第四話 燃料切れ発覚
雲の間を飛ぶ真紅の飛行機。通称「赤トンボ」。眼下には山や河が見える。高度2000リーデ。全ての存在を見下ろす高みに、僕たちはいた。
風防をすり抜け、頬を切る風が冷たい。今は夏だが、目的地であるラヴィッシュ帝国は大陸北部にある。
「なあ、なんか変じゃないか?」
高空で発せられたのは勇者コータの声であった。無論、僕マックスもそのことにはとっくに気づいていた。だが原因が分からない。全ての点検項目を再チェックするべく、視線と思考を走らせる。
「エンジンの音が微妙に低い。なぜか高度が落ちている……マグタイトの残量は十分にあるはずなのに……まさか計器が故障しているのか!? マグタイトの残量計が上に張り付いている……糞ッ!」
「燃料切れか?」
「昨日交換したマグタイトは新品のはずだ。誰かが手を加えていない限り――! カスパールの奴か!」
激昂し、僕は声を荒げる。それに対して、勇者コータは冷静沈着に言葉を紡ぐ。
「俺の想像を言っていいか?」
少しの沈黙が続く。
「そのカスパールという奴は止むに止まれぬ事情があって、フレイズマル卿の言いなりになってこの飛行機に手を加えた。目的は俺の謀殺。和平の交渉のためにラヴィッシュ帝国に行くということ自体が、俺を殺すための卑劣な罠だった。まんまとハメられた俺たちは、燃料不足で墜落死する」
そのシナリオを聞いて、僕マックスは冷静さを取り戻した。
「……カスパールには病弱な妹がいるんだ」
「じゃあそれを理由に何か言われたんだろう。そいつに罪は無いよ。で、どうする? エースパイロット様は謀略に乗せられ、黙って落ちて死にました、でいいのか?」
「そんなこと、いいわけあるかッ!」
僕マックスは操縦桿を握り締め、レバーを上下させてエルロン(補助翼)とラダー(尾翼の方向舵)の機能が生きていることを確認する。本格的に燃料切れになる前に、エルロンを傾けて機体を右に大きく傾け、旋回させる。
「悪いが帝国の首都までは飛べない。目的地を変更する」
とにかく燃料が無い。ラヴィッシュ帝国の首都にある飛行場までは飛べそうに無い。ならば、無許可で勝手な判断になるが、ラヴィッシュ帝国との国境付近にあるとされる軍用地への着陸を試みるしかない。
事前の通知と了解が無い限り、敵国の軍用地への侵入は奇襲であり即時の宣戦布告である。捕まれば死刑だ。だが、墜落死するよりは兆倍マシだった。
「僕は最善を尽くすが、もしかしたら死ぬかもしれない。怖くは無いのか? 勇者コータ」
「そりゃ怖いさ。でもどちらかというと、本当に怖いのは俺を助けにくる兄貴のほうだろうな……」
「助け? 『助け』とは何だ? この状況下で一体誰が……」
「もし俺が生きているとなれば――兄であるソータ、父ソウイチロウが駆り出されるのは自然な流れだろう。これはひどい大冒険になるぞ。あるいは神話になるかも――」
コータの先見性に打たれて、僕マックスは僅かな希望を取り戻した。着陸し、捕虜となるが、本国から助けが来る。なるほど完璧なシナリオだ。
「それで、その兄ソータというのは、武芸の達人か何かなのか?」
「いや、全然」
その回答に、僕は落胆した。だがそれでも、勇者コータの肝の据わった振る舞いに、目を奪われた。勇者コータはポケットから乾燥肉を取り出すと、それを食い始めた。まるで、今のうちに食っておかないと、いざというとき働けないとでも言わんばかりに。
「でも兄貴、頭はいいから、たぶんなんとかなるだろう」
目標、前方。敵国軍用地への強行着陸。生きるか死ぬかの賭けをしているにしては、不思議と怖くはなかった。
赤毛のアガーテ。愛しいアガーテ。どうか心配はしないでくれ。僕はいま、伝説の勇者と一緒に飛んでいる。きっと、何も心配することは無いのだから。