捨てる。
「行くぞ、フレア!!」
パシュッ! と音を立ててフレアが飛び立つ。
幹線道路を走りながら、左右へフレアで攻撃する。近づいてきたDOWNをわしづかみにすると、全力でビルの壁面へ叩き付ける。そのまま引き摺り回し、ついでにプラズマビームも連射する。ビルが崩壊するのに合わせて、DOWNの顔面も崩壊していく。
最終的には海に投げ落とした。
『カムイに続け!!』
通信越しにヤマトの隊員たちの声がする。彼らもヒートブレードを掲げてDOWNへ突撃、一太刀で首を落とす。後ろからはイピリアが援護してくれていく。
『インドラ、ポジション移動します!!』
後ろの方で重低音がすると、インドラがビルの上から移動していた。それに合わせて建御雷も動き、僕らの後ろを二機が走って来る。
「シドニーブリッジは目の前だ。一気に行ける……!」
プラズマジェネレーターの出力を上昇し、上空へと移動する。ヤマトたちが移動する先を見る。DOWNたちが各地に配置されており、海の中にも大きな影がある。橋を渡るにはまだ危険だ。
「先に海の方を――」
『『任せて!』』
二人分の声が、通信機に同時に入る。足元を見れば、インドラと建御雷が全速力で橋に突入する。鉄骨はすでにDOWNとイピリアとの戦いがあったのかほとんどへし折れており、パワードスーツが一機くらい通れるスペースが出来上がっている。
そこを建御雷、インドラの順番で走っていく。前者は右に、後者は左にそれぞれの腕の武器を向けている。
水中からは首の長い恐竜、プレシオサウルスのようなDOWNが出現し、その牙を向けてくる。異常に伸びる長い首が二体を狙う。
しかし、建御雷の冷凍光線は頭の先から凍らせると、次第に首、体、海と全域にまで冷気が浸透していく。動きが止まり、ついには伸び切った首が自重で折れる。
そしてインドラの左腕のガトリングガンが連射され、水中から攻撃しようと飛び出してきた奴らを片っ端からハチの巣にする。驚異的な連射力と威力が光る。
前方からもDOWNは接近する。それに対しては右腕のガトリングガンと両肩のレールガンが火を噴く。接近どころか抵抗すら許さない砲撃、地面に落ちる薬莢の音がDOWNの叫びと重なった。
「負けてられないな。彼女らにも!」
フットペダルを踏み込んで加速すると、両手にプラズマソードを作り出す。シドニーブリッジを飛び越え、ビル群の真っただ中へと突撃する。シドニータワーの上から飛び立ったプテラノドン型を斬り捨てると、二つに分かれた体がビルに突っ込んで崩れ去る。
「行け、フレア!!」
ビルの森を潜り抜け、フレアが飛んでいく。ビルの死角に潜む相手を打ち抜き、搭載されているカメラがリアルタイムの映像をこちらに教えてくれる。ビルを全て崩してしまってもいいが、それでは生じた粉塵で状況は変わらない。
『空くん! 他のところからもDOWNが集まり始めてるみたい。西側見てみて!』
言われた通りカメラを切り替えると、確かに西の空に黒い集団が見えた。恐らくは飛行可能なDOWNの群れだろう。現在オーストラリアの多くの人間が大陸の中央部、それまでは人の少なかった場所に集まっている。そこにはシェルターも多く、国民の大部分がそちらにいるそうだ。
そうなると、むろんDOWNも生体電池確保のためにそこに集まる。DOWN自体に人間の捕獲能力はない。だけど、人間を守っているパワードスーツを倒し、UPが捕獲しやすい場を整えることはできる。
今までそちらに回っていた戦力を、僕らの方に回してきたということだ。
「急いでこいつらを倒さなくちゃな。インドラ、ポジション確保は?」
『完了してる! 敵集団の迎撃に移るから!!』
ビルの上に立つインドラは、両肩のレールガンを飛んでくるDOWNの群れへ向ける。マッハ七のレールガンだ。状況によっては、ビームより遠くへと飛ぶ武器になる。
そちらを任せ、一番の大型へ僕は近づく。同時にヤマトも二機が同行し、目の前の敵を見上げる。十五メートルはあるパワードスーツが見上げるということは、相手もかなりのデカさだ。おおよそ二十五メートル、形状は《キメラ》としか言いようがない。
