2 人
『異星人の襲来』。その日は『始まりのエイプリルフール』と呼ばれた。嘘のような出来事が、真実となって世界を駆け巡った激動の日々の始まりだった。
高校入学までの残り数日。『相対性理論とワープ航法の可能性』という難しい番組を見て夜更かしした頭で朝を迎え、テレビをつけたらそのニュースが流れた。
寝ぼけ眼でカレンダーを見ると、四月一日、程度の低いジョークかと思ったが、流れる映像は真実だけ伝えていた。
吹き飛んでいく人々、あまりの光景にカメラマンは仕事をほっぽり出して逃げ出してしまった。当然の結果だと思いながらチャンネルを変えようとしたとき、破砕音を立ててから、画面も暗くなる。
きっと、カメラが壊れたんだろう。最後に映った映像は、リポーターとカメラマンが何かに連れ去れる瞬間だった。
その後、どのテレビ局でも同じような異星人の襲来、国際連合本部ビルの倒壊、崩壊するビックベンのニュースが流れる。
その一週間後にはオーストラリア南部が完全占領、中国西部が中国政府の支配から独立、即異星人に対して全面降伏を宣言した。同じころアフリカの四分の三の国々も全面降伏した。
現在侵略を受けていないのは、ロシア、カナダ、北欧地域、韓国、そして日本。僅かこれだけの国々だった。
攻撃を受けてない地点はいくつもあるが、そのほとんどは国の一部が攻撃を受けている。
だから、全く被害を被っていないというのはこの数国だけ。うち半分は寒冷地域であり異星人は寒冷地域に踏み込めない、という見解がなされた。
そのため各地で疎開が起こった。ロシア、カナダのシェルターが特に重視され多くの者が逃げ込んだようだ。
確かにクラゲもナマズも寒冷地への侵攻を渋り、人口減少の一方通行だったのが少しだけ納まりを見せた。
しかし、全人類を寒冷地に避難させることなど不可能であり、目標を失った異星人は、今まで手を着けてこなかった極東方面へと手を伸ばした。西と東、両側から挟むように奴らは進撃している。いずれアジア側に来るのも時間の問題だったのだ。
日本と韓国周辺の駐屯米軍は、アメリカの司令部移転に伴い全部隊へ帰還命令が出された。そのため、日韓両国は自国の戦力だけでの対処を必要とされた。
全市民のシェルター避難、国外脱出が政府によって決定された。一〇年ほど前の隕石大量接近時と、国家間の緊張が高まったことによって増設されたシェルターは、掘削能力の向上やパワードスーツの開発で手早く進み、国民全員を避難させるだけの十分な容量があった。
異星人もむやみやたらと搾取するのではなく、ある程度捕まえると行動を止めていた。しかし攻撃する者に対しては非情であり、圧倒的な武力のもとに殲滅、蹂躙した。
結果、アメリカ、中国の戦場は壊滅的打撃を受けたため戦線維持が困難であり、次第に戦線は後退していく。
欧州もかなり疲弊しており、アフリカ方面へ脱出する者たちも多かった。辛うじて侵攻が止まったため極東方面は無事であり、寒冷地域も攻撃を受けずに健在であった。
けれど、異星人側に加担した国の攻撃は絶えず行われていた。そのため日本も周辺地域も常に攻撃に対して対処できるように厳重な警戒態勢を敷いている。異星人との戦いは、地球人のなかでも内紛を起こし、世界全体が巻き込まれた戦争となった。
忌まわしき第二次世界大戦から八九年、〝第三次世界大戦〟が始まってしまったのだ。本当の意味で全世界が戦場となったこの戦争は、二五億という桁違いな数字の犠牲者を、最初の一年で叩きだした。
開戦から半年で十五億が、そして現在に至るまでに十億消えた。
冬になったころに異星人たちの活動は収縮、同じく加担した国も戦線拡大には消極的となった。その間に各国は戦力の立て直しを図ることとなった。しかし、新たに戦力増強を行うには物資不足は否めなかった。
異星人は侵略に際し、中性子の核分裂を抑制する装置によって核ミサイルはもちろん、原子炉、核爆発を原動力とする水爆を封じ込めた。
