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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界転移の物語

Das Dunkelheit von der Schwarzschild ~シュヴァルツシルトの闇~

作者: 魔弾の射手

 SRWのグランゾンを見ていたとき、ふと思いつきました。ブラックホールとか重力とかを異能で使えるって最強じゃね?と。そこで思いついたのがこれです。

『次は仮想原子13を。その次は仮想原子14との互換性のテストだ』


 冷たい、男の声が鼓膜を震わせる。もう幾度目になるだろうか。きっと百は、いや千は超えている。


 幾度の実験を受けて身体はもはや私の意識では動かせない。医者風の人間たちのなすがままに玩具となり、この身体は幾度もの切断と縫合を経験していた。


『喜べ、1243番。ここまで実験に耐えられたのは君だけだ。上手くいけば、君はこの世界で並び立つ者の無い最強の異能者になれるぞ』


 何かが注入されるような、混入されるような不快な感触が体中を走り、私は堪らず声を上げた。継ぎ接ぎだらけの身体が軋み、唸り、身体が異物を排除しようと常に激痛が全体に奔る。

 身体は私の言うことを聞かずに痙攣をやめない。まるで身体が別の物に代わってしまったかのように身を隠す物の無い身体は痙攣を続ける。


 ある時は結束力の強いゴムバンドのようなもので腕の血流を止められ、そこに訳の分からない薬剤を流しこまれた。ある時は腹を裂かれ臓器を全て他人の物に変えられた。ある時は舌に粉状の薬剤を乗せられ、ある時は鼻から粉状の薬剤を吸わされ、今が何年の何月の何日なのかさえ分からなくなるほどに実験は苛烈を極め、私の身体は継ぎ接ぎだらけとなった。


 注射器を持った医者風の人間が見える。針の先から滴る薬剤の毒々しさが、その薬剤がどう言ったものかを簡単に予測させた。慣れ過ぎて、もはや恐怖すら湧かない。




 誰か――


 青くなり、注射痕が目立つ腕を持ち上げ、ライトにかざした。本当に奇跡があるなら起こってほしい。私がそれを望んでいる。


 私を――


 だと言うのに、救いは届けられず、手近な絶望は私の首筋に口付けした。痛みと絶望。頭が真っ白になり何も考えられなくなる。力の入らない身体にさらに力が入らなくなり、自身の意識で何も行えない感触。


 助けて――――


 そうか。私は、もう人じゃなくなっていたんだ。



 だだっ広い部屋の中に第二次性徴を終えたにしては少々肉付きの悪い少女が、囚人か病人に着せるような簡素な服を着せられ、数多の血痕と何かのトラブルで落ちてしまった薬剤がそのまま放置されている部屋で、立っていた。


『実験開始だ。1243番、仮想原子1~5番を使用して振動の能力を使え』


 何処かの若本のような声の研究者風の男が、1243番と少女を番号で呼び、命令した。

 少女がだらりと垂らしていた腕を肩や胸と水平になるように伸ばし、手のひらの先で空気を振動させ始める。周りからは成功だと言う歓喜の声が聞こえるが、頭が真っ白に染まり、思考能力が欠如してしまっている少女には、ただの雑音としか感じられなかった。いや、少女の残っている理性からすれば、そんな感性さえも煩わしく、いっそ本当にただ命令を遂行するだけの機械になれればよかったと、圧迫された思考回路を使う。

 振動した空気が音を放つようになり、風の音が聞こえるようになって来る。


『良いぞ。実験は成功だ。重力子反応も出ている。

 次だ。次は仮想原子6~12番を使用して圧縮の能力を使え。空気の摩擦と振動と重力子をお前が出来る限界まで圧縮するんだ』


 つま先で握るような動きをした瞬間、手先から感じられた異音も熱も、全てが小さく圧縮されていき、膨張しようとすればするほど小さくなっていく。それは人の目では視認できないほどまで小さくなると、あとは計器でしか観測できないミクロの世界にまで足を伸ばした。


