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第9話 歩哨の夜、橙の外灯

「遅せーぞ!ここに着いてから歩くことしかしてねーのにいつまでかかってんだ!とっとと来い!」 

挿絵(By みてみん)

 オフィスを眺めていた誠達を甲高い声が怒鳴りつけた。司法局実働部隊が運用・保有する主力兵器シュツルム・パンツァーと呼ばれる人型機動兵器。東和では特機と呼称される特殊兵器の運用を任されている司法局実働部隊の中心部隊『機動部隊』の部隊長、本来は非番のはずのクバルカ・ラン中佐がその機動部隊の詰め所の前で誠達を待ち構えていた。いつもの事ながら誠は怒ったような彼女の顔を見ると一言言いたかったがその一言は常に飲み込んでいた。 


 勤務服を着て襟に中佐の階級章をつけ、胸には特技章やパイロット章や勲功の略称をつけているというのに、ランの姿は彼女が部隊屈指の古強者であるということにまるで説得力がなく見えた。その原因は彼女の姿にあった。


 彼女はどう見ても小学生、しかも低学年にしか見えない背格好だった。124cmの身長と本人は主張しているが、それは明らかにサバを読んでいると誠は思っていた。ツリ目のにらむような顔つきなのだが、やわらかそうな頬や耳たぶはどう見てもお子様である。白い蛍光灯の下で光る数々の勲章もそのちっちゃな体の前では何の説得力も持たなかった。


「あれ?今日は姐御は非番じゃなかったんですか?これは非番の日までお仕事とはご熱心なことで」 


 かなめはそう言うとそのままランのところに足を向けた。ランが非番の日に出勤してくることは珍しいことではないのでかなめは特に驚いたような様子は無かった。


「アタシは24時間365日常に臨戦態勢だ!それが出来ねーもやしは生きてる価値はねー!今すぐ死ね!」


 壮絶なパワハラ発言を繰り出すのは怒鳴り声の主は、クバルカ・ラン中佐だった。


「東都警察の法術部隊の話が来ただろ?あれで神前と第二小隊の法術対応訓練メニューの練り直しが必要になってな。どうせ休日ってもすることもねーからな。今日はいつも将棋の相手をしてもらっている御仁が会合があるとか言って東都に出かけてるんだ。それでこうして仕事をしている訳。オメー等もアタシを見習えよ。人間仕事あってこその人生だ。人生なくして仕事はねーぞ」 


 そう言いながらランはにんまりと笑って詰め所の中に消えた。仕方なく誠達はその後に続いて詰め所に入った。


 部屋には、すでにかなめがいた。高梨と雑談しながら、モニター越しに入ってくる誠をタレ目で見つめている。


「神前、怒られてやがんの。しかも正論でだ。いつもアメリアのゲームの原画なんか仕事中に描いてるからだ」


「西園寺!無駄口叩く暇があったら報告書上げろ!オメー等もな」 

挿絵(By みてみん)

 誠を冷やかすかなめにそう言うとランは小さい身体で普通の人向けの実働部隊長の椅子によじ登った。その様子をわくわくしながら見つめる誠に冷ややかなカウラの視線が注がれていた


「ああ、仕事!仕事しますよ!報告書!報告書!」 


 そう言うと誠は自分の席に飛びつき、端末を起動させた。


「おう、仕事か?ご苦労なこっちゃ」 


 機動部隊の詰め所のドアがいきなり開いて司法局の勤務服から紫のド派手な背広に着替えた明石がついでのようにドアから顔を出した。そして手にしたディスクをつまんで見せ付けた。

挿絵(By みてみん)

「しかし、明石中佐はほんとうに一般人には見えない私服を着るんですね。そう見てもその恰好はやくざにしか見えませよ」


 誠から見て明石のラメ入りの紫色の上下のスーツ姿はどう見てもやくざのそれにしか見えなかった。


「わしは軍に入る前はほんまもんのやくざやった。それを赤松の親父さんに拾うてもろうたんや。あの出会いがなんだらわしはとうにやくざ者として闇市でくたばっとったやろうな。軍には捨てられたが、その軍人の赤松の親父さんはワシを救うてくれはった。捨てる神あれば拾う神ありや」


 明石のあまりにも見た目通りの過去を聞いて誠は納得した。


「元やくざ屋さんなんですか……どおりでファッションセンスが普通と違うと思ってました。でも司法局は一応、やくざ屋さんとは違って堅気の仕事なんでそのセンスはなんとかした方が良いと思いますよ」


