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静かな店内には、あの人が鳴らす音だけが響いていた。
楓はいつもの席に座り、買ってきた花束を花瓶に入れながら眉をひそめているオーナーを眺めている。
こうでもない、あぁでもない
ブツブツ呟き花と向き合う姿が
愛おしくてたまらなかった。
本当に花が好きなんだな...
私の事でさえ花だと思っている。
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彼女は花畑の中で、ホースも使わず丁寧に花たちに水を上げていた。
光の中、さまざまな色に包まれ美しい
コントラストが浮かび上がる。
「りゅうちゃん?」
彼女はいつも笑顔だった。
柔らかく、健気で、花のように儚い笑顔だった。
私は、その姿が好きで、いつも庭にいるであろう彼女を探した。
約束のように、やはり彼女はそこにいて、花を眺めて微笑むのだ。
「りゅうちゃんも、花が好き?」
そう問われれば、私は笑顔でこう答える。
「うん、大好きです!お母さんと同じくらい!」
彼女は嬉しそうに笑って、私を抱きしめてくれた。
花の甘い香りが全身を包む幸福感...
何時まででも、続くとばかり思っていたのに...
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『さん?』
『...りゅうさん?』
「...!?」
「ど、どうしたの?」
『いえ、急に動かなくなったので...』
「あぁ、考え事!なぁんか上手くいかないのよねぇ~」
誤魔化すように、再び花を弄りだしたオーナーは
また、ブツブツと呟きながら手を動かしては休め
首を傾げては手を動かす。
何でも無い振りをしているのだろうか?
ならば何も言わないでいるべきだろうか?
オーナーのその顔は青かった。
楓は小降りの雨で風邪でも引いたのかと心配したが
そうではない事が、
すぐに分かる。
「楓ちゃん?」
『!?』
考えながらボンヤリとオーナーの顔を覗き込んでいたせいか
楓は、カウンターから身を乗り出す勢いだった所を止められた。
初めて呼ばれた名前に顔が熱くなる。
「どぉしたの?!」
その姿がよっぽどマヌケだったのか、お腹を押さえて笑い出す。
『あ、いえ、あの...』
変に緊張して言葉が上手く出てきてはくれない。
『あ、あの...か、か』
「か?」
笑いながらも聞き返してくる相手に更に熱くなる。
『風邪ですか!!!』
意を決して言った一言で相手の笑い声は消え「?」と頭上に描かれる。
『その、顔色が...よ、よろしくないので...風邪では、と...』
相手はゆっくり、自分の手を自分の頬へもっていく。
カウンターから乗り出したまま、楓は見つめる。
その頬は今も青い。
オーナーは頬に手を当てたまま、また動かなくなってしまった。
不安感が押し寄せる。
でも声を、かけられなかった。
相手は、今にも泣き出しそうなほど
寂しい表情を浮かべるから。
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彼女が病に寝込んでしまってから、庭の花が枯れるまで
あっという間だった。
こんなにも脆いのかと、りゅうは愕然と立ち尽くす。
いつも彼女が立っていた、その場所で...
「りゅうちゃん」
彼女は病と戦いながらも笑顔を絶やさなかった。
枯れてしまった庭の花で、唯一枯れない彼女の笑顔
りゅうは、その笑顔に救われた。
花の匂いがしない痩せた手は、酷く冷たくて
弱い力で握り返されるだけ
りゅうは彼女から花の育て方を教わったが
どうにも上手くいかない。
何度も植えては、何度も枯れた。
彼女に泣きつけば、笑顔で「私も最初はそうだった」と返される。
何度も丁寧に教えてくれた。
彼女から、笑顔が消える
その日まで
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「...楓ちゃん」
動かなくなったオーナーに
いきなり話しかけられ
楓は危うくカウンターから落ちそうになった。
(この人は...)
マイペースどころではない。
いつもこうだ!驚かされてばかり...
「この花、何て名前か知ってる?」
と聞かれて見せられたのは
小さな花だった。
白と黄と赤の花をチラチラ見せられる、が...
『わ、わかりません。』
楓は、花に詳しくない。
「ポピーよ」
と言って笑った顔は...
今にも消えてしまいそうだ。
さっき言われた顔って、こう言う顔だったのだろうか?
「今にも枯れそうな顔すんじゃないの!」
どうなんだろうか?
何故、何故そんなにも
消えてしまいそうな顔で笑っているのだろう?
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「りゅうちゃんはどの花が好き?」
何種類も植えられた花をグルッと見渡す。
春の訪れで、花畑は満開
その四隅に植えられている花に目がとまる。
「あれが好きです。」
指さして、示す。
白と黄と赤の花びらをそれぞれにつけて
控え目に咲く小さな花達が可愛らしかった。
「あれはね、りゅうちゃん」
優しく頭を撫でられれば、そこから温もりが伝わってくる。
「ポピーって、言うのよ。」
上を向くと、その花とよく似た可愛らしくも誇らしい
控え目で柔らかい笑顔があった。
愛おしくてたまらない、太陽のような笑顔が。
「この花の花言葉はね...」
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「いたわり、思いやり、陽気で優しい。」
「赤は、慰めや感謝」
「黄は、富や成功」
「そして...白はね...眠り。」
ポピーで出来た小さな花束を抱きしめて
泣きそうな顔を隠すように小さくなってしまった相手を
楓は何もしてあげれず
宙を舞う両手だけが空しかった...
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庭に花たちの顔が戻る頃、彼女から笑顔が消えた。
私はただ問うばかり...
「次の時期には何を植えれば良い?どんな肥料が必要?」
だけれど、答えは帰ってはこない。
黒ずんでしまった瞳は、ただ天井を見つめるばかりで...彼女から聞こえる苦しそうな息遣いが、鮮明に響き渡る。
「ねぇ...お母さんは、どんな花が好き?」
空洞のような部屋の中で、彼女の力ない手にすがって泣いた。
目が腫れて痛くても泣いて、痙攣していたけれど
それ以上に胸が破裂してしまいそうだった。
庭の花畑が満開になる頃、太陽のような輝く花が枯れた。
静かな別れだった。
彼女の遺品は何も残りはしなかった。
残されたのは、いつも彼女が立っていた...甘い香りの花畑だけ。
りゅうちゃんの過去が書きたくて、悩みつつも書いてしまいました。
私にとって、楓は普通の女であってほしいんですよね。
でも、りゅうちゃんは違うくて、もう作られまくった架空の存在であってほしいわけです!実際居たら、私が惚れてしまうから(笑)
そんな感じで勢い任せの第6話!書いてて楽しければOKでしょ(笑)