頭が二本あるのだ、もうクローンとかそこら辺は別としても、普通の生物とは言えないだろう。異常に発達した腕を地面にたらし、尻尾を愉快に振るっている。角は鋭利で、牙はギラギラしている。
双頭の雄叫びが響き、驚いたインドラも一瞬こちらを向いていた。
『インドラの護衛お願いします。アーサさん、私、空くんの方に回るね』
さすがにこのキメラ型DOWNはまずいと判断したのか、建御雷が僕らの方に回る。ありがたい。
「急いで、こいつを倒そう!!」
通信機に了解やら雄叫びやらが聞こえてくると、グッと操縦桿を握り直す。プラズマジェネレーターの出力を最大まで上昇し、両手にプラズマソードを握る。
走り出すキメラ、そこへ最初に冷凍光線が命中する。ピキピキピキ、と凍り付く音がするが、止まらない。どうやらキメラ型は体もデカい上に、かなり耐久力もあるようだ。やっかいだ、そう思いながら僕らは左右に突撃を回避する。
ヤマトのマシンガンが左右から連射されるが、気に留めた様子はない。逆に尻尾を振るってヤマトを一機弾く。
『先輩!!』
僕の近くに居たヤマトからそんな声が上がる。ヒートブレードの熱量が増加し、建御雷に咆えたてているキメラ型の足へ突き刺す。双頭の雄叫びが上がるが、すぐに片方の頭がヤマトのほうへ向けられる。
その頭に向けて、マシンガンの下側にあるグレネードランチャーが発射される。
『やったか……?』
モクモクと煙が立ち込め、キメラ型の足が止まった。僕らが一瞬淡い希望を抱いたため、トリガーに掛けていた指が緩んだ。
次の瞬間、煙を突き抜けて来た光る牙が見えた。ヤマトの胴体に喰らい付き、良く伸びる首を使って振り回す。僕らはすぐに攻撃しようとしたが、それより早く奴はその場から飛び上がり移動する。追いつくことはできず、勝ち誇ったようにヤマトを掲げ、噛み砕いた。
「――ッ……」
声は、出なかった。
「……ッ!!」
悲しみでも、怒りでも、それは同じだ。声のない叫びが、僕の中で木霊した。それは、建御雷でも――愛水さんも同じだった。
ジャララララララララッ!! と音を立ててるチェーンソードがキメラ型へと伸びていく。軽快に動く首が、角を使って対応している。やはりチェーンソードという実体刃には対応可能だ。
だが、プラズマソードという非実体の剣には対応できない。それをわかっているのか、角ではなく腕を振るってくる。
皮膚を焼き、筋肉を切断しようとするが硬い。
「消えろ、物の怪ども!」
もう一本のプラズマソードを突き立てて、胴体をえぐる。首が伸びて噛みつこうとしてくるが、建御雷の冷凍光線にそれを阻まれる。筋肉が凍って、うまく動けないのだ。ヒートブレードが突き刺さったままの足をチェーンソードが斬り裂き、キメラ型の動きがさらに鈍る。
「決めてやる……!」
プラズマソードを解除し、腹を右拳で殴りつける。僕から見て左の顔にフックを打ち込む。そして首の付け根に右ストレートを叩き込んだ。
後ろに倒れたところで、尻尾を掴む。
かなりの重量だが思いっきり出力を上げ、フットペダルを一気に押し込む。メインスラスターを左右で逆方向に全開にし、キメラ型を掴んだままその場で旋回する。そう、ジャイアントスイングだ。
投げ飛ばした先には、鋭利な屋根を持つオペラハウスがある。豪快に突き刺さり、そのまま押し潰し突き刺さった。
「……終わりだ」
足元に落ちているキメラ型の足からヒートブレードを引き抜くと、オペラハウスへ投げつける。開いていたキメラ型の口の中に突き刺さると、杭のように地面へ貼り付けにする。これでもう、動けない。
ぐあぁぁぁぁ、と雄叫びが響くが、攻撃を止めることはない。
右腕を変形させ、プラズマビームを最大までチャージする。すでに敵増援はすぐそこまで迫っている。
『空くん、来るよ!』
「了解」
愛水さんの言葉に短く返すと同時に、キメラ型を撃ち抜いた。生体反応は停止する。
『指令、陽電子破城砲、発射許可を』
通信機に、アーサさんの声がする。陽電子破城砲はカムイ捌式最強の武器だ。発射には司令部からの承認が必要になる。
目の前にはあれだけの大群がいる。一気に殲滅するほうがいいだろう。シドニー奪還でかなり疲弊しているし、補給を受けられる状況でもない。一気に殲滅できる方法があれば、それを使いたい。
