第8話 金星の副作用
本庁舎に向かう通路の床は冬の冷気で薄く冷え、換気口の風が書類の端をめくった。
カウラは何か言いたそうなかなめを無視すると突然立ち止まり、誠に向けて小隊長らしく姿勢を正して身構える誠の顔を見つめた。
「いよいよ東都警察の法術部隊が本稼働だ。あの『同盟厚生局違法法術研究事件』では自分の無能を晒して見せたようなあの連中だ。それなりに実績を上げないと我々を見下してきたこれまでの態度を維持することができないだろう。司法局としては東都警察の面子は立ててやれという話は一機動部隊の小隊長である私にも来ている。司法局の本局の意向は我々にあまり目立つことはしてほしくないらしい。『当面は初動を警察優先、我々は待機』との指示があった。まあ、西園寺を放っておくと何をするか分からないというのが本局の本音なんだろうな。東都警察もあの事件で完全に自分の虎の子だった法術対策部隊が全国放送で役立たずだと晒して見せたようなものだ。そうなれば組織の威信にかけてその捜査範囲が被る法術特捜の捜査を代行することぐらいは買って出るだろう……法術特捜……特に嵯峨警部たちの負担も軽くなる……そうなればその捜査協力が任務の一つである我々の出番も少なくなるはずだ」
いかにも組織人らしいカウラの言葉に誠は思わず聞き返した。
「じゃあ茜さんは本部に異動になるんですか?あの人が居ないとまた隊長室が滅茶苦茶になって……まあ、偉い人の命令には逆らえませんから。僕もこの半年でその事はよくわかりました」
諦めたように『駄目人間』である『特殊な部隊』隊長の嵯峨の保護者である娘の茜がこの豊川から東和共和国の首都であり同盟司法局の本局のある東都へ茜が異動するのは当然のようなことに思われた。しかし、カウラは首を横に振って誠の杞憂を打ち消して見せた。
「神前、東都警察は自分で手柄を立ててその存在意義を示したいんだ。そうなればあの事件でそのキーをすべて開けて見せた嵯峨警部が東都に来ることを望むわけがない。司法局も真正面からその本部のあるこの東都の警察組織に対抗しても何の得にもならないことくらいは分かっている。東和共和国警視庁の警視総監の顔は立てて本部には法術師としては最低能力のとりあえず法術は使えますという程度の人物を本部長に据えて組織の形だけは作って東和警察の顔は立てようとするだろう。嵯峨警部はとりあえず司法局もあまり信用していない隊長の監視と言う名目で引き続きこちら駐在することになる予定らしい。要するに、司法局の手柄は『組織の手柄』と言うことだ。本局も東都警察にはそれなりの手柄を与えてそれでも対応できなければ我々の出番になる……組織と言うものはそう言う物だ。貴様も理解しておいた方がいい」
カウラはそう言うと巨大組織に身を置く自分と言うちっぽけな存在に無力感を感じている誠の肩を叩いた。
「神前、世の中なんてそんな風にして回るもんだぜ。自分が法術師で東都警察のとりあえず空が飛べますよと言うことだけが自慢の法術対策部隊の連中より強いからって何の自慢にもなんねえんだ。連中はこの国の警視庁から特別に目をかけられている存在だ。うちみたいにどこに行っても白い目で見られる『特殊な部隊』とはわけが違うんだ。そこんところを頭に入れておけ」
これまでの非正規部隊で使い捨て要因として酷使されていた過去を持つかなめの言葉は誠にはあまりに説得力があった。その腕を組んで肩をすくめる姿にも自分のあまりに弱い立場を誠に自覚させるのには十分だった。
「でもそれって西園寺さんがやたらと銃を撃ったり、アメリアさんが明らかに上の指示を無視して勝手に仕事をサボったりするせいでは……」
誠は『特殊な部隊』がそう呼ばれ続ける理由の最大原因の二人の女性隊員の名を上げてそう言った。
