4 勇者ちゃん
――ニーナ雑貨店・外
「うーん……本当にここ?」
最前線にある雑貨店だと聞いていたけれど、まるでここだけ世界から切り離されているみたいに平和な空気が漂っている。
「まあ、報告にあった恐ろしいビーストテイマーがいるっていうから、この私が派遣されたわけだしね」
これでも一応、勇者だ。
たいていの魔物なら倒せるし、もし手に負えない強敵だとしても逃げることくらいは簡単。
少しでも情報を集めてこいって言われたんだから、頑張らないと。
それに、良い成果を持って帰れば、私が元の世界へ帰る方法を国を挙げて探してくれるっていう約束だし。
私は店の前で軽く深呼吸をして、自分に気合を入れる。
「よーし、やるぞー!」
勢いよく、私はその扉を押し開けた。
店内に足を踏み入れると、どこか間の抜けた、ふにゃりとした声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませー」
声の主へ視線を向けると、そこには一人の少女がいた。……すごく可愛い。この子が、この雑貨店の店主なんだろうか。
「こんにちは。私は勇者エリカ。……単刀直入に聞くけれど、君が噂の恐ろしいビーストテイマーさんかな?」
答えてくれるかは分からなかったけれど、まずは正面から尋ねてみた。けれど、少女はきょとんとした顔で首をかしげる。
「?? なんのことでしょうか? 私はニーナです、このお店の店主ですよ。……それで、何かご入用ですか?」
嘘をついているようには見えない。けれど……。
ふと、彼女の手元を見て、私は言葉を失った。
「ああ、ごめんなさい。お昼ごはんを食べている途中だったんです。失礼でしたよね」
ニーナさんは申し訳なさそうに、眉を下げてはにかんだ。
「いや、それはいいんだけど……」
私はニーナさんの手元を二度見した。……いや、三度見した。 そこに握られていたのは、俵型の白い塊。
「え、おにぎり……!? おにぎりじゃないですかー!!」
思考が真っ白になる。え、嘘でしょ? 彼女も私と同じ異世界人なの? それとも、この世界にもお米が存在しているの!? 私の故郷の主食との、あまりに唐突な再会に、私のテンションは爆上がりだった。
「ん? これですか? 珍しい食べ物ですよね。ライスボールっていうらし……」
ニーナさんが最後まで言い切る前に、私は身を乗り出していた。
「違う違う! それは『おにぎり』っていうのよ!!」
「ふえ?」
ニーナさんは目を白黒させて驚いている。……あ、いけない。ついつい声が大きくなってしまった。
「あー……。びっくりさせちゃってごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって」
私はコホンと一つ咳払いをして、逸る気持ちを抑えながら尋ねた。
「実はね、その食べ物、私の故郷のものなの、ちょっと違うけど和食っていってね。……ねえ、それ、どこで手に入れたのか聞いてもいいかな? もしかして、この近くに田んぼがあったりするの?」
喉から手が出るほど欲しい情報だ。私は期待に胸を膨らませ、ニーナさんの回答を待った。
「あー、うーん……。すみません、ワショク?タンボ?何のことか分からないです。あとこれ、ラスト一個だったみたいで……」
ニーナさんの申し訳なさそうな言葉を聞いた瞬間、私の視界から色が消えた。「田んぼ」を知らない? つまり、この近辺に生産ラインが存在しないってこと?
まるでこの世界の終わりを告げられたかのような衝撃に、私は膝から崩れ落ちた。
「そ、そんなぁ……」
せっかく故郷の味に出会えたと思ったのに。 私はニーナさんの目の前で、地面に両手をついてガックリとうなだれた。
「うう、おにぎり……私のおにぎりが……」
勇者として派遣されたことも、不穏な噂の調査も、今の私にはどうでもよかった。ただただ、目の前で消えゆく唯一の希望に、私は本気で愕然としていた。
絶望に沈む私の耳に、天から降り注ぐような、清らかな声が届いた。
「あのー……。もしどうしても欲しいなら、取り寄せて販売しましょうか?」
ああ、この子は天使だ。真っ白な羽根が見える。私の前に救世主が現れた。
「うんうん、ぜひ欲しい! 今すぐ欲しい! いくら出せばいいかな!?」
私は地面に手をついた姿勢のまま、食い気味に顔を上げた。勢いに圧されたのか、ニーナさんは少し引き気味に苦笑いする。
「ちょ、ちょっと待っててくださいね」
そう言って、ニーナさんはバタバタとお店の奥の方へ引っ込んでいった。
奥へ引っ込んだかと思えば、ニーナさんはすぐさま戻ってきた。 その手には、なんとおにぎりが二個。
「あと同じ場所にこれもあったんですけど、いりますか?」
差し出されたものを見て、私は息が止まりそうになった。 こ、これは……っ!! お湯で溶かして飲むタイプの、カップ味噌汁じゃない!?
ああ、この子は天使どころじゃない。もはや神だ。ここには神様がいたんだ。
「うん、ぜひ! 全部買わせて。いくら出せばいいかな!?」
私はいくらでも払う覚悟で、鼻息荒く財布を取り出した。
「全部で金貨一枚になります」
「ああ、払おう。喜んで!」
一食分としてはとんでもなく高価だけれど、故郷の味を、それも味噌汁付きで堪能できるなら安いものだ。私は一点の迷いもなく、金貨一枚をニーナさんの手に握らせた。
「……ねえ、もしかして他にも、こういう食べ物が手に入ったりするのかな?」
これだけは、絶対に聞いておかなければならない。私は祈るような気持ちで尋ねた。
「そうですねー、お時間はいただきますけど、取り寄せならできそうですよ。次に来られる時までに用意しておきますけど、何か希望はありますか?」
なんと! 他にも用意できるんだ! 私は興奮を抑えきれず、一番の好物を口にした。
「『納豆』とかあったりするかな!?」
その瞬間、ニーナさんの顔が分かりやすく歪んだ。
「うぇ!? ナ、ナットーですか……? あの、ねばねばしてて、すごく匂いのきつい……あれ、ですよね?」
ニーナさんは分かってないなぁ。あの匂いとねばねばこそが最高なのに。食べればあんなに美味しいもの、他にないんだから。
「うん、それそれ! 今度また来るから、絶対に用意しておいてほしいな」
「わ、わかりました……。用意しておきますね。おにぎりもまた準備しておきますから」
最後は少し引き気味だったけれど、約束は取りつけた。 ああ、なんて素晴らしい買い物だったんだろう! 私はホクホクとした気分で、軽やかな足取りで街へと帰っていった。
「……ああ! 肝心の情報とか聞くの、すっかり忘れてた!」
街への帰り道、私はおにぎりの包みを抱えながら叫んだ。 でも、どう見てもあの店主さんは無害だったし。
それに、もし私が変に突っついて、二度と和食が食べられなくなるなんて事態になったら、それこそ一生の後悔だ。
「うん、報告は『何も問題なし。善良な少女が営む、ごく普通の雑貨店』ってことでいいよね。よし!」
私は自分に言い聞かせるように大きく頷いた。 今度は洋食もあるか聞いてみようかな。ハンバーグとか、オムライスとか……。
そんなことを考えながら、私はすっかり軽くなった足取りで街へと急いだ。




