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はるはやて

作者: windy cristal

――春颯が吹けば、またここへ来るだろう―

 あの日から柳葉刀が抜けなくなった。

 それがわかったのは、跳人の地にたどりついてからのことだった。

 跳人の地には雪がたくさん残っていた。四方を囲む山々の峰は白く、吹き降ろす風はまだ固く冷たかった。はるか見渡せば、頂をたなびく雲に隠す、雪で斑に覆われた霊山が見えた。冬の間、山は眠りについているが、霊山は『幽世』の境にたたずみ静かに魂を見守っている。

(あそこへ向かえば、跳人の地にも春が訪れる)

 雪良は今、峠を越えてふるさとを見下ろしていた。

 ふもとから盆地に向かって川が黒く細長い筋を残す。集落があるはずのところには雪で家が埋もれて、点々と白い煙を立ちのぼらせていた。

 踵を返して峠道を歩く。動物たちの行き交った足跡が、林の間を縫うように転々と続いていた。彼らの巣穴をふさがないように気を付けながら、降り積もった雪を踏み固めて前進する。そのためか、里に着いたのは日が暮れてからだった。

「ただいま」

 最初に声をかけたのは、里の入り口近くに住む、家の雪下ろしを終えた跳人だった。背は低いが、幅広の肩に担ぐ雪具がおもちゃのように見える。壮齢の跳人は薄暗いせいか、振り返って怪訝な顔を雪良に向けたが、声を聞くと目を見開いた。

「雪良か! よく帰ってきたな。おかえり」

 温かな声が家の中に入るよう促す。家族でもないのに家族同然のように彼らは雪良に次々とねぎらいの言葉を述べた。

 暖かい空気の塊が雪良を包み込む。凍てつく空気の中でこわばっていた体が、炭をたっぷりと熾した火鉢でほどけていくようだった。

 柳葉刀を半ば強引に背中からおろされると、湯気の立つ食べ物を差し出された。

「これをお食べ。ああ、手がこんなにも冷たい。火によくあたりなさい」

 知らない人にこんなにも親切にされたのはいつぶりだろうか。

(みんな、もう知っているのか)

 日は落ちているが、月の光を雪が映して外は明るいようだった。壮齢の跳人は再び外へ出た。炉端にちょこんと座る、老齢の跳人ふたりが雪良をながめてにっこり笑った。

「春を持ってきたんだねえ」

「長さまもおよろこびだろうなあ」

 長さまとは族長のことだ。里長はあくまで跳人の里の管理を族長から任されている位置づけだった。隼人のように統括と管理が同一の存在ではないのだ。

 差し出されたのは炊き立ての米で作られた握り飯だった。この時期とても貴重な塩がまぶされていて、ほんのりとした甘みが口いっぱいに広がる。

「里長さま、ほら、雪良が帰ってきたんですよ」

 背後で戸が開く音がして振り返ると、鼻の頭を赤くした里長が肩で呼吸しながら、爛々と目を光らせて雪良を見た。壮齢の跳人がそういうと、里長は雪良の肩をやさしくたたいた。

「よくぞ、よくぞ帰ってきた。跳人の代表として無事役目を終えられたようで何よりだ。長旅で疲れているだろう。私の家に泊まらなくてよいのか? ここでよいのか? そ、そうか。ではまた明日朝すぐに迎えに来る」

「お心づかいありがとうございます」

 里長は壮齢の跳人に勧められた茶を飲まずに、残念がるように帰っていった。

『神渡』の使命を全うしたものを最初に出迎えた家には、真っ先に春がやってくると言われているからだ。凍てついた地に暮らすものにとって、春は豊穣をもたらすきっかけであり、幸運そのものだった。

(全うしたからだ。全うしたから、こうやって大切にしてくれる)

 だからといって、雪良の心に怒りがこみ上げるわけでも悲しみが深くなることもなかった。ただ静かに、彼らがもてなしてくれることの意味を理解して、これも儀式の一つのように思っていた。

