第十八話 基地
ラヴィッシュ帝国南部の主要都市、ヤムリッグ。コータとマックスはその中心部へと案内されていた。執政室の要たる玉座の前に、コータたちは連れて行かれる。
「そなたが勇者コータか」
その声は高く、しかし発せられる位置は低い。色とりどりの宝石が散りばめられた玉座に座る、黒髪のリシュ、金髪のヤシュ、青髪のリンガはまだ平均年齢五才であるからだ。
「生前、父上が会いたがっていたから、何か特別な力でも持っているのかと思ったが……」「どうやら……」「そうでもないようだな?」
勇者コータは喋らない。
「お前達! なぜお前達が玉座に座っている!」
女帝アビゲイルが怒りをあらわにし、副女帝エリザベスが氷のような視線を向けるが。
「ラヴィッシュ帝国に敗北者は要らぬ」
黒髪のリシュは一言で全てを斬って捨てた。タイマン戦争で女帝アビゲイルが負けたという極秘の事実は、早馬で既に伝わっている。
「ところで、コータ」「お前の兄がこの帝国に迎えに来るそうだが」「その結果、一体どうなると思う?」
子供らしい笑みを浮かべるリシュ、ヤシュ、リンガ。その意味を察して、アビゲイルとエリザベスの顔は青くなる。
「ゆ、勇者コータの兄上を乗せた飛行機を、まさか撃墜するつもりか!」
「この国に進入しようとする異国の者は」「あらゆる戦力をもって」「これを撃破する」
「父上の残した言葉だ。反論はあるまい?」
リシュ、ヤシュ、リンガはそれぞれの顔に残酷な笑みを浮かべる。そして勇者コータのほうを見やる。勇者コータの絶望に満ちたその顔を見て何か言おうとして――リシュたちはむしろ凍りついた。
「な、何を笑っている!」「勇者コータ!」「貴様、気でも狂ったか!」
「いやー、だってさあ……」
コータはリシュたちのほうをしっかり見据えて言った。
「お前等みたいなガキが指揮して、俺の兄貴に勝てるわけがないだろう」
同時刻。ヤムリッグ飛行場。白髪ショートカットのヴィクター博士が怒りのあまり髪を逆立たせる。
「なんだと!? 定刻になっても機が帰ってこない!? それで? それで迎撃には何機上げたんだ? ええ?」
「落ち着いてくださいヴィクター博士。まだこちらには何十機もの飛行機がある。たかが一機の飛行機が落ちたくらいでそう怒らんでも……」
「たかが!? たかが一機だと? あれは私の最高傑作中の最高傑作だぞ!? 時代遅れの赤トンボなんかに遅れを取るはずが無いんだ! たとえ多勢に無勢でも、絶対にだ! 絶対に空中戦で負けたりはしない!」
「しかし連絡は途絶していますからな……」
「で、迎撃には何機上げたんだ!? さっきから何度も何度も、私はそれを聞いているんだぞ!」
「昼過ぎには工兵たちが戻りますから、機銃に弾を詰めて、すぐですよ」
「昼過ぎ!? 敵は今この瞬間も接近してきているんだぞ! 今すぐ全機上げろ! 今すぐにだ!」
何度かの要請を受けて、ようやく司令官は重い腰を上げる。それを見て、ヴィクター博士は何かを悟る。戦争の趨勢を決めるのは技術ではない。飛行機の性能ではない。万が一の時のための体制作りなのだと。
「クソッ! 誰か話の分かる兵士はいないのか! おい……そこの飯抜きの工兵! いますぐ私の機を準備しろ! この際、武装は何でもかまわない! 最新鋭機でなくてもいい! 私は地上で死ぬなんて真っ平ごめんだ!」
「死ぬ? 一体何の話なんです?」
「敵飛行機だ! ありえぬことに我が軍の英知の結晶である深緑色の最新鋭戦闘機一機を撃墜し、いままさにこの基地に接近しつつある敵飛行機のことだ!」
「まさか、本当にこの航空基地が、攻撃対象に!?」
「いいからさっさと準備をしろ! 聞こえないのか! この私が、ヴィクター博士が言っているんだぞ! 今すぐスクランブル発進できなければ! この基地は、もう、もう――御終いだ!」
再び、執政室。その玉座。
「勇者コータ」「今その口で」「なんと言った?」
黒髪のリシュ、金髪のヤシュ、青髪のリンガは玉座から零れ落ちそうなほどに身を乗り出す。先ほど勇者コータの口から発せられたその言葉が、ただのハッタリ、嘘であることを祈るように。
「だから。うちの兄貴は重度の飛行機オタクだから、改造された赤トンボと、この国の飛行機との間じゃあ、ぜんぜん勝負にならないって言ったんだよ」
僕ことマックスは、その風景を見て、勇者コータが自分の兄を信頼していることを。とりわけ、兄の持つ技術を信頼していることを、ひどくはっきりと確信した。だからこの戦争は――うまく言い表せないが、おそらく、きっと――アーランド王国の、いや、大陸アールの、最も新しい神話になるのだ。




