11 マオさん
扉が開き、誰かが店に入ってきた。
「ふむ。ここが、例の雑貨屋じゃな」
どこか幼さの残る、鈴を転がしたような女性の声が響く。
「いらっしゃいませー! ニーナ雑貨店へようこそ!」
私はいつものように元気よく挨拶をして、扉が開いた方へと視線を向けた。
そこに立っていたのは、私よりもさらに背が低く、小柄な女の子だった。
雪のように真っ白な髪の間からは、両耳の上あたりに一対の立派な巻き角が生えている。
一見すると守ってあげたくなるような可愛らしい女の子だけれど、その佇まいにはどこか不思議な威厳があった。
うーん、私と同じくらいの年齢かな?
でもエルフみたいな種族は、見た目と本当の年齢が全然違うっていうし、こればっかりは見当もつかないなあ。
その女の子は、じろじろと私のことを観察するように見てから、口を開いた。
「貴様がニーナじゃな? ここには何でもあると聞いたぞ。余は今、暇で退屈しておるのじゃ。余を驚かせるような、面白いものを見せてみよ」
腰に手を当てて、自信たっぷりな様子でそう言った。
「何でもはないですよー、あるものだけです」
私はそう答えてから、彼女に何を見せるか考えた。
うーん……面白いものか。開けたらおばけのような物が飛び出るびっくり箱? それとも、あのパフェとかいう見た目もきれいで美味しいお菓子? ……あ、でもあれは私の分だしなぁ。
「……よし、あれにしよう」
私は、ある物のことを思い出した。
私は文字が読めなかったけど、エルフのような長生きしそうな種族なら、もしかしたら使い方を知っているかもしれない。
そう思い立ち、私は一度倉庫へと向かった。
戻ってきた私の手には、分厚い本と同じくらいの大きさの、四角い塊が握られている。
「なんじゃ? それは?」
目の前の女の子も、一応は興味を持ってくれたみたいだ。身を乗り出して、私の手元をじっとのぞき込んでくる。
あ、そうそう。
「これの説明をする前に……ええっと、なんて呼べばいいですか?」
私は見せるのを一度お預けにして、笑顔でそう尋ねた。
「余か? 余はまお……」
「まお?」
「……こほん。そうじゃな、余はマオじゃ」
彼女は一瞬、言いかけて慌てて口をつぐんだ。そして、わざとらしく咳払いをすると、ふんぞり返ってそう名乗った。
「マオさんですね。よろしくお願いします。それで、これはですね……」
私はそう言って、持ってきたものをカウンターに置いた。
「これは『ピコピコ』です。ここを押し込むと、何やら画面に光が灯って文字が映るんですけど、私には読めなくてさっぱりなんです。でも、ほら、なんだか面白そうじゃないですか?」
私が横にある小さな出っ張りをぐいっと動かすと、四角い塊の一部がぼんやりと明るくなり、見たこともない記号が並んだ。マオさんは目を丸くして、その画面をのぞき込む。
「ふむ……これは……確かに異国の言葉のようじゃな。それに、押せる場所もたくさんあるようじゃ。ちょいと貸してみよ」
そう言うなり、マオさんは私の手からピコピコをひょいと奪い取った。そして、小さな指先で器用にあちこちを押し始めた。
ふむふむ、と頷きながら、マオさんは見たこともない言語をあっという間に読み解いているみたいだ。
「ここを押し込むとこうなって……む?」
画面を食い入るように見つめながら、小さな指を忙しなく動かしている。
「な、何!? 余が『勇者』じゃと!?」
突然、マオさんが声を荒らげた。
「ええい……スライムごときに何をしておるのじゃ、勇者は! しっかりせぬか!」
口では文句を言っているけれど、マオさんの瞳はキラキラと輝いていて、何だかとても楽しそうだ。
私が隣でニコニコしながらその様子を眺めていると、視線に気づいたマオさんは、少し照れくさそうに姿勢を正した。
「うむ。これは、なかなかの暇つぶしになりそうじゃ。……いくらじゃ? 言い値で買うぞ」
マオさんはピコピコを大事そうに抱えたまま、力強くそう宣言した。
私はニコニコと、満面の笑みを浮かべて答えた。