『わかった。敵勢力に対し、陽電子破城砲による殲滅攻撃を許可する』
インドラの胸部装甲が展開され、内部から長方形の砲身が伸びてくる。バチチチチッ!! と唸りを上げながらエネルギーが充填され、赤黒いエネルギーが視認できる。
陽電子砲の最大の特徴は、荷電粒子砲のように敵を焼き尽くすものではなく、標的の物体を構成する電子と反応して発生する『対消滅エネルギー』を元として敵を粉砕、基、消滅させることにある。
この世界を構成する物質が、宇宙誕生のビックバンから発生した原子と、核融合による新たな原子の誕生で生まれた原子のいずれかで構成される限り、その全ての原子には電子が存在している。電子は全て「負」の電荷を持ち、『陰』の電子と言える。
それと対になる存在が「正」の電荷を持つ『陽』の電子、つまり陽電子だ。陰と陽、前者は物質であり、後者は反物質であるとすれば、それはぶつかり合った時に対消滅を起こす。
この世界の構成物質が電子を持った原子である限り、特殊なコーティングか特別な防御方法――たとえばプラズマフィールドのような光波による非物質の盾でも持たない限り、陽電子砲を防ぐ手はない。
その威力は、着弾点に限定すれば核兵器すら凌駕する。
『発射!!』
放たれた陽電子の塊が大気を突き抜けながら光を放つ。大気中にも電子は存在する。それらとぶつかりあうことで対消滅しているのだ。だが、対消滅するときのエネルギーが、後続の陽電子を保護するため残りの陽電子は標的へ着弾する。
赤黒いエネルギーの奔流は、飛行するDOWNたちを一気に消滅させていく。奴らは、自らの身に何が起こったのか理解する暇もなかっただろう。崩壊した物質が放出するガンマ線は視認できないが、崩れゆくDOWNたちは視認で来た。オーストラリア方面のDOWNは、ほぼ全滅に等しい。
『北東方面より新たな反応を感知、ニュージーランド側のDOWNです!』
つまり、アーサさんの故郷を襲った奴らが含まれている。大量のエネルギーを放出して膝をついていたインドラが、膝を起こそうとする。
それを、僕は止める。肩部に手を置くと、接触回線をつなげる。
「今、僕らはかなり疲労してる。補給もできていない。今は、止まって」
『だから、あいつらが来るまでに準備整えちゃお?』
後ろのカメラを見ると、弾倉を持ってきた建御雷が居た。今ここで焦っても、何にもならない。それは彼女もわかっていた。
はやる気持ちを抑え、消費したガトリングガンとレールガンの弾を補充する。僕らと同行したヤマトは一機が大破、一機が撃墜。現地のイピリア十機のうち、行動可能なのは六機。戦力はかなり落ちている。だけど、援軍を呼ぶ時間はない。
そもそも、そんな余裕はない。ニュージーランド側のヤマトは現在もシェルターの警備でこちらに来れるはずがない。
すると、やはり僕らだけでどうにかしなくてはならない。
「それでも、やらなくちゃね……」
余っているライフルを両手に保持すると、奴らが来る北の空に顔を向ける。インドラも本来の武装にプラスして、ロケットランチャーとマシンガンを持つ。かなりの重武装だが、飛行に支障はない。
「僕らが先行し、数を一つでも減らす」
『現状のヤマトやイピリアの戦力じゃ、正面切って戦うのには少し心もとないしね』
『陽電子破城砲の再発射には、まだ少しかかります』
司令官からは海上の艦船からも援護をするというが、あまり期待するなとも言われた。ミサイルが効かないわけではないが、船本体を狙われたら避けようがない。それでも、十分だった。
「行くよ、愛水さん、アーサさん。取り戻そう、全部!!」
二人の返事を聞くと、僕らは同時に飛び出した。
◇
その頃、アジアでは。
出撃したバアルとペルクナスが、飛行艇に吊り下げられながらヒマラヤに対して垂直に飛んでいく。目標地点はインドのコルカタ。人口一億四千万人を誇った、インド第三の都市だ。現在の人口は、百万人にも満たない。殆どの人間が、シェルターに避難したか、瓦礫に潰されたか、UPかDOWNにやられたか。
その避難シェルターに向けて、何体ものDOWNが接近してきている。バアルとペルクナスはジェネレーターを稼働させると、リンクした目を、到着点へと向ける。