原子力発電に関しては、太平洋に設置されたスーパーソーラーシステム、世界各地の風力発電、水力発電などにより廃炉が進んでいたため、電力的にはさほど問題はない。そのパイプラインが断たれたら、エネルギー問題は深刻なものとなるだろうが。
最強の兵器たる核兵器――水爆を封じ込められたのは痛手だった。アメリカ軍が一方的な攻撃にさらされ反撃の糸口を見つけられなかったのは、核を無効化されたことによる動揺もあったそうだ。
ただし、核分裂を使わない核融合炉は作動するため、世界各国のパワードスーツは迎撃を行うことができた。だが、それでも実弾兵器の効かないエネルギーバリアと圧倒的な破壊力を持つ光学兵器に、欧米諸国の連合軍はなすすべなくやられていた。
今、日本は毒牙に晒されていないが既に日常はない。世界を取り戻す、とどこかで勇者か救世主が立ちあがることを願っても現実は優しくはない。今でも、大陸では戦争が続いている。飛び火するのも時間の問題だ。
数年前までは世界各地で起きる宗教、領土、人種問題を端に発した紛争など、別世界の出来事でしかなかった。けれど、いつの間にか喉元にまで流れ弾は迫っていた。
避けることは叶わない。しかし防ぐことならできる。
市役所に向けて長年使い続けたロードバイクを、白い息をもらしながら走らせる。海岸線に見えるのは、戦闘用パワードスーツと地対空ミサイルを搭載したトラック。海上には護衛艦が巡回している。まさに、臨戦態勢。
非常事態宣言が発令されてから、いったどれだけ経っただろう。シェルター暮らしではないことが唯一の救いだが、まともな日常を送ることは、もうできない。食料も配給制となり、エネルギーも制限が強くなっていた。
この緊急事態、学生だ子どもだと言ってシェルターで安穏としていられることはなくなった。使えるものは使う、の方針で新自衛官の補充が行われた。一応徴兵制をとりいれることはなく、たとえ適性があったとしても個人の意志が尊重される、らしいのだが、適正があるならほぼ確実に自衛隊入りだろう。
特に雷人保有量の高い人材の確保が忙しい。装甲が薄く従来の兵器しか搭載できない戦闘機より、大火力の大型兵器を搭載できるパワードスーツのパイロットを必要としていた。
雷人保有量は生まれた時点ではまだ決まらない。上昇することもあれば減少することもあるようで、乳幼児の時点ではほぼ一律の量だとわかっていた。
僅か十年足らずの研究だが、信憑性のある研究結果だと言われている。だから、何年かに一回測定義務があった。五歳ごろに量が急激に増え、それからはほぼ一律で上昇することはほぼないらしい。
高い雷人の出力を持つ人間は〝雷神〟と言われる。光学兵器の実用化のためには、雷神の確保は急務だ。実弾兵器の効かない奴らのUFOに対抗するには、もう光学兵器しかない。
ただ、五千万から一億人に一人の逸材を見つける事なんて、そうそう出来る筈がない。そもそも既に二〇億以上の犠牲者を出している。それだけでもう四〇人は消えていることになる。
日本の人口は一億と数千万、一人、二人いればいい計算になる。
だから誰も期待などしていない。現在の世界でも異星人側に降伏を選ぶ国が増えつつあることからも、多くの人間が絶望していることがわかる。日本でも降伏の道を選んだほうがいいと主張する人も多く、なんとか流れているラジオから流れる放送が、政府上層部の意向を伝えてくれる。
人間と人間、人間と異星人。二つの戦いを続けられるような気力を持っている人間は、あとどれだけいるのだろう。政府の話す内容も、だんだんと覇気を失っていく。
ボーっと考えながら辿り着いた市役所で、測定器へと手をかざした。
「真西 空君、最大発生量……7.8ギガジュール…………!?」
「は?」
かけているメガネが、ずるりと下がる。僕は、嘘ですよね? と聞くこともできないほどの衝撃を受けていた。それと同じくらい、担当の人もびっくりしている。
数年前は雷神には程遠い発生量でしかなかったはずだ。それが、7.8ギガジュールという発生量、ありえない。
