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第7話 趣味が先、仕事は後(ダメ!ゼッタイ!)——誕生日って何だ?

 アメリアを放っておくとろくなことをするはずがないので誠もかなめもカウラもしばらくデバッグ作業をするアメリアの背中を眺めていた。交換時期が近いというように点滅する蛍光灯の白が紙コップのコーヒーを薄く照らし、モニターのファンが低く唸った。乾いたカップ麺の匂いと人いきれが混じって重い。


 そんな雰囲気の中、部長であるアメリアがやる気満々でデバッグをしている姿を見れば他の疲れ果てた運航部の女子達もアメリアの趣味に強制されている作業に集中するほかない。誠達はひたすら彼女達には同情するしかなかった。


 やる気満々のアメリアはルカの席に座り、デバッグをしながら時々うなり声を上げたりうなずいたりしながら作業を続けていた。あの真正のマゾヒストであるかえでの助言でアメリアが書いた台本の内容は現実にやれば完全に犯罪なレベルの加虐シーンばかりだった。原画作成を押し付けられてうんざりしていた誠は楽しそうに作業を続けて時々鼻歌まで歌うアメリアの神経を疑っていた。

挿絵(By みてみん)

 そんなアメリアが急に作業を止めて、ぼそりとつぶやいた。

 

「15日、ねえ……今日は15日なんだ。なるほど」


 かなめが感心深げに天井を見上げるアメリアを見つけるとこれまでの経験からアメリアがまた珍奇行動に移ると察してその隣の今は射撃訓練の名のもとにこの地獄から逃げ出した女子の席の空いている椅子に腰かけてアメリアをにらみつけた。

 

「言いたいことがあるならはっきり言え。それとそのシーン……本当にかえでは望むのか?本物の『女王様』だったアタシだってこんなプレイは断る。まあ、アイツは原書でサド侯爵の作品を読みたくてフランス語を学んでネイティブレベルになって全巻読破してる真正のマゾだからな。アタシもサド侯爵の作品は和訳でしか読んだことがねえがその翻訳者があまりにもその内容が常軌を逸していて正視に耐えないほど変態的すぎて翻訳を諦めた作品があるほどのサド侯爵だからな。究極のマゾであるかえでがこれくらいのことを望んでも不思議はねえ」


 下手にアメリアを刺激するとろくなことにならないと悟っているカウラは逃げ出すタイミングを計りながら腕時計を一瞥して二人を呆れた目で見つめていた。

 

「西園寺、余計なことを言って面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ……かと言って明石中佐はしばらくは先ほど神前が送った報告書を熟読している事だろう。その時間を考えて詰め所に戻るタイミングを計っていたが、ますます戻りづらいな」


 カウラはそう言って逃げ出すタイミングを失ったことを悟ったようだった。かといってこれ以上アメリアに巻き込まれるのは御免だ。誠、かなめ、カウラの本音はそんなところにあった。


「戻りづらいの。じゃあしばらくゆっくりしていけば?それより先週で同盟厚生局の件も片付いたし、年内の運航部の正規任務は空白なのよねえ。それに千要県警も去年警備任務の際にかなめちゃんが暴走族の集会に乱入して銃を撃ちまくって大暴れしたから各神社の初もうでの警備をうちに頼んでくるようなことは考えられない……と。つまり……私と誠ちゃんはフリーな訳。わかった?」


 隣に座ってアメリアの手慣れたデバッグ作業を見つめているかなめに向けてアメリアは画面から目を離さずにそう言った。


「アメリア、素直に神前を巻き込んで遊びたいって素直に言えよ。どうせ、神前だけだとアタシとカウラが邪魔しに来るからカウラをだしにクリスマス会やりたいんだろ?面倒な言い方はよしにしようや」


