俺とアリカと恐怖の夜と
「その様子だと、やはり自覚なしですか。」
前回不正アクセスの犯人。つまりはデータ改ざんの犯人にさせられたアリカ。
こいつは自分から進んで女になる道を選んだとは考えにくい。
そう考えると、外部からの改ざんの線が濃厚だが・・・
「アリカさんがサーバー最深部にアクセスして改ざんした形跡が残っています。」
樽田はウィンドウを俺達に突きつける。
ですが。と続けて、
「僕もアリカさんが犯人だとは思っていません。第一、アカウント情報を改ざんするには、現実世界の本部のサーバールームからアクセスしないといけません。アリカさんはここ数日間ログアウトしていませんので、不可能でしょう。まぁ、別の方法があれば話は別ですが。」
そう言って今は誰もいない社長室を軽く覗いてから、新しくウインドウを開く。
「今日の早朝4:36にアカウント情報の書き換え行為があったことが確認できます。この2分前に不正なアクセスがあるので、間違いなくこの時に女性化してますね。」
「ストーリーテラーという名前にご存知ないですか?」
突然別の話をされても困るんだが・・・
「確か・・・話をするのが上手い人という意味だったか」
「その通りです、ナイトさん。Wikipediaによると『「語り部」にあたる役割。転じて、話の上手な人物、話の運びの上手い小説家・脚本家を意味する。』とあります。」
それが?何か関係あるのだろうか。
「アリカさんはアクセス時、『ストーリーテラー』という言葉を残しています。おそらくこれが何かしらのヒントになるのではないでしょうか。」
しばらくの沈黙。正直展開が急すぎるもんで、頭の中がごちゃごちゃしている。アリカなんか、犯人扱いされた件から一言も喋っていない。
なんて珍しくシリアスな雰囲気になってたんだが、あっという間にぶち壊された。
「やっほぉぉぉ!アリカちゃんずいぶんとかわいくなっちゃって」
突然アリカに抱きつき頬をすりすりする謎の女。時雨が飛び込んできたのだ。
「・・・しぐさん?殴るよ」
アリカのマジなトーンに時雨は両手を上げ降伏のポーズをとる。
アリカが気を抜いたその瞬間。怪しく時雨の目が光った。そして、そうと思ったときには、アリカは時雨に担がれそのままどこかへ連れ去られていった。
南無。
肝心な奴がいなくなったので、その隙に少し俺は部屋で休ませてもらうかな。
と、部屋を出ようとしたその時、樽田が引き止める。
「ナイトさんは体に異常はありませんか?」
「いや、特にはないが。どうかしたのか?」
すると樽田は、だったらいいです。となんともまぁ微妙な返事。
俺は腑に落ちないまま部屋を後にした。
端末の着信音で目を覚ました。
ついつい寝てしまったのか。なんて思いながら応答する。
発信相手は・・・樽田だ。
『バグが観測されました。今回のは大きめなので、すぐに向かってください。あと、通話はそのままで。』
了解。と応え、部屋を出る。
玄関ロビーに時雨。なにか企んでる目をしている。
隣にいるのは?
・・・
一瞬わからなかったが、アリカで間違いなさそうだ。
ブーツとかミニスカートとか。非常に女らしい格好をしている・・・いや、させられていることにツッコんだほうがいいんだろうか。
というか、ものすごく丈の短いスカートを両手で抑えるその格好。かわいいっす!
「かわいいでしょ~♡ってかホントに隅々まで女の子になってるんだね。おどろき~」
時雨のその言葉に顔を赤くするアリカ。
隅々・・・だと・・・
俺の妄想が一瞬で展開・・・ゲフンゲフン。
そんな場合じゃない。アリカの手を取り、無理やり外へ連れ出す。話は歩きながらだ。
『場所はボア・エスペランサから北に20km。戦闘区域なので、クリエイティブモードの使用を許可します。』
了解。と伝え、アニメイド本店従業員控え室の奥のロッカールーム。ボア・エスペランサと汚い俺の字で書かれたロッカーに入る。
みんなお待ちかね!ナイトくんのOz解説コーナだよっ!
