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第十九話 鷹の目

 鷹の目(ホークアイ)


 それは、カスパールが原理を考案した数少ない装置の名である。

 

 ソータとオールエーの改造によって赤トンボが非常に安定したことによって、飛行機の振動によるブレが無くなり、ようやく日の目を見た技術。左右で計四枚の凸レンズと内部のプリズム機構を持ち、遠方のものを数十倍に拡大して見ることができるそれは、本来、星座の位置を確認するためのものであったが。今現在のように適切に扱えば、恐るべき軍事的威力を発揮するしろものでもあった。

 カスパールの眼前に位置するその装置は、光学的屈折現象を通じて、網膜に像を結ぶ。


 とある世界では、それは単に、こう呼ばれている。双眼鏡、と。


「見つけたぞ!」


 マグタイト伝声管――無線機である――越しに声が響く。

 

「カスパール!?」


 赤トンボ、アガーテ機の前方にぐいと踊り出たカスパール機が、進路を示す。


「北北東8000リーデ。敵基地を確認。まだ離陸していない機が見えた! 迎撃機の出撃準備中と判断する!」

 

「カスパールさん! 独断専行は控えて!」


 ソータが返事をするが。

 

「いや、今しかない……と思う。俺の身体が――」


 いったんそこで言葉を切り、カスパールは迷いを断ち切るように言う。


「俺の身体が――震えているのがその証拠だ。俺はいつだって間違えてきた。恐怖に怖気づいて、震える手で、勇気を出せずに、いつだって間違えてきた。でも、もしマックスなら、きっとこう言うと思う。『やっちまえ』と……『やっちまえカスパール』と」


 アーサーが通信に割り込む。


「その判断、俺も信じよう。敵機の撃墜からまだそう時間は経っていない。迎撃に上がる飛行機が少ないほど、こちらの勝機が増す」


 アガーテが続ける。

 

「いいわ、カスパール。それなら私も信じる。マックスがそうするように、『やっちまいましょう』! 迎撃機が上がる前に敵基地を叩きのめす! さあ、エンジンフルスロットル!」


「ちょ……待って……」


 ソータの言葉もむなしく、一気に来るG。加速する赤トンボ三機。音速の壁こそ超えていないが、これより速い乗り物はこの大陸アールには存在しない。いままさに、戦争の火蓋が、切って落とされようとしていた。





「クソッ! クソッ! クソッたれ! 迎撃に上がったのは何機だ!? 二十か? 十か? 八か七か?」


 白髪ショートカットの、白衣をまとったマッドサイエンティストが、深緑色の戦闘機のコックピットで、無線機に向かって吼える。


「五機だけです。残りは……機銃の換装が終わっていません。すぐには無理です!」


「おい! せっかくの空中戦なんだぞ? 夢にまで見たあの空中戦なんだぞ? 敵機を追い回し弾丸の味を教えてくれてやるあの戦争なんだぞ? なんで私の初舞台の観客がこんなに少ないんだ? おかしいだろう? ええ?」


「あの……その……あッ!? て、敵機です! 三機が一直線に突っ込んでくる!」


「なんだと!?」


 ヴィクター博士が目を凝らすと、ちょうど三機の飛行機は三方向に別れ。一機が上空に向かってぐるりと弧を描いていた。太陽を背に。

 

「……なんでだ?」


 ヴィクター博士が率いる五機の戦闘機は、その三機の機動に追いつけなかった。エンジンをフルスロットルにする時間は無かった。描かれた弧に追いつくには速度と揚力が足りなかった。なにより、その覚悟ができていなかった。死の覚悟が。


 何で私は……よりによって負け戦を経験しているんだ?

 

 全てがスローモーションのようだった。太陽を背にした赤トンボは、はるか天上から振り下ろされた戦鎚ウォーハンマーのように、一切の慈悲無く基地を襲った。機銃は全てのエネルギーを猛り狂う運動量に変えて、したたかにヤムリッグ航空基地の格納庫を叩いた。絵に描いたような、奇跡的な一撃の後、カスパール機は仰角を上げ、地表すれすれを掠めて飛んだ。その数秒後。

 

 ズズドンッ!!

 

 格納庫に着弾した弾は炸裂し、燃料庫に引火し、そして爆ぜた。さながらそれは――地獄絵図。全ての工兵と深緑色の戦闘機は炎に包まれ、めらめらと燃え上がった。

 

「よくも……よくも私のかわいい飛行機たちを!」


 ヴィクター博士は咆哮する。そしてカスパール機を追うために旋回し、速度を上げる。しかし。

 

 残りの二機の赤トンボは、そんな簡単な復讐を許すことはしなかった。皆がカスパール機に気を取られた隙を狙い、その短い旋回半径を活かして、五機のうちの二機の戦闘機の背後に喰らいつく。放たれる機銃。羽虫のように回転して落ちる二機の戦闘機。これで、三対三。数的優位はもはや無い。

 

「これは、私が、ヴィクター博士が作ったラヴィッシュ帝国の最新鋭戦闘機なんだ! お前等アーランドの赤トンボなんかに! あんな虫けらどもに! 絶対に負けるはずが無いんだ!」


 無線機越しに、低い声が入る。


「ヴィクター博士! 降伏を! 今ならまだ可能です!」


「うるさい! 五月蠅い! この敗北主義者どもめ! アーランドの間諜スパイどもめ! お前等の訓練がなってないから! 精神が軟弱だから! だから! だから!」


 ヴィクター機は、旋回を続ける。事前のシミュレートでは、何千回戦っても、確実に旧式の赤トンボの背後を取れるはずだった。だが。現実は。

 逆に背後を取られ、ロックオンされるヴィクター機。その小さな胸をちらりとよぎる、ありえぬはずの、死の影。

 

「アーランド王国機に告ぐ。我々は降伏する! 繰り返す。我々は降伏する! こちらには緊急脱出用の装備が無い。だからどうか、どうかヴィクター博士の命だけは助けてやってくれ!」


「……クソッ! クソッ! 畜生! 畜生ッ!」


 こうして、アーランド王国とラヴィッシュ帝国の空中戦は、幕を閉じた。

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