拡大しCG補正された画像を見る。DOWNたちの動きが鮮明とは言えないが、踏み砕かれた家々はよくわかる。もし異星人が太平洋に現れたら、自分たちの町もこうなっていた。そう思うと、背筋が冷たくなる。
『射出まであと五分。パイロットは準備をお願いします』
了解、と綾太たちは返すとヘルメットをかぶる。カバーを閉じて操縦桿を握る。
『目標地点到着、射出タイミングをパイロットに譲渡します。固定アーム解除、リニアカタパルトオールグリーン!』
飛行艇の下部が展開し、カムイを乗せた部分の電気が走る。レールガンのように射出し、パワードスーツが随時発進する。
『バアル、貴霧一満、出る!!』
『ペルクナス、嵐綾太、発進する!!』
カタパルトから飛び出した二機も、他の仲間たちに追随する。大型の武装を持つペルクナスだが、その重量をカバーできるだけの推進力があるので、バアルには劣るが十分追いつける。
眼下に広がるコルカタは無残にもぼろぼろで、マザー・テレサが晩年を過ごしたという街は見る影もない。あるのは、荒廃と硝煙、そして我が物顔で歩き回るDOWNの群れ。
『全機突撃、斉射三連!!』
部隊長の指示に従いバアルはライフルを、ペルクナスは左腕の荷電粒子砲を向ける。ほかのヤマトやパワードスーツたちも同じようにそれぞれ火器を構える。
『ってー!!』
高度がだんだんと下がる中、彼らは眼下の敵へ弾丸をばら撒く。すでに家屋は殆どが倒壊し、奇跡的に壊れてないもの以外には残っていない。気にすることなく、強力な爆薬を仕込んだグレネードランチャーも容赦なく発射され、DOWNを肉片へと変えていく。
砲火がDOWNを蹴散らす中、ペルクナスは真っ先に着地する。ペルクナスのメインは遠距離ではない。接近戦だ。空ほどではないにしても、高いエネルギーの発生能力を持つ綾太は、プラズマハンドのジェネレーターを全開にする。
三つのジェネレーターからもたらされるエネルギーでプラズマハンドを起動させる。装甲部分のカッターも、ギュイィィィィィンッ! と唸っている。
『先行するぜ。ペルクナス!!』
彼の叫びに応えるように脚部の推進システムがパワーを上昇させる。地面を滑るようにホバー移動していく。左手の荷電粒子砲を連射しつつ近づき、目の前に現れたアンキロサウルス型へ向けて右腕を突き出す。
『失せろ!!』
掌打が命中した瞬間、さらに上昇したプラズマの濃度がDOWNを焼失させる。雄叫びとともに握りこんだプラズマハンドを後ろに振るう。裏拳の打撃力にプラスされたカッターの削る力が、回り込んできたもう一体のDOWNを弾きつつ斬り裂く。
倒れたところへ荷電粒子砲を撃ち込んで貫く。そして次の敵へ走る。
バアルは上空から肩のバルカンを連射し、ライフルのトリガーも引き続ける。ペルクナスと違って携行火器を使用できるので、あるだけの弾を使っているのだ。
バアルも、メインも地上戦なのだから、ライフルはこの先必要ない。
ドドドドドドドドッ! と実弾が発射される音がずっとしていたが、ついに空気だけが抜ける音になる。つまり弾切れだ。次の弾倉はない。
『ライフルを頼みます。バアル、降下します!!』
僚機にライフルを預けると、両腕のプラズマクローを展開する。さらに背部のスラスターを全開にすると、手近な一体へ向けて突撃した。
『仕留める……!』
敵はトリケラトプス型、鋭い角を向けてくるが、高い加速力で回避すると、一旦地面に下りる。衝撃が大地を捲り返し、あまりの加速にトリケラトプス型はバアルを見失う。
後ろに回り込み、プラズマファングも展開する。そして、地面を蹴ってその首へ飛びかかる。牙と爪、三つの刃が首を落とす。
その首を拾い上げると、接近してくるDOWNへ投げつける。鋭い角は武器にもなり、相手を怯ませるには十分だ。動きが止まったところへ、バアルは加速する。
腰を百八十度回転させ疾走する。大きく振り上げた爪を、大きく空いたにDOWNの口に突き刺した。顎に力を加えれば、バアルの腕を噛み砕くこともできただろう。だが、プラズマクローの一撃はDOWNを瞬時に絶命させた。
