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3   武器



 異星人の侵略は、最初の生体電池確保からだった。その際に使われたのが通称クラゲとナマズ。世界各地の連合軍での正式呼称は《Unknown・Predator》、『未知なる侵略者』と名付けられたそれは、略して『UP(アップ)』と呼ばれた。クラゲは多数の足からUPレッグ、ナマズは巨大な筒のような口からUPマウスと呼ばれた。

 クラゲの足は先端にビームガンを搭載しており、強烈な踏みつけや機動力を生かした一撃離脱攻撃を得意とする。本来なら、人間の鹵獲を目的とするので、攻撃オプションは必要ないのだろうが、自衛のために搭載されたのだろう。

 ナマズは基本的に陸上を進むが、時には海上、海中を航行することもできる。さらに前方に装備されたアームで人間だけを的確に回収する。回収されたものは、UPレッグの中へと収容されていた。

 この二体は常に一緒であり、どちらも強固なバリアを備えている。その数は今までに五組、北アメリカ、南アメリカ、オーストラリア、中国、アフリカに出現した。寒冷地には出現しなかった。

「奴らは確かに高い戦闘能力を持っているが、君たちに支給される新型カムイなら、バリアを突き破ってダメージを与えられる。それに関しては、零型の命懸けの実戦によって証明された」

 指導官の説明の後、その際の映像が流れた。右手のドリルアームとプラズマ集束砲でナマズの横っ腹に大穴を空ける様子が映し出された。空気を押しのけながら進むドリルがバリアを突破、装甲をえぐる。激しく暴れ回るナマズの触手に弾かれるが、遠距離からのプラズマ集束砲がバリアを飽和させ、傷口から内部を焼き尽くす。

 しかし、援護にクラゲが現れると戦況は逆転。零型は撤退を余儀なくされる。それでも去り際に左腕のチェーンソーがクラゲの足を一本斬り捨てている。どちらにも、ダメージは与えた。

 今までの実弾兵器ではバリアを貫通することができずにいた。だが、カムイならできる。

「しかし、これに危機感を抱いたのか、UPに変わる新たな敵を送り込んできた。それが《Dinosaur‐type・Organic・WeapoN》、『恐竜型有機兵器』という意味のこれは、略して『DOWN(ダウン)』と呼ばれている。今現在、戦線で戦っているほとんどの敵がこいつらだ」

 次に映し出された映像には、トカゲのような体格をした生物が何体も映し出された。実弾兵器でも十分に掃討することができるようであり、連合軍もそこまで苦戦はしていなかった。質より数の勝負ということか。

 見た眼は、白亜紀の恐竜に似ている。

「この生命体に関して生物学の視点から情報が寄せられている」

 次に映ったのは、どこかの映画に出てきそうなマッドサイエンティストじみた風貌の科学者だった。

『このDOWNだがね、鹵獲した奴らの細胞を調べてみたところ、名前の通り六五〇〇万年前に滅んだ白亜紀の恐竜たちの遺伝子と一部類似していることがわかった。まぁ、だからDOWNなんだけどね』

 確かにDOWNの体はどこか恐竜じみている。二足歩行か四足歩行の個体があり、巨大な顎を持つ個体、角を持つ個体、背中に大きな背びれをもつ個体。ティラノサウルス、トリケラトプス、ステゴサウルス、メジャーな恐竜の特徴を持っている。

 奴らの星にも恐竜がいたのか?

『恐竜の絶滅には、巨大な隕石の落下によって舞い上がった塵で空が覆われるなどといった寒冷化が原因だとされている。だが、それ以前にも隕石落下の痕跡が見つかったんだ。もしかしたら、奴ら異星人は以前にも地球の恐竜たちを、今と同じように生体電池にして捕らえていたのではないかと思うんだ』

 ――個人的見解だけどね、と付け加える。

 つまり、恐竜絶滅以前の生物の定期的な増加停止、大量死滅は異星人のせいなのか。ただ、大量絶滅に関しては異星人側としても予想外なのかもしれない。

 獲物をとり過ぎれば次の年から食料不足になるように、採り過ぎは禁物だ。奴らが生体電池となる恐竜を、何も考えずに狩り尽すようなことをするとは思えない。

『そしてもう一つ。損傷はしていたが、恐竜の骨から採取できた骨髄間質細胞を調べてみたところ、今の人類と同じように発電遺伝子を持っていることが判明したんだ。しかし、哺乳類の祖先と思しき生命体には、それがない。奴らが普通の動物や爬虫類を搾取しないのは、個体数の多い、体のデカい人間用に調整した発電遺伝子をばら撒いたため、搾取出来るのが人間だけなんだろう』

