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第九話 オールエーと航空力学

 飛行場から馬車で揺られること一刻。アーランド王国、首都の一角に、魔術院オールエーが建っている。しっくいを塗られた白い壁と黒く高い屋根。建物の合間に見える木々。一見すると中世の教会のように見えるその石造りの施設群は、神への祈りのためではなく神への挑戦のために、あらゆる学問の研究のために建てられていた。

 広大な芝生の中に浮かび上がり、道を示すのは、小奇麗な石畳いしだたみの舗装だ。視界の隅に高く聳える塔には、マグタイト仕掛けの時計が取り付けられ、時刻を告げる鐘が鳴り響く。


「ようこそ、科学者ソータ。ここ魔術院『オールエー』こそが、大陸アールの英知の結晶であり、全ての魔術師たちの本願なのだ」

 

 ぼさぼさの黒髪頭に眼鏡をかけた、シャザードが高い声で、歌うように言葉を紡ぐ。先頭を行く彼はおどけてくるりと回って見せた。

 オールエー。その名は文字通り「全ての素質がAクラス」という意味なのだという。

 

 本来であれば、ここには魔術を自在に操れる者しか入ることを許可されていない。そういうわけで、僕の弟である勇者コータも、ここには入ったことが無い。僕は航空力学を、ひいては「科学」を知っている科学者という理由で、その特例になったのだという。

 

 廊下を歩きながら、僕は天井の高さに圧倒される。青長髪のアーサーになぜこんなに天井が高いのかと問うと、昔は巨人族も出入りしていたからだと返された。巨人族かー。へー、すごいな。そんなのもいるんだー(棒読み)。

 

「ちょっと! なんで魔力無しのアーサーがこんなところにいるのよ!」


 ピンク色のローブを着て、ピンク色の髪をしたツインテールの美少女が、僕たちに声をかける。

 馬車の中で聞いた身の上話によると、理由はこうだ。アーサーはかつて高熱を出して魔力を失い、いちどオールエーを追放された身である。しかし徐々に魔力は戻り、今はかつてと同じくらいに魔術を行使できるのだという。

 

「やあ、ロセウム。実は魔力がほぼ完全に戻ったんだ。あと、ずっと院にこもっていて知らないかもしれないが、俺は武闘大会で優勝して告白して、いま女盗賊のエフトと結婚を前提に付き合っている」


「な!? 結婚ですって!? 私を差し置いて平民と!?」


「エフトは、平民というか、まあ孤児だな」


「こ、孤児と結婚を前提に付き合っている……!?」


 ロセウムと呼ばれた少女は、まったく理解できないという顔をして、ふらふらと後ずさりし、倒れそうな動きを見せる。危ない。

 僕が推測するに、おおかた魔力を失う前のアーサーと付き合っていたとかそういう関係なんだろう。少し気まずい。しかし、そんな空気を読まずにシャザードが声をかける。


「ロセウム。こちらは勇者コータの兄であり、科学者でもあるソータ=セキグチだ。これから彼の考える飛行機についての講義がある。ぜひハザードたちも呼んできてくれ。最終的には新しく飛行機の図面を引くことになる。きっとすごく楽しいぞ!」


「へえ、あんたが飛行機の講義をするの?」


 斜に構え、値踏みするように僕を睨むロセウム。


「ま、シャザードが言うなら間違いは無いわね。うん、分かった。ハザードたちも呼んで来る!」

 

 ロセウムは機嫌を取り戻すと、急いで走り去っていく。

 

 

 

 

 そして数刻後、僕ことソータは壇上に立った。なんだかオペラホールみたいな巨大な空間を与えられてしまい、受講者もちらほらと増えてきて、緊張でどきどきする。

 僕は航空宇宙科の学生であれば一家に一冊はあるといわれる、通称「銀本」――航空力学の基礎を記した本――をもとに、なるべく平易な言葉を選んで、飛行機というものの成り立ちを語っていく。

 

 飛行機が飛ぶためには四つの力がバランスを取る必要がある。すなわち、推進力・重力・揚力・抗力がそれである。これらはそれぞれ前方、下方、上方、後方へのベクトルで表される。

 

 まず下に向かう重力があり、機体は落下しようとする。飛行機の主翼はベルヌーイの定理(流体力学の基礎となる定理である)により、風を受けて、重力に対抗して上に向かう揚力と、後方に向かう抗力を発生させる。この抗力を打ち消すためにエンジンとプロペラが生み出すのが、推進力である。

 

 この全ての力が合算された結果、機体は離陸したり、風を切って前方に飛行したり、上昇、下降、旋回したり、あるいは着陸したりするのである。


「その、揚力というのはなぜ生まれるんだ?」


 金髪のハザード――アーサーのライバルらしい――が挙手して質問する。


「主翼が少し斜めになっていることと、断面の形状が重要なんです。上を流れる空気が速く、下を流れる空気が遅くなるように設計します。そうすると圧力差が生じて、機体は上方に吸い上げられます。これが揚力の原理です」


 僕はなるべくわかりやすく説明する。


「ふむ。あの六角形の凧揚げをしていて、気付いたことがある。あれには姿勢を安定させるしっぽが必要だな」


 シャザードがするどく指摘する。


「まさにその通りです。飛行機には揚力を発生させる主翼の他に、姿勢を安定させるための、ひいては操縦するための尾翼が必要です」


「あの飛行機の形状にはそんな秘密があったのか」「赤いのは飛ぶための条件じゃないってことね」「全部いっぺんに理解するのは無理だ」「実例もまじえて話してもらうぞ」「赤トンボの図面はどこにいった? 持ってこい」「まだまだ改良できるところがたくさんある!」


 その講義は、途中で酒が入って――僕は飲まなかったが――結局深夜を過ぎ、次の太陽が登るまで続いた。

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