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第三話 誤報でした

 その日の夜、カスパール飛行場。己の犯した罪の重さに耐え切れず、士官カスパールはコップに安酒を注いで飲んでいた。本来であればたしなめる者もあろうが、エースパイロットであるマックスと勇者コータの死に、全ての職員が己の責を感じ、うなだれていた。


 だがそこで。ありえぬことに、長距離マグタイト共振管(注・無線装置のようなものである)が一度だけ鳴り響いた。独特のクワンクワンという高い接続音の後に続けて、通信が入る。

 

「こちらはマックス。マグタイトの残量が少ない。当機は不時着した。これより帰還を試みる……」

 

 それは航空管制官によってすぐさま聞き取られ、記録され、カスパールの耳に入る。そしてカスパールの恐怖を呼び起こした。マックスが今も生きていて、カスパールの裏切りに気づいていたら。謀殺の件がバレたりしたら。だが、部下にもその通信は聞こえ、伝わっていた。いまさら全てを無かったことにするのは不可能だった。

 

「勇者コータは生きている!!」


 その事実は雷撃のようにアーランド王国を貫いた。

 

 

 

 

「や、やあ諸君」


 翌朝、フレイズマル卿はひきつった顔に無理やり笑みを浮かべながら王国議会に出席し、名門貴族のみを集めた極秘委員会で、一つの苦々しい提案をする羽目になった。

 

「通信には含まれなかったが、仮に勇者コータは生きているとして、だ。誰が救出に向かう? 分かっているとは思うが、友軍の救出のためとはいえ、国境を越えての進軍は不可能だ」


 クーノー卿の発したその台詞を聞くレギン卿の眼鏡は朝日を反射してきらめいている。感情は読み取れない。フレイズマル卿は代案を出した。

 

「異世界と繋がった門の向こう、勇者コータには兄と父がいる。いずれも勇者コータに並ぶ実力者だと聞いている。向こうの世界、『地球』とやらの『科学』とやらで、勇者コータを見事に救い出せると確信する」


「そんなことができるのか?」「そもそも『科学』とは何だ? 魔法のようなものか?」

「この機に乗じて、勇者コータの血族を皆殺しにする気ではないのか?」


 ざわめく名門貴族をたしなめるように、レギン卿は言った。

 

「お静かに。いずれにせよ、我々は新たな神話を失うか、取り戻すかの瀬戸際にある。救出部隊を派遣するかしないか、決を採ろうではないか」


 その決の結果は、採る前から決まっていた。

 

「勇者コータ救出計画 コードネーム:フライハイ。これを第一級国家機密とする。漏らした者は略式処刑とする!」


 それは勇者コータの兄ソータと、父ソウイチロウを駒に使った、秘密裏の救出作戦。もし失敗すれば、国が傾くことになる諸刃の剣であった。

 

 

 

 

 さて、場所は和風の居間。時は三時のお茶の時間。その話を(自称)コータの嫁フラーウムと父ソウイチロウから聞かされて、仰天したのは僕こと、兄ソータである。我が家は剣道場を営む一般的な家庭であり、僕は地元の国立大学に通ういち学生の身である。航空宇宙科に属してはいるが、冒険などしたことがない。

 

「なんで! なんで僕が異世界で大冒険しなきゃいけないんですか。そもそも異世界への門が開いてるなんて事情を知ったのは最近だし、レポートも書かないといけないのに!」


 剣道の胴衣を着て、黒髪を後ろで束ねた父ソウイチロウが言うには……。


「うむ。よくわからんが弟が失踪したら探すのは兄の勤めだろう。それにお前がこれまで学んでいたのは机上の空論ではなく実学だったと証明するいい機会じゃないか」


「そんなこといったって……」


 僕は苦悩する。剣道一筋の弟が異世界で魔王を倒したと聞いて、なんとなく悪い予感はしていた。平穏な日常生活が終わり、崩壊する兆しはなんとなく見えていた。見えてはいたのだ。どうやっても避けられなかっただけで。


「マグタイト、欲しくないのか? アレ、なんかしらんが、常温超伝導物質の筆頭候補らしいじゃないか。ノーベル賞狙えるぞノーベル賞」


 無精ひげを生やし、にやにや笑いを隠せない父ソウイチロウ。


「お父さん。絶対この状況を楽しんでるでしょう……。今まで我慢していた異世界武者修行、ようやく行く口実ができたって顔してますよ」


「ん? そうか? いやー、コータ無事だといいなー。うーん。安否が気遣われてお父さん困っちゃうなー」


 完全に口だけである。にやにや笑いが止まらない父に、僕は開き直って言った。


「分かりました。厳格だったはずのお父さんのキャラが崩壊してますし、もういいですよ。行けばいいんでしょう行けば。科学の力で敵をぶちのめして帰ればいいんでしょう?」


「そういうことだ。これは天下分け目の一戦だ。負けることは許されん。それに――飛行機とやらに乗るのも初めてだからな。これは大冒険だぞ」


「飛行機? 知ってると思いますが、僕は高所恐怖症なんですよ!」


「男なら克服しろ」


 無茶振りにもほどがあるだろう。この世界に神はいないのか。そう漏らすと、フラーウムが言った。

 

「アール大陸に神はいないの。でも神話ならあるわ。それを今からあなたが作るのよ、ソータ」


 この神話はこうしてなし崩し的に始まった。後世の人はそれを、「フライハイ」と呼ぶ。

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