 家族は雪良の体をいたわってくれ、明日の着替えまで用意してくれた。

「実はね、長さまからお達しがあったのよ。今日はあなたが帰ってくるから、ここに泊めておくようにと」

「え?」

「おとうちゃん、口が軽いし顔にも出るから。いわずにおいたの」

 長さま――『幽世』をつなぐ存在は霊山の洞窟の中で跳人の生活を見守り、『幽世』へ向かう魂を静かに迎える存在。未来を見通すわけではないが、跳人の運命を見ることのできる方だ。明日長さまのところへ向かい、報告の儀である「齎儀」を行うのだ。

(まさか、、、な) 

 柔らかい布団で眠る前に、雪良は柳葉刀の柄を握った。外敵がいない家の中でも刃を確認するのが、半ば癖のようになってしまった。いつものように手に力を込めるが、柳葉刀は抜けなかった。力いっぱい引き抜こうとしてもびくともしない。ぴったりと鞘と鍔がくっついてしまったかのように、全く動かなかった。

「どうして……」

 鞘をなでても、異常は見当たらなかった。ふと、脳裏に隼人の地で結界の力が弱まった時のことが浮かんだ。しかし、ここは産土の地。柳葉刀が護身用であり、跳人の地に入ったことで役目を全うしたから、抜けなくなったのだろうかと思った。

 護身とは名ばかりの白銀の刃に、実戦を叩き込み意味を与えてくれた人。切り拓く力を教えてくれた人。顔がおぼろげで、名前が出てこない。思い出そうとして記憶の片鱗をつかもうとした。

「あ」

 雪良はあわてて柳葉刀を引き寄せ抱いた。既に重さを失ったそれは、形だけ残っていた。

 


   ◆◆◆

 夢を見た。

 夢だとわかったのは、足元がふわふわしているからだ。結界の中にいても必ず天地の感覚はある。

 おぼろな景色。目の前に女の人がいた。

 真っ白な着物、銀色の長い髪、朧月夜の透き通った目はこちらを見ているが、その向こう側を見ているような。まるで月を人にしたらきっとこんな人なのだろうと。

 悲しそうな顔をしている。うれしそうな顔をしている。

「雪良」

 雲母色の唇がそう動いた。

「この子が、春を呼ぶのですね」

 月が泣くと、こんなふうなのか。

「母上?」

 突風が吹きつけて目の前の女の人がかき消され、真っ暗闇に突き落とされる。

 目を開けると、自分の両腕には頭から血を流した人が抱かれていた。

 もう動かない、助からないとわかっていながらも、何か叫んでいた。

(だれ?)

 心の中でそう思いながら、必死で叫んだ。

 腕の中の血だらけの人が少し目を開けた。鋭い眼光はなく焦点をさだめぬまま

「氷華」

 そう呟いて息絶えた。

   ◆◆◆

 

 翌朝、目を覚ますと、両腕に二振りの柳葉刀が抱かれていた。このままで眠っていたらしく、腕がぎこちない。刀は雪良の体温であたたかくなっていたが、軽いままだった。

 布団から起き上がって身支度を済ませると、囲炉裏をかこむようにして朝餉が用意されていた。主人の分と老人二人の分は既に空になっていて、老人二人は火鉢にあたりながらお茶を飲んでいた。主人の方は、雪具がなくなっていたから屋根の雪下ろしへ外に出たのだろう。雪良が囲炉裏の側に座って土間を見ると、霊山へ向かうために必要なものを奥方が用意してくれていた。

「お寝坊さんだね。もう日は高いよ」

 奥方はそういって、子供たちの面倒をしに土間から離れた。

「あの」

 奥方が振り向いた。夜だとわからなかったが、白く長い耳の先端がすこし茶色かった。

「いろいろと、ありがとうございました」

 今の雪良にはそれしか言えなかったが、奥方は十分承知していたようで、ほほ笑んで首を横に振った。

「さあ、食べ終わったら膳をこっちへもってきておくれ」

 ところどころ小さな傷のある、年季の入った膳だが、大切に扱われたものだとわかった。

 この膳にはどんな料理が盛られどんな人がもてなされたのだろう。長い年月を経てきた中で、自分は何人目なのだろう。この家に春をもたらしたのは何回目なのだろうか。

 ぼんやりと雪良は昨日の夢のことも考えていた。

(霊山に上れば、わかるさ)