 アメリアの隣の席でニコチン切れで不愉快極まりないという表情のかなめがアメリアの妄言を鼻で笑った。


「アメリア、その反省ゼロのリアクションはライブでも受けないって言ってるでしょ。客だってそこまで芸人を追い詰めるコーナーを作ったらドン引きするに決まってるじゃないの。今だってこうして一番手間のかかる作業は私たちに押し付けて、自分は遊ぶことばかり考えて一番楽なデバッグだけしかやらないなんて……それでも本当に運航部部長としての自覚はあるの?」

 

 その間も人格面は別として部下としての立場上、アメリアが作業に没頭しているためにサボることが許されないというようにサラはネットに上げる伏字だらけのゲームの内容紹介の原稿を打ちながら、疲労のためにいつもなら飛び出すおバカ発言さえ封印されているサラは真面目にそう言った。


 その言葉に何かを思い出したようにアメリアは手を止めるとかなめを見つめ、次に戸口で待ち続ける誠とカウラに目をやった。

挿絵(By みてみん) 

「じゃあ、三人には上官である中佐として宿題を出すわ!サラやパーラみたいに部長である私を尊敬するどころか病原体扱いする人員を除外したクリスマス企画を考えてくる!私は東和海軍だけじゃなくてゲルパルト宇宙軍にも軍籍が残ってるのよ……その顔、かなめちゃん何か言いたそうね?もし異議があるのならそれはかなめちゃんの国、甲武と前の戦争で同盟国だったゲルパルトの国際問題よ!ハイ!素直にアイディアを出して遼州圏に平和をもたらしましょう!」


 満面の笑みでアメリアはそう言って立ち上がった。


「人に注文出すだけ出して自分は逃げるのか?さすが中佐殿は格が違うねえ……」

 

 そのままくるりと背を向け、部屋を出ていこうとするアメリアにかなめは嫌味のつもりでそう言った。


「ちょっとお手洗いよ、我慢してたんだから。それにかなめちゃん達も私が居るとこの部屋を出にくいでしょ?私なりの気遣いって奴よ」

挿絵(By みてみん)

 そう言うとアメリアはカウラと誠の脇をすり抜けて部屋を出て行った。


 一番の騒動の主が去り、部屋にはファンノイズだけが残った。


「何が気遣いだ。余計なお世話だ!どうせまたアタシ等が何を言っても全否定するに決まってるんだからな!誰がそんなもん考えるかよ!」


 アメリアの上から目線の態度に怒りが沸点まで達していたかなめが乱暴に椅子の背もたれを叩くと立ち上がった。

 

「まったく、アメリアの奴はいつもこうだ。何が宿題だ!確かに去年、アタシが県警の馬鹿共と揉めたのは事実だけど、そんなの関係ねえだろうが!ちゃーんとクバルカの姐御の予定表には第一小隊は待機ってことになってるんだぞ……そんくらい考えろってんだ!」


 腹立ちまぎれに部屋を見回し、こういう時は誰でも構わず噛みつくかなめに恐れをなして目を逸らすサラやパーラを置いてかなめが部屋を出て行った。


 そんなかなめは本当に何をするか分からないのでそれを止めて最低限でも喫煙所で愚痴を聞く程度の状態に持って行こうと誠が続こうとしたとき、カウラがこちらを見た。


 カウラの目には疑問符ばかりが山のように浮かんでいるように誠には見えた。

 

「アメリアが勝手なのは知っている気にするな。それより、神前。誕生日って、何をするものなのだ?少し教えてくれないか」


 とりあえずドアの前で立ち尽くすのも邪魔なだけなので誠は部屋を出て錆付いた階段を下りながら一拍時間をおいて考えてみた。カウラはその後を続きながら顔には理解不能な出来事に出会った困惑の表情を浮かべていた。

挿絵(By みてみん) 

「そうですね……誕生日って、要するに『その日はあなたのために時間を使う』っていう約束みたいなものです。普通の誕生日と言うものはごちそうを食べたり、歌を歌ったり……僕の知ってる範囲ではそんな感じですね。ごちそうや歌は手段で、主役が『あなた』になる日らしいですよ。僕は8月生まれで夏休みな上に友達が少ないんで友達が遊びに来たりとか言うにぎやかなものは経験したことが無い……から一般論しか言えないですけど」