雷神と呼ばれる基準ラインは、瞬間出力が1.4ギガジュールを超える程度のエネルギーを発生できるようになること。つまりパワードスーツに乗って光学兵器――主にビーム兵器と荷電粒子砲をぶっ放せるくらいの量の雷人を持っていることだ。
だけど、僕の試験担当者は7.8ギガジュールなどと言うふざけた数字を言ってきた。周りの試験官も驚きながら何度か検査するが、やはり何度やっても7ギガジュールより上を行ったり来たりするだけであり、三回目には、ついに機材の方が耐え切れなくなって壊れてしまった。
すると話は僕の知らないところでどんどん進んでいき、病院での精密検査やら、どこか地下施設でのテストやらを行って、いつの間にか一週間後、防衛省の会議室にいた。ちょっと豪華な椅子に何人か並び、目の前には気難しそうな重鎮たちが並んでいた。
僕の隣には同じくらいの年齢の少女が一人、同じように防衛省という超えることないであろう敷居を越えたことに戸惑っていた。年上かと思われる男性が二人、片方はそわそわしているけど、もう片方は自衛隊の格好だった。外人と思われる青年一人、キャンディーを舐めて余裕そうだ。女性二人、一人は目に困惑の色があったが、もう一人は何と外国の軍服だった。
そして僕らの前には国連事務総長が座っていた。
異星人襲来の日には体調を崩され出席せず、奇跡的にビルの崩壊に巻き込まれなかった日本人初の国連事務総長だ。なぜ日本人が国連事務総長に選ばれたのかということになると話が長い。
それはどうでもいいとして、日本に居るのはまだしもなぜ防衛省にいるのか疑問だが、それを真正面から聞く勇気はなかった。対する事務総長は席に着くと同時に話を切り出す。
「君たち七名には、ある共通点がある。――全員が3ギガジュール以上のエネルギー発生能力を持つ雷神と呼ばれる人間だ」
七名のうち僕を含めた四人が、確証はないが外見的には日本人だ。つまり、一億数千万人の中に四人もの雷神がいたということなのか。中国やインドのように十数億人の人口を誇る国ならわかるが、日本で何故そんなに多いだろうか。
これは後なってわかったことだけど、地球に隕石が多数飛来したとき、その中の塵に人体に雷人を発生させるようになるナノマシンが含まれていたらしい。それが日本に近い位置で爆発したため、日本人はナノマシンを大量に取り込んだのだ。ナノマシンを大量に取り込めば、その分細胞が変化し、雷人発生量も多くなった。
アメリカやヨーロッパに降り注いだ隕石も同じだが、塵の多くは大西洋に沈み、食物に付着したはナノマシンは一定時間で死滅し、摂取することができないので、日本に比べれば雷神の発生率は低いということだ。
さらに言うなら、ナノマシンは人体のみを変化させるようで、植物や家畜に変化は与えなかった。そのためいくら塵を吸い込んだ魚や牛を食べても、ナノマシンが死滅しているので変わりないということだ。
それはそうとして、雷神を集めたのは理解できる。でも、僕らに何を求めるというか。
「今世界が異星人とそれに加担する国家によって危機に陥っていることはわかっていると思う。そこで、諸君らには新造されたパワードスーツに乗って貰いたい。無論、拒否権はある」
意外、という訳ではない。7.8ギガジュールという途方もない出力を出した時点でパワードスーツへの搭乗を打診されることなど予想していた。それが国連事務総長から来るなど予想外だったが。
「今世界各地で君たちと同じ雷神が戦っているが、知っての通り戦況は彼らにとって圧倒的に不利だ。そこで、ワンオフ機による状況の逆転を行うことを決定した」
つらつらと台本でも読むかのように、事務総長は説明を続ける。
「そのために、君たちには此処に集まってもらった。君たちに乗ってもらいたい新型パワードスーツと言うのが――」
部屋が暗くなり、机のシステムを起動する。
「――この《カムイ》だ」
机の上にある3Dディスプレイにそのパワードスーツが映し出される。
カムイとはアイヌ語で神格を有する高位の精霊のことだったはず。いわゆる神のことであり、名前に神秘性を持たせることで御利益でも願ったのだろうか?
