第十四話 裏切りと裏切り
丑三つ時のカスパール飛行場、格納庫。
僕ソータは、赤毛のアガーテ、青髪のアーサー、黒髪のカスパールと共に、飛行機三機を盗みに来ていた。飛行場の所有者であるカスパールの手配により、合鍵は前もって渡されており、僕らは苦も無く潜入に成功した。
だが、そこには先客が居た。
照明がカッ、カッ、カッと照らされる。ずらりと並ぶ赤トンボ。後光を受けてそこに佇むのは、ぼさぼさ頭に眼鏡のシャザードと、若くして白髪頭のフレイズマル卿だった。
「これはこれは。飛行機泥棒の諸君ではないか! 夜分遅くに御機嫌よう。そして永久にさようなら、だ」
格納庫の二階の足場に陣取った、二十名ほどの兵士たちは、全員一階の僕らに向けて銃を構えている。まるでフレイズマル卿の命令があれば、いつでも僕らを殺せるとでも言わんばかりだ。
「シャザードさん! 僕らを裏切ったんですか!」
僕は叫ぶ。
「裏切る? 果たして裏切っているのはどっちかね? 非武装の飛行機で敵国に進入する。だが、そんな装備で勇者コータを助け出せる可能性は極めて低い。その航空力学の知識を敵に渡すために、みすみす囚われの身になりにいくようなものだ。この状況で、『裏切り』の定義とは何かね? 君たちのやろうとしていることこそ、裏切りではないかね?」
その言葉に、僕は言い返せない。
「その通りだ。こいつらは国家機密に触れすぎた! 赤トンボの改修に関係した連中はこの場で全員粛清されるべきだ!」
フレイズマル卿は右手を高く上げる。
くそっ。シャザードが裏切るのは予想外だった。さぞやショックだろうと、僕はアーサーの顔を見た。しかしなぜか、特に感情の乱れは読み取れない。アガーテとカスパールも別段声を発しない。
「いや、君は完全に何かを誤解しているようだね、フレイズマル卿」
「なに?」
シャザードが続ける。
「僕が言っているのは『非武装の飛行機で』の部分だよ。この飛行機は銃火器で武装されるべきだ。そして、その改修作業がちょうど今終わったところだ。プロペラの回転に合わせて前方に備え付けた機銃のトリガが落ちるようにした。これで進行方向の敵機を撃墜できる。そうだな……飛行機というより、これはもはや戦闘機動を行う、戦闘機とでもいうべきなのかな……?」
「……何を言っている?」
「だから、君とお供の銃兵たちはもう用済みだから帰っていいと言っているんだよ。フレイズマル卿」
その言葉と共に、文字通り空気が「ギン」と音を立てて凍りつく。フレイズマル卿は銃撃の火蓋を切ろうと上げた腕を振り下ろそうとするが、一寸たりとも動かすことができない。二階の銃兵たちも、銃のトリガに掛けた指先を一切動かすことができないまま、次々と倒れていく。
「ここで作業している者も含め、オールエーの連中は全員が魔術師だ。この程度の空間を制御し、その場にいる全員の動きを止めることくらい造作も無い。魔術では空を飛ぶことこそできないが、そのくらいのことは完全に遂行できるんだな。うん」
「……う、裏切るのか?」
「いいや。よもや忘れたとは言わせないよ? オールエーはどこにも属さない、ただ技術だけを追求する集団だ。誰も、何人たりともオールエーを屈服させ、利用することはできない!」
その後、シャザードはフレイズマル卿の背中をぽんぽんと叩き。
「でも突貫作業だったからね。君のところの兵士には、機銃の運搬等いろいろ手伝ってもらった。礼は言っておくよ」
「……こんな……盗みに加担するような真似をして……ただで済むと思うなよ!」
「まさか! オールエーはただこの飛行機にふさわしい機銃を取り付けただけだ。その後の、飛行機の警護までは頼まれていない。ただ、ここでの発砲はよくないね。せっかくの発明品に穴が開いてしまう」
「シャザードさん。こんなことしちゃって、いいんですか?」
「まあ後のことは任せて、行きたまえソータ。君の弟の勇者コータがラヴィッシュ帝国で助けを待っている。アーサー、ソータたちの護衛をよろしく頼むよ」
「……カ、カスパール! 貴様の妹キリアンの命は無いぞ!」
妹の名にビクッと怯えるカスパールに、シャザードは補足する。
「カスパールの妹キリアンの護衛には勇者コータの父ソウイチロウが当たっている。討ち取られるのは、果たしてどっちだろうね?」
「……くっ! 貴様らァ!」
僕は機銃で武装された赤トンボの後部座席に滑り込む。前部のコックピットには赤毛のアガーテが乗り込む。右隣の赤トンボにはアーサー一人が、左隣の赤トンボにはカスパール一人が乗り込む。
深夜の離陸。僕たちの赤トンボ改は、ラヴィッシュ帝国目指して、飛行場から飛び立った。




