ララバイ ~ハワイの風を添えて~
15分短編です
元来の真面目な性格のせいか、手を抜くという行為が極端に苦手な俺は、仕事をすれば、成果を上げるまで休みという休みが取れない質だった。加えて夜は不眠との戦いで、布団に入ればもやもやと今日の出来事を思い出し、仕事でのちょっとしたミスに悩み、気が付くと日を跨ぐどころか、ほぼ明け方にようやく限界が来て眠るというような、そんな限界社畜みたいな生活を続けていた。
自分でも分かっている。考えすぎていることは。でももはや自分の性能というか、そう言う仕様なのか、一向にこの考えすぎる癖が抜けることは無い。
社会人になって何年も経つと、もはやこの眠れない状況にも慣れてくるもので、まだ暗いうちに眠れれば、今日はよく眠れたなんて言うような状態だった。
そんな生活を続けていると、仕事の切れ目がつかみにくくて、実家に帰ることも忘れてしまう。
時々母からメッセージが届くけど、返事も適当にしてしまっている。
でもだんだん、年齢が上がるにつれて、体が耐えられないような状況が増えてきた。
二十代の頃は、明け方に寝ても仕事は何とか出来ていた。でも三十も半ばを超えると、深夜に寝るというだけで翌日の頭の働き方が一気に悪くなる。
説明を理解できなかったり、考え事をする途中でぼんやりとしてしまったり、買ってきた弁当を食べないまま過ごしてしまったり。
上司や同僚からも心配の声が上がり、今日は早めの帰宅を言い渡された。
自覚がないのが一番やばいと思うけど、正直俺にとって、今の状況ってそんなにやばいとは思えていないんだよな。
とはいえ、帰れと言われてしまったのだから、帰るしかない。
家に帰って、とりあえずスーツを脱ぐ。土日を含めて2日半の珍しい大型連休だ。先ずは飯でもと思ったけど、ベッドに腰かけた瞬間、動けなくなった。飯の事は、いったん寝てから考えよう。
そう思った瞬間、俺は完全に眠ってしまっていたみたいだった。
いわゆる明晰夢というのか、自分は布団に寝ていて、母が俺の腹を優しくポンポンと叩いている。静かな声色で、優しく語り掛ける様に、子守唄を歌う母を俺はじっと見つめていた。時折視界に映るのは自分の手だ。明らかに小さい。これは、俺が子供の頃の記憶何だろうか。
優しく母が微笑んで、「おやすみ」と言って、また子守歌の続きを歌い始める。何とも穏やかで、心地よい時間。
俺にもこんな時代があったんだなぁ、なんて、感心してしまう。
歌は聞き覚えのない曲で英語の歌詞だった。母さん、そんな歌知ってたんだ。ってか英語喋れたのか?そんな話まったく知らないけど。
穏やかで優しい子守歌に次第に、別の楽器の音がまぎれてくる。この音は・・・ウクレレ?沖縄?いや、ハワイか。ハワイアンカフェに行った時に聞いたような音色が混ざり始めた。これ、子守唄かな?
母の歌声にも次第に熱がこもる。俺の腹を叩く手に力がこもる。まてまて、眠る子供の腹をそんなにポンポン叩いていいのか!?そう思って母の方を見ると、母の頭にハイビスカスの花で作られた花飾りが乗っていた。
母だと思っていた女性は、いつの間にか彫の深い日焼けした女性の顔に変わっていた。
子供だったはずの俺は起こされると大人の姿になっていて、一緒にフラダンスを踊らされる羽目になった。
なんだこれは、俺はいったいどうしてしまったんだ!?
「「ピンポーン・・・宅配便です~」」
突然チャイムと男性の声で、俺は目を覚ました。明晰夢だと思っていたけど、完全に夢の世界に入りこんでいたみたいだ。
荷物は母からだった。
生活物資についてと、たまには実家に帰ってこい、という旨の手紙の最後に、「P.S.お母さん、フラダンス始めました!」と書かれており、同封されている写真には、夢で見た彫の深い日焼けした女性と一緒にフラダンスの格好をした母が映っていた。
——えーっと、何が夢で何が現実?——
変な夢だったけど、よく眠れた気がするのが悔しい。