今日は戦闘区域について、今日は説明しよう。
Ozの仮想空間は、安全に人が暮らせる非戦闘区域とモンスターが現れる戦闘区域に分けられる。
人が住む様になった以上、絶対安全と言える場所は当然必要になったからな。まぁ戦闘区域に街を作って、スリルのある生活を営む人々もいるんだが・・・
ということで、社長はリアリティがコンセプトなこのゲームに、現実な部分と現実と幻想の共存した部分の2つに分けた。というわけだ。
・・・・・・これが最期の仕事だったのは、話が重くなるので詳しくは話さないでおく。
んで、俺たち運営は戦闘区域で作業する時、モンスターに襲われる危険がある。そこでクリエイティブモード。
いちいち本部で許可を取らなきゃいけないんだが効果は絶大で、適応中はモンスターに襲われなくなる。
これからの俺たちのように、モンスターのド真ん中でキーボードを叩き続けるには、必要不可欠なモードだ。
以上解説コーナーでした。
場所は移り変わって、夜の砂漠のど真ん中。
途中、二足歩行の大きな獣ワーウルフとすれ違った。襲ってこないとわかっていても怖いものは怖い。
未だに震える指をなんとか押さえつけながら、作業を始める。
まずはバグってる箇所のアドレスとバックアップとを比較。意外とこれが時間がかかったりするもんだ。
自動で行われる作業の完了をまったりと待っていると、遠くの方から先ほど見かけたワーウルフが近づいてくる。
さっきとは明らかに様子が違う。
なんというか、おもいっきり俺達の方を向いている。
まさかとは思いつつ、アリカに注意を促し一歩下がる。
獣との距離はゆっくりと、しかし確実に狭まってきている。
その差5mほど。
その時。
ワーウルフは飛びかかってきた。
慌てて俺たちは身を屈め、回避をする。
俺たちの頭上を通り越したそれは、一直線にバグの塊へ突っ込んでいく。
雄叫びと共にバグを飲み込む。
・・・沈黙。
だがそれは長くは続かず、先ほどと比べものにならないほど大きな雄叫びを上げる。
それと同時に、体内構造の変化が起こる。
ワーウルフにセットしたバイナリエディタは激しく内部データの変化を示している。
最後の書き換えが終わった頃には、白かった毛はところどころ黒く、身体も二回りほど大きくなっていた。
ゴゴ・・・ギガガギゴゴッ!
雄叫びとは程遠い音が口から発せられる。
機械音というか、エフェクターで声が変えられているようなその音に思わず恐怖心を抱く。
「くそっ!こうなりゃ・・・戦うぞ!」
ワーウルフは、古参プレイヤーですら気のぬくことができない程かなりの強敵。
だが、超がつくほどやり込んでる俺達なら楽勝だ。
伊達に全職業マスターしてねぇぜ。
スキルをうまく組み合わせて戦えば、いくらバグって強くなったってやれないことはないはずだ。
・・・
ちっ・・・
まるっきり歯が立たねぇ。
最も強い刃物と言われている刀で傷すら付けられない。
斬鉄剣の刃もこぼれ、俺の持っている剣はすべて使い物にならなくなってしまっていた。
「ナイト!ダメだ。本部に連絡つかない・・・」
アリカを後ろに下げ応援を呼ぶよう言ったが、それも無駄だったようだ。
「俺も戦う!」
勢い良く飛び出したアリカの腕をつかむ。
「離せっ!くそっ」
アリカは必死に振り払おうとする。が。
「こんなに力弱くなってるじゃねぇか。そんなお前が拳ひとつで戦えるわけ無いだろ」
舌打ちをするアリカの腕を離す。
「お前は本部へ行って直接呼んでこい」
アリカはうつむき、諦めたようにつぶやく。
「わかった・・・戻ってくるまで、絶対に死ぬなよ」
「バカ。この世界じゃ死なねぇよ。知ってるだろ」
でも・・・・・・いや、何でもない。
そう言うと俺に背を向け走っていった。
お前の言いたいことはわかってる。この敵は普通じゃない。負けたらおそらく死ぬことになるだろう。
でも、男にはやらなきゃいけない時があるんだ。
・・・
ここまでの俺カッコイイな。普段からこんな事やってれば女子にモテるんだろうか。
そんなことを考えていると、爪が襲いかかってきた。
あっぶねぇ!ふざけてる場合じゃなかった。
ボロボロになった刀をつかみ、身を守る。
爪から身を守れたが、勢いで大きく吹き飛ぶ。
体勢を立て直す暇もなく、次の攻撃が飛んでくる。
急所だけは外さないと・・・
腕で防御・・・間に合わないっ!