 誠の少し寂し気に自分の誕生日を語る誠の態度にサラに疑問が増えたという表情でカウラは首を傾げた。

 

「ごちそう……歌……そんなものはどこでもできることだ。別にその『誕生日』とやらに特別にやる事ではないだろう。月島屋だってたまに隊員の様子を見に来ると言ってクバルカ中佐が来るときは、前もってパーラが女将に連絡を付けて地鶏の鳥刺しを全員に配るというごちそうが出る。それにその時はいつものクバルカ中佐の趣味に合わせて昭和任侠映画主題歌縛りのカラオケを全員に強制される訳だから歌も歌っているぞ。それだったらその度に誰かの誕生日でなければいけないはずだ」


 カウラにとっては上官を特別に接待するということと、自分達が楽しむために飲んで騒ぐことの区別がついていない。誠はカウラの言葉からそんなことを感じて不思議そうな顔で自分を見つめるカウラに向けて自分で出来る最高の笑顔を作って見せた。


「いえ、そう言う物とはちょっと違って……いつもと同じで、少しだけ違う日。少なくとも、僕はそんな感じでした。同じごちそう。同じ歌。でも、何かが違う。それが本当の記念日。カウラさんの場合は誕生日なんです」


 誠はそう言ってカウラに笑いかけるが、カウラはまだ今一つ納得がいっていないようだった。


 誠達は別棟の宿直室から本部棟に入り廊下を機動部隊の詰め所に向った。


 そこへ、トイレから帰って来たらしい廊下の向こうから廊下の向こうから、アメリアの長身と青い長い髪が目に飛び込んできた。アメリアは『ラスト・バタリオン』の強化された聴力で誠達の会話をすべて聞いていたらしく天真爛漫とした笑みを浮かべているのが誠には何か起きる前兆のように感じられた。


「地球人の国、ヨーロッパ文化圏のゲルパルトではクリスマスと言えば恋人と子どものもの!私はゲルパルト生まれ!だからクリスマスを満喫する義務と権利があるのよ!カウラちゃん。誠ちゃんを一日貸して?」


 平然とそう言うアメリアを見てそれまで困惑の表情を浮かべていたカウラの顔が自分の事しか考えないアメリアに対する敵意の色に染まった。

挿絵(By みてみん)

「アメリア。ここはゲルパルトではない。東和共和国だ。それに先ほどは貴様も今回のイベントは私の誕生日であってその日がたまたまクリスマスであるというだけだと認めていたな。貴様が神前を一日独占するだけでは私が不愉快になるだけだ。そのようなことを私が許すと思ったのか?……それは私の『日』だ。誰かに奪われるのは嫌だ。貴様のその日が分からないのは理解できるが、それはそれ、これはこれだ」

 

 怒りに震えるカウラを見てこんなことならかなめと一緒に喫煙所に行くべきだったと迷っていた誠の視界にタバコを吸い終えたかなめが帰ってくるのが見えた。

 

 こちらは大声でのアメリアとカウラの言い争いを聞きつけていたようでかなめの顔にはいかにも偉そうな笑みが浮かんでいた。

 

「アメリア。恋人のための日?おばさんがでかい口叩くじゃねえか。それにここは『モテない宇宙人』の国東和だぜ……『恋人達と子供達の為のクリスマス』?恋人もいねえ、子供はほとんど居ねえ、そんな東和でそんなもんが流行ると本気で思ってるのか?おめでてえな」

 

 皮肉を言いきって満足したようにかなめが肩をすくめる。誠はこのまま女性三人による全面対決だけは避けようと考えを巡らせた。


「じゃあ、甲武のクリスマスはどうなんです?あそこも元地球人の国じゃないですか?聞きたいなあ……僕は東和の遼州人ですし旅行なんてほとんどしないので」


 誠の必死の話題転換にため息をつくとかなめはそれに乗るようにアメリアに冷たい笑いを向けた後天井を見上げて何かを思い出すような格好をした。

 