『貴霧さん、こいつら結構数が多い……橋の方から来てやす』
『……西側か。先輩、やれますか?』
貴霧の先輩だというヤマトの隊員は、彼の質問に瞬時に答えた。
『弾数が厳しいが、やれないことはない。奴らを吹き飛ばす!!』
その直後、ペルクナスとバアルの頭上を十発ほどのミサイルが飛んでいく。吹き飛ばすという明言通り、DOWNの群れへ突っ込んでいく。
激しい轟音が響き渡り、燃え盛る炎から咆哮か木霊する。
『行くぞ、嵐君。北側から向かってくれ!!』
了解、と綾太は返す。ペルクナスは北側に、バアルは南側に走り出す。
コルカタを左右に二分するように巨大な川――フーグリー川がある。そこに掛かる大きな橋を、彼らは突き進む。
水中に敵はいない。しかしシェルターを探すために地上には大量にいる。それはそれで好都合だ。ペルクナスもバアルも地上戦闘を主眼とした機体だ。水中に潜られたり飛ばれたりするより断然ありがたい。
遠心力とスラスターの加速力を上乗せして、飛びかかってくるDOWNを次から次へと焼失させていく。止まることはない、迷うことはない、ただ一つのことを目指して、ペルクナスの手は敵を掴む。
バアルの爪は振るわれ続ける。プラズマでできているのだから、刃こぼれはしないし、爪を砥ぐ必要もない。それでも相手を斬り続ければ、一満自身の心の刃は砥がれていく。
七人の雷神の中に本当の戦士は三人だけ。その一人として、一満は高速の爪をDOWNに突き立てる。
芸術的とすらいえる建物も、DOWNにとっては道を阻む壁でしかない。文明も文化も、奴らにとっては崩し蹴り飛ばすものでしかない。人間は彼らにとって家畜でしかないのだ。だから、どんな建築物も芸術も、これから搾取される奴らには必要ない。
だから、奴らは容赦なく突撃してくる。それに対して、彼らも容赦ない反撃をする。
上空からの援護はまだ続いている。DOWNたちが上を見上げる隙に、バアルもペルクナスも全力で接近する。バルカンと荷電粒子砲が撃ち抜きプラズマの刃が切りつける。
『管制室より各パイロットへ、シェルターへ向けてDOWNが接近しています。至急応援へ向かってください。距離五〇〇、接触まであと二分です』
モニターに表示された地図を拡大し、シェルターの場所がマーカーで強調される。それなりに、バアルたちの近くだ。だが敵も近い。
『嵐君、行こう!!』
『くそっ、あいつら一体何匹居やがるんだ!!』
確かに数は多い。それに対して、こちらの戦力は少ない上に、残弾も心もとない。これ以上の追撃は難しいかもしれない。だが、行かなくてはならない。そこに助けを求める者たちがいる限り。
二機はプラズマジェネレーターを輝かせ、従来機よりも圧倒的に高い推力で飛び上がる。輸送機に運ばれている暇はない。このまま直進する。
『到達次第、各自の判断でDOWNを殲滅する、いいね?』
『了解っ……。あいつら、潰しきってやる!!』
一満の静かな怒りが、綾太の激しい怒りが、雷人の力を増幅させる。
雷人は心の力がエネルギーとなって具現化される。怒りでも、哀しみでも、強い感情が雷人から大量のエネルギーを生み出す燃料となる。続けられる攻撃に、彼らの光が反撃の力となる。
シェルターに群がるDOWNを見つける。そこにはマシンガンを撃ち続けるパワードスーツ、アジアでヤマトに次ぐシェアを占める『五雷元帥』という機体がいくつか見えた。自国仕様に改造はされているが、基本的な装備は実弾であることに変わりはない。光学兵器を使用する機体は見つからない。それでも、DOWNには必死の抵抗を見せている。
『ペルクナス、突貫する!!』
さらに加速したペルクナスのプラズマハンドが、一撃で複数のDOWNを仕留める。そこに続きバアルの爪と牙が大型のDOWNを倒した。
歓声が上がり、現地のパワードスーツ乗りたちから感謝の通信が入る。
『すまない、俺たちだけでは、守り切れなかっただろう』
カムイ二機の参戦で、状況は逆転した。人類の反撃は、こうして広がっていく。神にも等しい異星人たちを打倒するために集められた雷神は、その力を思う存分発揮している。