 遣いの跳人が家に来たのは昼を過ぎたころだった。

「夕刻までには、つくと思ってたんですがねぇ」

 霊山についたときには、群青が東の峰を染めていた。遣いの跳人は申し訳なくなったのかそそくさと下りていった。

 寒く凍てつく里を見下ろすように、泰然となお熱き煙を立ち昇らせる霊山。この世のありとあらゆる魂が命を全うするとこの山を昇り、浄化されながら『幽世』へ旅立つための聖地。

 霊山の中腹に洞窟がある。洞窟の壁にずらりと並べられた蝋燭が炎を風もなく揺らす。ぽっかりとくりぬかれたような空間の真ん中に、結界で守られた跳人がいた。真っ白な肌に長い耳、身の丈に余るほどの銀髪。朧月夜の瞳が雪良を見つめていた。

 『幽世』に見られている。

 視力はないと言われている。『幽世』の世界は見えていて、あらゆる人の運命を見ることができるが予言は一切しない。『幽世』がいまある『現世』を見るための鏡、『幽世』の巫女だ。

 雪良が以前具現化させたものも『幽世』の一部であるとあやは言っていた。

 今それと同じもの、いやまさにそれそのものが長さまを介してみているが、雪良自身ではなくその背に負ったものを見ているような気がした。

 雪良は柳葉刀をおろし、平伏して言葉を述べた。

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい、雪良。『御神渡(おみわたり)』の役目、果たせたのだね」

「はい」

 長さまは少し上を仰ぎ見た。透き通った長い髪が背に流れる。

 『白』はそこにいなかった。『白』は隼人の地を出てから一度も見ていない。心の中で問いかけても応えないのは、『幽世』の力があるからなのだろうか。

「あなたの行いは見ていましたよ。とてもよくできましたね」

雲母の唇からこぼれる言葉は、耳ではなく直接心に語り掛けてくるようだった。

「雪良」

 長さまが立ち上がった。緩やかに流れる銀の髪は、腰のあたりで一つに結われていた。結界の境まで歩み、羽二重の袖から華奢な指が伸びて結界の壁に触れた。

 すると、みるみる壁は小さくなり、結界が鞠ほどの大きさになると長さまの体の中へ吸い込まれていった。白い光が体のまわりを縁取って、『幽世』の巫女が月光をまとっているようだった。

 視界が真っ白になった。

 長さまが雪良を抱きこんだのだ。

「私の子。母のできなかったことをよく果たしてくれましたね」

(泣いているの?)

 冷たくもあたたかかった。

「母上?」

「五体満足で欠けるところもなく、よくぞ、よくぞ無事で戻ってきましたね」

 夢の中で見た、血だらけで死んでいく人を抱き寄せながら自分の視界も消えていくのは。

「母上だったのですか?」

 朧月夜の瞳が雪良の顔を映す。

 優しいのに悲しげで、その悲しみさえも誰かと共有することはできず、ただ一人真っ暗な洞窟の中で多くの魂が旅立つのを見つめながらすごしていたのか。

「雪良の顔は見えずとも、あなたの魂を感じることができるのですよ。あなたが見た夢は、母が最後に見た景色です」

 長さまは雪良の額に己の額を当てた。

 視界が真っ暗になった。


 ◆◆◆

 夢ではなかった。だが天地の感覚がない。なぜ、夢ではないとわかるのか。

 隼人の地だった。ボロではあるが笠鉾があるということは隼人の地だ。

 しかし状況が違っていた。

 荒れ果てた地、鉄の匂いが充満し、どんよりと空は曇っている。

 ボロの笠鉾の近くが凍っていた。

 結界を張っていたのは、長い銀髪の跳人だった。必死で何か叫んでいる。

「養神! 養神! しっかりして! 目を覚ましてお願い」

 跳人の腕には養神と呼ばれる人がいた。血だらけの隼人だ。どこか記憶の隅で懐かしさを感じる。

(どこかで会った?)