 ところで、話は変わるが重力崩壊といった言葉を聞いたことがあるだろうか?これは簡単に説明すると赤色巨星や赤色超巨星と呼ばれる太陽の8~30倍の質量をもった恒星が寿命を迎えて超新星爆発を起こす(本来は鉄原子の量産による核融合の停止に伴う中性子の量産やフェルミ縮退やらが関係するのだが省略する)。


 アラートが鳴り、赤色灯が天上から迫り出して光をまき散らしながら旋回を始める。


『しゅ、集束が止まりません!疑似的な中性子の核がそのまま素粒子間重力に引っ張られて重力崩壊を起こしています!』

 白衣姿の男の目の前でコンソールが割れ、爆発炎上し、男は火だるまとなって焦げ肉になり変わる。


 外殻の剥がれた中性子の核が、元は太陽の30倍を超える恒星であった場合、核自体の重力と中性子の核の縮退圧を無効化(中性子が重力で破壊)されると超新星爆発の後も核が収縮する現象が起こる。これを重力崩壊という。言ってしまえば肥満の男性が自分の体重と筋力のバランスが崩壊して歩けなくなる感じである(あるかどうかは知らないが)。


『1243番!実験は中止だ!圧縮を止めろ!』

 研究者風の男が制止を呼び掛けるが、しかしそれは聞こえていない。

 なおも続く重力場以上に何人かが研究室を飛び出すと、その背中に渇いた何かを叩くような音が追いかけ、飛び出した研究者を物言わぬ人形に変える。


 この状態になると核の重力崩壊を留める物はなくなり、計算上は何処までも無限に収縮していくことになり、シュヴァルツシルト面を超えることでブラックホールとなる。分かりやすくすると、ヤンデレの女性を放置プレイした挙句に存在を忘れて久々に帰宅したところ、病愛が取り返しのつかないところまで発展している状態だ(怖いですね)。


『なおも疑似中性子核は収縮中!重力値が増大!このままだとブラックホールが生まれます!』

 白衣をまとった女が研究者風の男に言うが、男はうめき声一つ出さずに、その光景を見ていた。

 少女の手のひらに存在する暗黒。暗い闇の塊が手の平のすぐ傍で待機し、膨張を続ける。周りの物が少しずつ砕けて引き付けられていくのが分かる。

 美しい。男は歓喜した。最強の異能者を作り上げると言う実験の果ての事故。そして生まれる超重力の波。それに押しつぶされない少女が、それは美しく見えた。吸い込まれない時点で、彼女は実験の趣旨としては成功している。事故は成功の証左である。


 こうなるとシュヴァルツシルト半径と事象の地平面と呼ばれる場所が生まれ、シュヴァルツシルト半径内からの離脱速度は光速を超える力場となり、この半径を持つ力場をシュヴァルツシルト半径と、その球面を事象の地平面と呼ぶ。この中からは光すら出て来れなくなり(シュヴァルツシルト半径からの脱出速度が光速以上となるため)、この半径を超えた先の事象の地平面に落ちていく。事象の地平面はブラックホールのもととなった核がシュヴァルツシルト半径よりも小さく圧縮された天体で、事象の地平面に何かがあるわけではない。簡単に言うと坂道を登るのが早いか下るのが早いかという問題。


 仮想原子13~39番までを使っているのか?いや、これは――

 男は頭の中に浮かび上がる大量の仮説にダメ出しをしていく。それでは説明がつかない。もっと分かりやすい説明はないのかと見惚れる中で頭を回した。そして辿り着く解。確固たる証拠はなく、周りがきけば男は狂っていると思われていただろう。

『……実験を続けるぞ…………』

 研究者風の男は唾を飲み込みそう続けた。

『ですが、対重力波装甲でもこれ以上は持ちません!即刻被検体の殺処――』

 乾いた音が二回重なり、進言していた男の眉間に二つの風通しのよさそうな穴を開けた。もはやモニタリングルームは恐慌状態である。


 ブラックホールから離れた位置の観測者から見ると、物体がブラックホールに近づくにつれて相対的に進み方が遅くなり最終的には一時停止の様にピタリと止まってしまうことから観測者からは事象の地平面を超えた物体は永久に停止するように見えてしまう。さらに、ブラックホールに吸われる物体はブラックホールに落ちていくにつれて赤熱化していき目視することが出来なくなる(赤方偏移)。大雑把に言うと終曲・練○。


