9 聖女さんとシスターさん
ニーナ雑貨店。今日も平和です。
最近はケルピーのミシュテさんが、追加でカモミールオイルをよく買いに来てくれるので、お店はすごく儲かっている。
「ガハハハ! 本当にこのオイルは素敵じゃな。最高じゃわい!」
ミシュテさんは来るたびに、棚にある分をすべて買い占めてくれる。売る側としては本当にありがたいお得意様なんだけど……。
ただ、支払いのたびにあの大きな口からお金をジャラジャラと吐き出していくのだけは、正直勘弁してほしい。
(うーん。たとえ枚数が少なくても、あの生温かいお金を触るのはちょっと……。そうだ、今度は直接マモンちゃんに入れてもらおうかな)
マモンちゃんは、お金や宝石が本物かどうか、価値や枚数を一瞬で判断してくれる。お店をやる上では本当に便利な存在だ。
そんなマモンちゃんに私の考えが伝わったのか、なんだか「ギョッ」として断固拒否しているような……そんな気配が伝わってくる気がする。
……うん。たぶん、私の気のせいだよね。絶対そう。
私がそんなことを考えていると、不意に扉が開いて、二人の女性が入ってきた。
「こんにちは、ニーナちゃん」
「お邪魔します、ニーナさん」
「あ、こんにちは! お久しぶりですね。カノンさん、リチェルさん」
私は顔を上げ、やってきた二人を笑顔で迎え入れた。
カノンさんは、帝国の『聖女』として有名な人だ。真っ直ぐで艶のある黒髪が本当に綺麗で、同じ女性の私でも思わず見惚れてしまうほど。
その後ろには、いつもカノンさんに付き添っているシスターのリチェルさん。二人は本当に仲が良くて、見ているこっちまで穏やかな気持ちになれる。
前に一度、うちのお店に来てくれたことがあって、今日はそれ以来の来店だった。
「なかなか来れなくてね、監視の目がすごくてさ」
聖女カノンさんは、少し疲れたようにそう言った。
「私の転移術も万能じゃないんですからね。ばれたら私、解雇どころか物理的に首が飛びますから。本当に気をつけてくださいよ」
シスターのリチェルさんは、困った顔でそう話す。
「大丈夫よ。もしそうなったら私が全力でかばうし、それに、どうしてもってなったら帝国なんて捨てて、どこかに亡命でもしてやりましょう」
カノンさんはさらりと、かなりの爆弾発言をした。
「ちょ、ちょっとお嬢さま! 冗談でもそんなこと言わないでくださいよ。それに亡命できる国なんてありません。お嬢さまをかくまうなんて、帝国に全力で喧嘩を売るのと同じなんですよ」
リチェルさんは慌てて、そう言葉を返した。
「私のことは名前で呼んでって言ってるでしょ。ここは帝国でもないんだし。それに、そうね……もし本当に亡命するとなったら、私はこの雑貨屋に住むわ。いいよね、ニーナちゃん?」
カノンさんは楽しそうに私を見つめてくる。
「カノン様、それはニーナさんを危険にさらすことになるので駄目です。絶対、駄目ですからね」
リチェルさんが真剣な顔で割って入った。
「様付け禁止! ちょっと冗談で言っただけじゃない。ねえ?」
カノンさんは同意を求めるように、私に顔を向けた。
「あはは……。私は別に、大丈夫ですよ。それに、みんなと生活するのって楽しそうですよね」
私は笑いながら、そう答えた。
「ほらー! リチェル、ニーナちゃん本当に天使みたいに可愛いわー」
カノンさんはそう言って、嬉しそうにリチェルさんを振り返った。
「カノンさん、ニーナさんに甘えないでください。それにそんなに時間は取れませんからね。用件だけ終わらせて、すぐに帝国に帰りますよ」
「分かってるって」とカノンさんはリチェルさんに軽く手を振って応えると、私に向き直った。
「ニーナちゃん、前に購入したトラベルセット、あるだけ買いたいんだけど……在庫はあるかしら?」
トラベルセット。ポーチの中にシャンプーやコンディショナー、トリートメントなどの美容道具が入っていて、他にも歯ブラシや手鏡、綿棒やコットン、日焼け止めなどが詰め込まれたセットだ。
