21 モノさんとアスモくんとピクニックへ
うーん、この前メドゥーサさんに売っちゃったから、あのすごい魔力の水の在庫が心もとないな。
あの水、いろいろ使えて本当に便利なんだよね。ドライアドさんに売った保湿液みたいなのにも使えるし、あの水でお料理を作ると、びっくりするくらい美味しくなるし。
(ウンディーネさんのところに行って、また分けてもらってこようかな)
私、ニーナは腕を組んで、うんうん唸りながら独り言をつぶやいていた。
「どうしたんっスか、ニーナさん。そんなに真剣そうな顔をして」
モノさんは、私が可愛くデコレーションした台座付きの紫クッションの上で、いかにも居心地よさそうにくつろぎながら聞いてきた。
「ちょっとね、足りない在庫があって。ご近所さんのところまで、少し分けてもらいに行こうと思って」
私がそう答えると、モノさんは不思議そうに丸い体をゆらゆらと揺らした。
「ご近所さん……? ここって確か、人類と魔族がやり合ってる戦争地帯のど真ん中のはずっスよね。このお店だけおかしいくらい平和っスけど、そんな普通にご近所さんなんて、いたっスか?」
私だって、ご近所付き合いぐらいできる。
友達だっていっぱい……とは言えないけれど、少しはいるもん。
聖女さんに、勇者さんに、それからマオさんとか……。
(……あれ? あの人たちって、お友達じゃなくてお客さんかな? もしかして私、友達が……)
嫌な予感がして、私はぶんぶんと頭を振って考えを切り替えた。
大丈夫、ウンディーネさんはきっとお友達なはずだ。他にも今はすぐに出てこないけれど、きっと思い出せるはず。
「この前、メドゥーサさんに水を弾く霧吹きを売ったでしょ。だから、ウンディーネさんのところへお水を分けてもらいに行こうと思って」
私がそう話すと、モノさんは不思議そうに体を揺らした。
「そういえば、そんなこと言って売ってたっスね。てっきり適当に名前を出してるだけかと思ったっスよ。ウンディーネっていったら水の大精霊っス。この辺じゃまず見かけないし、そもそも人前に姿を見せることなんてないって話っスからね」
「嘘じゃないよ?」
私はじろりとモノさんを見た。
「ニーナさんの言うことっスから、嘘じゃないのは分かってるっス。でもアッシとしては、やっぱりこの目で見ないことには、いまいち信じられないというか……」
丸い玉のどこに目があるんだろう。私はそんなことを思いながら、良いことを思いついた。
「よし、決まった。モノさんも一緒にピクニックに行こう!」
「……えっ?」
「今日はもうお店を閉めて、ウンディーネさんのところへ出発だー!」
「まじっスか……。アッシ、ここで大人しくお留守番しててもいいっスよ?」
モノさんは遠慮がちに言ったけれど、私はもう止まらない。
「すぐ準備するから、ちょっと待っててね、モノさん!」
私はドタバタと音を立てて、二階と一階を往復しながら支度を始めた。
「……アッシの話、全然聞いてないっスね」
モノさんのむなしいつぶやきが、静かな店内に響いた。
雑貨屋の鍵をカチャリと閉めて、私はモノさんを抱えて外に出た。
今日の服装は、動きやすくて風通しのいいコットンチュニックに、キュロットスカート。
マジックバッグみたいな便利なものは持っていないから、お気に入りの革の肩掛けカバンを準備した。
ウンディーネさんへのお土産もバッチリだし、準備万端だね。
(ベルちゃんにお金を払えば、マジックバッグも用意してくれるかな。今度聞いてみよう、うん、そうしよう)
「それで、どうやって行くっスか? アッシが大砲で飛んできたとき、近くに湖なんて見えなかったっスよ。それに……」
モノさんが言いかけた視線の先――家のすぐそばには、地面に敷いた薄い布の上に、場違いなほどふかふかした長椅子が置かれていた。
「はい、このふかふかに座って、座って」
私は迷わず長椅子にどっかと腰を下ろし、すぐ隣にモノさんを置いた。
もちろん、例のデコレーション済み紫クッションもセットだ。
「ニーナさん……? あのー、そのー……」
モノさんは何か言いたそうに、けれどものすごく言いづらそうに私を見ていた。
私はいつも通り、いたって普通だ。別におかしくなんてなってないんだけどな。
よし、そろそろ準備はいいかな。
「それじゃあアスモくん、お願いね」
私が声をかけると、雑貨屋のほうからパタパタと小さなコウモリの羽をはためかせて、金属製のコンテナが飛んできた。
「あ、そうか。モノさんは初めましてだよね」
私は宙に浮くコンテナを指差して、モノさんに紹介した。
「この子はアスモくん。お客さんが大きな商品を買ったときとか、自分では運べないときに、指定された場所まで届けてくれる運び屋さんなの」
モノさんは、不思議そうにアスモくんをまじまじと見つめている。。
「マモンさんに続いて、ニーナさんはまだこんな隠し玉を持ってたんっスね……」
うん?隠し玉って、玉はモノさんの方でしょ。
私はそう思っていたら、二人は何やら挨拶を始めた。
「ちわっス、新入りのモノっス。よろしくっス」
モノさんが声を出しながら前後にゆらゆら揺れると、それに応えるように、アスモくんの羽のパタパタ具合がいつもより大きくなった気がする。
「はいっス、ニーナさんに居候の許可をもらったっス。これからお世話になるっスよ」
アスモくんは喋らないはずなのに、二人の間では不思議と会話が成立しているようだった。
なんだか、モノさんが一方的にアスモくんの気持ちを読み取っているようにも見えるけれど。
少し時間が経ち、二人の交流も落ち着いたみたいだ。
「よし、それじゃあそろそろ出発だね! アスモくん、いつものようにお願い!」
私が声をかけると、宙に浮いていたアスモくんの金属コンテナが、ゴトンッ! と小気味よい音を立てて地面に落ちた。
残ったのは、パタパタと動く小さな翼だけ。
その翼が、私たちが座っている長椅子の両側にひょいっとくっついた。
「えぇ……。それ、分離するんっスね……」
モノさんが呆気にとられたようにつぶやく。
「うん? そうだよ。だってお客さんの商品を運べるんだから、私たちだって運べて当然でしょ?」
私は当たり前のように答えた。
「それに、あの金属の箱のままだと、ぜんぜん可愛くないしね」
私は空を見上げながら、今度はこの長椅子に色とりどりの風船でもつけてみようかな、なんて考え始めていた。
「空飛ぶ長椅子……。いやはや、すごいっスね」
感心したようなモノさんの言葉を聞いて、私はさらなる名案を思いつく。
うん、次は「空飛ぶベッド」にしよう。寝ている間に目的地まで運んでくれるなんて、最高に素敵じゃない。
「それじゃあ、あらためて快適な空の旅へ……しゅっぱーつ!」
私が高らかに宣言すると、長椅子がふわりと地面を離れた。
アスモくんの翼に導かれ、私たちはモノさんと一緒に、青く広い大空へと浮かび上がった。