 奴らが人間を搾取する理由、それは単純明快、それしかいないということだ。当時の地球の恐竜も、個体数はともかくとして体躯はあったはずだ。DOWNに恐竜のような個体が多いのは、彼らがその生体細胞を、天然のままで保有しているからなのだろうか。

 そして、それをもとにDOWNを造った。

『ついでに言うなら、おそらく奴らが来なくなった理由は地球の寒冷化のせいだろう。氷河期に突入し、現在の気温は恐竜たちが生きていた時代より数段平均気温が低い。しかし、つい十年ほど前の地球温暖化騒動で平均気温が上昇し、奴らが来られるようになったんだろう。地球が温まるのを待ってたのかね』

 ただし確証はない、という。今でも気温は何千年前よりも下がり続けているほうらしいのだ。もしかしたら、急に生体電池が必要になって、慌てて取りに来たのだろうか。

 奴らがどんな意図を持って地球に来たにせよ、六五〇〇万年前と同じように、生命を狩り尽すつもりか。それとも、家畜のように育てるのか。

 おそらく後者か。

「聞いての通りだ。奴らはこれからも新たな戦力を投入してくることだろう。いまだにDOWNは倒せてもUPを倒せたことはない。それは、諸君らの奮闘に掛かっている」

 DOWNはバリアを張っていないから、通常弾でも十分に効果があった。だが、UPになると一気に形成は逆転する。零型のような強力な攻撃兵器を備えていなければ、かすり傷一つ負わせることはできない。

「時間はあまりない。全員にはすぐにシミュレーターで訓練に入ってもらいたい」

 全ての説明が終わると、僕らは黒服の大人たちに連れられて防衛省から離れていく。振り向くと、事務総長は申し訳なさそうな顔をしていた。

 現在の事務総長は元自衛官であり、実戦経験無きことを誇りとし、災害救助、支援にのみ力を注げたことを最大の名誉としていた。それが、国連事務総長就任後、任期二年目で世界大戦が起きてしまった。

 今も、彼が結成を宣言した連合軍が大陸で戦っている。

 僕らにカムイ捌式の説明をしていた時、何を考えていたのだろうか。


 二日後、国連事務総長を乗せた輸送機が落ちたという知らせを聞いた。それでも、世界が止まることはない。


 僕らが最初に取り組んだのは、シミュレーターでどの機体に適正があるかを判断した。反応速度、射撃制度、格闘能力。脳波によるコントロールを含めるこの機体は、単純な反応速度だけでは測り切れないこともある。

 射撃精度もスティック操作とアーム操作では大きな違いだ。据え置き型ゲームのシューティングゲームと、ゲームセンターのような体感型シューティングゲームの違いと言えるだろう。

 それに、雷人からの発電量も考慮に入れなくてはならない。

 カムイの操縦系統が思考操作、インテンション・オートマチックで行われる以上、二人以上でのパイロットの操作はあまりよろしくない。機械が誤認しないという確証はない。

 それに雷人の発電は常に行われるわけではない。雷人の発電は本人の感情や思考による変化があり、機体を動かす側と武器を動かす側でタイムラグなしの意思疎通でもできない限り、機体制御と火器制御を分割するのはメリットがない。むしろ動きを鈍らせる。

 なので、僕ら全員がカムイに乗って、見事動かせるようにならなくてはならない。

「さすがロボット大国日本だな。イタリアにここまで高性能なやつはないぜ。まぁ、乗ったことはないんだけどな」

 クラウドさんは感心した様子で壱型の足に触れる。エネルギーが流れていないためか、各機の色はくすんだ黒か、ダイヤモンドコーティングの透明感のある銀色だった。

「クラウドさんは、どうしてこちらに?」

 貴霧さんが尋ねると、クラウドさんは頭をかきながら答えた。

「ジョバンニで良いぜ。お前らもな。――で、カムイのパイロットに選ばれた理由なんて、こっちに取り残されただけさ」

 悲しむ様子もなく、クラウドさん――改め、ジョバンニは言う。同じ軍人であるトゥリットさんは落ち着いた様子で各機体を見て回っている。

 だけど、サンセットさんは戸惑っているようだった。そちらには東さんが近づき、小さな声で話している。この距離では聞こえない。

 各々思うところはあるのだろう。僕だって、なんでここに立っているのか、未だに納得ができる気がしない。理解はしている。でも、ただ高校生になるはずだったが宇宙人の襲来で学校が緊急閉鎖、さらに膨大な発生量からカムイパイロットに認定された。

 断る道はあった。だけど逃げ切る気にはなれなかった。このままじゃ、どうせ人類は負けることがわかっている。そうなったら、シェルターでびくびく怯えて生きるしかなくなる。それはごめんだ。

