14 マオさんとエリカさん 後編
ケルピーの群れを片付けて王都へ戻ってきた翌日。私は冒険者組合のギルド長であるパトックさんと向き合っていた。
「それじゃあパトックさん。約束通り、長期休暇をもらいますよ?」
私が念を押すように言うと、パトックさんは少し苦笑いしながら頷いた。
「ああ、構わない。陛下にもそのように伝えておこう」
パトックさんは持っていたペンを置くと、椅子の背もたれに体を預けて私を見た。
「それにしてもエリカ殿。これほど長い休みを取って、どこか遠くに旅行へでも行くのかね?」
「うーん、防具の手入れをしたり、ゆっくり寝て疲れを癒したりしたいのもあるけど……。まずは、美味しい『和食』を求めて、ね!」
私はそう答えて、いたずらっぽく笑った。私の頭の中にあるのは、あの不思議な雑貨屋にある、ふっくらとしたおにぎりのことだった。
ニーナ雑貨屋の近くまでやってきた。
それにしても、このあたりは前線に近いというのに平和そのものだ。
何か理由でもあるのかな? 案外、ニーナちゃんの人徳のおかげだったりして。
そんなたわいもないことを考えながら、私は雑貨屋の扉を開けた。
「こんにちは、ニーナちゃん! おにぎり、入荷してるかな? この前言った通り、買いにきたよ」
声をかけて正面を見る。そこには、いつもの元気なニーナちゃんと、先客が一人。
綺麗な白い髪に、二本の立派な角が生えた魔族らしき子供がいた。
「ありゃ? 先客がいたんだね」
私はそう言いながら、その子を観察する。
魔族の子供か……。
今の私は休暇中だし、変に怖がらせるつもりもない。あえて勇者とは名乗らず、普通の冒険者として振る舞うことに決めた。
「こんにちは、エリカさん」
ニーナちゃんの、いつもの明るくて可愛らしい声が店内に響く。
私は微笑みながら頷き、ニーナちゃんの横にちょこんと立っている魔族の少女に視線を向けた。
「む? 余はマオじゃ」
少女は、どこか偉そうな態度で短く名乗った。その小さな体からは想像もつかないような、堂々とした立ち振る舞いだ。
「こんにちは、マオちゃん。私はエリカ、よろしくね」
私が気さくに挨拶を返すと、マオちゃんは眉をひそめて、ぷうっと頬を膨らませた。
「小娘よ、ちゃん付けで呼ぶでない! マオさんと呼ぶのじゃ!」
腰に手を当てて、精一杯に威厳を保とうとする姿がなんとも微笑ましい。
私は(ああ、背伸びしたい年頃なんだな)と内心でニヤニヤしながら、彼女の要求に乗ることにした。
「わかったよ、マオさん。でもそれなら、私のことも『小娘』じゃなくて『エリカ』って呼んでほしいな」
私がそう提案すると、彼女は腕を組んで、うぬぬと唸りながら考え込んだ。
「むむむ、確かに一理ある。……よかろう、エリカ。よろしく頼むぞ」
マオちゃんは満足そうに頷き、機嫌を直してくれたようだ。
私はマオちゃんの手に持っているピコピコを見て、思わず声を上げた。
「わあ、それ面白いよね。懐かしいなあ」
「これを知っておるのか! どうじゃ、余の育てた仲間たちは?」
マオちゃんは得意げに胸を張り、ゲームの画面をぐいっと私の方に見せてきた。
「うん、すごいね。全員レベル九十九じゃない。たくさん、いっぱい育てたんだね、これ」
ゲーム画面をのぞき込んで、私は心から感心した。
そしてあまりの可愛さに、ついマオちゃんの頭をなでようと、吸い寄せられるように手を伸ばす。
けれど、マオちゃんはひょいっと身をかわして、私の手を鮮やかに避けてしまった。
(くそおー、残念……! )
私は空を切った自分の手を見つめて、心の中でがっくりと肩を落とした。
「それじゃあ、余はもう行くぞ。新たな冒険が待っておるからのう! ニーナ、また来るぞ。……あと、エリカと言ったな。余の綺麗な角は、絶対に触らせてやらんからな!」
マオさんはそう言い放つと、私の横を素早くすり抜けて、お店の出口へと向かっていった。
「ありがとうございましたー! またお待ちしてますねー!」
ニーナちゃんの元気な声に見送られながら、マオちゃんは満足げに去っていった。私は、遠ざかる小さな後ろ姿をぼんやりと見送った。
「うーん。角じゃなくて、頭をなでようとしただけなんだけどなあ……」
私は空振りに終わった自分の手のひらを眺めて、少しだけ苦笑いした。
でも、あの子……マオちゃんは、ニーナちゃんとも凄く仲良くやっているみたいだ。
魔族の中にああいう子がたくさんいたら、人間と無意味な戦争なんてせずに、もっと仲良くできるんじゃないかな。
そんな、少しだけ未来に希望が持てるような、温かい気持ちが胸の中に広がった。
「あらためて、いらっしゃいませー。たぶん、ワショクをたくさん入荷しておきましたよ」
ニーナちゃんの、いつものゆったりとした接客が始まった。
「うん、全部見せてくれるかな」
私がそう答えると、ニーナちゃんは「はーい」と短く返事をして一度奥へと引っ込み、すぐに籠に山盛りの商品を持って戻ってきた。それをカウンターへ、丁寧に並べていく。
(こ、これは……っ!?)