「なんだよ、神前。随分と絡むじゃねえか。そんなもんはタダの偉い人の口実だ。必要とあれば銃を抜く。そんなもん武装警察なら当たり前の事だろ?仕事がねえから関係ないことをする。これも仕事を振らない司法局や県警の上層部へのアメリアなりのただの嫌がらせだ。なんでそんな上のご機嫌を気にしなきゃなんねえんだ?アタシ等はやるべき時にはやるべきことをやってきた。それでも評価されない……まあ、組織ってのは大体そうだ。部下の星は上の星。役に立たなきゃ黙って遊んでろってのが上の意向らしいや。そんなもんを覆したいとオメエが思うならそんな考えを覆すくらい強くなるしかねえ。そのくらい強いのはランの姐御くらいなんだが……姐御は遼南内戦でやり過ぎたからな。上もランの姐御直々に動くのは正直気乗りしねえみたいなんだ」
かなめの組織論はあまりにまっとうだが、それゆえに自分達がのけ者にされているという現実を実感して誠は唇を噛んだ。
「確かにそうかもしれませんね。東都警察もこの遼州圏一治安の良い東和の首都を400年間守って来た意地があるでしょうから……でも東都警察が僕達が担当するような事件を全部片づけたら、うちの出番はなくなるじゃないですか?それじゃあうちの存在意味はなくなりますよ?」
そんな誠の問いにカウラはため息をついて真面目な視線を誠に向けた。
「東都警察の管轄はこの遼州一の治安を誇る東都の一部に限られる。その一歩でも外に出れば彼等には何の権限もない。その領域外やシュツルム・パンツァーなどの軍事兵器を相手にしたら東和警察の法術対応部隊などまるで意味がないんだ。そうなれば我々の出番だ。そのためのシュツルム・パンツァーだ。貴様の05式でのシミュレータ訓練が何のためのものか……神前はそのあたりを自覚するべきだな。もっとも、第二小隊の機体は来年4月まで納入されないらしい。予算が年度内はどうにもならないと言うことを高梨参事が漏らしていたのを聞いた。それにたとえ予算がなんとかなったとしてもやっぱり05式のあの機動性の無さは出動の際に問題になるので小改良を加えたものを納入したいと隣の工場が言ってきたらしい。まあ、小改良程度であの重い05式にどれだけ機動性を持たせられるかは疑問だが」
誠はカウラの言った第二小隊の機体の納入が遅れる話に驚きを隠せなかった。
「4月ですか!それまで第一小隊だけでなんとかやれってことですか?これまでの出動だってギリギリの対応だったんですよ。せっかく人材がそろって楽が出来ると思ったのに。これ以上法術がらみでシュツルム・パンツァーに乗るのは勘弁ですよ」
誠は本心からそう思っていた。出動するたびに感じる命の危険。気の弱い誠にはそのストレスに耐えるのは苦痛以外の何物でもなかった。
「これまでの軽い出動くらいで泣き言か?この程度の危なさなんてアタシがくぐった修羅場に比べたらお散歩みたいなもんだ。要は神前には気合いが足りねえんだ。最近、乗り物酔いがマシになったからっていい気になるんじゃねえ」
『東都戦争』と呼ばれた特殊部隊とシンジケートの入り乱れた非正規戦を経験しているかなめにそう言われてしまえば、誠に返す言葉は無かった。
「これから3月までの間は、我々だけで危機に対応しなければならない。神前、貴様も気合いを入れていけ」
カウラはそう言って誠達を従えて廊下を歩きだした。
「4月までは僕達だけ……不安しか残らないな……」
誠は心に思ったことを口にしてすっきりするとそのまま歩みを早めるカウラの後ろをついて行った。
たどり着いた機動部隊の詰め所に向かう途中のハンガーには油圧の匂いと金属音が響いていた。床に落ちたレンチが遠くでからんと鳴る。
隊に一台しかない搬送トレーラーの運転席で西高志兵長がオリーブドラブの機体を見上げていた。それは05式特戦乙型。誠の機体だった。
運転席で積み込み作業を年上の整備班員達に指示していた西が誠達シュツルム・パンツァーパイロットの存在に気付いて振り向いた。
「お疲れ様です!室内戦闘訓練は大変だったでしょ?僕達も毎回室内戦闘の仕上げとして隊長と一戦交えるんですが……隊長のやり方はあれは卑怯を通り越して邪道ですよ」