 結界が割れて消えた。

 『御神渡』が失敗したのだ。

 

 



 ◆◆◆



「これからが齎儀なのだよ。さあ、参ろうか」

 見えないはずの朧月夜の瞳は、まっすぐ洞窟の道を見据え、雲母の唇の端に笑みを浮かべている。

 遣いが先を歩いて道を蝋燭で照らすが、長さまのまとう光で出口までみることができた。

 外は既に闇に包まれていた。硫黄の煙があたりにたちこめ、ごつごつとした岩が四方に迫る。夜空には満月が昇りはじめ、殺風景な山肌を克明に映し出していた。

山頂まで向かうのは、雪良にとって初めてではない。だが魂でいたときとは違って、実際に岩場だらけの斜面を歩くのは容易でなかった。長さまは滑らかに山道をのぼっていき、追いつくどころかどんどん雪良との距離が離れていく。淡い光をまとっていなければきっとすぐに見失ってしまっただろう。

「空はどんなであろうな、『白』よ」

 長さまが歩みを止めて夜空を見上げながら、ようやく追いついた雪良に問いかけた。

――まだ昇っていない――

 雪良の横に、雪良とよく似た跳人がいた。白一色の装束で、熟れたような深く紅い瞳が映えている。雪良があれほど問いかけても出てこなかった『幽世』の具現が、そこにいた。

「なぜ……」

 問いかけに答えてくれなかったのかと、雪良は言葉を飲み込んだ。

――霊山の火口だ。『幽世』の出入り口の一つ――

立ち止まったのは霊山の頂だった。暗くてよく見えないが、闇をもっと煮詰めた空間が、ぽっかりと天空に向かって口を開いていた。じっと見つめていると、焦点が合わなくなり五感が奪われていくようだった。

「雪良、踏みとどまりなさい」

 長さまの声で、雪良ははっと我に返った。あと一歩踏み出せば火口へ落ちていた。

『幽世』が雪良を呼んでいた。まるでその背に負うものを欲するように。

「聞こえるのも無理はない。『幽世』を内に持っているのだからね」

 朧月夜の瞳が雪良を見つめる。

「柳葉刀は抜けますか?」

 柔らかな光で満たされた羽二重の袂がひろがる。

「いいえ。この地に入ってから、抜けなくなってしまいました」

「また、振るいたいのですか」

 雪良は耳をぴんと伸ばした。

「この刃には、隼人の地で得た意味がしみ込んでいました。護身用とは名ばかりの刀に意味が与えられ、それを振るうことができるようになったのです。しかし今はその記憶が抜け落ちてしまったようなのです」

 『幽世』の巫女は腕を差し伸べたまま、顔を『白』の方へ向けた。『白』は真紅の目を伏せた。

――柳葉刀が『柳葉刀』でなくなった――

 雪良はその瞬間、『御神渡』で振るった武器を思い出した。二つの柄を合わせた、両端の刃が互い違いの武器。『幽世』『神世』『現世』が響きあう中でそれは現れ、雪良であり『白』でもあった時にそれを振るうことができた。