ともかくこの新型和製パワードスーツにはカムイという名が与えられたらしい。日本製は性能が飛びぬけて高い訳ではないが、世界的に見ても性能は高く故障も少ないと言うことで、各分野で正式採用が進んでいる。今では、日本を代表する輸出分野の一つでもあった。
どうでもいいことは頭の隅に置いておき、表示されたデータを見てみる。新型は全部で七機、それぞれ違う特性を有している。
操縦系統は国際統一規格を一部採用、細かいところでいろいろと違うようだ。パワードスーツの機能は興味があったので少しは調べてみたことがあるが、そうでなくてもこのカムイとやらが規格外の機体であることはわかるだろう。スペックが高すぎる。
基本飛行能力は直線飛行でマッハ三に達し、宇宙での活動を行う場合は、パイロットの状態を考慮に入れない場合は第二宇宙速度にまで加速することが可能だという。
立体映像で映し出される機体はどれも一点もの、つまりワンオフ機だ。各機に固有の特徴、武装があり、どれもが実験機であることを如実に表している。恐らくは試験運用もままならないものばかりだ。
「こんな機体をジャパニーズが造るなんて……」
驚きだよ、と外人の男性は呟く。
日本人ですら、政府がこんな代物を造っているなんて驚きだ。簡易データで移されていた映像から切り替わる。
元々は日本単独開発であり、現在は世界各国の技術を結集したことによる最新鋭機の詳細が、3Dディスプレイに表示される。
カムイ壱型。背部のローター付ウィングバインダー、つまり翼により航空力学を取り入れた機動性を確保し、足の大型ブースターによる高速飛行を可能としている。武装はプラズマランスと数テラボルトの超高圧電流。頭部ツインアイはメインカメラではなくビーム照射装置だ。
カムイ弐型。大型の機体であり飛行できるが脚部には無限軌道を備える。武装は左腕のプラズマフィールドバリアシステム、つまりシールド発生装置。右腕の対装甲杭打機は電磁加速による驚異的な威力を秘めている。その威力は核シェルターの壁を容易に突き破るほどである。
カムイ参型。これも大型の重武装であり、両腕に実弾式ガトリングガン、脚部には多連装ミサイルポッド、背部には一二〇ミリレールガンを備える。最大の武器は胸部の陽電子破城砲であり、連射性はない。陽電子を使った武器であるため威力は他のカムイの装備と比べても最強である。
カムイ肆型。高速機動格闘を想定した機体であり、細い機体の各所にスラスターを持つ。武装は肩の対空バルカン。四肢の先端にあるプラズマクロー。口元にもプラズマファングがある。さらに四肢の先には小型の無限軌道があり、背部ブースターによる他の機体にはない地上運用能力を持つ。
カムイ伍型。右手に巨大なマニピュレーターを装備している。右手の指や掌からプラズマを放出、掴んだ敵を全方位から破壊する。マニピュレーターだけを飛ばすことも可能。装甲と一体型であるため取り回しは容易であり、高い攻撃力を発揮する。左腕には荷電粒子砲を装備している。
カムイ陸型。冷凍兵器を中心とした機体。右腕部から冷凍光線を放ち、肩部に装備されたミサイルには冷却能力がある。左腕には軌道を遠隔操作可能な蛇腹剣が装備されており、格闘戦をこなすこともできる。この武器からも冷気を発しており、ほぼ全ての武器が冷凍能力を持つ。
カムイ漆型。一〇機ものプラズマジェネレーターを使用する。両肩、両手、両膝、胸部、背部、さらに背部の兵装にそれぞれ一機ずつ搭載し、膨大な雷人の発電量から得られるエネルギーを全て光学兵器へと変換する。並の雷では満足に起動できない。全カムイ中最大の出力を持つ。
