7 勇者対ハンナ
魔王軍と人類側による、激しい戦争のまっただ中。 戦場では数百の魔族と、千人近い人間が入り乱れ、あちこちから黒い煙が立ちのぼっていた。
「数はこっちが上だ!」という叫びも虚しく、魔族という種族が持つ圧倒的な力が、人類側の数の有利を次々と覆していく。
「魔王軍、ハンナ率いるデュラハン部隊が出てきたぞー!」
「態勢を整えろ! 少しでも奴らの足を止めるんだ!」
逃げ惑う人間たちの悲鳴を切り裂いて、銀色の鎧の集団が突進してくる。
「はっはっはっ、ぬるいぞ人間ども! そんな有象無象で、私の進軍を止められると思うなよ!」
首元に鮮やかな赤いスカーフをなびかせ、魔王軍部隊長――デュラハンのハンナが大剣を振るって戦場を駆け巡る。 彼女が通り過ぎた道には、無残に切り刻まれた死体が転がり、あっという間に屍の山が築き上げられていった。
「急げ! 全員、金の装飾をあしらった装備に替えろ! デュラハンの弱点を突く準備だ!」
最前線で指揮官が声を荒らげる。兵士たちが慌ただしく動き始めたその時、すぐ横からどこか幼さの残る、凛とした少女の声が響いた。
「その必要はないよ。ここは私に任せて、皆は他の支援に向かって」
私がそう声をかけると、指揮官は驚いた表情でこちらを振り向いた。戦場には似つかわしくない私の姿を見て、彼は目を見開く。
「……勇者、エリカ殿!」
驚きを隠せない指揮官に対し、私は肩越しに軽くウインクをしてみせた。それだけで十分伝わったのか、指揮官は力強く頷いた。
「分かりました、ここは任せます! 全軍、反転! 他のデュラハン部隊を殲滅するぞ、金の武器を持てーっ!」
指揮官の号令とともに、数百の部隊は別の戦線へと、後方に向かって一斉に走り去っていった。
「待っててくれたんだね。ありがとう」
私は、目の前で不気味にたたずむ全身鎧に向かって、静かに声をかけた。
「手応えのない相手をしていてもつまらんからな。……そなたが、今の勇者か」
デュラハンのハンナは私を正面から見据えると、身の丈ほどもある巨大な剣を重々しく構えた。
「そうね。一応名乗っておくわ。勇者エリカ。平和な世界のため、そして――大好きな『おにぎり』を守るため、この一帯を平定する者よ」
私も彼女の覚悟に応じるように、愛剣を両手で真っ直ぐに構え、その名を高らかに宣言した。
「ふむ……。ならば私も名乗ろう。魔王軍第二軍団長、ハンナ――参る!」
一瞬、周りの時が止まったような感覚を覚えた。そして――。
私は思いっきり大地を蹴った。足元の地面が派手に抉れるのと同時に、爆発的な加速力でハンナへと肉薄する。 対するハンナは、私のスピードに驚く様子も見せず、冷静に大剣を振るって迎え撃った。
剣と剣、鋼と鋼が真正面からぶつかり合い、戦場に凄まじい金属音が轟く。
(――ガキィィーン!!)
火花が散り、剣を通して腕全体に凄まじい重みが伝わってきた。
「くっ……!」
あまりの力に押し潰されそうになり、私は思わずぐっと奥歯を噛みしめる。地面にめり込む足裏から、彼女の圧倒的な強さが伝わってくるようだった。
「そんなものか、勇者よ」
ハンナはびくともせず、鉄の兜から冷徹な声を投げかけてきた。
私は力任せにハンナの剣を横へといなし、そのまま左後方へとバックステップして距離を取った。
着地と同時に剣を左手に持ち替え、空いた右手に一気に魔力を練り上げる。
「デュラハンといえばアンデッド。炎に弱いはずでしょ!」
叫びとともに、至近距離から真っ赤な炎を解き放った。
視界を覆い尽くす炎の幕。私はその勢いを殺さず、すぐさま身体を鋭く回転させると、地面を強く蹴って剣での追撃へと踏み込んだ。
しかし、ハンナは炎など最初からなかったかのように平然と立ち塞がり、私の追撃を事も無げに剣で受け流した。
「……うそでしょ」
激しい熱波の中でもびくともしない漆黒の鎧を見て、私は思わず声を漏らした。
予想とは違うハンナの反応に、私の対応が一手遅れた。 迫りくる大剣に対し、かろうじて自分の剣を割り込ませて防いだけれど、ハンナの圧倒的な力までは殺しきれない。
「っ……!」
凄まじい衝撃に、私の体は木の葉のように数メートルも吹き飛ばされた。
けれど、そのまま地面に叩きつけられるわけにはいかない。私は空中で強引に体をひねって回転させ、着地と同時に地面へと深く足を突き立てた。
「アンデッドなんだから、炎に弱くないとダメでしょ……」
期待していた返答ではなかったけれど、動揺を隠すように、ついそんな言葉が口をついて出た。
「ふふ……。お守りの効果があったのかもしれないな」
ハンナは追撃を急ぐ様子もなく、首元に巻かれた赤いスカーフを愛おしそうにそっと指先でなぞりながら、静かにそう言った。
仕切り直しだ。私は再び大地を力強く蹴り、先ほどと同じ――いや、それ以上の爆発的な加速力でハンナへと肉薄した。 それと同時に、私は自分の中に眠る『女神の力』を解き放つ。
(……くっ、やっぱりこれ、身体への負担が凄まじいな)
身体の芯が焼けるように熱くなり、眩い光が私の全身を包み込む。女神の恩恵を受けた私の攻撃は、魔族にとってまさに天敵とも言える『特攻』の力を帯びるのだ。
もっとも、この力は長くは持たない。一瞬で、速攻で片付ける!