「柳葉刀でなくなったことと、『白』が現れなくなったことと関係があるということ?」

――そうだ。己の意味する『死』は『幽世』の意味だが、雪良が得た『運命を切り開く』ことは『神世』の意味なのだ――

 つまり『白』が象徴するのは命あるものを守るための『死』で、雪良が隼人の地で得た、『運命を切り開く』ことは命あるものの『死』に対する『抗い』なのだ。

「新たに意味を与えたのなら、名をつけなければならないね」

「新しい名を?」

 長さまは雪良に歩み寄り、華奢な指で頬に触れた。

「雪良と『白』はその名を既に知っている。刀をこちらへお渡しなさい」

 母が子供に言い聞かせるような声で、長さまが語りかける。軽いままの柳葉刀を雪良は方からおろし、差し出した。

――時が来た――

 『白』が空を見て言った。漆黒の空に穴が開いたように、満月が天高く上り、星々の輝きがかすんでしまうほどだった。

「『白』よ、雪良を頼みますね」

 長さまは二振りの刀を受け取って火口へ向かった。『白』は雪良の肩に手を置いて、後ろへ下がって結界を張るよう言った。

――くるぞ――

『幽世』の巫女は柳葉刀を鞘に納めたまま、両腕を高く掲げた。空気が一層冷たくなり、満月が冴えわたる。

 ふっ、と切っ先を静かに持ち上げて空に向けたと思えば、電光石火のごとく闇を斬った。

 長さまの両手には白銀の刃が、満月の輝きで研ぎ澄まされていた。

影が激しく傾き一歩大きく踏み込んで、円を描くように刀を一閃させる。

 雪良の周りに結界が無ければ、刃から発せられる光の音で耳が切り裂かれてしまうようだった。

「おかえり」

 長い睫が星影に瞬き、雲母の唇が揺らめいた。

「あ」

 雪良はおもわず声を漏らしてしまった。

 月が欠けはじめたのだ。

 白銀の刃が闇を切り裂き、巫女が舞い『幽世』を手繰り寄せるたびに、満月が漆黒の円に喰われていく。

 月がほとんど黒く染まった瞬間、熟れたような紅い満月が闇夜に浮かんだ。星々の輝きが地上に降り注ぐと、火口から何かがほとばしった。蛍が飛び交う光の跡のように、淡い輝きが闇夜を彩る。

「あれは?」

――よく見ておけ。巫女の導きで跳人の魂が火口へあつまり、新たな命を授かるのだ――

 ぎんの雨、きんの蛍がその場を埋め尽くす。

 圧倒的な魂の力は『幽世』とは全く違う力の在り方だった。まるでつむじ風を無数に束ねた渦の中にいるようで、『白』の力で結界を補強しなければ、雪良の魂と体が引き離されてしまうところだった。

 ありとあらゆる生命の声を、長さまは星の力と霊山の力を借りて受け止めているのだ。

 長さまは体を反らせ、夥しい数の魂を仰ぎ見た。

「汝らに、星の守りを。あらたまの命を奉らん」

 玉響に舞う巫女の袖が虹に縁取られ、羽二重の衣が水色、藍色、縹色と移り変わる。朧月夜の瞳は満月に、綺羅と夜空を映し出した。

 紅い満月が、ふたたび白く輝き始めた。

 ひょん、ひょん。

 あらたな命を授かった魂たちが火口から跳び上がり、霊山を下りていく。

 満月が再び優しい光で夜を照らし出すと、鮮やかな衣から羽二重に戻り、振り返って朧月夜の瞳で雪良と『白』を見つめた。

「名前は、見つかりましたか?」

 雪良は『白』をみた。

「どうして、みんなずるいんだろう」

――当然だ――

『白』はいまさら何をいう、と言いたげな目で雪良を見た。それが一瞬、飛揚と重なった。

「さあ、名前をつけなさい」

 長さまが刃を差し出すと、雪良は一歩近づいて白銀の刃に触れた。

「春をのせ、『幽世』を切り開いた風。『春颯』がこの刃の名前です」

 瞬間、夜空から一閃、強烈な光が刃を貫いた。あまりの速さに手をひっこめることができなかったが、何もなかったかのような静寂が霊山を包む。

「手に取りなさい。雪良」

 恐る恐る柄に手を滑らせて握る。きちんと金属の重さが腕を介して伝わった。満月の光が、刃に刻まれた無数の傷ひとつひとつを優しく照らす。

 おかえり、春颯。

 



東さんには短い間でしたがお世話になりました! 

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