「確かに伴天連(ばてれん)のほとんどいねえ甲武のそれと比べても東和の伴天連冬至はパッとしないな。東和の百貨店は年末セールに備えて何のイベントもしねえし、テレビをつけてみても年末特集ばかりでもうすでに来年の話ばっかりで特別なことは何一つねえ。その点、甲武の方がまだ華やかだ。あの国にも少数だが伴天連は居るからな。しかも伴天連の国ゲルパルトと同盟国だからクリスマスの情報は嫌でも入ってくる。それに上流階級の貴族連中は昔から仲の良いゲルパルトの偉いさんを招いての社交界が連日連夜続くわけだ。東和とはまるで違う世界だ。甲武の平民の方がクリスマスの認知度は東和より高いのは間違いねえ。まず、神前。オメエだってクリスマスという日が存在すること自体今日初めて知ったくらいじゃねえか。甲武じゃどんな田舎でも『伴天連冬至』という日が存在して伴天連が騒ぐということくらいはみんな知ってる」


 得意げに甲武のクリスマスの華やかさを語るかなめを見て誠は苦笑して、東和でも一部、クリスマスを大歓迎する業界が有る事を思い出した。


「……それでも、今回は『カウラさんの誕生日』です。そこだけは外したくないです」


 いつもには無い強い調子の誠の言葉にかなめは明らかに嫌味に満ちた視線を浴びせてきた。


「でも要するに伴天連冬至だろうが。そんなもんを喜ぶのは東和では数少ねえんだ。オメエの誕生日?カウラの誕生日?そんなもんアタシの知ったことかよ」


 相変わらずのひねくれた調子でそう言うかなめを前に誠は口ごもらざるを得なかった。

 

「でも隊長は喜んでましたよ。その時期はこの東和でも風俗のサービスが良くなるって。嬢も着飾って迎えてくれるって言ってましたし、一月限定の割引クーポンがもらえると……」


 誠の東和で唯一クリスマスを喜んでいる業界である風俗業界とそこに入り浸る嵯峨から与えられた取ってつけたような知識にかなめはうんざりしたような顔をした。

 

「神前、空気読めよ。ここでなんで叔父貴の話が出て来るんだ?本来はカウラの誕生日を祝うはずだったんじゃねえのか?あの『駄目人間』が喜ぶだけの記念日なんて必要ねえ!それに東和でクリスマスを祝ってるのが風俗嬢とキャバ嬢とホストとその客だけなんてことが地球圏の連中にバレてみろ!すごく恥ずかしいことだぞ!」


 かなめは明らかに呆れ果てたように誠をにらみつけてそう言った。


「それにだ。それは金持ちのモテない連中だけの為のサービスなんだ。あの小遣い3万円の『駄目人間』である叔父貴に、稼ぐ気満々の特別サービス付きクリスマス価格が払えるかよ?そんくらい考えろ」


 あきれ果てたようにそう言うかなめに誠は余計なことを言ったと後悔した。


「西園寺。それで諦める隊長だと思うのか?先日、隊長は人目も気にせず法術特捜の執務室の前の廊下で娘の嵯峨警部の前で土下座していたぞ。どうせ季節の出費だ……あそこまでされれば嵯峨警部も臨時の小遣いぐらい出さないわけにはいかないだろう。隊長にはプライドは無いが実の親に土下座をさせるという光景を周りに見せつけて嵯峨警部のプライドが傷つかないわけが無い。たぶんいくらか隊長は金を手に入れたことだろう」

 

 カウラがそう言うので誠は恥も外聞もなくお堅い娘である『特殊な部隊』に併設されている法術特捜主席捜査官である娘の嵯峨茜に頭を下げる情けない嵯峨の姿が目に浮かんだ。



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