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第2話『理解できますか? その足りなそうな頭で』

友達と約束したナイトプールの日になって、私はお兄ちゃんと一緒に待ち合わせ場所に向かっていた。


ただ、いきなりお兄ちゃんが現れると話が進まなそうだし、少し離れた所で待っていて貰う事にする。


ついでに持ってきたサングラスを渡してそれを付けておいてと言って、待ち合わせ場所に向かった。


「お待たせ!」


「あー。もう綾おそーい!」


「ごめんごめん!」


私を誘ってくれた大学で知り合った工藤萌花に笑顔で話しかけて、遅れてきた事を謝罪した。


そして、萌花の横に何故か立っている何人かにも視線を向ける。


笑顔のままではあるが、不快さを隠せたかは分からない。


「あ、あのね。綾。実はさ。ナイトプールに行くって言ったら、高校の時の友達が一緒に行きたいって行ってさ。だから、そのごめんね?」


「別に怒ってないよ。私も一人連れてきちゃったから、お相子って事で良いかな」


「う、うん! 勿論!」


「じゃあ、呼ぶね」


私は携帯を取り出すと、お兄ちゃんを呼ぶ事にした。


そしてメッセージには兄妹って事は内緒にしてと書いておくことも忘れない。


そうしないと多分面倒な事になるから。


「綾。遅れてごめんね」


「ううん。大丈夫だよ」


「……ぁ」


当然というか、何というか。萌花は勿論、萌花と一緒に居た頭の軽そうな女達も呆然とお兄ちゃんを見て言葉を無くす。


そして、お兄ちゃんが挨拶をすると、まともに返事が出来たのは萌花だけで、他の女どもは間抜けに口をパクパクとさせながら、お兄ちゃんを呆然と見ているだけだった。


珍しくも無いし、面白くもない反応だ。


「じゃ、メンバーも揃ったし。行こうか」


「そうだね」


しかし、流石というか、萌花は頬こそまだ赤くなっているが、いつもの調子を取り戻しその場所へ向かおうと話す。


私はそれに頷いて、なるべく広い道を選びながら萌花と話をしつつ道を歩くのだった。


そして私たちはそれから十分ほど歩き、ナイトプールがあるビルにたどり着いた。


そのナイトプールとやらがあるビルは、近づくだけで嫌な気配が感じ取れて最悪な空気だったが、今更帰るという事も出来ない。


楽しそうに笑っている萌花にバレない様に溜息を吐きながら、右手を握り締めた。


しかし、そんな孤独の決意をすぐに察してくれたお兄ちゃんが私の右手を包み、笑い掛けてくれる。


「何かあったらすぐに言うんだぞ」


「……うん」


「しかし、こういう所でも、こんなに居るものなんだな」


「そうだね。でも、観光地とかでも多いみたいだし。人が集まる所に集まるのかもしれないね」


「……確かにな」


ふとお兄ちゃんの視線がビルやその周辺に走った。


まるで誰かを探すように。


いや、誰かじゃない。


あの人を探しているんだ。翼さんを。


こんな遠い町に居る訳がないのに。


「そろそろ行こう? お兄ちゃん」


「……あぁ、そうだな」


私は精一杯の笑顔を作って、お兄ちゃんを引っ張るのだった。




プールへ向かう途中、更衣室でお兄ちゃんと別れ、萌花と話しながら着替え始めた私は早速面倒ごとに直面していた。


「ねぇ、アンタ。綾とかって言ったっけ」


しかし、別に相手をしなければ良いだけなので、基本的に無視する。


萌花は困った様にオロオロとしていたが、知った事じゃない。


さっさと着替えてプールに向かおうと考えていたが、やはり相手は動物らしく言語より力に頼る様だった。


「おい! 聞いてんのかよ!」


「っ」


「綾! け、ケンカはやめて!」


いきなり私の肩を掴むと反転させてロッカーに背中を打ち付けたのだ。


器用な事をする。


しかし、いきなり暴力とは、どんなスラム街で育ったのだろうか。


いや、ジャングルか。


「聞いてんのかって言ってんだよ!」


「別に聞く気ありませんけど」


「聞こえてんじゃねぇか! 返事しろよ!」


「はぁ。言葉通じてますか? いくら聞こえてようと、雑音を聞く気が無いって言ってるんですよ。分かります? 理解できますか? その足りなそうな頭で」


「バカにしてんのか!」


「いやいや。バカにしてるだなんて。バカだと思っているんですよ。真実心の底から。これなら理解出来そうですか?」


「ふっ、ざけんな!!」


女はすぐさま私の頬に平手打ちをして、興奮した様に鼻息を荒くしている。


その衝撃で鼻からドロリとした液体が零れ落ちてしまった。


床にぽたぽたと赤い液体が落ちる。


「綾!」


「ごめん。萌花。ティッシュある?」


「うん。待ってて!」


私は鼻を抑えながらジッと暴力に訴えた女を見たが、狼狽え、訳の分からない事を言いながら別の場所へ移動していった。


原住民とのコミュニケーションは失敗……!


