第十話 宣戦布告
これまでのあらすじ。黒髪の勇者コータと茶髪の僕マックスは、地下の牢屋を抜け出して、給仕が用意した朝食を探す旅に出た。
追伸、あの兵士は牢屋に閉じ込めた。
追伸の追伸、勇者という敬称は今後省くことにした。
館の廊下には白を基調とした絨毯が敷かれ、まるで雪景色のようである。大窓からの太陽光が壁にかけられた巨大な肖像画を照らし出している。このくらいなら僕だって知っている。この巨大な北方帝国を作り出した英雄、ラヴィッシュ一世である。
もっとも、ラヴィッシュ帝国とはいっても、二世、三世、四世と連続で家を継いできたわけではない。歴史においてはよくあることだが、途中でいろいろ揉め事があって、ラヴィッシュ○世という名前ではない皇帝が十数名誕生している。
コータはその話を聞いて、ようやく外交的な事情と本来の目的――和平の実現――を思い出したかのようだった。
コータは語った。ラヴィッシュ帝国はラヴィッシュ四世によって統治されていたが、今回世継ぎが不在のままラヴィッシュ四世が死去したことで、権力の空白が存在している。その権力の空白こそ、我々アーランド王国がラヴィッシュ帝国との和平を結ぶチャンスとなるという話だった。
そういう事についてコータと話しながら歩いていると、広間のほうからパンの焼けるいい匂いがしてきた。コータは立ち止まらない。ずんずんと歩いていく。
「おいコータ、まさかとは思うが広間に行くつもりか? この状態で広間に行ったらもう一回牢屋にぶちこまれるんじゃないか?」
「うーん、そのへんはうまく言っておくから、演技してくれ」
「演技って……」
反論する間もなく、コータは広間の入り口をくぐろうとする。僕も追いかける。当然兵士たちに見つかって、呼び止められる。
「おい! お前ら、名を名乗れ」
「俺の名はコータ。黒の魔王を倒したアーランド王国の勇者だ。後ろにいるのはマックス。アーランドの天才飛行機乗りで、飛行機のことなら何でも知っている」
「ちょっと待て。僕は何も知ら――」
「お前らは牢屋に入っていたはずだ。どうやって抜け出した?」
「ん? 話が違うな。俺たちはアビゲイル様とエリザベス様との会食に招かれたと聞いたぞ。それで牢屋から出してもらった。確かそのはずだよな? マックス?」
「あ、うん。えーと。そうだ。会食に招かれたんだ。脱ご……か、鍵は貴国の兵士に開けてもらった」
「確かに話が違うな。ちょっとそこで待っていろ。アビゲイル様とエリザベス様に直接確認を取る」
「そうしてくれ。アビゲイル様の命令を誤解していたとあっては、大問題だからな」
一人の兵士が伝令に走る。数名の屈強な兵士が居残り、こちらを睨んでいる。
「うまくいきそうか?」と僕が小声で問うと。
「女帝様の気分次第だな……」とコータは返した。
伝令兵が広間の再奥、女帝アビゲイルのもとへと到達する。拳を側頭部に当てての、敬礼。
「女帝陛下。勇者コータと飛行気乗りのマックスと名乗る二名が、会食に招かれたと言って牢屋から出てきておりますが、真でしょうか」
「ふむ」と中央の席に座る金の長髪のアビゲイル。
「……そうきましたか」と表情を曇らせる、傍らの銀髪ショートカットのエリザベス。
伝令兵はきょとんとしている。
「これはたとえばの話だが……。もしまんまとあの二人に脱獄されたのだとしたら、誰の首が飛ぶと思う?」
女帝アビゲイルは短く問う。
「だ、脱獄を許したとすれば! それは看守の責任です。看守の命をもって償います。そ、それとおそれながら、この部隊の部隊長にも任命責任があります。いますぐ棒打ちの刑に処し……」
それを聞き、アビゲイルは満足そうに頷く。
「よいよい。ただの冗談だ。あの二人を会食に招いたのは真のことだ。行ってよいぞ」
「はっ!」
伝令兵は再び拳を側頭部に当てて敬礼し、踵を返して走り去る。
「良いのですか? 敵国の兵と会食などして」知略家のエリザベスが首を傾げる。
「かわいい部下の面子のためだ。しかたあるまい」皇帝然としたアビゲイルは小さく笑う。
「それに勇者コータには父上も生前、会いたがっていた。伝説の勇者とやらがいかほどの胆力の持ち主なのか、しかと見極めさせてもらおう」
十分後。
僕ことマックスは絶世の美貌を持つ女帝アビゲイルの横で、パンとスープを食べていた。コータも副女帝エリザベスの横で黙々とパンを食い、スープをスプーンで口に運んでいる。
気まずい。とても気まずい。何か言ったほうがいいのか。それともコータを見習って黙っていたほうがいいのか。これは言ったら負けのような気がする。そうこうしているうちに、コータは全ての料理をたいらげた。
「まず最初に、アーランド王国の代表として、前皇帝陛下ラヴィッシュ四世のご冥福をお祈りする」
コータは平然と言った。
「次に、和平の交渉をしてこいとフレイズマル卿に言われたんだが、そもそも俺たちには与えられるものが何もない。せいぜい手土産に持ってきた十数本のマグタイト・バーくらいだ。ラヴィッシュ帝国が位置する北方の大地はそもそも黒の魔王に脅かされておらず、魔王を倒して勇者の名を名乗ったところで肩書きだけだ。これだけでは和平の『わ』の字も口にできない。そこで、だ」
そのあとコータが何を言い出すつもりなのか。僕には予想できていなかった。
「アーランド王国の代表として、一つの『賭け』を提案する」
「俺がラヴィッシュ帝国軍に一個人として宣戦布告するから、一対一でやり合おう。百対一や千対一はダメだ。それだとどっちが強いのか分からないからな。基本的に一対一のサシの勝負を繰り返す。俺が疲れたら休憩して、その後に再開。俺が負けたら終わりで、何でも言うことを聞く。ただし俺が勝ち抜いた場合、そちらも何でも一つ言うことを聞くこと」
「どうだ?」
コータは狂ったのか? 和平の交渉をして帰るという話なのに、宣戦布告などしてどうするのか。これはまさに竜の逆鱗に触れるような話である。
「その条件なら我が軍に勝てると思っているのか?」
金長髪の女帝アビゲイルがむすっとした声で返した。
「お前はすぐに負けるだろう。こちらは一騎当千の兵揃いだ」
「だからこそ、だ。俺は強い奴と戦いたい。勇者、勇者とちやほやされて、お飾りにされるのは真っ平御免なんだ。ところでその台詞、『賭け』に乗ったと認識していいのか?」
「コータ! 今すぐ前言を撤回しろ! 今回の目的は戦争じゃなくて和平の実現だろう!」
「アビゲイルお姉様! そんな安っぽい挑発に乗ってはいけません!」
しかし僕と副女帝エリザベスの制止もむなしく。
「いいだろう。ラヴィッシュ帝国軍はその挑戦を受けて立つ。勇者コータの腕前、とくと見せよ。そして我が軍の威力に、たちまち怖れを抱くがいい」