今までの和製パワードスーツ、つまりカムイ以前に製造されていた機体《ヤマト》は他の国のメーカーと同じく実弾兵器を中心としていた。主武装はパワードスーツ用のマシンガンやショットガンであり、格闘兵装に日本刀を元とした熱切断式対装甲剣を装備する程度だ。光学兵器はない。
飛行能力は従来機とおそらくそれほど差はないだろうが、攻撃力に大きな差があることは明白だ。
プラズマを使った武装は実弾兵器より高い威力を持っている。プラズマフィールドならエネルギー体であるため実体防盾兵装――つまりただの盾よりも強固であり、破損による使用不可という状況が起こりにくい。
これだけのワンオフ能力を搭載した機体が、七機も用意されているとは思わなかった。
「この七機は全て、動力には新型レーザー核融合炉。機体装甲にはガラス状の人工ダイヤモンドでコーティングを施している。操縦系統に関してはほぼ従来型と同じユニバーサル仕様だが、君たちなら十分に機体性能を活かせるだろう」
カムイなどのパワードスーツは座席型コックピットであり、前方にある操縦桿とフットペダルを基本的な操作端末とする。
スラスターの動きや内蔵火器の発射は操縦桿――マンマシン・インターフェースを用いるが、人間の動き、たとえば四肢や指、回転などを的確に伝えるために、生体量子接続通信端末を使用して思考操作を可能とする。
機体の腕や足は空中での機体旋回や姿勢制御を行う時に活用されるので、宇宙飛行士が宇宙空間で行うような推進機構を使わない姿勢制御も可能である。大気中でも、空中なら姿勢制御に使える。
この動きを正確に行うため。本来の宇宙空間活動においてパワードスーツは精密なマニピュレーター操作を必要とするため。
二つのことから、細部の動きには生体電流による操作がされるのだ。
このシステムは従来型にも搭載され、より高い操縦性と精密作業を可能としている。新型においては格闘戦、高速機動、チェーンソード操作、様々な動きに必要なシステムである。
動力は最新の核融合炉。出力は従来機の三倍というふざけたものだ。
――何で三倍かって? ヒヒイロノカネもオリハルコンも電流を流すと赤く発行するからだよ。
機体表面のコーティングは光学兵器の反射能力を持つため、奴らが使う攻撃には最適な防御装甲となる。人工ダイヤモンド生成に、一体一機に付きどれほどの予算をかけたのか。
――オーバースペックすぎる。
同じようなことを思ったのか、近くに居た自衛官の男性が小さく呟く。
「これだけの機体、一体いつの間に……」
事務総長は地獄耳なのか、しっかりと聞き届けていた。
「航空学生の君でも、やはり知る機会はなかったか。まぁ、それもそうか」
どうやら、自衛官ではなく、まだ学生だったようだ。幹部候補とかそこらへんなのか? よくわからない。
僕の疑問はひとまず、事務総長は話を続ける。
「我が国の防衛能力は、他の国の協力を必要としないものに変わりつつあるということだ。まぁ、安保理にばれたら非難殺到では済まないがな」
苦笑しながら事務総長は説明するが、実際問題とんでもないことだ。憲法の第九条で戦争を否定しておきながら、世界最強のパワードスーツを製造しているなんて、笑い話にもならない。
しかし、秘密裏にこれだけの機体を作っていたということは、本気で日本だけで世界と向き合う準備をしていたということだろう。
それが思いのほか、向き合うのは世界ではなく異星人となってしまった。
「ともかく、防衛省はこのカムイ捌式の開発に、かねてより着手していた」