 けど、戦場に出るという事は結局同じだ。むしろ、シェルターに居るより死ぬ確率は高い。だから逃げるか、と聞かれればノーと答える。

 僕なんかでいいのか、他に適任者はいるはずだ、すぐに落とされる、なんていう雑念ならいくらでもある。でもやるしかないんだ。それだけは、納得している。

 シミュレーションの結果、高い飛行能力を持つカムイ壱型には、イタリア空軍であったジョバンニが選ばれた。純格闘型であるカムイ弐型にはプロのトゥリットさん。純砲撃型のカムイ参型にはサンセットさんが選ばれた。

 日本人組は、高速起動格闘型であるカムイ肆型に航空学生の貴霧さん。巨大なマニピュレーターを備えたカムイ伍型には嵐さん。そして冷凍兵装を備えたカムイ陸型には東さん。

 そして僕が乗り込むことになったのは、最もエネルギー消費が激しく、《プラズマジェネレーター》を一〇機も搭載するカムイ漆型だった。

 壱型の高速飛行能力を生かせるのは軍関係者の三人だけだ。その中でも特に航空機に乗っていた経験の長いジョバンニが選ばれたのだ。

 弐型は純格闘型、臆することなく敵の懐に入り込め、とっさの判断も可能とするにはベテランのトゥリットさんしかいない。

 参型は基本的に後方からの支援活動を主とする。サンセットさんは高い射撃制度を誇り、後方のほうが安心するという理由からも決定した。

 貴霧さんはカムイパイロット就任とともに特別待遇として軍曹となり、高速機動に耐えられる体であることから肆型に決まる。

 残った伍型、陸型、漆型は僕と東さん、嵐さんの雷人の発生量によって決定した。必要とされる発電量が高い順から漆型、伍型、陸型となっているので、僕らも高い順に乗ることとなった。

 それで、伍型には嵐さん、陸型には東さん、漆型は僕ということなのだ。

 パワードスーツはまだ民間に安々と払い下げられるほどの量産体制には至っておらず、民間でも上場企業などは建設現場や式典での使用を可能としていた。それくらいしか軍事目的以外では使われていないので、必然的に民間人がパワードスーツに乗る機会はほとんどない。

 そのおかげで、トゥリットさん以外はかなり苦労することとなった。

「スティナ先生~、こいつ動かないんですけど!! ちょ、どーなってんだ」

 トゥリットさん、から名前呼びになると、だいぶみんなともコミュニケーションはとれるようになっていた。彼女を教導官として、訓練をしている。思考制御は案外難しく、機体のバランス維持だけでも最初は精一杯だった。慣れてくると自分の体を動かすのと感覚的に変わらないので、そこからは早かった。

 ただ、その間も世界は常に戦火の中にあった。

 大陸側を防衛しているのは、現在そこにある国家だが、その大半はすでに降伏していた。

 中国や韓国のような経済大国となった国々は服従を選ぶことなく、徹底抗戦の構えを見せた。

 アメリカも同じであり、現在も西海岸手前とカナダ付近で必死の攻防を繰り広げている。しかし、戦況は芳しくない。

 世界の国々が時間を稼いでいる間に、僕らの訓練は行われていたのだ。中国やアメリカにも雷神級に大量の雷人を有している者はいるのだが、今前線を支えているのはそんな雷神たちだ。

 彼らを引き抜いて戦線を崩壊させるわけにはいかず、試作品の荷電粒子砲やプラズマジェネレーターを支給して、各地を援助しているのだという。僕らカムイパイロットはその最前線に居なかったから、招集することができたということだ。

 オセアニア大陸方面も攻撃を受けているのは確かであり、ニュージーランドはその中で最初に降伏することとなった。アーサさんはぎりぎりで国外脱出に成功していたため、ここにいる。

 ジョバンニは複数いる旅行中に異星人襲来を受けた人々の一人だった。その多くが大使館生活を余儀なくされている。スティナさんはスウェーデンから脱出してきた軍人であり、戦うためにこの国に来た。

 世界中で起こる戦いは小規模化してはいるが、未だにDOWNは侵攻を続け、それに協力する国家との戦いは終わる兆しもない。

 勝てるのか。戦いの始まりからすでに一年、勝利の鍵も可能性もない。そんな中に僕らが向かっても、変えられるのか?