『特殊な部隊』が本来はいわゆる『特殊部隊』と呼ばれる白兵戦等まで念頭に置かれた精鋭部隊である以上。整備班員も室内戦闘の訓練がパイロットで白兵戦等の可能性が高い誠達ほどではないがある程度の頻度で行われていた。その度に相手をする嵯峨に一方的に殲滅され自分の無力さを思い知っている西はそう言いながら誠達に笑いかけた。
「それより神前さん。この機体、本当に人気が有るんですね。なんと言っても『同盟厚生局違法法術研究事件』でテレビカメラの前で東和陸軍の誇る最新鋭の07式をものともせずに叩きのめしたおかげですっかり大人気らしいですよ。甲武出身でネットには強くない僕でも検索してすぐに見つかるぐらいネットで大人気みたいですから。それにそこに出てくるのはすべてこの塗装と左利き仕様って決まってるんですから。どのモデラ―も腕を試そうと細かいところまで見事に再現してますよ。日頃こいつを一番いじってる僕さえ感心するくらいですから。特に05式広域鎮圧砲の発射場面なんかは相当人気らしくて。アンと一緒にヒット数の多い画像を調べたんですが数千件はありましたから」
自分の機体を一番気にしてくれていてその機体の状況を一番理解している西の誉め言葉に照れ屋の誠は頭を掻くしかなかった。
「そんな……別に僕は人気者になりたくて乗ってるわけじゃないんだけど……まあ、確かに今でも僕の戦車のプラモの画像にコメントが付くと嬉しいのは確かなんだけど……実際操縦している身としてはそんなことを考えたこともないよ」
謙虚にそう言ってみた誠に刺すような視線が突き刺さった。その持主はかなめだった。明らかにへそを曲げた時のわがまま姫らしいふくれっ面で誠を見上げて来るかなめの視線が誠には痛すぎた。
「はいはい、人気者は羨ましいですねえ……アタシの狙撃型は模型屋でも売れ残ってるってアメリアが言ってたな。大体、そんな英雄なんて早く死ぬもんだとランの姐御は言ってたぞ。それこそランの姐御ぐらい『人外魔法少女レベルの人類最強』じゃねえと生き残れねえのが戦場の掟だ。今のうちに浮かれとけ……安心しろ、そん時は不人気なアタシ等が骨は拾ってやるから」
誠を褒めたつもりが整備班の恐怖の対象である『女王様』のかなめの機嫌を損ねたと察して西が冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべる。
「そんな、西園寺大尉の機体もコアなうちのファンは見てくれてますよ。それにベルガー大尉の電子戦装備も二、三回見た記憶があります。あの『近藤事件』で法術の存在を知らしめたことは遼州圏でも地球圏でも知らない人はいないんですから。見てる人は見てるんですよ。三人そろっての第一小隊です。整備班のみんなも三人のコンビネーションは見事だって言ってますよ。まさに信頼ってのたまものだって。そういうもんですよ」
半分世辞交じりとは分かっていたが、誠達は西の言葉にそれぞれの機体を仰いで小さく呟いた。これまでの出動ではそれぞれに成果を上げている。その自覚と自信は三人に言葉にならない信頼関係を生み出していた。
「確かにこれまでは西の言うようにカウラさんが指示を出して西園寺さんの援護を受けて僕は戦ってきて勝って来た……でも本当に、これからもそれが続くのかな……それ以前に僕達のしてきたことって本当に世の中の役に立ててるのかな……」
誠は自分の東和陸軍の標準色に『大一大万大吉』の白い部隊章が刻印されただけの自分の機体を見上げてそうつぶやいた。
「……そうか、明日から下志野駐屯地の基地祭だったか。西の言う通りなら神前の機体の周りには人だかりができるだろうな」
特に関心は無いというようにカウラは誠の機体を見上げた。
「そんな、人気者なんて……でも基地祭でサインとか求められたらどうしましょうか?僕にはそんなのありませんよ」
誠は戸惑いつつかなめに向って訪ねた。