「捌式? Eight?」
質問したのは、外人の女性だった。
捌式、といったが僕らが見たのは全部で七機、一機足りない。
その通りだ、と事務総長は言うとディスプレイを操作する。
「試作機は零型と呼び既に配備されている。完成したのはつい最近だ。配備が始まってから、まだ三ヶ月と経っていないがな」
映し出されたのは、海岸線で待機するカムイの姿だった。
カムイ零型。機体自体は試作機であるため基礎フレームは従来型とあまり変わらない。大型ブースターを備えた汎用型だ。右腕にはドリルアーム、左腕には三本の平行に並んだチェーンソーが装備されている。胸部にプラズマ集束砲、背面にレールガン、脚部にミサイルを装備、頭部のゴーグルタイプの目はカメラではなく、拡散プラズマ砲だ。
様々な戦闘に対応するために、多くの試作武器を備えている。
格闘性能と射撃性能の両立を目的としたものであり、機体のスペック的に試作機でありながら、後続の七機に劣らないものだと言う。この機体から得られたデータを基に、一点特化型の後続のカムイ七機が完成された。
ただ、全て一点特化というわけではなく、陸型や漆型のような遠近のどちらの戦闘にも瞬時に対応可能な機体もある。
これらの完成には、日本だけではなく世界中の技術者も協力している。
奴らの侵攻があったから、世界はカムイに希望を託した。皮肉な話だ。外側からの敵がいて、初めて人類はまとまることができたということだ。装備や操縦系統が国際規格で統一できるに、人類意思というものは、何か巨大な存在がいてこそ、初めてまとまるのだろう。
だけど、今はそれでいいと思う。宇宙からの絶対者に立ち向かうためには、たとえ呉越同舟でも力を合わせる必要がある。
その証拠に、今日本の防衛省で日本人ではない人が三人も、日本の開発していた最終兵器を渡されようとしている。この人たちと、力を合わせて戦わなくてはならない。
拒否するという選択肢はある。でも、それを口に出すのは難しい。
「以上の七機を持って、奴らに対抗する。そのために、諸君は此処に集められた。雷神の中でも、特に大きな出力を持つ君たちに、頼みたい」
世界を救う勇者になれ、と。
次に表示されたのは、僕ら七人の情報。同時に名前が読み上げられる。
「東 愛水」
日本人の女性。一六歳。高校生一年生の一般人。
「貴霧 一満」
日本人の男性。二〇歳。自衛隊航空学生。
「スティナ=トゥリット」
スウェーデン人の女性。二五歳。軍のパワードスーツ部隊員。
「嵐 綾太」
日本人の男性。一九歳。大学生であり一般人。
「ジョバンニ・トンデル=クラウド」
イタリア人の男性。年齢は二四歳。イタリア空軍のパイロット。
「アーサ=サンセット」
ニュージーランド人の女性。一七歳。大戦の難民の一人。
「真西 空」
そして僕。日本人の男性。一六歳。高校一年生の一般人。
この中で実際に軍務に従事しているのは三人だけであり、パワードスーツに搭乗していた正規隊員はスティナさんただ一人。あとの二人は航空機パイロットだ。そもそも、片方はまだ学生だ。
「無謀な要求であることはこちらも十分認識している。だが、世界の現状では、我々に選択肢はこれ以外にないのだ」
ド素人四人に部署違い二人、そしてプロ一人。もしこれが通常の戦争であれば取らない手だろう。だけど、今起きている戦争は普通ではない。普通な戦争が何なのかと問われると答えられないけど、異星人の襲来で起きた戦争だ、常識なんて通用しない。
通常兵器も通用しないのだ。ならばそれまでの常識も何もかも覆るに決まっている。