負けることなど考える暇ない。ただ目の前に迫る脅威を排除する。今はまだ薄暗い光かもしれない。だが、確かに世界を照らし始めていた。
◇
アメリカに向かったゼウスとトール――ジョバンニとスティナは早速戦闘に入っていた。
太平洋を進む最中、オーストラリアにも姿を見せたプレシオサウルス型のDOWNが彼らの元にも現れたのだ。
ゼウスとトールは緊急出撃、水中の敵を二機はリンクした目を凝らして探す。熱感知センサー、動体センサー、音波ソナーなど、使えるものを使って探す。
『そこか!!』
対水中用の銃を構えると、装填した銛を発射する。ワイヤーが伸びていき、何かに突き刺さった。手応え有り、そう感じてグリップをしっかりと握る。
『くらえ、ヴァーリー!!』
ワイヤーを通して電流を流すと、感電したDOWNが水上に姿を見せる。そこがチャンスと、トールは携行火器であるグレネードランチャーを発射した。大量の爆薬がプレシオサウルス型を吹き飛ばす。コックピット内のスティナはぐっ! と、小さなガッツポーズをとった。
『ほかにもまだいるぜ。気をつけな』
『わかっている。近づいてきたら、プラズマフィールドで弾き飛ばしてあげるわよ』
非物質・光波防盾であるプラズマフィールドバリアは大量のエネルギーをぶつけられ飽和しない限り、崩壊することはない。実体防盾よりも基本的に耐久力は高い。だから、エネルギーの大消費さえ解決すれば高い防御力を維持できる。
それはDOWNの体当たりも問題なく防ぐことができるほどだ。そして電撃が動きを止めたところへ、ミョルニルという名のパイルバンカーが容赦なく叩き込まれる。
『サンフランシスコより通達、敵DOWN襲来、援軍を請うとのことです。シアトルの臨時司令部からも要請が出ています』
もともと、ゼウスとトールはシアトルの借り司令部のほうに向かうはずだったのだが、どうやらサンフランシスコの駐屯軍が攻撃を受けているとのことだ。そちらに向かわなくてはならない。
サンフランシスコは東西北を海に囲まれ、南には山と平野が半々で広がっている。地上を移動しての攻撃は方法が限られる。北と東から攻撃する場合は、ゴールデンゲートブリッジか、サンフランシスコ――オークランドベイブリッジのどちらかを渡るしかない。
そのため、それらの橋の先にある街が、サンフランシスコの最終防衛ラインと考えていいだろう。
そこのレーダーに反応有、というわけだ。シアトルからサンフランシスコは直線距離では一万キロの開きがあるが、射出方向を少し変えればそれだけで、現在の距離ならほぼ同じ距離となる。約四万五千キロを、ゼウスとトールが飛んでいく。
『他の機体は居残りか。過剰労働だぜ』
『仕方ないわよ。カムイの出力についてこられるのは高機動型だけだし、何より母艦を守ってもらわなくちゃ』
ジョバンニの愚痴に、スティナはため息をつきながら答える。確かにそうかもしれないが、今は仕方がないと割り切るしかない。なによりカムイの活躍は各地で抵抗している人々の希望となるのだ。そのためにも、過剰労働は耐え抜かなくてはならない。
戦場に出れば、そんなことも言っていられなくなる。
『ジョバンニ、私は北側に向かうから、貴方は西側をお願い。南側は、現地の人たちに頑張っていただきましょう』
『そーだな、そんくらいやってもらわなくちゃ、俺たちただの便利屋だもんな』
二機はそれぞれサンフランシスコに到着すると同時に、別々の拠点へと飛んでいく。
すでに戦闘は始まっている。迷っている時間も、考えている時間もない。
『ゴールデンゲート上の全パワードスーツ、応答願います!』
アメリカ製パワードスーツ《スターズ》は、始まりのエイプリルフールにおいて、多数の損害を出した機体だった。
パワードスーツの装甲に使われるオリハルコンが無重力下での精製を前提とするため、現段階で地上でのオリハルコン開発はできない。そのため大量に撃墜された分のパワードスーツの補充はできていない。よって、現存するオリハルコンをかき集め、新造された隊長機は機動力を重視しており、一部には光学兵器の搭載も可能となっていた。
名称は《キャプテン》。混迷の時代であってもアメリカ国民の心を支え続けるヒーローから名付けられた。
