12 魔王と副官と軍団長
魔王城の奥深くにある私室。
そこでは、これからの魔族の動きを決める重要な話し合いが行われていた。
「魔王様。近々行われる定例の円卓会議を前に、現在の情勢についてご報告しておきます」
そう言って一歩前に出たのは、副官のサマエルだ。若く端正な顔立ちに、夜の闇のような黒髪が特徴の男である。
「ふむ。話してみるがよい、我が側近、サマエルよ」
魔王と呼ばれた主が、ゆったりと椅子に深く腰掛けながら答えた。その声にはどこか幼さが残っているけれど、家臣を従えるにふさわしい不思議な威厳が宿っている。
「はっ。まず北側ですが、我がケルピー軍が前線を押し上げていたところ、勇者が現れて押し返されてしまいました。また中央でも同様に、勇者によって第二軍団長ハンナが退けられ、片腕を失うという醜態をさらしております」
サマエルは淡々と、しかし重苦しい響きを含んだ声で、魔族側の劣勢を伝えた。
「うむ。やはり勇者というのは、厄介な存在じゃな……」
魔王と呼ばれたその少女は、どこか遠くを見るような目で深く頷いた。
「ええ。まったくいまいましい存在です。あやつらさえいなければ、我が軍の進撃を止めるものなどいないというのに」
サマエルが苦々しい顔で、吐き捨てるように言う。すると、魔王はふと独り言のように言葉を漏らした。
「勇者はすぐに復活するし、本当に卑怯じゃ。負けてもお金を半分取られるだけじゃしのう……」
「……え? 勇者が復活するのですか? しかも、お金を払えば済む話だと?」
サマエルの困惑した声に、少女はハッとして我に返った。
「あ、いや、今のはこちらの話じゃ……気にするな」
彼女は慌てて咳払いをし、サマエルから視線を逸らした。
(……ああ、早くあの続きをやりたいのじゃ。ちょうどいいところだったのに。あのボスの強烈な攻撃を、どうやって耐えればよいものかのう……)
表面上は深刻な顔をしながらも、その頭の中は、ボスの攻略法で埋め尽くされていた。
魔王様が何か、深い物思いにふけっている。
(……おそらく、わたくしめなどでは考えもつかない領域まで、先を見据えておられるのだろう。それに、勇者についても我々の知らないことまで把握しているようだ。何か秘策でもあるのかもしれない。少しでもお力になれればよいのだが)
サマエルは主君の横顔に畏敬の念を抱きながら、次の報告を続けた。
「南側では第一軍団長、ワーウルフのシルバを筆頭に一進一退の攻防が続いています。彼らは機動力や再生能力には優れていますが、やはり弱点の多さがネックとなり、あまり良い報告ができないのが現状です」
「ふむ、アジリティタンク型か……。拘束されて動きを潰されたり、元々の体力が少ないから強大な魔法を叩き込まれたりすると弱いのう」
魔王と呼ばれている少女は、手元の何かに目を落としたまま淡々と答えた。
「まあ、そういう極端な構成は『ロマン』ではあるのじゃがな」
そう言って、彼女はどこか楽しそうに唇を端を上げた。
「よ、よくご存じで……」
聞いたこともない用語だったが、ワーウルフの種族特性をあまりにも的確に言い当てている。
サマエルは、主君の驚くべき洞察力に背筋が震える思いだった。
「続いて……例の緩衝地帯にある、人間が営んでいる雑貨屋についてのご報告です。あそこを魔族の補給点として占拠する案が出ております。これには私と、第一軍団長のシルバ、第三軍団長のカミラが賛成しております。一方で、第二軍団長のハンナと第四軍団長のゼンディスの二名は反対に回っております」
サマエルは資料から目を離し、主君の顔をうかがった。
「魔王様は、これについていかが……」
サマエルが言い終わるよりも早く、鋭い一喝が飛んだ。
「ならん!」
幼い声ではあったが、そこには一切の反論を許さない圧倒的な威厳がこもっていた。
「……はっ! かしこまりました。では、この件は白紙に戻し、現状維持ということでよろしいでしょうか?」
サマエルは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を引き締めて問いかけた。
「うむ。それでよい」
(……危なかった。占拠なんてされたら、余がピコピコに熱中しているのがばれてしまう可能性があるではないか。それに、デンチも気軽に買いに行けなくなっては困るしのう)
主君の深い沈黙を「深遠な計略」と受け取ったのか、サマエルはさらに姿勢を正した。
「ほかに、早急に伝えねばならぬ重大なことはないかの? 余は少々忙しくてな。残りの報告は後回しにしてほしいのじゃが」
「はっ! 差し当たって、これ以上に重要な案件はございません。それでは、わたくしめはこれにて失礼いたします」
サマエルは深く一礼をすると、音を立てないように静かに部屋から出て行った。
バタン、と重厚な扉が閉まる。
部屋の中に完全な静寂が戻ったのを確認すると、魔王と呼ばれた少女の顔が、一気に年相応の明るいものへと変わった。
「さあて、続きをやるのじゃ!」
彼女は幸せそうな顔で、クッションの裏に隠していたピコピコを手に取った。
魔族の未来を左右する軍議の直後だというのに、彼女の頭の中は、今度こそボスを打ち倒すための作戦会議でいっぱいだった。
私室を出たサマエルは、静かな廊下を歩きながら考えにふけっていた。
(最近の魔王様は、ずいぶんと夜遅くまで作業をされているようだ。ご自分のお体をもう少し大切にしてほしいものだが……)
主君の体調を案じて小さくため息をついた、そのときだった。
「あらぁ~? サマエルじゃなーい♡」
背後から、脳がとろけるような甘い声が聞こえてきた。サマエルが足を止めると、香水の強い香りが鼻をつく。
「カミラか……」
サマエルが振り返ると、そこには第三軍団長のカミラが立っていた。
ふわふわとした桃色の髪に、頭からは小さめの角が二本。はだけた胸元がまぶしい、目のやり場に困るような格好で、彼女はしなだれかかるようにサマエルの前に現れた。
「魔王様との話し合いは終わったの?」
カミラは誘うような妖しい微笑みを浮かべ、サマエルに問いかけた。
「ああ。魔王様は非常にお忙しいようでな。途中で話を切り上げることになってしまったよ」
サマエルが溜息混じりに答えると、カミラは「ふぅ~ん、そうなんだぁ」と、どこか含みのある声で返した。
サマエルは姿勢を正し、本題を切り出す。
「例の雑貨屋の件だが、白紙になった。魔王様からは、あそこには手を出すなとの命が下った。現状維持だ」
カミラにそう告げると、彼女は意外そうに目を丸くした。
「ええ、そんなぁ~。あの雑貨屋の女の子、すごく私好みだったのに。めちゃめちゃにして可愛がってあげたかったのになぁ♡」
カミラは本当に残念そうに、腰から伸びる細い尻尾を力なくだらりと垂らした。
「うーん、そっかぁ。じゃあ代わりに、ちょっと王国の人間でも味見してこようかな。うふふ」
彼女は切り替えが早いのか、すぐに顔を上げて小さく笑う。腰から生えた小さな翼をパタパタとはためかせると、ふわりと体が浮き上がった。
「サマエルくん、じゃあね~。また後で」
ひらひらと手を振りながら、カミラは近くの大きな窓から夜の闇へと飛び出していった。
「まったく……困った色情魔だ」
一人残された廊下で、サマエルは小さく溜息をついた。彼は再び前を向くと、静かな廊下にコツコツと足音を響かせて歩き出すのだった。
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なにとぞーなにとぞー




