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第七話 凧と揚力

 紙飛行機が無い世界で、飛行機がなぜ飛ぶかを説明するというのは難しい問題だった。いろいろな例えを持ち出し、小一時間説明したがらちがあかない。そこで、僕はふと良い例を思いついた。凧だ。

 

 一枚の羊皮紙をハサミで切る。下部が少し伸びた六角形に裁断し、芯として二本の棒を縦に取り付ける。あとは左右から紐を結びつければ、いわゆる「よくあがる凧」が完成する。小学校レベルの工作であるが、この発想はこっちの世界の人には無かったらしい。

 

 シャザードは凧あげに夢中になって走り回っている。強い風が吹いていることもあって、糸巻きの糸を全部吐き出してしまいそうな勢いで、「よくあがる凧」はぐんぐんと空へと上昇していった。

 

「すごいぞ。すごいぞ。これはすごいぞ! まるで魔術のようだ。向こうの世界の人間は皆こんなに簡単に空を飛ぶものを作れるのか!?」


「ええ、まあ……」


 なんとも言えない表情で汗を垂らす僕。


「フライハイ(高く飛べ)! フライハイ(高く飛べ)!」


 専門家ではないので細かいアーランド語のニュアンスは聞き取れないが、シャザードが子犬のようにはしゃいでいることだけは間違いなかった。


「ああなるとシャザードは止まらん。解説はシャザードのかわりに俺が聞いておこう」


 長身で、整った顔のアーサーが提案する。誇らしげに長い杖を持っているあたり、もしかして強力な魔法が使えたりするのだろうか。まあいい。まずは解説だ。

 

「あの、ちょうどよく斜めになった物体が風を受けて上昇する力を、『揚力』と言います。凧の上を流れる速い空気が、低密度、低圧力になり、凧の下を流れる遅い空気が、高密度、高圧力になった結果、上方向に力が働き、こう、吸い上げられる形になります。ここまではわかりますか?」


「うーむ。なるほど、分かったような分からんような……うん、正直なところを言うとだな。分からん」


「そんなのでよく飛行機作れましたね……」


「あれは作った奴が天才すぎたんだよ。魔術院『オールエー』にも世代交代があるし、技術が完全に後世に引き継げるわけでもないからな」


「じゃあ、あの飛行機は……まさか……ひょっとして……」


 僕は想像して血の気が引き、青くなる。


「ああ、あんな形をした物体が、なぜ飛ぶのか誰にも分からん」


 アーサーは断言した。設計理念無き飛行機ならまだ分かる。だが、航空力学無き飛行機となると話が変わってくる。そんなものはオーパーツだ。種明かしの無い手品など、魔術と何が変わるというのか。


「そんな危ない飛行機ものうちの弟を乗せないでください!」


「うん。いや、念のため、勇者コータにも確認は取ったんだぞ?」


「……返事は?」


「勇者コータは、俺もなんで飛ぶのか知らん、と言っていた」


「あーもう、あの馬鹿弟が! 原理も知らずに飛行機なんぞに乗りやがってからに! こんなめんどくさいことに巻き込まれているこっちの身にもなりやがれクソがーッ!」


 遥か上空を見上げて絶叫する僕を尻目に、シャザードは無邪気に凧あげを楽しんでいた。

 

 

 

 

「で、使えそうなのかね。ソータとやらは」


 飛行場を遠くから見守るレギン卿の質問に、剣道着を着て髪を束ねた父ソウイチロウが答える。


「ソータは飛行機のパイロットになるのが夢だった。大学で航空力学のコースを学んでるのも座学じゃなく実学を志向してのことだ。問題あるまい」


「お前、ソウイチロウと言ったか。もしお前とソータが勇者コータを無事に連れ帰ってこなければ……最悪、この国は、アーランド王国は滅ぶぞ?」


 その深刻な台詞に、レギン卿は自ら打たれたように肩を落とした。毎回綱渡りの曲芸をしているような、この国の現状を憂いているのだろうか。分厚いレンズの眼鏡越しには、落ち窪んだ瞳に映るものは判別できない。


「コータの母は、フミコは、コータを産んだ時に死んだ」


 父ソウイチロウは語った。

 

「不幸な死だった。だが、コータはそれを己のせいだと思い込み、また幼いソータはそれをコータのせいと思い込んだ。二才しか年の違わない二人だが、兄弟喧嘩が絶えなかった。だが、ある年の年末の大掃除の時だったかな。フミコからの手紙が見つかった」


『お兄ちゃんになるソータと、産まれてくる弟のコータへ。喧嘩していませんか? していたらすぐに仲直りしてください。お母さんは喧嘩は嫌いです。皆仲良く、助け合って、楽しく生きていこうね。たくさん勉強したり、いっぱい冒険したりしようね』


「それがお前の妻の遺言になったか」


「ああ。それきり、喧嘩も止んだ。すぐ仲直りして、片方が窮地に陥ったら、もう一人が助ける。そういうルールになった。だから『今回も』、大丈夫だ」


 背の高い父ソウイチロウを見上げて、レギン卿は言った。


「うらやましい話だ。アーランド王国と、ラヴィッシュ帝国も、そんな関係になれれば良いのだがな」


「ん? コータは、和平のためにその何とか帝国に行ったのだろう? なら、そう成る。関係改善、国交樹立。全ては、めでたしめでたしだ」


「お前も、コータを信じているのかね? 我々は勇者コータを信じてもいいのかね?」


 細く小さく、問うレギン卿。その言葉は震えていた。信仰心。それは神無きこの大陸アールには無縁の存在である。だが、コータが、勇者コータがそれを変えた。根本から変えてしまった。勝手の分からぬ父ソウイチロウにもそれだけは理解できた。

 だから。

 励ますように。


「この世に息子を信じない親がいるか!」


 強く、言い切った。

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