腹部に強い痛みが走る。
さらなる追撃を避けるため、獣から距離をとる。
血が止まらない・・・思考もできなくなってきた。
ここは砂漠の真ん中。隠れる場所すらない。
何か手はないか。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。
ダメだ・・・考えようと考える事でいっぱいいっぱいになってる。
・・・・・・落ち着け。そして考えろ。
その時ワーウルフの攻撃が来る。
一歩下がる。ぎりぎりで避け、次の攻撃は右にステップ。
くっ!
傷口から更に血があふれる。
やばい。足が止まる。
回避が遅れ・・・
その瞬間、左肩に爪が刺さった。
激痛に意識が飛びそうになる。
耐えろ。ここで気を失うわけにはいかない。
地面に倒れこむ勢いで爪を引きぬく。
さらなる痛み。
だが我慢しろ。そして走れ。
ワーウルフに背を向け逃げる。
戦闘中背中を見せることは、負けを意味すると聞いたことあるが、今はそれどころじゃない。
10m程は離れただろうか。振り返る。
目の前に白地に黒の斑点が見えたその時、左頬に衝撃を受けた。
砂地に顔面から着陸。
首が折れていないだけラッキーだったか。
でももう無理だな。足が震えて立つこともできない。
死の直前に視界がスローになる。というのはよく聞く話だが、俺の場合は逆だった。
突然視界の端から出てきた影が、俺とワーウルフの間に割って入り、ワーウルフのみぞおちに拳を入れた。
「あれ。マジで効かねぇの?」
だが、ワーウルフは3歩ほど下がった。
「ごめん。言いつけ守らなかった。あっ。でも本部には連絡ついたから大丈夫」
俺の方を振り返って、親指を立てるアリカ。
だが、その笑顔は俺の目の前から一瞬で消え去ることになった。
「アリカっ!」
砂煙が巻き起こって何も見えない。
駆け寄ろうとするが、足が動かない。
地面でもがく俺に見えたのは、ゆっくりと俺に近づく獣。
もう・・・死ぬっ!
突然ワーウルフが悶えた。
右の肩に白いものが突き刺さっている。見た感じ剣・・・に見えるが、なんか光っている。
おそらくそれが飛んできただろう方向には、アリカが飛ばされた砂煙がある。
煙の中をよく見ると人影が見える。
まさかと思ったが、そこから出てきたのはアリカ。
しかし様子が違う。
両手には本。そして両足は地面から離れ、こちらに近づいてくる。
〈緊急時のため、モード:テラーを起動します。〉
アリカの声だが、明らかにそうではない声が聞こえたかと思ったその時。
本が一瞬光り、アリカの周囲にさっきの光の剣が数十個。それらは一直線に獣に突き刺さる。
ワーウルフは完全に沈黙した。
〈脅威の回避に成功。モード:テラーを終了します。〉
「アリカっ!」
電池が切れたかのようにアリカは落ちる。
俺は這うようにアリカに駆け寄る。
・・・・・・zzz
なんだ・・・気を失っただけか。
ほっとしたら俺も意識が・・・
はぁ。でかい口叩いておきながら助けられるなんて。俺マジでダセェ。
無力な自分に苛立ちを感じながら、俺の長い夜は明けた。