そんなテロップが頭に流れるのを感じてクスっと笑うとちょうど萌花が戻ってきた所で怪訝そうな顔をされてしまった。


「もう。何笑ってるの! 綾!」


「いや、ごめんごめん」


萌花からティッシュを受け取りながら鼻血を止めようと苦心していると、萌花がポロポロと涙を流し始めた。


「ど、どうしたの? もしかして凄い高いティッシュだった……? ごめんね。何か使っちゃって」


「違う。違うの。綾が、傷ついて、私のせいで、私が」


「別に萌花が何かやった訳じゃないでしょ。私がアレに絡まれただけだから」


「でも、それでも、私が連れてきたから」


「まぁ、確かにね。そう言われればそうだ」


「……」


「じゃあ、一応聞いても良い? 何でアレらを連れてきたのか」


「それは、その、そのね」


モジモジと両手の指を合わせながら、こすり合わせて言い難そうにしていた萌花を見て、私はとりあえず話を中断する事にした。


これ以上話をしていても意味がない。


そう考えたからだ。


「言い難いのなら良いよ。別に萌花の友人関係に口を出すつもりもないし」


「っ、あや」


「鼻血も止まったし。さっさと着替えて行こ」


ティッシュをゴミ箱に入れて、途中だった着替えを続ける。


萌花はもう何も言わず、同じ様に無言のまま着替えるのだった。


その様子を横目で見ながら、もうこの関係も終わりかなと考える。


まぁ、高校までと違って、無理して友達なんぞを作る必要は無いのだから、終わるなら面倒が消えて万々歳だ。


しかも友情が終わる切っ掛けも、萌花が作ったのだから、今後の大学生活に問題を引きずる事もない。


ちょうど良かったと言えばちょうど良かったのだろう。


私はそう考えて、更衣室を一人で出ようとした。


しかし、出ていこうとした私の手を萌花に掴まれてしまう。


「……? どうしたの?」


「あの! 話、聞いて欲しい」


真っすぐに、私を射抜く目を見て、私はちょっと遅くなるよとお兄ちゃんにメッセージを送り、着替えが終わった萌花と共に更衣室の外へ出た。


そして、人が少なそうな所へ移動して、私も真面目に萌花の話を聞こうと、椅子に座る。


「それで? 何を聞いて欲しいの?」


「私の、こと」


「もしかして、さっきの事気にしてるの? だったら別に気にしなくても」


「駄目! 多分だけど、ここで何も言わなかったら、終わっちゃう、から。だから、お願い。私、綾と友達になりたいの」


「何言ってるの。萌花。私たちもう友達でしょ? 一緒に遊びにだって来てるんだしさ」


「嘘」


「……」


「それは嘘だよ。綾。綾は私の事なんて友達だって思ってない。いや、私だけじゃないよね。大学でよく話す人にも同じ。冷たい目で見てる。周りの人は気づいてないけど」


「ふぅん。それで? それが分かってどうする? どうしたいの? 私を糾弾する?」


「違うよ。綾。私は、綾の友達になりたいんだ」


友達、ね。


頭の中でその言葉を言いながら、萌花を見る。


何処にでもいるような平凡な女だ。頭はそこそこ良いけど、目立った才能は無い。


ただ、それでも。


たった一つ、他の有象無象とこの子が決定的に違う所がある。


それは夢の話だ。


『わっ、私、私は! お巡りさんになるのが夢なの! 私、どんくさいから、昔はよく転んで、泣いてて、そんな時に助けてくれたのが、お巡りさんだった。あのお姉さんみたいに、私も誰かの為に、生きたい。だから、お巡りさんになりたいんだ!』


私と同じ警察官を目指す少女。


でも見ている方向はまるで違う。


だから、その輝きだけは、評価するべきかもしれない。


「良いよ。話、聞こうか」


私は初めて、工藤萌花という女を真っすぐに見るのだった。

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