光を纏った私の剣を、ハンナは大剣で受け止めた。けれど先ほどとは違い、彼女の全身の鎧が悲鳴を上げるようにガタガタと震え、防戦に回っているのが分かった。
「ぐっ……この光……忌々しい女神の力か……!」
ハンナは必死に攻撃をいなしながらも、その圧力に耐えかねて一歩、また一歩と後退していく。
「へへーん、そうだよ! さっきまでとは打って変わって、防戦一方だね!」
私は勢いに乗り、余裕の笑みを浮かべてさらに剣速を上げた。
余裕の笑みを浮かべてはいるけれど、内心では冷や汗をかいていた。女神の力は、そう長くは持たない。早々に決着をつけないと、先にこちらの身体が限界を迎えてしまう。
私は一気に攻勢を強めた。とにかく斬って、斬って、斬って、斬りまくる! 光を纏った一撃が、目にも留まらぬ速さでハンナを襲う。
さすがのハンナも、私の剣速に合わせるだけで精一杯のようだ。防御がどんどん後手に回り、ついに、鉄壁だったはずのガードが大きく崩れた。
「……ここだぁっ!!」
その隙を逃さず、私はありったけの魔力を剣に叩き込んだ。渾身の力を込めて振り下ろした一撃が、ハンナの構えを真っ向から打ち砕く。
「はあああーーーー!!」
(――キィィィィィン!!)
空気を切り裂くような、鋭く高い金属音が戦場に響き渡った。
「ぐっ……。ばかな……この私が……!」
ついに、私の渾身の一撃がハンナの防御を突き破った。手応えと共に、彼女の右腕を肩ごと派手に斬り落とす。
けれど次の瞬間、私の目に飛び込んできたのは真っ赤な返り血ではなかった。斬り口からジャラジャラと音を立てて溢れ出したのは、なんと、大量の銀貨だった。
「へっ? ……え、なんで!?」
地面に散らばり、キラキラと輝く銀貨の山。あまりに場違いな光景に、私は一瞬、あっけにとられて連撃の手を緩めてしまった。
「……くっ、仕損じたか。全軍、撤退だ!」
その一瞬の隙を、ハンナは見逃さなかった。彼女は残った左手で千切れた肩を抑えると、驚愕する私を尻目に、凄まじい脚力で地面を蹴り、戦場の霧の向こうへと一気に駆け去っていった。
「勇者殿、お見事でした! ご無事ですか!?」
戦いの決着を見届けた指揮官が、慌ててこちらへ駆け寄ってきた。 ちょうど女神の加護が切れた私は、全身を襲う激しい疲労感に耐えきれず、その場にがっくりと膝をついた。
「はぁ、はぁ……。ああ、大丈夫。これくらいで……倒れたりはしないよ」
私は肩で息をしながらも、心配そうに覗き込んでくる指揮官に、精いっぱいの強がりを言ってみせた。
「魔王軍の進軍も止まったようです。いったん後方へ下がりましょう。あとの始末は我々に」
「……ああ、わかってる」
私は重い体を引きずるようにして立ち上がった。足元には、先ほどハンナの腕からこぼれ落ちた大量の銀貨と、主を失った漆黒の片腕が転がっている。
これが果たして『戦利品』と呼べる代物なのかは分からない。けれど、私は何かに導かれるようにその無機質な片腕を拾い上げ、銀貨の輝きが残る戦場を後にした。




