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第二十話 謝罪

 恥辱のために死のうと考えていた。野蛮なアーランド王国の虜囚となるよりは、いっそここで潔く死ぬべきだと。本当の本当に、そう考えていたのだ。


「えー、この度は、大変申し訳ない気持ちでいっぱいです」


 開幕のスピーチを聞いたとき、これは夢かと疑った。

 戦勝国が謝罪してくる話など一度も聞いたことがなかったからだ。

 

「ちょっと此方のエースパイロットのカスパール君、調子に乗って飛行機を壊しすぎました。基地半壊とかやりすぎです。滑走路が広くなかったら着陸できない状況に陥っていました。その点は謝罪します」


 壇上で、頭を下げる黒髪のカスパール。その姿に基地がざわめきに包まれる。エースである。勝者である。なのに頭を下げる。意味が分からない。

 それはそれとして、生存者たちは怪我人の手当てに忙しい。そこに赤毛のアガーテ嬢が加わり、青髪のアーサーの魔術が傷を塞いでゆく。

 英雄カスパールの隣で、口上を奉るのは同じく黒髪の勇者ソータである。


「今回、ラヴィッシュ帝国軍を圧倒したアーランド王国の飛行機ですが、主に僕が設計しました。そのスペックをここで公開したいと思います」


 なんだと――それを聞いた時、全身が沸騰した。死のうという決意は完全にどこかに消え去っていた。聞きたい。是が非でも聞きたい。聞いて検証したい。というか他の奴らに聞かせたくない。


「空前絶後の推進力を生み出すのは空冷式マグタイト・エンジン第零号。500馬力から1000馬力を叩き出すこのエンジンは、従来の飛行機を全く寄せ付けません」


 やめろ。そんな話を凡夫どもに聞かせるな。


「次に揚力を生み出すのは計二葉の翼です。本来は一葉として設計し直すべきでしたが、突貫作業のため従来と同様の二葉設計となりました。翼の長さは少し切り詰められました。しかし、ここで真に注目すべきは翼の形状です」


「そこまでだ!」

 

 私ことヴィクター博士は自分でも驚くような大音声で叫んだ。

 

「勇者ソータ。それ以上は言うな。頼む。答えを言わないでくれ。その飛行機を見れば分かる。これは8年前に私の作った赤トンボじゃない。赤トンボ二号機だ。こいつは、こいつは――」


「はい。そうです。これは、かつてあなたがアーランド王国オールエーで作ろうとした飛行機。その正当な進化系です」


「進化系?」


「ああ、こっちの世界では進化という概念が無いのか……。要するに、以前より立派に飛ぶように洗練されているという意味です」


「つまり、これが『答え』なんだな? この飛行機が、私の8年の研究よりも、さらに上を行っている『真実』ということか?」


「ま、そういうことです。信じられないかもしれませんが、アーランドには異世界に通じる門があります。その世界――僕のいた世界――では、鉄の塊が空を飛び、鉄の箱が連結されて地を走っています。文明がだいたい100年くらい先に進んでいるんです」


「ひゃ、100年……」


 俄かには信じられない話だが、私はその話を肯定せざるを得なかった。オールエーの連中どもが一朝一夕で作り上げたという話よりは、がぜん信憑性がある話だったからだ。

 

「飛行機は、その世界を飛んでいるんだな? 私の思い描く未来は、実現しているんだな?」


 生存者の全員が、私のほうを見ていた。少なくとも、私にはそう見えた。


「はい。そしてこの飛行機は、和平のためにあります。あなたにもプレゼントがありますよ、ヴィクター博士。ええと……これです。この手紙です」


 つかつかと進み出て、勇者ソータの手から強引に手紙を奪う。蝋で封された手紙。そこには。


「今度一緒に飛行機とかの研究をしよう。8年前から変わらぬ愛を込めて。シャザード」


 まったく、何かと思えば――今の私の顔はきっと赤トンボよりも赤い――単なるラブレターじゃあないか。あのちびのシャザード。私は、こんなものを運ぶために、飛行機を作ったつもりはないぞ。飛行機と飛行機が空中で戦うはずだったんだ。そして私の飛行機が勝つはずだったんだ。なのに――どうして――私の涙は止まらないんだ?

 

 負けたからか? 悔しいからか? 憎いからか? 違う。断じて違う。

 

 完敗だったんだ。

 

 最初から、完全に、負けていた。ずるい。ずるいじゃないかシャザード。100年も進んだ文明に触発されて、完璧な飛行機を作り上げて。それを目の前に持ってきておいて。共同研究しようだなんて。

 

 そんな風に愛を告白するなんて、卑怯だ。

 

「返事はノーだ。勇者ソータ。今回の敗北の責務を負う私は、一生ラヴィッシュ帝国から出られないだろう」


「出れますよ」


 そう言って微笑む勇者ソータ。


「なぜだ? 勇者ソータ。なぜ言い切れる?」


「だって空には、国境は無いじゃないですか」

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