並べられた品々を見て、私は絶句した。
前回のおにぎりやお味噌汁だけじゃない。レトルトのカレーに、温めるだけで食べられるパック入りの白いご飯。さらには、納豆まであるじゃないか!
全部買う。絶対に全部買う!
ふふふ、このために私は大容量のマジックバッグを持ってきたのだ。今日こそがその真価を発揮する時。
「ニーナちゃん、これ全部ほしい! 全部、買わせてください!」
私は身を乗り出し、テンションアゲアゲでニーナちゃんに詰め寄った。
「は、はい。ありがとうございます! どれくらい用意すればいいか分からなかったので、とりあえず全種類、十個ずつ用意しておきましたよ」
私のあまりの勢いに、ニーナちゃんは少し引き気味に、パチパチと目をしばたたかせている。けれど、今の私にはそんなことは関係ない。
(おお、 ニーナちゃん、あなたは天使を超えて、女神だったのですか……!)
心の中で拝み倒し、あまりの嬉しさに涙がこぼれそうになった。けれど、まずは代金を支払わなければ。私ははやる気持ちを抑えて、腰のポーチからずっしりと重い財布を取り出した。
「ニーナちゃん、全部でいくらかな?」
金貨を用意しながら尋ねる。私の手は、期待と興奮で少しだけ震えていた。
「全部で、金貨七枚になります!」
「うんうん、わかった。払う、すぐ払うよ!」
私は二つ返事で、カウンターに金貨七枚を景気よく並べた。普通なら「ちょっと高いかな?」と迷う金額かもしれないけれど、今の私には安いくらいに感じられる。
「じゃあ、この商品を『マジックバッグ』に入れてもいいかな?」
私が尋ねると、ニーナちゃんは少し驚いたように目を丸くした。
「はい、もちろんです! エリカさんも、マジックバッグを持っていたんですね」
「うん。かなり高い買い物だったけど、やっぱり便利だからね。これさえあれば、どれだけ荷物があっても困らないし」
私はそう答えながら、目の前に並んだお宝——もとい商品を、せっせとマジックバッグの中に吸い込ませていった。
「この『パックゴハン』って、どうやって食べるんですか? 試しに食べてみたんですけど、冷たくて硬くて、あんまり美味しくなかったんですよね……」
商品を袋に詰め終わる頃、ニーナちゃんが不思議そうに首をかしげて聞いてきた。
なるほど、確かに。温める前のパックご飯は、お世辞にも美味しいとは言えない代物だ。
「あー、そうだよね。普通はそのままじゃ食べないんだ。本当は電子レンジっていう魔法みたいな機械を使うんだけど……。この世界なら、お鍋に水を浅く張って、その中にこれを置くのがいいかな。上のフィルムは剥がさないまま、しばらく火にかけて熱々にすれば、ふっくらして美味しくなるんだよ」
私は身振り手振りを交えて、美味しい食べ方をレクチャーした。
「そうやって温めたご飯を、この納豆やカレーと一緒に食べるのが最高なんだよね。もう、止まらなくなるよ!」
想像しただけでお腹が鳴りそうだ。私は満面の笑みでニーナちゃんにそう答えた。
「なるほど、今度やってみますね。……でも、あの独特な匂いのナット―は、遠慮しておきますけど」
ニーナちゃんは、納豆の袋を少しだけ遠ざけるようにして、苦笑いした。やっぱりあの匂いは、この世界の人にはハードルが高いのかもしれない。
よし、帰ったらさっそく特製カレーライスにして食べよう。私は心の中でガッツポーズをした。
「それじゃあニーナちゃん、ありがとう。また来るね!」
「はい、またワショクをたくさん用意しておきますね」
私たちは互いに手を振り、私は意気揚々と雑貨屋を後にした。
お宝も手に入ったし、しばらくは王都でゆっくり休むことにしよう。
……でも、なんだろう。歩きながら、ふと何かを忘れているような……
「うーん、何か大事なことを忘れているような……?」
私は立ち止まって首をひねってみたけれど、結局何も思い出せなかった。
「まあ、思い出せないくらいなら、きっと大したことじゃないよね」
私はすぐに考えるのをやめて、頭の中をカレーのことでいっぱいにして、鼻歌まじりに王都への道を歩いていった。