「ごめんなさい。それ、売り物じゃないんですよ。ほら、『見せてみよ』って言っていたじゃないですか」
「な、な……。こんなに面白いのに、売り物ではないと言うのか!? まだレベルが三つしか上がっておらぬのじゃぞ!」
マオさんは、目に見えてがっくりと肩を落としてうなだれた。なんだか、見ていて放っておけない可愛らしさがある。後半に言っていた言葉はさっぱり意味が分からなかったけれど、とにかく相当ショックだったみたいだ。
私がやってもよく分からないものだし、このままがっかりさせておくのも可哀想かな。
「わかりました。じゃあ、特別ですよ。売ることはできませんけど、貸してあげることならできますよ」
私はそう、マオさんに告げた。
「言ったな? 余は絶対に借りるからな。しばらくは返さんぞ!」
マオさんはピコピコを胸にぎゅっと抱きしめて、念を押すように私を見た。
「はい、もちろんです。たくさん楽しんでくださいね。その代わり、今度私にやり方を教えてください」
私が笑顔でそう答えると、マオさんは満足そうに何度も頷いた。
「うむうむ。実に良い品を貸してくれたのう。何か困ったことがあったら余に言え。手伝ってやろう」
「はい、そのときはお願いしますね」
私が頭を下げると、マオちゃんはピコピコを両手で高く掲げた。
「うむ、こうしてはおれん! 早く帰って続きをやらねば。ゴブリンキングを討伐するのじゃ!」
彼女はそれだけ言い残すと、弾むような足取りで楽しそうに帰っていった。
それを見送ってから、私は小さく「ふふふ」と笑う。
私は商売人なのだ。ただ貸してあげるだけで終わらせるわけがない。明日、彼女がこれを持って戻ってきたときのために、次に売る物はもう用意してある。
たぶん、明日にはマオさんはまた店に来るだろうな。
そんな確信に近い予感を感じながら、私はその日の店仕舞いをするのだった。
翌朝、まだお店を開けたばかりの時間。
「ニーナ! ニーナ、大変なのじゃ! 余の記録が……画面が映らぬのじゃー!」
マオさんが血相を変えて雑貨屋に飛び込んできた。その手には、昨日貸したピコピコがしっかりと握られている。
私は「待ってました」と言わんばかりの笑みを浮かべて、彼女に答えた。
「あー、それは『デンチ切れ』ですね。このピコピコは、『デンチ』っていう燃料で動いているみたいなんです。だから、この裏側を開けて、定期的に新しいデンチに交換してあげないといけないんですよ」
こんなに早く動かなくなるなんて、きっと夜通し遊んでいたんだろうな。私は少し目が赤くなっているマオさんを見て、心の中で苦笑いしながら話を続けた。
「ふっふっふ、大丈夫ですよー、マオさん。新しいでんちは、ここにたくさんあります!」
私は自信たっぷりにそう言って、あらかじめ用意しておいた予備のデンチを取り出した。
ピコピコの裏側のふたを開け、新しいものへと入れ替える。
「ほおおお! さすがじゃ、ニーナ! 画面が戻ったぞ! これで続きがやれるのじゃ。……ふふん、まずは『はがねのつるぎ』を買うのじゃ!」
画面が明るくなった瞬間、マオさんは声を弾ませた。相変わらず、私にはさっぱり分からないことを言っているけれど、本人はとにかく楽しそうだ。
私はそんな彼女の前に、残りの予備のデンチをいくつか並べて見せた。そして、あえて少し困ったような、でも営業用の満面の笑顔で声をかける。
「あのー、マオさん。ちょっと言いづらいんですけど……この『デンチ』は売り物なんですよ。だから、これからも続けたいなら、ちゃんとお金を払って購入してくださいね?」
「な、なんじゃとー!!!」
マオさんはひっくり返りそうなほど大きな声を上げた。
けれど、結局は「これがないと続きができぬではないか!」とぶつぶつ文句を言いながらも、手持ちの金貨で在庫をすべて買い占めていき、満足そうな顔で帰っていった。
本体を貸して、燃料を売る。これこそが、商売人のやり方というもの。マモンちゃんの中身もまた少し増えて、私はホクホク顔で彼女を見送った。