「決めたぜ、こいつの名前はゼウスだ!」

 格納庫でカムイとリンクしながら調整をしようとしていたとき、ジョバンニが叫ぶ。何事かと思ってコックピットから顔を出すと、自信満々の顔をしたジョバンニは一型の肩に立っていた。危ないな。

 で、彼が叫んだゼウス、ギリシャ神話の最高神で雷の神だ。翼と放電能力というのは、確かにゼウスをイメージさせる。カムイも神様のことを示し、僕らは雷神と呼ばれる。たしかにイメージとしてはぴったりだ。

「何を言ってるの? 頭でも打った?」

 問いかけるのはスティナさん。急なことなのでなにかあったのかと思っただろう。しかし容赦がない発言だ。ジョバンニも脱力した視線を彼女に向けていた。

 まったくこれだから、と呟いてから壱型の側頭部に手を当てる。

「何って決まってんだろ。このパワードスーツの名前だよ」

 つまり、ナンバーではなく個別の愛称をつけようということか。

「せっかく七機、試験機入れりゃぁ八機あるんだ。番号呼びなんて面倒じゃねぇか」

「だから名前付けたの? まぁ確かにカッコいいけど――」

「じゃあ俺の伍型はペルクナスだ!!」

 同意したのは綾太さんであり、彼の付けた名前は確かリトアニア神話の雷神だったはず。かなりマイナーだ。それから全員がそれぞれ名前を付けることを決め、壱型がゼウス、弐型がトール、参型がインドラ、肆型がバアル、伍型がペルクナス、陸型が建御雷(たけみかづち)と決まった。

 一人決め兼ねたまま調整作業に入ってしまい、出撃までには決めとけよ、とジョバンニに言われた。

 漆型の形状はこれといって特徴がない。細身な機体各所にジェネレーターが搭載されており、背中の武器は太鼓のような形をしているが風神雷神絵巻のものとは並びが全然違う。そもそもひねりがない。

 どうしようかと思いながらリフトを上がり、コックピットに乗り込む。

 一人だけこのままカムイ呼びはなにか寂しい。こんな状況でカッコよさを求めるのは、前線で戦っている人たちに失礼かもしれない。そう思ったけど、逆に僕らには必要だった。

 怖さを吹き飛ばすカッコよさが。ド素人たちには、自分たちを奮い立たせるものが必要なのだ。それがヒロイックなカムイの強さとカッコよさなんだと思う。

 シートに着くと同時に前方に足の間に向けてモニターが立ち上がる。タッチパネルに暗証番号を打ち込み、指紋認証と虹彩認証を受ける。この一連の動作を完了すると、初めてメインシステムを立ち上げられるようになる。かなり強力な機体であり、これを異星人側の国に奪われるわけにはいかない。だから厳重なセキュリティがかかっている。

 シートの上に、脳波の観測装置が準備された。

「インターフェース接続、搭乗者、真西空。システムリンク」

 機械的なラジャー、という音が聞こえると脳に何かが入り込むような感覚がする。脳みそがかき分けられるような気分を味わいながらリンクを完了し、操縦桿を掴む。

 機体ごとに生体認証を必要とするのと同じく、このシステムリンクも個人個人で細かな調整をしていかなくてはならない。手を握り拳にしようとしても指が曲がらない。五十肩でもないのに腕が上がらない、なんてことがあれば戦闘に支障が出る。

 むろん機体構造上仕方がないこともあるが、基本的にそういった差異をなくさなくてはならない。

 それに、一から十まで思考操作をするわけにはいかない。二十メートル近い機械を思考だけで動かそうとすれば確実に脳に負担がかかる。それを軽減するためにも、最適な思考シンクロと、操縦桿によるフレシキブルな稼働を必要とする。

 技術者たちの声を聞きながら調整をしていくと、ほぼ問題なく動かせるようになった。あとは訓練をどこまで活かせるか。

『もしもし、聞こえる? 真西くん』

 突然、別のカムイから通信が聞こえてくる。方向は建御雷、相手は唯一の同い年の――。

「東さん。どうかした?」

『調子どう? 順調にシステムリンクも慣れて来たけど』

 うーんと喉を鳴らしてから答えた。

「なんか耳の穴から棒突っ込まれてかき回された感じだね」

 僕のたとえが的を射たのか、東さんは通信機の向こうで少し笑う。その声は、少し辛そうなものだった。大丈夫? と聞いてみた。

 それに、彼女はぜんぜん、と力なく返す。

『私、自分が軍人になるなんて思ってもみなくて。スティナさんもアーサさんも、戦う理由のある人だし……』

 確かに、彼女以外の女性二人は、明確な戦う理由があった。軍人として、故郷を取り戻すため、そういう理由が。

 だけど、彼女にはない。実際のところ、僕も彼女も、そして綾太さんも断れるはずだ。だけど、誰も断らなかった。三人とも異星人の襲来がなければ、いや、他の人だって平和に暮らせたはずだ。

