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第十六話 鉄壁

「うーむ。飛行機に乗れると聞いて来たのに、結局俺は留守番か……」


 白い胴着に袴を履いた父ソウイチロウは貴族が住む居住区の、カスパール家の門の内に構えていた。なんでもカスパールには部屋の中を歩き回ることさえできない病弱な妹キリアンがおり、フレイズマル卿にその弱みを握られているという。ひどい話だ。


「おい、お前! そこをどけ!」


 深夜だというのに、門に兵士たちが押し寄せる。


「どけ、だと? 貴様、ここに病弱な娘が居ると聞いての所業か。お前の親はお前がこんなことをしていると知っているのか? 悲しくはないか? 空しくはないか? ええ?」


「そ、それは……」


「貴族の兵士だからって言い訳が許されるのはガキまでだぞ。お前らは自分の意思で病弱な娘を殺して、フレイズマル卿に気に入られようと思っている下衆げすだ。鬼畜だ。犬猫以下だ」


「くっ! 言わせておけばっ!」


 舌戦に勝てず、たまらず剣を抜く兵士たち。それを見て、不敵な笑みを浮かべたのは、父ソウイチロウである。


「抜いたな? 抜いたんだな? この俺を前にして? 刀を抜いたんだな?」


「な、何が言いたい!?」


「つまりこれは、もう――斬ってもいいんだよ、なっ!」


 ぐにゃり。まるでそこだけ空間が歪んだように見えた。ソウイチロウの姿は無い。一人の兵士がばたりと倒れ、その先には剣を担いだ幽鬼が居た。

 

「俺の全力を出してやる。かかってこい○○○○ども!」


 最後のスラングは聞き取れなかったが、それが侮辱であることは明らかであった。

 激昂した兵士たちは大地を蹴り、間合いを詰め、もっというなら殺到した。だが無意味だった。

 アーランドには鬼は居ない。少なくとも、今日この日までは。角が見えたと、ある者は言う。牙が見えたと、ある者は言う。般若が居たと、ある者は言う。

 

 時代劇のごとくに、触れた端から、ばったばったと切り倒される兵士たち。覚え習った剣術も忘れて斬りかかるが、ソウイチロウは壮絶な突きの連打でそれを返した。恐慌状態に陥った兵士たちはもはや剣を振り下ろすだけの装置と化した。ソウイチロウはただ相手の剣を弾き、剣を二振り三振りするだけであった。

 

「基礎がまったくなってない。こいつらには明日から特訓が必要だな」

 

 兵士たちは斬られた。その剣の感触は本物だった。兵士たちは倒れた。明らかに武装を貫通する斬撃があった。だが、生きている。その違和感に、兵士たちは恐怖した。


 ソウイチロウの振るうその剣には魔術のゆらめきがあった。だが勘違いしてはいけない。それはハザードがソウイチロウを守るために掛けた呪文ではない。剣の腕前を上げるための補助魔法ですらない。

 それは「斬られた者が即死しないように」と掛けられた魔法。ただ、「敵をソウイチロウから守るために」。ただそれだけのために掛けられた防御の呪文。

 

「……マジかよ。ホントに全員片付けちまった」


 館の中から、白銀のフードを被った金髪のハザードが現れて長い杖を振るう。

 空気がキンと張り詰める。むろん本命は剣兵たちではない。金で雇われた凄腕の暗殺者、すなわち銃を操る狙撃手だ。

 

「『一点狙撃ピンポイント・スナイプ』!」


 樹上。夜闇に紛れた銃兵士の狙撃が、ソウイチロウの頭部を襲う。だが。

 

 ギンッ! 硬化した空気が弾丸を受け止め、静止させる。あまりの出来事に目を見開く暗殺者。ハザードの呪文は館全体を包み込み、高速移動する物体を妨害する。

 

「暗殺者よ。悪いが、今夜は銃は無しっこだ。勇者コータのお父上様は、剣戟浪漫譚がお望みだとよ」


 不利を悟りつつも、樹上から飛び降りる黒尽くめの暗殺者。あくまで金で雇われた以上、目的を遂行しなければ明日の糧は得られない。その姿は小さく、スマートで、そして。

 

「女か。つまらん」


「女だからって舐めるんじゃあないッ!」


 即座に展開されるナイフ、片手に二本、両手で四本。数の暴力あらば勝機は我にあり。そう思っての行動であったのだろう。ナイフの投擲。それはソウイチロウに吸い込まれるように飛来し――。


「ふん!」


 微妙に軌道をずらして投げたナイフ二つが、一振りで地に落ちた。まぐれだ。そう思って投擲する残り二つのナイフも、見切りなど不可能な必殺のそれであったが。子供の攻撃をあしらうように、剣で軽く弾き返される。

 

「俺にそんなちゃちな攻撃は効かん」


「クソッ!」


 再びナイフを取り出し、今度は低く駆ける暗殺者。両手にはそれぞれ一本ずつのナイフ。右下段から繰り出されたそれを、ソウイチロウは低く構えた剣先で叩き落とす。だがそれはフェイント。暗殺者は左上段から必殺のナイフを振り下ろし――それもソウイチロウの振り上げた剣によって、弾き飛ばされる。実力差は明らかだった。

 

「なんでだ……このアーランドには神は居ない! たった二人の剣士と魔術師に、部隊揃って壊滅なんてことになったら、あたしらには食っていく術が無いんだ! ヤクザな家業なのは知ってる。だが言わせて貰う。なんであんたらは、神に祝福されているかのように生き延びるんだ?」


「さあて……なぜだろうな、ハザード」


「……神話ならあるさ。勇者コータの神話が」


「そうだな。こちらには神話がある。金もある。フレイズマル卿の暗殺者? そんなもん止めろ止めろ。裏切っちまえよ。そして俺たちの護衛者になれ。お前の名前は?」


「……フーリエ」


「フーリエ。じゃあお前の初仕事は、キリアンの護衛だ」

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