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第八話 脱獄

 気がついたら鉄格子の牢屋に居た。僕ことマックスは勇者コータと対面する形で牢屋に囚われていた。明かりは少ないが、階段の上から漏れる強い光によって朝だと知れた。

 

「コータ!」「ん、マックスか。おはよう……むにゃむにゃ」


 僕の声に、コータは眠りから目覚めたようだった。何日経過したのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

 

「信じられない! 生きてるぞ! 不時着に成功したんだ! やっぱりあの角度と速度で良かったんだな。それともパラシュートでの減速が効いたのか? とにかく僕たちはやり遂げたんだ! すごいぞ! 生きてるんだ!」


「うーん、なんか眠い。もう一眠りしたい……ぐぅ」


 再び寝ようとする勇者コータに声を掛け、起こしていると、一人の高級な軍服――紺色を基調にした金ぴかのやつだ――を着た兵士が見回りに来た。先の尖ったヘルメットを被り、長い男物のスカートをはいている。

 アーランド王国が竜の紋章をあしらうのと同様に、肩にあしらわれたワシの紋章は間違いなく、ラヴィッシュ帝国のものだ。いや、待てよ。何かがおかしい……。

 

「起きたのか。給仕に支度をさせるから早く飯を食え。アビゲイル様とエリザベス様がお待ちだ」

 

 その台詞の直後に、何がおかしいのか分かった。

 ワシの紋章は帝国軍「親衛隊」の紋章のはずだ。一般兵がそんな高級な紋章を付けているはずがない。つまり――ここがあの軍用地だというなら――今ここに、皇帝かその親族が来ているということか!?

 

「それ誰だっけ?」


 勇者コータが寝ぼけた質問をする。


「貴様! 一度しか言わないから覚えておけ。女帝アビゲイル様と副女帝エリザベス様だ。この帝国の事実上の支配者であり、ひいては大陸アールの支配者であらせられるこの御二方の名を胸に刻め!」


「ああ、すまん。ど忘れしてた。この帝国の皇帝の娘さんが、確かそんな名前だったな」


「こ、皇帝陛下は――我らがラヴィッシュ帝国の皇帝陛下は――」


「俺に会う前にぽっくり死んじゃったんだっけ」


 その台詞に、沈黙が落ちた。

 

 聞いていない。ラヴィッシュ帝国の皇帝ラヴィッシュ四世が死んだなんて話、僕は全く聞いていないぞ。こんなのドシロウトでも分かる。これは極めて高度な外交問題だ。それをあんな風に言ったら……。

 僕が顔色を伺うと、案の定。兵士は怒りに拳を震わせて、低く吼えた。

 

「さっさと最期の飯を食え! 貴様らの言動をアビゲイル様に全て報告して、即刻死罪にしてやる!」


 激昂した兵士は勇者コータの牢屋に手を掛ける。鉄格子を握り締め、力任せに揺さぶる。

 そこで――


「ラヴィッシュ帝国の皇帝陛下の安らかなる冥府への旅路のために、一分間の黙祷!」


 勇者コータが突如神妙なことを言い出した。


「――え?」


「ほら、目をつぶって黙祷しろよマックス。兵隊さんも、目を瞑って一分間祈るんだ。そういう決まりだ。はい、黙祷!」


 そう言われてしまうと目を瞑るしかない。そして目を瞑って僅か十数秒――ガチャリ。と錠前が開く音がした。目を開けると、勇者コータが鉄格子の檻を開け、外に出ている。

 

「はっ!? 貴様、こ、この卑怯者! 皇帝陛下への黙祷の隙に私の鍵束を奪って鍵を開けただと! そんな蛮行狼藉ばんこうろうぜきが帝国領内で許されると思って――ぐはっ!」


 勇者コータの全体重を乗せた掌底しょうてい打ちが鎧を着ていない兵士の腹部に命中し、兵士はどさりと崩れ落ちた。

 これは――さすがに擁護しようがないほど卑怯だ。ドン引きである。僕が抱いていた伝説の勇者への幻想とは何だったのか。マックス超ショック。


「んー。マックスのほうの鍵はこれかな? さあ脱出するか――あ、しまった!」

 

 そんなコータが次に何を言い出すのかと思えば。

 

「どうせなら朝食を食ってから脱獄するんだった! くそっ! 寝ぼけて順番を間違えた!」


 勇者コータ……身も蓋も無い男とはこのことであると、僕マックスは密かに思った。

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