「む、無理に決まってます!! なんで、私が……」
アーサ=サンセットさんが、驚きと不安をないまぜにしたような声を張り上げる。正直、同じ気持ちだ。どうやって僕ら素人四人に戦えと言うのだろう。
「そんな機体に頼るんじゃなくて、超遠距離から狙撃するとかじゃダメなのかよ……?」
嵐綾太さんの質問に、事務総長は首を横に振る。
「以前、アメリカの艦艇が洋上から最新型のレールガンによる攻撃を行ったが、命中後に敵方からの狙撃を受けて撃沈された。機動力のない超遠距離攻撃では、無駄な犠牲になる」
そのために、機動力と防御力、そして攻撃力――三つの力を持つカムイの力が必要になるということか。
「小官や軍関係の二名はわかりますが、やはり民間人の彼らには荷が重すぎると思われます。彼らが戦えるようになるには……」
訓練するにしても時間が掛かり過ぎる。それだけの余裕が世界にあるとは思えない。それでも、事務総長は僕らの力が必要だという。最強の機体を動かすことのできる人間はそうそういない。
むしろ七人集まった時点で奇跡だ。
すでに日本人のパワードスーツパイロットはもちろん、従来通りの戦闘機や護衛艦の乗組員でも犠牲者は出ている。それに、いずれ日本も奴らの攻撃にさらされる。
迷っている時間はない。止まっている時間はない。だからと言って決断などできない。焦る心だけが先走る。
「なんで、僕らが……」
「君たちが雷神となったことに、明確な理由などないだろう。ただの偶然でしかない。だが、どうか、どうか力を使ってくれ。君たちのような若い人材が戦場で犠牲になるのは心苦しい。だがもうこれしか手はないのだ。守りたい存在のために。どうか……」
人類に残された選択肢なんて、もう抵抗か滅びしかない。その抵抗だって、いつまで続くかわからない。この戦いに勝利はない。あるのは敗北か引き分けだけなのだ。
すでに二〇億以上の人命は失われている。もうすぐ奴らの侵略から一年が経過しようとしている。これだけの犠牲を出した時点で、人類はもう負けたに等しい。
「すぐには答えが出ないだろう。今日は一度帰るといい」
黒い車に乗せられて、僕らはそれぞれ帰っていく。どうすればいいか、帰り道を車に揺られながら考えていた。
世界を救う、そんな英雄になりたいなんて思っていない。力ある者の責任なんて知らない。望んだ力じゃない。誰かがやってくれるはずだった。世界の誰かが救世主となって讃えられているのをテレビで見ているはずだった。なのに、こうなった。
ヒーローになるなんて、ゲームの中だけで十分だった。
「勇者なんてガラじゃないんだよ」
そんな責任を乗せられても、絶対に潰れて終わる。途中でほっぽり出してしまう。でも、これからいったいどれほどの人が犠牲になるのだろう。
今だってどこかで誰かが戦っていて、命が消えていっている。夕暮れに染まる空は、どこかで流れる血の色を思わせた。その血を止める力は、今の自分に、あるのか、それともないのか。
事務総長は言った。《守りたい存在のために》と。それは何なのだろう。僕にとって守りたい存在とは。家族、友達、恋人はいない、顔も知らない誰か。
見つからない。だけど、この先、生きていけば見つかるかもしれない。なら、生きなくちゃいけない。見つけたいなら、手に入れたいなら、守りたい存在でも、守る意味でもいい。見つけるために、生き残る。
戦って生き残る。理由は、今はいらない。
翌日、あの場にいた七人が新たなカムイパイロットに認定された。人類最後の切り札として。