 司法局本局で渉外担当と言う対外的窓口を担当する部署の責任者である明石が元やくざと知って誠は驚きを隠せなかった。


「やくざを馬鹿にすると姐御に怒られるぞ。『(おとこ)の道を行くものを馬鹿にするな!』ってな。ただ薬や女で稼いでる連中は姐御も軽蔑してる。人の道を反した『外道』だってな」


 そう誠に声をかけてきたかなめの真意が理解できずに誠はとりあえず閉所戦闘訓練の報告書を仕上げるべく作業に集中した。


「なんでやくざを馬鹿にするとクバルカ中佐が怒るんですか?……任侠映画はあくまでフィクションでしょ?映画の話でしょ?時々あの人がどう見てもそれに飲まれてるのは単にあの人が馬鹿だからだと思ってるんですけど……」


 誠はかなめに素直にそう聞いてみた。


「姐御が馬鹿なのは事実だが、姐御は今、そのやくざの組事務所の二階に居候している。なんでも、その組の組長と酒を酌み交わして義兄弟の契りを結んだらしい。おかげで特殊詐欺の連中も、やくざの客人相手に無茶な要求をしてくることが少なくなった。姐御はやくざ者が好きなんだ」


 あまりにも意外なかなめの言葉に誠は呆然とした。


「良いんですか?うちって一応警察でしょ?それがやくざの組事務所の二階に住んでるなんて……問題にならないんですか?」


 誠はかなめにそう聞いてみた。


「あそこの組は指定暴力団の傘下から離脱している。団体組織上は任意団体扱いだ。主に祭りの屋台を出したり、清掃業者に人材を派遣したりするのを主な業務としているわけだ。当然、薬物の密売や売春行為は組の規則でご法度にしている今時珍しいやくざだ。だから県警からも目を付けられていない。問題ないんじゃないか?」


 あっさりと作業中だったカウラはそう言って誠の疑問を解決してしまった。


「でもあれでしょ?高級外車とか乗ってるんでしょ?その組長……ああ、クバルカ中佐の車も高そうでしたね。あれもその組長の影響ですか?」


 誠はまだ納得がいかないというようにカウラにそう尋ねようとした。そこに機動部隊長兼副部隊長の大きな机にしがみついて書類を眺めていたランから鋭い視線が飛んで来た。


「くだらねーことをしゃべってる暇があったら仕事しろ!神前!だからテメーはいつまでたっても『(おとこ)』になれねえんだ!」


 書類から目を離した機動部隊隊長の机にしがみつくランから叱責が飛んだ。仕方がないので誠はとりあえず今日の訓練の報告書を作る作業に集中することにした。


「仕事熱心なのはええこっちゃで……クバルカ先任!例の資料、持ってきましたで」


 誠に続けて機動部隊の詰め所に入ってきた明石はそう言って機動部隊長の大きな机に張り付く小さなランのところまで行ってディスクを渡した。


「ああ、この前の同盟厚生局の闇研究の資料か。明石。お前さんが司法局本局から預かったわけだ。これで同盟厚生局の大掃除は終了。後はアタシ等としては野となれ山となれってことか……一応、現場で対応したアタシ等にも状況の結果報告だけはするんだな。どうせアタシ等には何を言う権限もねーってのに」 


 ランはそう言うとそのまま明石からディスクを受け取った。


「司法局本局も同盟機構もアタシらを舐めてるんだよ。せっかくうちが下手をすれば同盟解体になるような事件を解決してやったというのに本局はその資料一つで済まそうってのか?あの事件は東和陸軍とか遼北人民共和国とか色々絡んでただろうに。そっちの方は政治的解決で済ませようって腹か?いつも問題が起きたら一番ヤバい事だけうちに押し付けて手柄は全部政治屋さんが持ってくんだ。まったく損な仕事だぜ」 


 嫌味を飛ばすかなめだが、彼女の毒舌は誠もカウラも知っていた。


「言うな西園寺。役所には役所のやり方ってのがあんだ。下手に動いて遼北人民共和国の同盟離脱なんてことになったらどうするんだ?オメーの言う通り同盟機構はお終いだぞ。そう言うところまで気を回さなきゃアタシみたいなポジションには付けないんだ。スキルアップしたかったらそこんとこを考えろ!尉官と佐官の階級の壁は厚いぞ。そこに気付かなきゃオメーは生涯大尉どまりだな」 


