第十一話 魔鉱山にて
「なんか最近、暇だな」
ガキーン。ガキーン。魔鉱山の奥深くで、つるはしを振り上げ、振り下ろしながら、遮光ゴーグルを掛けた鉱夫ゴーシュが呟く。隣には少し太ったククルスがいる。
「何か面白い展開は無いのか、ククルス」
「そんなこと言われても……あ、そういえば昨日、いつもと違う買い付け人が来て、妙な注文をしていったな」
「妙な注文?」
そこでお調子者のククルスが言うには。
「確か、『鉄の翼を作れるか?』とか何とか、意味不明なことを言っていたよ」
「それで何て返事したんだ?」
「調べるから一週間待ってくれ、と言っておいた。まあそんなの無理に決まってるけど……返事を遅らせたほうが金をふんだくれるだろう?」
「鉄の翼か……」
ゴーシュはつるはしを振るう手を止めて、ふと考え込む。
「俺が思うに、金属でも薄く延ばせば羽のように軽くなるだろう? だから鉄の翼を作ること自体は可能なんじゃないか。あるいはヴォルフガングなら、ドワーフから何か聞き出すことができるかもしれん」
「おいおい。鉄の塊は空を飛ばないぜ。そんなの常識だろう」
「じゃあ木や羊皮紙なら飛ぶのか? 鳥だって飛べるのと飛べないのとがいるぞ。その材質や色の違いは本質じゃないだろう。それにヴォルフガングからの伝聞だが、俺はマグタイト駆動が空を飛ぶという話を聞いたことがある」
「……本気で鉄の翼の作り方を調べるつもりなのか?」
「調べるだけ調べてみよう。そして情報料として、貴族どもにせいぜい高く売るさ」
一方。崖の下にあるヴォルフガングの工房。
製図用の机に突っ伏して寝ている波打つ黒髪のヴォルフガングの肩の上に、いつものように森の小鳥たちが舞い降りて止まっている。
「ヴォルフガング! 居るのかヴォルフガング!」
ゴーシュの声に、目覚めて眼をぱちくりさせるヴォルフガング。小鳥たちはピヨピヨと鳴きながら素早く飛び立つ。
「おう! 俺はここにいるぞゴーシュ! どうした、こんな石切り場まで来て! 何か問題でも起こったか?」
「いますぐドワーフに会いたい。今は忘れ去られた神話に、『鉄の翼』についての伝承があるかないかを聞きたいんだ」
「『鉄の翼』とはなんだ? お前さんとうとう頭をやられたか?」
「いや頭のほうは正常だ。妙なのは買い付け人のほうだ。何を買いたいのか言いもせずに、『鉄の翼を作れるか?』とだけ聞いてきた。心当たりはあるか?」
「鉄じゃないが、マグタイト駆動で飛ぶ装置なら、魔術院オールエーのアーサーに頼んで見せてもらったことがある。こう、天井から床まで紐でぶら下がっててな。スイッチを入れると地面から少し浮いてふよふよと飛び回るんだ。俺は鳥のように羽ばたくタイプが好きだったが、プロペラで回るやつが一番元気そうに動いとった。あれは何て言ったかな……そう、『飛行機』だ!」
ヴォルフガングが叫ぶと、応える声があった。
「なるほど、なるほど。その飛行機とやらを鉄で作ろうっていうんだな? まったく面白い試みだ」
石切り場にある円柱状の椅子には、いつのまにか現れた男が座っていた。赤い髪の毛に髭を蓄えた、背丈の低い、太った男。ドワーフのドーリンである。
「空はかつて神々や竜の持ち物だった。だが、神々は去り、竜は滅び、今は所有者が居ない」
そこでドーリンは一拍置いた。
「伝承にはこうある。『そしてアールは言った。いつか必ず鉄の翼が作られ、空は誰かのものになるであろう。それは包丁のようなもの。使う者次第で、幸福にも不幸にも世界は塗り替えられる』」
「『そしてアールは言った』で始まるということは、創生神話の一節だな。予言された『鉄の翼』! あの飛行機というものは、世界の勢力図を塗り替えるほどの力を秘めているのか!」
ヴォルフガングは驚嘆した。
「……可能なのか」ゴーシュは唸った。
「きっと悲しい戦争が起こる。いくつかの命は失われるだろう。それは人間の性だ。だが、その先には幸福が待っていると信じよう」
その言葉を残して、ドーリンは消えた。ゴーシュにとっては、初めてのドワーフとの遭遇だった。




