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霧島百万両始末記  作者: 水前寺鯉太郎


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クズ葉の逆襲

【城下・広場——早朝】

 朝靄の残る城下の広場に、奇妙な人だかりができていた。

 中心にいるのは、むしろを敷いて胡坐をかいた孝四郎だ。隣には、不機嫌そうに腕を組むおりん。二人の前には、小さな木箱が並べられている。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 霧島城の台所直送、出来立てホヤホヤの特製タバコだ! 安いよ美味いよ、一本一文だ!」

 孝四郎が威勢よく声を張り上げる。昨夜まで泥のように眠っていた町人たちが、誘われるように鼻をひくひくさせて集まってきた。

「おい、兄ちゃん。昨日から町中に漂ってる、この美味そうな匂いはこれかい?」

「おう、そうだ。試しに一本吸ってみな。飛び出すぜ?」

 孝四郎が手際よく刻み葉を煙管に詰め、火をつけて手渡す。町人が半信半疑で吸い込み、ふぅ、と煙を吐き出した。

「……! な、なんだこれ! 苦くねえぞ! 甘くて、なんだか懐かしい匂いだ!」

「だろう? 二級品のクズ葉だがな、一手間かけて焙煎し、山に生えてる甘草かんぞうをほんの少しブレンドしてある。喉にも優しい。クズ葉だから、一本一文で出せるのさ」

 町人の顔がパッと輝いた。

「美味え! これ、十本くれ!」

「あっしも十本!」

「こっちもだ!」

 飛ぶようにタバコが売れていく。孝四郎の前に置かれたザルに、またたく間に銅銭が積み上がっていった。

 そこへ、青い顔をした惣兵衛が駆け込んでくる。

「と、殿……! 武士が、路上で物売りなど……! 霧島家の面目が!」

「お、惣兵衛様。いいところに。ほら、小銭がこんなに。これでも面目ってやつに負けますかい?」

 孝四郎がジャラジャラと銅銭の山をかき混ぜる。惣兵衛は「うぐっ」と喉を詰まらせ、白目を剥きそうになりながらも、お金の輝きに視線を吸い寄せられていた。

 【城下・広場——午前】

 大盛況の広場に、突如として不穏な空気が流れ込んだ。

 人混みを割って進んできたのは、黒塗りの豪奢な駕籠かごである。中から現れたのは、でっぷりと肥えた男。羽織ゴロモに身を包み、いかにも「金を持っている」と全身で主張している男——江戸の金貸し、丸屋徳右衛門であった。

「いやぁ、これはこれは。霧島藩の新しいお殿様ですな」

 丸屋が揉み手をしながら近づいてくる。笑顔だが、目はまったく笑っていない。

「丸屋、徳右衛門……!」

 惣兵衛が怯えたように一歩下がった。おりんが孝四郎の斜め前に立ち、鋭い視線を丸屋に向ける。

「ええ、江戸の丸屋でございます。……さて、お殿様。利息の三千両、本日が期日となっておりますが。まさか、そのザルの上の小銭でお支払いになるおつもりではありますまいな?」

 丸屋がザルの銅銭を見て、鼻で笑った。

「こんな小銭を集めたところで、三千両には程遠い。無駄な足掻きというものです。払えなければ、お約束通りお城の瓦を剥がし、中の調度品をすべて差し押さえさせていただきますよ?」

 惣兵衛がガタガタと震え出す。

「ま、待ってくれ丸屋! もう少しだけ、あと十日、いや五日待って——」

「お待ちくだせえ、惣兵衛様」

 孝四郎が、ひょいと立ち上がった。懐から愛用の煙管を取り出し、トントンと叩く。その顔には、怯えの色などひとかけらもなかった。

「丸屋の旦那。三千両の借金、きっちり耳を揃えて返してやりたいのは山々ですがね。……あいにく、今はお城の瓦の方が高価なんでさぁ」

「ほう。では、踏み倒すと?」

 丸屋の目が、冷酷に細められた。

「まさか。あっしは職人だ。踏み倒すなんて無粋な真似はしねえ。……まあ、一本吸ってみてくださいよ」

 孝四郎は丸屋の鼻先に、自慢のフレーバー・タバコを一本差し出した。

「天下の江戸の大商人が、この味をどう見るか。あっしはそっちに興味があるんで」

「……ふん。時間稼ぎのつもりなら無駄ですよ」

 丸屋が不機嫌そうにタバコを受け取り、火をつける。深く吸い込み、吐き出そうとした瞬間——。

 丸屋の動きが、ぴたりと止まった。

「……な、なんですか、この香りは」

 丸屋がもう一口吸う。今度は目を丸くした。

「クズ葉の雑味が消えている。それどころか、この甘い香りは……南蛮の香料か? いや、違う。もっと上品で、癖になる……。江戸の通人たちが、喉から手が出るほど欲しがる味だ!」

 丸屋の表情から「金貸し」の冷徹さが消え、「大商人」のギラギラとした欲望が顔を出した。

 孝四郎はそれを見逃さず、ニヤリと笑った。知謀の数値が、静かに火を噴く。

「三千両の取り立て、一ヶ月待ってくだせえ。そしたら、あんたの丸屋に、このタバコの『江戸での独占販売権』をやる」

 丸屋の喉が、ごくりと鳴った。

「独占、販売権……!」

「クズ葉を仕入れて一手間加えるだけだから、原価はタダ同然。それを江戸の吉原あたりで火をつければ、一本十文でも飛ぶように売れる。三千両どころか、万の金が動くぜ? ……どうする。今すぐお城の薄汚れた瓦を剥いで帰るか、それとも一ヶ月待って、江戸のタバコ市場を独占するか」

 丸屋は額の汗を拭った。孝四郎の、底知れない魅力とハングリーな野心に、完全に呑まれている。

「……わ、わかりました。一ヶ月です。一ヶ月後に、江戸への出荷準備を整えておいていただきましょう。もし遅れたら、その時は瓦どころか、お城ごといただきますからな!」

 捨て台詞を残し、丸屋は駕籠に逃げ込むようにして去っていった。

 嵐が去った広場で、惣兵衛がへなへなとその場に座り込んだ。

「た、助かった……。三千両の瓦が、タバコの煙一本で消えた……」

 おりんが孝四郎を見上げた。

「独占販売権なんて、大層な言葉をよく知っていましたね」

「職人街の親方が、酒の席でよく言ってたのさ。強い商品を持ってる職人が一番偉いってな」

 孝四郎は煙管をくわえ、上機嫌で煙を吐いた。

「さて。一ヶ月で江戸に送るタバコを山ほど作らなきゃならねえ。惣兵衛様、休んでる暇はねえですよ?」

 惣兵衛は、早くも二度目の胃痛に襲われていた。

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