 それでも、戦い道を選んだ。

 僕に戦う理由があるのか、と聞かれればこう答えるしかない。

 〝戦わなければ生き残れない〟

 と、いう至極単純な理由だ。怖いかと聞かれれば、今すぐここから逃げ出したいくらいだ。目の前に緑色の単眼が迫っているわけでもなく、疎遠の父親に乗れと言われたから乗るでもなく、お爺ちゃんが残したスーパーロボットってわけでもない、地球を守る正義感あふれる勇者でもない。

 ただ偶然にも、雷人による発電量が他人より多かっただけだ。世界を救うなんて言う責任に、今だって押しつぶされそうだ。

 ふと、疑問を口にする。

「東さんって、出力どれだけだったんですか? 雷人の」

『私の? 私は……、3.9ギガジュールだったよ』

「じゃあ、もうあと1ギガ低ければ、ここに居なくても済んだんですね」

『それでも、いつかは徴兵されてたよ。そうなったら、この頑丈な建御雷(あいぼう)に乗れないし、こっちでよかったんだよ。そういう真西くんは?』

「7.8ギガジュールでした――」

 そういうと、通信機の向こうから言葉が途絶えた。なぜ僕がこの漆型に乗せられたかは、それが理由だ。一〇機ものプラズマジェネレーターを十分に稼働させるには、それだけの発電量がいる。聞いた話では、ありえない数値で人間じゃないと疑ったほどだったという。

『それは、ずいぶんと大変だったんじゃないの。真西くんも、政府の人たちも』

 ごもっともです、と心の中で同意しておき、乾いた笑いだけを返しておく。まだ話していようかと思ったとき、整備の担当者から声がかかった。

「じゃあ、またあとで。整備長がお呼びだから」

 システムとのリンクは良好。いつでも出撃できるということで、最後のレクチャーを受けた。職人気質な親方を絵にかいたような整備長が、スパナをもって僕らの前に座っていた。

「いいか、こいつらは機械だが、お前らの相棒だ。何をやるにも必要だ。俺たちにとってのスパナ、コックにとっての包丁」

 立ち上がり、彼の後ろで整備を受けている零型を指さす。

「男にとってのドリル!」

「「「え?」」」

「それくらい重要なもんだってことだ」

 男にとってのドリル、それはわかる人にとってはすごくわかることなのだが、大半はわからなかったようだ。ただちょっと違う気がする。

「お前らは文字通りこいつらと一心同体になる。だから、自分と相手じゃない。この機体ひっくるめて自分だと思え。お前ら自身が、希望なんだ」

 整備長が言ったことの意味を、僕らはまだ理解していなかった。自分たちがどれほど期待されているのか。その期待がどれほど人類の希望と深く結びついているのか。

「そのために、この機体に関してとことん叩き込む、覚悟しろ!」

 その前に、ひとまず勉強だった。訓練は、その先半年に渡り続いた。


 それから時間が過ぎ、二〇三五年、八月一五日。奇しくも第二次世界大戦終了から九〇年目に、僕らは戦場に立った。大陸での戦闘は縮小し始めているがまだ続いている。新造空母三隻に機体を乗せて、僕らは行く。

 脳波と機械をリンクしやすくするために伝達能力を与えるシステム、耐衝撃、耐G用の機能も備えたスーツを装着して機体に乗り込む。最後の機体チェックをしているとき、画面に六つの英文が流れる。

 機体のOSか何かかと思ったが、少し違う。そこに込められているのは、この機体への人々の想い。その瞬間、名前が決まった。

 今このありえないくらい絶望的な状況の中、人類は滅びの運命に抗っている。その想いを無駄にしないために、僕は今ここに居るんだと思う。


 『人間の光が不屈なる勇気の力を与え、限界を超えた命は革命を起こす』


 操縦桿を握りしめると、雷人から放出された電力によって核融合炉に火が入る。精神も同調し、僕自身がヒヒイロノカネの巨人となる。内部でエネルギーが上昇するのがわかる。カタパルトに脚部が接続、ゆっくりとエレベーターが移動して停止する。目を閉じて、届く音声に応える。

「了解、機体の操縦権を確認。準備完了」

 深呼吸してからヘルメットのバイザーを閉じ、その瞬間を待つ。

『固定アーム解除、進路クリア。戦果を期待します。発進、どうぞ!!』

 オペレーターのよく通る声を聞きながら、眼前に広がる空を見る。

「真西 空。ライガー、行きます!!」

 カムイ漆型改め、ライガーの発進に続き他の六機も飛び出した。



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