第十五話 ヴィクター博士
「アビゲイルが勇者コータに敗北したようだな」「奴はラヴィッシュ四世の庶子の中でも一番の小物」「ククク……我ら前皇帝陛下の子らの面汚しよ」
ラヴィッシュ帝国南部の主要都市、ヤムリッグ。三名の人物が一同に会して、何やらよからぬ企みをしている。それぞれ、黒髪、金髪、青髪で、いずれも身長は低い。
早馬で伝えられた、ラヴィッシュ帝国とのタイマン戦争に勝った勇者コータの要求は、「和平」でも「従属」でもなく、「観光」。マックスが散々説得してもコータは要求を変えなかった。コータ曰く、他国に押し付けられた和平はいずれ破綻するから、とのことだった。そんなわけでコータとマックス、アビゲイルとエリザベスは今、馬車で最寄の主要都市、ヤムリッグに移動中である。
なお、ヤムリッグには飛行場がある。そしてラヴィッシュ帝国の軍事機密もまた、その飛行場の格納庫にしまわれているのだった。
「わざわざヤムリッグまでおいでいただきありがとうございます。ヴィクター博士。先日、馬車で搬入された赤トンボの解析のほうは順調でしょうか?」
白髪ショートカット、白衣の白づくめの人物に、兵士が質問する。博士と呼ばれた人物の両手はポケットに入っており、もぞもぞと動いている。そういう癖なのだ。
「うん。私があの古臭い魔術院にいたころと設計思想は変わらないようね。これなら現行のラヴィッシュ帝国の航空戦力で十分に撃墜可能と判断する。でも注意してね。飛行機は素早い乗り物だから、後続の偵察機がいつくるか分からない。パイロットが常に待機して居なくては、空中戦は楽しめない」
「空中戦、でありますか」
「そう。とっても楽しいのよ。スクランブル! スクランブル! 上空で会敵した複数の飛行機が、飛行機の全能力を駆使して、敵の背後を取ろうと必死に喰らい付くの。そして背後を取って機銃を撃ち込み続けたほうが勝つの。ブーン! ブブーン! ああ、命を賭けた空の戦い。なんてドラマチックなんでしょう!」
「……はあ」
「返事にロマンが無いわね。あなたもう帰っていいわよ。後は私たちが全部やっておくから」
格納庫にずらりと並ぶのは、深緑色の戦闘機だ。手前側の三機が、最新鋭の単葉機である。断面が円形の胴体を採用し、空気抵抗を減らす試みが功を奏し、速度は一段と増している。
長方形の主翼には白い三角形に抽象化されたワシの紋章が光る。全て私が一から設計し直した、ラヴィッシュ帝国の航空兵器たちである。
八年前、私はアーランド王国の魔術院「オールエー」を追放された。単に最新技術を戦争に投入して実験しようとしただけなのに、連中はそれを問題視した。あれから八年にもなるのか。そういえば今日は私の十六才の誕生日だった。祝いの歌を口ずさみながら、私は自分の発明品たちの勝利を確信する。
「戦争よ。戦争よ。夢にまで見た大戦争よ。ああなんていい気分。ああなんて幸せなのかしら」
ヴィクター博士はくるくると回る。途中で足をひっかけて転ぶ。手はポケットにあるので受身が取れない。ゴン。
「痛たたた……ちょっと興奮しすぎたわね……ん?」
そこには食事の時間を告げに来た一人の兵士がいた。
「あなた、いま私のことを馬鹿な女だと思ったでしょう?」
「と、とんでもありませんヴィクター博士」
「いや、思ったわね。顔に書いてあるもの。私は舐められると罰を与えないと気がすまない性質なの。どうしようかしら。どうしようかしら。とりあえず夕食抜きね」
「えー」不満そうな兵士。
「何よ。不満なの? 階級が下の者に命令されるのが嫌なの? それとも私の顔に醜い縫い傷があるのが不満の原因かしら?」
「いや、そういうわけでは……わかりました。夕食抜きで我慢します」
「やっぱり馬鹿な女だと思ってたんだ!」
「ち、違います! 思っていません」
まいったなあという顔をする兵士に、私は今日の夕食を運んでくるように命じる。誰が自分を馬鹿にする兵士たちと一緒に食事などするものか。私は、孤高の白き大天才、ヴィクター博士なんだぞ。
「到着した勇者コータを観光地に連れて行ってもてなそう! しかしそれを助けに来るという後続のソータらは、ヤムリッグの航空戦力で撃墜する。それで勇者コータは孤立し、僕らは有利な交渉カードを得ることになる」
三人の人物が極秘裏に合議して生まれた結論はそれであった。
女帝アビゲイルが敗れた今、ラヴィッシュ帝国を動かすのは、平均年齢五才になる三人の庶子たちである。
黒髪、金髪、青髪の子供たちの名は、それぞれリシュ、ヤシュ、リンガという。アビゲイルお姉様とエリザベスお姉様が居ない状況下では、子供らしい無邪気な発想で、どこまでも腹黒い会話を繰り広げるのが、彼らの常だった。