事前情報で、キャプテンはサンフランシスコの南側に配属されているということだ。だからゼウスもトールも行先をすぐに決めることができた。そして、今トールの視界にはスターズしか見当たらない。それに、押し負けている。ガトリングガンを連射しつつ、少しずつ後退していた。
『こ、こちら北側守備隊! い、急ぎ来援を!!』
『ブリッジより撤退、殿は私が勤める!!』
動揺した声が通信機から聞こえるが、すぐに了解と返される。彼らは弾を一度大量にばら撒くと、すぐに反転して橋から離れていく。巨大な人型兵器とDOWNが走り回っても落ちることのないゴールデンゲートブリッジは、黄昏の光を浴びながら輝いている。
『ごめんね……』
携行火器を右手で連射しつつ、プラズマフィールドバリアを準備する。ゴールデンゲートブリッジへ垂直方向から侵入すると、後退するスターズを援護しつつ着地した。早く行きなさい! と叫びつつ、マシンガンを連射する指は離さない。
さらに肩に新たに搭載したミサイルを発射する。事前にロックオンした場所に着弾し、爆炎を上げる。仕様積みのミサイルポッドは、切り離して余分な重量をなくしておく。
マガジンの弾が無くなったので腰部にある兵装類取付部に付けておくと、ミョルニルを起動させる。プラズマフィールドも発生させ、道路全体にバリアを張る。これでDOWNはこれ以上奥には侵攻できない。
トールの、スティナの力が持つ限り、よほどのことがなければプラズマフィールドが消えることはない。
『さぁ、集まってきなさい。一網打尽にしてあげる』
左手に握った手榴弾のようなものを確認してから、突っ込んでくるDOWNを見る。威勢のいい奴らがわらわらと集まってくる。牙を光らせ、爪を伸ばして、咆哮を上げている。
右足を後ろに下げ、足の裏にあるスパイクでコンクリートをガッチリ掴む。これ以上、下がる気はない。
振り上げられた爪が、バリアに衝突した。
バリバリバリバリッ!! と数億枚の紙を一斉に引き裂いたような音が響き、皮膚を貫き、肉が焦げていく。時折引きちぎられたパワードスーツの腕や頭を投げてくるDOWNもいた。間に合わず、助けられなかったものたちもいた。その事実が、よりバリアを強固にする。
数十匹のDOWNが集まり、バリアを飽和させようと体当たりやひっかきをしてくるが、そんなことで揺らぎはしない。むしろ押し返す。
『いっくわよ…………ミョルニル!!』
大質量の杭を、橋に向けて叩き付けた。楔によって巨大な石が真っ二つになるように、ゴールデンゲートブリッジも、トールの足元から奥が、つまり大量のDOWNたちの溜まっている部分が切り離される。
同時に、先ほどミサイルで攻撃した部分も、折れて割れる。先ほどのミサイルはこのためだったのだ。崩れた橋はDOWNとともに沈み、太平洋へと続く海の中に沈みゆく。
『喰らいなさい、建御雷から借りた、冷凍弾を!!』
水中の敵に対する冷凍兵器の効力は高い。ただ単に体表面を凍らせるより、周囲丸ごと凍らせてしまえば相手は身動き取れるはずがない。それも一網打尽にするために、一気に海に落として、一気に凍らせる。
最初の『ごめん』とは、橋に対して言ったのだ。
『敵生体兵器侵入阻止のため、橋を落としました。これより別の隊の援護に向かいます』
これで北からの侵攻は空中か水中からのどちらかに限定される。飛行型も水中型も地上型に比べれば耐久力や攻撃力に劣る。スターズだけでも十分だろう。
次にどこに向かうべきか、ここは司令部の判断に任せようと彼女は思った。そして、その指令通り、次の場所へと飛んでいった。
ジョバンニもその機動性を生かし、すぐに西側の防衛線へ参戦していた。翼のローターからもたらされる風力は驚異的なものがあり、小規模の竜巻を発生させることも可能だった。
そこに混じる電撃、本物の嵐が巻き起こったような衝撃がDOWNたちを迎撃する。ベイブリッジは途中に島を挟んでサンフランシスコをオークランドとつないでいる。できればさっさと橋を叩き落として侵入を防ぎたいところだ。
『数が、結構いるな……そっちか!!』
橋の手前を最終防衛ラインとして攻撃を続け、進撃してくる一体へ向けてプラズマランスを突き出す。胸から真っ直ぐに突き抜け、電流で焼く。動きが止まったところで踏みつけて引き抜く。