 遅れる同盟厚生局内部の綱紀粛正状況にふつふつと怒りを燃やしているように握りこぶしを作るランだがかなめに見つめられて照れたようにうつむいた。 


「姐御……それは分かるんだけどよう。アタシ等の苦労と、あの事件で死んでいった連中はそれで報われるのか?あの事件で何人死んだ?それがチップ一枚で解決って……人の命はディスク一枚にも満たねえってことか?」


 静かな怒りを胸に秘めた言葉でかなめは絞り出すような口調でそう言った。

挿絵(By みてみん)

「西園寺、それを言うな。あの事件の指揮命令は隊長からアタシに一任されてるんだ。だから一番はらわたが煮えくり返ってるのはアタシなんだ。あれだけアタシをコケにした同盟厚生局の面々がたぶんろくな処分もされずに本国の遼北に帰る。そして研究結果のほとんどは遼北が吸い上げてる。そんな事は十分わかってんだ。でもなあー、それがアタシ達に出来る限界だ。それ以上事を進めようとしたら、組織のどこかに歪みが生じる。その歪みの原因にアタシはなりたくねー。オメーもゆくゆくは甲武と言うもっと厄介ごとを抱えている国の顔になるかも知れねーんだぞ?そん時になれば今のアタシの気持ちも分かるよーになる……まー今の時点でアタシの気持ちが分からねーよーならその資格はねーってことだがな」


 ランはそう言って悔しそうに唇を噛んだ。その様子とランの不愉快そうな顔を見て明石は悟ったように機動部隊の詰め所の出口へと足を向けた。


「クバルカ先任も苦労しとるようやね。ほいじゃあ肝心のブツも渡したちゅうこって本局に戻りまっさ!それに今回の同盟厚生局の一件の不手際はクバルカ先任のせいちゃいますやんか。すべては司法局上層部のかぼちゃ頭が本当にかぼちゃやったっちゅうだけの話なんとちゃいますか?ワシはアイツ等の頭がもう少しまともやったらこんな被害はでんかったと思うとりますわ。偉いさんは腹を切るために仰山(ぎょうさん)給料もろうとるんやから次に何かあったら隊長に頼んできっちり『腹切りショー』で落とし前つけたったらええんとちゃいますか?」 


 そう言ってツルツルに剃り上げられた頭を叩くと明石は出て行った。それを見るとランは明石から受け取ったディスクを自分の端末のスロットに差し込んだ。


 しばらく沈黙して画面を見つめた後、ランは納得したように腕を組んだ。


「対法術部隊の増強計画か……遼帝国の軍の法術部隊にも応援をかけるらしーや。同盟厚生局の一件でようやく東都警察もこの東和国内での法術犯罪対策に本気になったか……今更遅い気がするが……うちとしては楽が出来るといいねー。特にオーバーワークの茜達をなんとか楽にしてやりてーな。東和警察は法術犯罪となると司法局に丸投げすればどーにかなると考えてやがる。本務2名、補助捜査官4名態勢でこの広い東和で起きる法術犯罪をどーやって防げばいーってんだよ。ふざけやがって」 


 心のそこからの叫びのようにそんな言葉を搾り出すと、安堵した表情でランは自分の席へと戻っていった。


「そうだ、忘れてたわ」


 ランはそう言うと視線を誠達に向けた。その視線には先ほどまでの東和政府への怒りは消えて、むしろ見慣れた隊長である嵯峨の保護者としての諦めの色が誠にも見て取れた。


「済まねーが技術部の連中にベルルカン風邪が流行っててな……またあの『駄目人間』が千要の栄町の激安風俗店からいつもの伝染病を持ち込んできやがった。ベルガー、西園寺、神前。歩哨を頼めるか?第二小隊の連中はどうやら都心の事故渋滞に捕まったみてーでまだ帰ってきてねーんだ。それに帰ってきても今日中に訓練の報告書を提出させるつもりだからな。アンの奴の夜間中学の授業の邪魔になるのは避けてーからな。それにアイツ等はオメー等と違って厳しく接しても大丈夫みてーだから。日野も渡辺もアンも上官からは徹底的に扱かれてきたみてーだわ。多少きつく当たっても西園寺みてーにへそを曲げたりしねーからな」


 平時は部隊の入り口にある警備室にはいつも技術部員の誰かが詰めていた。シュツルム・パンツァーと言った市中に出回れば大被害を出しかねない強力な兵器を抱えている以上、警備にはそれなりの注意が必要なのは誠にも理解が出来た。そしてそこに人手が足りないらしいことをランは言いたいようだった。


