5 ベルちゃんと刺客くん
嵐のように去っていった勇者さんを見送って、私は小さく息を吐いた。
「うーん……。なんだか変な人だったけど、悪い人じゃなさそうで良かったぁ。……それにしても、なんとなくだけど、前にお店に来た聖女さんと似たような雰囲気を感じた気がするなぁ」
そんなことを考えながらカウンターの奥に戻り、ふと思い出す。
「あ、そうだ、そうだった! 次に勇者さんが来た時にがっかりさせないように、ちゃんとお買い物しておかないと」
私は忘れないうちに、不思議な仕入れ先へと意識を向けた。
私は店の奥に移動した。
奥の部屋に入り、箱のような装置の前に座る私。
「ベルちゃん、お願いね。えっと、ここに金貨を入れてっと」
このベルちゃんはベルブなんとかっていうみたいなんだけど、私がイメージできるものなら何でもお金を支払って購入できるの。すごく便利なんだー。
今まであんまり使わなかったんだけどねー。防具とか美容液は棚に元々あったやつで十分だったし、
わざわざイメージして買うのってなんか面倒くさくて、なんとなく疲れるような気がするんだよね。
あと、頭も痛くなることあるし。
でも今回は勇者さんが欲しいって言ってるから、ちゃんと頼んでみたの
「オニギリと、ナットーと……あとなんて言ってたっけ? ワショク? これくらいかな。ああ、そういえば……」
ふと思い出したのは、元々このお店の倉庫に置いてあった銀色の入れ物に入った『カレー』という食べ物のこと。 あれも舌がピリピリして、見た目はお世辞にも良いとは言えなかったけれど、食べてみたらすごく美味しかったんだよね。 たぶんあれも同じ場所に置いてあったものだし、勇者さんの言っていた故郷の味ワショクなんだろうね。
「カレーと、ああ、ミソスープもだったなぁ」
私は『ワショク』の数々と、ついでにこの前売れてしまった鋼鉄の防具一式もまとめて購入した。
そういえば、ハンナさんが来たときも防具を十セット頼まれたけど、
あの時は棚にあったやつをそのまま出して、アスモくんに運んでもらったんだよね。
ベルちゃんでイメージすればもっとたくさん作れたのかもしれないけど、
いちいちイメージして金貨入れるのってなんかすごく疲れるし、あとすごく頭痛くなるし
棚にある分でじゅうぶん売れちゃったからいいかなって思っちゃって。
「よし! これで完璧だね」
ベルちゃんの本当にすごいところは、お金を払えばすぐに届くところ!
どんな仕組みになっているのかは私にもさっぱり分からないけれど、とにかくすごいの。
購入したものは装置の中の箱に届くんだけど、開けるまでは腐ったりもしないんだよね。
ね、ほんとにすごいでしょ?
オニギリとかは、勇者さんがまた来てから取り出せばいいよね。 こっちの鋼鉄防具も……重たいし、欲しいって人が現れてからでいいかな。
「よし、これで終わり!」
必要な金貨の枚数は物によって変わるんだけど、もちろん絶対に損はしないようなお値段で売っているから、だいじょーぶ! 安く仕入れて、高く売る。これぞ商人の鉄則だよね。
マモンちゃんもアスモくんもそうだったけれど、ベルちゃんも、横に置いてあった説明書みたいな紙に書かれた名前を読んだら、その紙が燃えるように消えちゃって。
それで急に、使えるようになったんだよね。
……前にここに住んでいた人、勝手に紙を燃やしちゃってごめんなさい。
奥の部屋から売り場に戻ると、ふと足元でキラリと光るものに目が留まった。
「あれ? こんなところに銀貨が……。もう、いつ落としちゃったんだろ」
私は独り言を言いながら、何気なくひょいとしゃがみこんだ。 その、瞬間だった。
(――ビュンッ!!)
鋭い風を切る音が、私の頭のすぐ上を通り過ぎていった。
「ちっ……外したか」
何が起きたのか分からず、私が銀貨を握ったままきょとんとしていると、前方から低く苛立ったような男の人の声が聞こえてきた。
(――ビーーーッ! ビーーーッ!)
店内に、鼓膜を突き刺すようなけたたましい警告音が鳴り響いた。
「な、なんだ……!?」
突然の異音に、身構えていた男がたじろぐ。すると、どこからともなく感情の籠もらない無機質な声が店内に響き渡った。
『重大ナ危険行為ヲ確認。対象者、個体識別完了……初回警告ニツキ、強制転移ヲ実行ス』
「は……? 転移……?」
男が呆然と声を漏らしたのも束の間。声はさらに冷酷な宣告を続けた。
『尚、次回同様ノ行為ヲ確認シタ場合……直チニ強制分解ニ移行ス』
「うわぁ……」
私が銀貨を握りしめたまま見上げていると、男の体は一瞬にして眩い光に包まれ、そのまま掻き消えるように姿を消してしまった。
「あー、びっくりしたぁ……。怖かったー」
私は胸に手を当てて、ふぅと大きなため息をついた。 いくらイライラしていたからって、お店の壁に当たったりしちゃダメだよね。
「このお店には、私みたいな『か弱ーい女の子』でも安心して商売ができるように、すっごく便利な仕組みがあるんだよ」
今みたいに、店内で喧嘩をしたり危ないことをしたりすると、一回おうちに帰って、頭を冷やしてきてねって強制的にワープさせてくれるみたい。
「うん、やっぱりみんな仲良く、が一番だよね」
私は拾った銀貨をポケットに仕舞いながら、誰もいなくなった入り口に向かってにっこりと微笑んだ。