遠くのほうから轟音が響く、頭をそちらに向けると、赤い柱か炎が立ち上る。しばらくした後、さらに巨大な爆音とともに橋が落ちた。
『あーあ、スティナの奴やっちまったな……こりゃ、俺までやるわけにはいかねーな』
これ以上ぶっ壊したり吹き飛ばしたりしたら、あとでシアトルのおっさんに何言われるかわかったものではない。
ジョバンニはそう判断すると、プラズマランスを構え直す。元々ゼウスは基本的に接近戦型だが、トールやペルクナスのような大威力攻撃による一撃粉砕を想定していない。どちらかと言えばバアルの攻撃と似ている。
飛行時の加速力は、全カムイ中最高速なのだから。
フットペダルを踏み込み、ローターを回転させてスラスターも吹かす。ゼウスの巨体がわずかに浮き上がり、そこから加速する。DOWNへ接近し、プラズマの刃を延長させる。
オークランドに張り巡らされた高速道路は無残にも崩れ去っており、瓦礫はパワードスーツたちのバリケード代わりにされている。スターズのガトリングガンが休む暇なく連射されているが、DOWNたちは攻撃をやめようとしはいない。
奴らの皮膚は実弾兵器でも十分撃ち抜ける、というだけで絶対に倒せるというわけではない。奴らは強靭だ。それこそ頭を吹き飛ばされても動き回ることだってある。ゼウスが以前顎を斬り飛ばしても、奴らはのた打ち回るどころか反撃してきた。
十五メートルの巨人用に作られたガトリングガンの薬莢は、それこそ百雷のような音を響かせている。それだけの実弾を必要とする数が、サンフランシスコめがけて進軍している。水中型が居ないだけでも幸運とするべきだろう。そうなったら防衛線が広がり過ぎて、確実にどこかで侵入を許してしまう。
それにビルが密集するような場所ではないので、戦いやすい。もしビルが大量にあれば、それ含めてプラズマランスでDOWNを真っ二つにしていただろう。
『なるべく弾は温存しとけよ。正確に撃たねーと、弾切れになったときに困るぞ!』
弾は有限だ。格闘戦なら殴る蹴る斬るであるから有限ではない、というわけでもない。格闘戦だって消耗する。マニピュレーターを動かし続ければ関節部が劣化するし、ブレードの刃こぼれだってある。直接殴ればそれだけ内部フレームにダメージがあるし、細かい傷がたまる。
それに、格闘戦はなによりパイロットの精神力を消耗させる。銃撃戦と違って相手との距離が離れていないので、状況の変化がより激しい。一瞬の思考と状況への反射、導かれる判断から行動する。そして次の判断を間髪入れず行わなければならない。
次々と繰り出される攻撃に、寸分の狂いもなく返せなければ、致命傷を負うことだってある。だから弾を温存しておきたいのだ。なるべく格闘戦を仕掛けず、撤退する際にも使えるように。
接近戦にもメリットはある。遠距離よりも与えるダメージは大きい。
『近接戦を仕掛ける! 弾を無駄にはできねぇからな。二個小隊続け!!』
ジョバンニの言葉に、背部にマウントした熱溶断斧を構えたスターズが一機と、バギーに乗った歩兵部隊が三両、それが二班続く。バギーには運転手と砲手が一人、つまりスターズパイロット含めて計七名で一つの隊が構成されている。
歩兵など何の役に立つのか、と思うがDOWNには歩兵の武装でも効く。倒せるかどうかという問題はあるが、ダメージを与えられことは与えられる。そのため、スターズの援護のために陸上歩兵が同行するのだ。
ゼウスはすでに先行して攻撃を開始し、数十秒遅れてスターズが接近戦を始めた。トマホークが首を落とし、尻尾を受け止める。大型はゼウスの電撃とプラズマランスが排除し、あと残るのは比較的小型なものが多い。
『気ぃ引き締めろ! まだ何が来るかわかんねーぞ!!』
『Yes, sir.』
軍人たちの鋭い返事を聞きながら、目の前のDOWNを頭から真っ二つに叩き斬る。その後、全てのDOWNを問題なく殲滅した。
『掃討終了……今後のために、橋の爆破は考えておいたほうがいいな』
激戦はまだ続くだろう。だが、確実に世界を取り戻しつつある。希望ある限り、人類は負けない。