「歩哨?どうせ入り口の警備室でゲートの上げ下げだけをやる仕事だろ?面倒だな……そんなの島田に休暇の連中を休日出勤手当をエサに呼び寄せさせればいいんじゃねえの?整備班の野郎どもは年中金欠なんだから喜んで飛びつくぞ」


 自分とは無関係な明らかに押し付けられた仕事にかなめは不服そうだった。


「あのなあ、オメー等本当に自分が仕事をしていると思ってるのか?整備班の連中はオメー等が出撃するたびに二日三日徹夜は当たり前で仕事してるんだぞ。特に西園寺。オメーの無茶な操縦でオメーの機体は大体オーバーホールに一週間はかかると島田の野郎が文句言ってきやがった。そのぐらい理解しとけ!」


 ランは見るからにやる気が無さそうなかなめをそう言ってなだめすかした。


「それにだ、どうせオメー等だけだと話し相手も欲しいだろうからアメリアにも歩哨の件は頼んでおいたからな。アイツはアイツで何か考えがあるらしくて喜んで引き受けてくれたぞ。一応、ゲートの警備室の歩哨を配置するのはうちの規則で決まってることだ。あそこを空にしとくわけにはいかねーんだ。ただ、ゲートの上げ下げするだけの簡単なお仕事くらいできるだろ?しかもアメリアと言う何かあったら責任を全部押し付ければいー上官まで付けてやろーってんだ。アタシは気が利く上司だからな」


 アメリアの言いたいことは要するにカウラの誕生日の名を借りたクリスマスパーティーの件だろう。誠にもそのことはすぐに察しがついた。 


「面倒くさいねえ……アメリアの話なんざどうせろくなことじゃねえんだ。アメリアの起こすドタバタに巻き込まれるのはパーラだけで十分だってえの。それに責任をあのトラブルメーカー本人が引き受けるわけねえじゃん。全部アタシ等に押し付けてとんずらだ。ああ面倒くさいの」


 かなめは頭を掻きながらそう言って苦笑いを浮かべた。


「カウラ!そう言うわけだ。とりあえず歩哨の任務を優先してくれ。報告書は明日でも良い」 


 諦めたランはそう言うと腕の端末に目を向ける。


「20時まで、ゲートで歩哨任務につけ!」 


 ランはやる気のないかなめを無視してカウラに向けてそう命令した。


「は!20:00時までゲート管理業務に移ります!」 


 立ち上がったカウラに大きくうなずいて見せてランは颯爽と部屋から出て行った。にんまりと笑った誠とかなめはそのまま立ち上がると出口で敬礼してそのままカウラを置いて廊下に出た。


「あ!お姉さま!ただいま戻りました!」 


 声をかけてきたのは巻き込まれた事故渋滞からようやく解放されて遅れて到着した第二小隊小隊長の日野かえで少佐だった。そのまま走り寄ってこないのは明らかに彼女を見てかなめの表情が冷たくなったからだった。だが、実の姉であるかなめに苛められたいというマゾヒスティックな嗜好の持ち主のかえでは恍惚の表情で立ち去ろうとするかなめを見つめていた。誠も出来るだけ早く立ち去りたいと言う願望にしたがってかえでの後ろの第二小隊隊員渡辺リン大尉と『男の()』アン・ナン・パク軍曹を無視して、そのまま管理部のガラス窓を横切りハンガーへ降りる階段へと向かった。


「声ぐらいかけてやればいいのに。折角貴様の為に急いで帰って来たと言うのに」 


 追いついてきたカウラの一言にかなめはさらに不機嫌になったようにカウラにらみつけた。


「そんなことしてもつけあがるだけだ。それに奴も喜んでる。いわゆる『放置プレイ』と言う奴だ。これこそがアタシが『女王様』であり続けられる極意なんだよ。マゾはよりマゾなほど『放置プレイ』は効果的なんだ……カウラもSMクラブで一週間も『女王様』をやれば分かることだ……ってオメエにゃ務まんねえな。ボンテージ姿の胸が洗濯板の『女王様』なんて喜ぶマゾ豚はいねえからな」

挿絵(By みてみん)

 かなめは冷たくそう言って歩みを速めた。その表情を見てさすがのカウラも目をそらした。


 外へ出ると、門灯の橙が冬の闇ににじんでいた。


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