『実験は続ける。それが我々に散々弄ばれた彼女への礼儀だ。これが局長である私の決定だ。意義のある者は自決しろ!』

 銃を振り回し意思確認をする姿は狂気その物。しかし男の眼はまるで純粋な子供のように輝いていた。


 事象の地平面と重複ちょうふくするようになるが、ここに更に重力と密度が無限大になる重力の特異点が加えられる。事象の地平面を超えた向こうにあると言われ、この説明におけるブラックホールでは中心に生まれることになる。


『1243番、実験再開だ。残りの仮想原子、13~40番を使い、その手の平の物を馴染ませるんだ。そうすれば君は、高次元の融合を果たせる』

 少女が手の平の物を両手で抱えると、一段と活動が激しくなる。それをさも当然のように研究者風の男と、数人の研究者が見守っていた。


 これが質量、角運動量、電荷の条件によってシュヴァルツシルト・ブラックホールやカー・ブラックホールやライスナー・ノルドシュトルム・ブラックホールとなるが、余談である。


 手の平にある黒い球体が大きさを広げていくにつれ、ビリビリとした振動がモニタリングルームを揺らすようになり、計器類は軒並み爆発するか、電磁波や放射線バーストの影響でバグが起こっていた。それでも不思議なことに、拡声器とマイク、それを伝道する機会だけは生きているようだった。


『残りの60個の仮想原子はそれを操るための仮想原子だ。あとは君の好きなように使ってくれて構わない。

 喜べ。君はたった今、世界最強の異能者となった。私は君の生誕を心から喜ぶ。そして同時に誇らしく思うし、残念に思う。君が初めて異能を行使する瞬間に立ち会えることを誇りに思う。それと同時、君のこれからを見届けられないことを残念に思う』


 男は壊れゆくモニタリングルームの中から、もはや姿さえ見えない少女を幻視していた。それはまるで生まれたての赤ん坊を祝福する親の様な眼差しで、かと思えば彫刻家が丹精を込めて作り上げた傑作を見るかのような眼差しで、それを見ていた。

 自身が壊し、継ぎ、また壊し、接ぎ、そうして命令を遂行するしか出来ない人形に変えた筈が、男は持つべきではない筈の情愛を少女に感じていたと今更ながらに気がついた。そうしてこれが子を持つ親の気持ちであると理解すると同時、マイクを握り締めた。


『これからは全て君のためにその力を使いなさい。そして君の思うまま、感じるままに進んで行け。私が作り、敷いたレールももう行き止まりだ。故に、さらばだ。君の人生に■■あれ――』


 モニタリングルームは超重力の波にのまれ、暗黒の地平に堕ちた。全てが原子よりも小さく粉砕されて小さく、大きく、圧縮され、膨張され、伸ばされ、縮められる。そのさなかに至るまで、男の口元は笑みを浮かべていた。




 その日、世界は滅亡した。超重力の波にのまれ、母なる大地は暗黒の地平に落ち、人類は、いや、地球はこの宇宙から消え去った。





 ドサッ!

 何かが落ちる音と共に俺は目を覚ました。音のした方向はここから直ぐの森の中からだ。魔物の多い森の中に何が落ちたのだろうかと、半ば以上に期待を膨らませながら、俺は身支度を整えて野営の跡を消し、リュックサックを背負って森の中に入った。



 そうして俺は不思議な出会いを体験した。




 『異世界転移の物語』最終章エピソードⅠ ~Zur Genealogie der Moral 道徳の系譜~





 本当はもっと長くする予定でしたが、長くしすぎると前の短編と言い難い短編のようになってしまうので自重しました。そこまで中二病にしたいわけでもないし。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本気で魔弾の射手さんを凄いと思いつつあります。 強烈でした。 またもや感想に困っているからこの辺で。 ではでは(^-^)/
2017/02/04 17:27 退会済み
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