「別に好きに書けばいいんじゃねえの?アタシは関係ねえし。それにいい気になってる奴ほど早く死ぬのが戦場の掟だ。今のうちに良い思いしとくんだな」
かなめはそれだけ言うと誠に背を向けて機動部隊の詰め所に向かう廊下を歩いて行った。
「そんなひどい事言わないで下さいよ」
泣き言半分に誠は置いて行かれまいとかなめの背中を追って機動部隊の詰め所のある本館に向けて歩き出した。
「なんだ?君達。帰ってきてたのか。隊長は……まだなんだな」
用件を済ませた高梨が、階段を上がってくるところだった。東和軍の背広組みのキャリア官僚として予算を使って嵯峨惟基の首根っこを押さえる総務会計総責任者『管理部部長』と言うのが高梨の役目だった。
そのずんぐりむっくりした体型の小男が階段の上で待ち構えていた。
「ああ、すいません。先日の備品発注の件は……」
口を滑らすと平気で銃口を向けて来るかなめがこの場に居るので西は控えめに高梨にそう言った。
「それなら後にしてくれ!西兵長。島田君は?」
階段を急ぎ足で下りてきた高梨はそのまま西のところに向かった。取残された誠とカウラはそのまま面倒な話になりそうなので逃げるようにして上に向かう鉄製の階段を登り始めた。
階段を登りきると目に入るのはガラス張りの管理部のオフィスが目に入った。軍服を着た主計曹長の菰田邦弘やカジュアル姿のパートのおばちゃん達が忙しく働いているのが見えた。
誠は思い切ってこの人の好さそうな管理部長である高梨に思っていた疑問をぶつけることに決めて高梨の前に立った。
「どうしたんだい?神前曹長。深刻な顔をして」
善良な高梨は決して若い誠を軽んずることなく誠実にそう尋ねてきた。
「お聞きしたい事が有るんですけど」
誠の言葉に高梨はすぐに察したように誠が次の言葉を発しようとするのを止めた。
「第二小隊の機体の件だろ?あれだけは僕でもどうしようも無かったんだ。あれだけの金額は同盟機構の年度予算を組まないと購入できる金額じゃ無いんだ。だから、どうしても年度替わりの4月まで機体の搬入は出来ない。分かるよ、君の言いたいことは。隣の工場に機体があるのにそれを運ぶだけの作業がなんでできないのかと言うことだろ?それが事務屋の限界って奴さ。それをやろうと思ったらそれこそ政治家にならなきゃならない。あれだけの金額は政治的判断でもない限り動かせない金額なんだ」
聞きたいことのすべてを言われてしまって誠は黙り込んだ。
「政治的判断ですか……司法局って政治力弱いですものね。この前の同盟厚生局の時もだんまりを決め込む同盟厚生局の役人相手に茜さんは何も聞き出せなかったみたいですし」
誠はこの前の『厚生局違法法術研究事件』の際に茜を苦しめた司法局の役所の壁を思い出してそう答えた。
「そう嘆くばかりが能じゃないよ。これから4月までは問題が起きてうちで対応しなければならない事件があったとしても、機体を納入する金を惜しんだ同盟機構が悪いって話になるんだ。君達は何も悪いことはしていない。全責任は同盟機構で政治的発言が出来るレベルの人間のものになる。気楽に構え給え」
人の良い高梨はそう言って笑顔を誠に向けた。
「結局はここもお役所なんですね。いくら『特殊な部隊』と言っても予算まで『特殊』って訳にはいかないわけですね」
誠の気の弱い言葉に高梨は力ない笑みを浮かべる。
「本当に申し訳ないよ。せっかく僕が来た意味がこれでは無いようなものだからな」
第二小隊の機体の納入の件で一番責任を感じているのは高梨本人である。その事実に気付いた誠は自分が楽をしたいだけで第二小隊を待っていた自分を恥じた。
「3月までは第一小隊だけで頑張ってもらうことになる。君の負担が増えるのも分かっている。でも我慢してくれとしか僕には言えないんだ。すまないね」
そう言うと高梨は力なく笑って去っていった。
誠は一番悔しい思いをしているのは高梨自身なのだろうと察して彼の後姿を見送ることしかできなかった。