実は、店に最初から置いてあったものの、私には何に使うかさっぱり分からない物だった。けれど、前回カノンさんが店に来た時、「なんでこれが置いてあるの!? 買っていい!?」と大きな声で驚き、ものすごいテンションで使い方を教えてくれたのだ。
「はい、ありますよ! 前にたくさん欲しいって言っていたので、今回は五十セット用意しておきました」
私は胸を張って答えた。自分でも使っているから、実はまだ倉庫に百セットくらい隠し持っているのは……もちろん内緒だ。
「いいわね、全部欲しいわ。ええっと、一つ一金貨だったかしら。五十金貨でいいかな?」
五十金貨! 私はすぐさまマモンちゃんを抱えて持ってくると、もちろんですとも、という態度で勢いよく頷いた。
「確か、これに入れればいいのよね?」
カノンさんはマモンちゃんを確認するように私に聞く。
「はい、お願いします!」
私はこれ以上ないくらいの満面の笑顔で、そう答えた。
「ニーナちゃんが別になんともないならいいんだけど……これ、よく平気で使う気になるわよね」
カノンさんはマモンちゃんをまじまじと見つめながら、少し不思議そうな顔でそう言った。私は小首をかしげて聞き返す。
「ふえ? マモンちゃんは良い子で、すごく便利ですよ?」
「そう。……まあ、本人がそう言うならいいんだけどね」
カノンさんはそれ以上は追及せず、手元のマジックポーチにトラベルセットを次々と詰め込み始めた。
マジックポーチは、見た目以上にたくさんの物が入る不思議な道具だ。私は持っていないけれど、カノンさんがひょいひょいと荷物を吸い込ませる様子を見ていると、いつかは手に入れてみたいな、なんて密かに思ってしまう。
(マジックポーチの中にマジックポーチを入れて……ってやったら、いくらでも入るのかなー)
私がそんなことを考えながらポーチをじーっと見ていたら、横にいたリチェルさんが答えてくれた。
「ニーナさんの考えているようなことにはならないんですよ。マジックポーチには空間魔法が込められていて、空間魔法同士だと力が反発しちゃうので、そう便利なことはできないんですよ」
リチェルさんは私の考えを完全に見抜いて、釘を刺してきた。
……私って、そんなに分かりやすく顔に出ているのかな?
「よし、詰め終わったわ。ありがとうね、ニーナちゃん、また買いにくるわ」
カノンさんはマジックポーチを軽く叩いて、上機嫌にそう言った。
「はい、ありがとうございました!」
私は笑顔で頭を下げる。
たくさん買ってくれて店主としては何の文句もないけれど、それにしても、あんなに大量に買ってどうするんだろう。手鏡だって、五十個も入っているのに。
「ん? ニーナちゃん、気になる?」
私の視線に気づいたカノンさんが、いたずらっぽくこちらの顔を覗き込んできた。
……またしても、分かりやすく顔に出ちゃっていたのかな。失敗、失敗。
「んえ? いやいや、そんなことないですよ!」
私は慌てて、ぶんぶんと手を振ってごまかした。
「女にとっては美容は大事なのよ。それこそ、私が使うだけじゃなくてね。つまり、私の味方が増えて行動しやすくなるのよ。皇后さまとかね」
カノンさんは茶目っ気たっぷりにウインクして、そう答えた。
「カノンさん、そろそろ転移で戻りましょう」
リチェルさんに促され、カノンさんも「ええ、わかったわ」と頷く。
「また遊びにくるわね。大丈夫よ、ニーナちゃんにとって悪いようにはならないわ。帝国……いや、私があなたの味方だからね」
カノンさんは最後にそう言い残すと、リチェルさんと連れ立って、軽やかな足取りで店を出ていった。
二人の姿が見えなくなるまで見送ってから、私は扉を閉めた。
うーん。最後によく分からないことを言っていたけれど、とにかく商品がいっぱい売れて嬉しいな。
私は、五十枚もの金貨を飲み込んでいつもより少し重たくなった気がするマモンちゃんを抱き上げると、ホクホクとした気分で店内の片付けを始めるのだった。




