第二十一話 結婚式
盛大な結婚式が始まっていた。巨大な大聖堂を埋め尽くす観衆。惜しげもなく振りまかれる赤や黄色の花びら。パイプオルガンから鳴り響く荘厳な音楽。床に敷かれた、赤を基調に金の刺繍がされた絨毯。白尽くめのウェディングドレスを着た金長髪の美女。
誰と誰の結婚式なのか? それは僕こと一般人ソータと、ラヴィッシュ帝国女帝アビゲイルの結婚式である。
話はこうだ。弟のコータが僕が未婚であることをアビゲイルにばらした。
するとアビゲイルはコータを迎えに僕ソータが都市ヤムリッグに来ることを事前に察知し、用意周到に結婚式の準備を始めた。
そして僕は何も知らずに、まんまとヤムリッグへと入場した。
明日は宴会があると言われ、ワインを少し飲まされた。そこからの記憶が曖昧である。薬物か何かを盛られたのだろうか、気づいたら皇帝っぽい感じの金ぴかの衣装に着替えさせられていた。汚い。手口が汚い。さすがラヴィッシュ帝国である。などと関心している場合ではない。なんとかして式を抜け出さねばならない。
「あの、アビゲイルさん? 離してくれませんか? 僕は結婚とかそういうのはまだ――」
「だめだ。挙式と即位式は今日行う」
現実は非情である。アビゲイルは歩みを止めた僕を力ずくで引っ張って、ずんずんと進んでゆく。どこの世界に、花嫁に引きずられて結婚する花婿がいるのだろう。いや、ここにいるわけだが。それは置いておいても、だ。即位ってどういうことだ。
「――少し考える時間をください」
「20秒だけ待ってやる」
想像以上に短い時間を与えられた僕は、頭をフル回転させる。唸れ、僕の灰色の脳細胞! 轟け、500馬力の空冷式マグタイトエンジン!
「実は僕は男にしか興味が――」
「前皇帝陛下にも男色の気があったが、愛があれば大丈夫だ。問題ない」
咄嗟の嘘が看破されたのか、それともマジで言っているのか。金長髪のアビゲイルの表情は終始真顔なので、区別がつかない。こういう状況は、端的に言ってすごく困る。
「あと10秒だ」
冷酷に残り時間を告げられる僕ことソータ。いくつかの行動案が脳内に提示されるが、僕の中で理性がことごとくそれを却下していく。トイレに行きたいと言うべきか。いやでもさっきトイレ行ったから無理だ。金髪にはトラウマがあって。いやだめだアビゲイルは髪の色を変えかねない。考えろ考えろ考えろ。
「時間切れだ。心の準備はできたか」
「うう……」
プスプスと煙を上げる僕の頭。答え無し。万事休す。そこに至って、ついに僕の堪忍袋の尾が切れた。
「あの馬鹿弟……コータめ! 実の兄を売るような真似をしやがって! 訴えてやる! 日本国憲法の名の下に訴えてやる!」
「ああ、この結婚式と即位式は勇者コータのおかげだ。感謝しなくてはな……」
あんの弟め。勇者コータめ。あとでグーで殴ってやる。絶対だ! 絶対に殴ってやるぞ覚悟しろ!
僕は自暴自棄になって、アビゲイルの手を引いて、花で埋められた道を歩いていく。
「ついに皇帝になる決意ができたか」
「ああもう! なりますよ! なればいいんでしょう! でも僕には学問の道があります! 元の世界に戻って大学院に入って、博士号も取って、日夜研究に明け暮れるという手もまだ残されていますからね!」
「そんなに学問を極めたいのか。だが、定期的に通ってくれれば問題ない。通い婚という言葉もある」
「でもラヴィッシュ帝国と精霊の門はだいぶ離れていますよ」
「そのための飛行機だろう?」
なぜだ。いつから飛行機はランデヴー用の存在になってしまったんだ。
そんな当然の疑問を抱きつつ、僕はステージの上へと登り、アビゲイルをエスコートする。いや、だめだ。このまま流されるままになっていては……。
「飛行機だ!」「飛行機が飛んでいるぞ!」
民衆が空を見上げる。ステージの上にいるアビゲイルと、僕もそれを見上げる。
数機の赤トンボが、円を描いて飛んでいる。たちまち空は青いカンバスへと早変わりし、白い煙がその軌跡を描き出す。
視認はできないが、僕には分かる。あれには僕の弟である勇者コータと、父ソウイチロウが乗っている。マックスとアガーテが乗っている。シャザードとヴィクター博士が、あるいは、アーサーとエフトが、カスパールとエンヒェンすら乗っているかもしれない。
皆、僕の結婚式とラヴィッシュ帝国皇帝の即位式を見ようと駆けつけたのだ。
「くそっ! こうなったら! 絶対、自力で彼女作ってやる!」
僕が大声で叫ぶと、アビゲイルは「側室か。それも悪くないな」などとポツリと漏らし。
「ラヴィッシュ帝国万歳! めでたきかな結婚式! ラヴィッシュ帝国万歳! 新しい皇帝陛下に万歳!」
万雷の拍手の中、僕こと勇者ソータは、泣いたり笑ったりしながら二つの式を挙げた。
全ては、アーランド王国とラヴィッシュ帝国との、和平のために。ソータは犠牲になったのだった。




