第十二話 赤トンボ改二号機
「1000馬力? マグタイト・エンジンというのはそんなに性能が高いんですか?」
僕ソータは詳細なスペックを聞いて驚いていた。異世界で馬力という単位を単純に適用できるかはこの際脇に置いておく。
マグタイト・エンジンの開発者に直に話を聞くと、控えめに見積もっても500馬力はあるのだと言う。ただ、空冷方式を採用している都合上、地上で1000馬力をフルに出すと熱ダレしてぶっ壊れるらしい。
比較的大型の液冷マグタイト・エンジンは主に船舶のスクリューに使用され、アーランドでは非常に発達している。今回はコンパクトさが求められていたので、500馬力出ればひとまず十分ということで、すんなりエンジンの選定が決まった。
これがのちの星型空冷式マグタイト・エンジン、第壱号である。
アーランド王国が保有する赤トンボの数にも驚かされた。一部の交換部品の欠損はあるものの、現時点で約20機。航空力学も知らずによくもこんなに作ったものだ。
これを聞いて、僕は飛行機の一足飛びの進化と並行して、いくつかの改良を赤トンボに取り入れる方針を決めていた。翼型を良くするため、主翼先端部の飾りを取り外す。二つあるうちの長いほうの主翼を切り詰める。角を丸め、流線型に木を削り出して主翼の上にボルト止めする。その分重くなるから飛ばなくなるのでは、という主張を押しのけて、僕はとことん翼型に拘った。ちなみに、銃は危ないので設計から外した。
「赤トンボ改二号機」
その飛行実験が、カスパール飛行場で、今日行われる。
「じゃあ、後部座席に乗ってね。ソータ」
クーノー家の赤毛の娘アガーテがその実験に名乗りを上げた。エースパイロットのマックスの勧めで、以前飛行機の操縦訓練を受けたことがあるとのことだった。しがない泡沫貴族のカスパール家に、名門貴族クーノー家の名でそう言われてしまうと、はいわかりましたとしか言えなくなる。
防寒着に着替えて、高度2000リーデに到達するつもりのアガーテに、最後の確認をする。
「あの……僕は高所恐怖症なんですが……やっぱり乗らないとダメですか……?」
「あなた設計者でしょ。乗りなさい」
僕は貴族が平民に接する感じで普通に命令される。
迷信と知りながら、手のひらに人という字を書いて飲み込むなどする。決して下は見ないと心に決めて、僕は赤トンボ改の後部座席に乗り込んだ。
シートベルトを締めて、地上のシャザード、アーサー、ハザードたちに向かって別れの手を振る。
マグタイト・エンジンがプロペラを回し始める。やがてプロペラが逆回転しているように見え始め――目の錯覚である――次にプロペラがもはや視認できない速度で回転しはじめる。最初は低かった回転音がどんどん高くなっていく。
「なにこれ怖い。今から僕らマジで飛ぶの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「ソータ。思考が口に出てるわよ」アガーテが僕をたしなめる。
赤毛のボブカットのアガーテは近来稀に見る美少女なのだが、その行動力は美少女のそれではない。なんかアクション映画とかに出てくる感じである。
「新しい飛行機を完成させて、私はマックスに会いに行く。そのためなら何でもするの。邪魔はしないで。いいね?」
「あっはい」僕ソータとしてはそうとしか答えられない。
赤トンボは滑走路を前進する。徐々に速度を上げる。フラップを出して、風を受ける。機首は気持ち上向き。聞こえていた音の一つが消える。タイヤと地面が離れたのだ。我飛行に成功せり。高度上昇。10、20、30……100、200、300……1000……2000!
「すごい! 体感で五倍以上の揚力を感じる! 前とは別の機体みたい! それに、この子、すごく操縦桿に素直よ! さあ、エルロン傾けて右旋回!」
「ぎゃーーー。機体が大きく傾くーーー。見たくないのに地上が見えるーーー」
僕は、人間が本当に失神したいときは、失神したくてもできないという事実に気付いた。めまぐるしく変わる風景が次々と頭の中に叩き込まれ、気分は最悪である。カスパール飛行場があんなに小さく見える……ああ、地上の星はこんなところにあったんだね(現実逃避)。
「飛んだな」「ああ」
再び飛行場を見守る、眼鏡のレギン卿と、無精ひげの父ソウイチロウ。
「上手く飛んでよかったな。あれは、あの技術は、もうアーランド王国のものだ。大空を制した気分はどうだ? レギン卿」
「いや、そうではない。あれは魔術院『オールエー』の技術だ。アーランド王国のものではない」
レギン卿は首をゆっくり横に振る。
「というと?」
「魔術院『オールエー』は原則として何者にも動かされない。今回の件は、あくまで技術的な興味関心から派生した実験にすぎない。勇者コータを助けるのは、アーランド王国であって、アーランド王国ではないのだ」
「簡単に言ってくれ」
「昨日、アーランド王国の王立議会は、改めて決を採り、救出作戦の強行を否決した。アーランド王国は勇者コータを助けることはできない。少なくとも、表向きは」
「つまり俺やソータは、単独行動を強いられる、ということか」
「……赤トンボ改、三機を盗むための手はずは整えておいた。夜闇に紛れ、離陸し、勇者コータを助けたまえ。乗り込むのはソータとソウイチロウ。パイロットはアガーテ、アーサー、そしてあのカスパールだ。この配役に文句はあるまい」
「コータとマックスを入れると一人足りないが?」
「積荷を捨てて詰め込めば三人乗れると聞いている。これ以上の支援はできん。すまんが、これでお別れだ」
下を向き、申し訳なさそうにするレギン卿。
「いや、助かった、礼を言う。また会おう。今度は酒の席でな」




