第6話 待機は任務——『兵隊やくざ』明石中佐、来襲
「じゃ、がんばれよアメリア!私らは報告に行くかんなー!」
かなめが背後からアメリアの襟首をつかんでそう言った。
「なによ、最後まで手伝ってくれるんじゃないの?」
明らかに不服そうにアメリアはさっさと逃げ去ろうとするかなめに向けて詰問するような口調でそう言った。アメリアにとって趣味こそが人生。仕事はその為の資金を稼ぐ手段でしかない。誠はこの数か月でアメリアのそんな思考回路を完全に理解していた。
「あのちっこい姐御は挨拶・礼儀・報告にうるせえんだ。後で揉めると面倒だろ?あのパワハラ『人外魔法少女』はサイボーグは走れば走るほど生体部品が消費するとか関係ねえんだ。ああ、神前は良いや。オメエは走ればそれだけ筋肉が付くから」
結局こちらも自分の事しか考えていないかなめはそう言って誠とカウラを置いて軽く手を上げて部屋を出て行こうとした。
「でもランちゃんは今日は非番じゃないの?一応、直属の上司じゃないの。そのくらいの予定表ぐらい覚えてるわよね?」
アメリアはかなめのサイボーグの電子の脳が忘れるということが無い事を知っているので要するにこの雰囲気からかなめが逃げたいだけなんだと察して眉をひそめた。
「ああ、姐御は居ねえよ。代わりに前任者である明石のタコが視察に来てる。帰ったら即報告だとメールも来てた。姐御の代わりにあのデカい禿げ頭に一言いえばアタシ等の仕事は終了ってわけだ。アメリアの勝手にやってる趣味になんか付き合ってられるかよ」
かなめは振り返るとそう言ってアメリアを憐れむような目で見つめた。この場はすでにゲーム開発のための休憩室改め製作室であることは誰から見ても明らかだった。モニターの低い唸りと、人いきれのぬるい熱と画面に張り付く運航部の女子達の唸り声だけが響く。
かなめがそのまま最後までデバッグを手伝ってくれると思っていたかなめに見捨てられてうなだれ、かなめは勝ち誇ったような笑みを浮かべて立ち去ろうとした瞬間、建付けの悪いドアが突然開いた。
「おう、呼んだか。それとな、西園寺の嬢ちゃん、弾の無駄はやめとき。まずワシに報告してそれから今日の訓練レポートを作る。それもこの隊のちゃーんとした仕事やで。いくら弾は自前で出しとるから言うてもそんなのは資源の無駄や。あかん!それにアメリア。我も一応は運航部部長やろうが。待機中に何してるかは知らんが、まず報告や。報告書とレポートが先や。遊びはそのあとや」
開いたドアの向こうから現れたのはツルツルに反り上げられた坊主頭の長身の誠やアメリアさえも凌駕する2メートルを超える巨漢の持主だった。そしてそのトレードマークと化しているサングラスの下で笑ってそうかなめを窘めるのは、まさに明石中佐。誠が配属される以前にランの前任の副隊長兼機動部隊長だった男だった。
「タコ、なんでここに……説教ならやめとけよ。そんなに説教が好きなら軍籍抜いて甲武の山寺に行って住職にでもなれよ。鏡都大のインド哲学科出てるんだろ?それに実家はあの麗子が当主を務める田安徳川将軍家の菩提寺なんだ。前の戦争で住職が居ない寺なんて甲武にゃうんざりするほどあるんだから再就職先には困らねえだろ?なあ、良いアイディアだろ?」
かなめは見た目の割に説教好きで理屈ではランにすら匹敵する面倒な相手である証の登場に気まずそうに肩をすくめた。
「余計なお世話や!ワシは一度修羅道をくぐった身や。そんなワシに経を上げられても仏さんが浮かばれへん。それにワシがここにきてすぐに管理部へ挨拶は済ませるちゅうことで高梨部長とは話がついとる。今日は司法局自慢の最新鋭艦の実力を活かしきれへん駄目艦長に『待機中は遊ぶな』と説きに来たんや。それは元軍人、今は武装警察官の当然の職務や。ワシの実家の話は関係あらへん」
明石のどすの利いた関西訛りが、端末と人でごった返すこの本来は仮眠室であるべき部屋に響いた。
そんなまるでやくざ映画の一幕を思わせる迫力のある明石の言葉に引く誠だったが、アメリアがまるで聞きなれているというように肩をすくめるだけだった。
「随分とご立派なことをおっしゃりますねえ……元副隊長殿。さすが甲武国の最高学府を学徒出陣で無理やり卒業させられたとはいえちゃんと履歴書には『鏡都大学文学部インド哲学科卒業』と書かれていることはありますねえ。感心しますよ。でも……そう言えば、去年の千要草野球リーグの開幕戦でプレーに夢中でバックネットに激突して鎖骨を折ってしばらく包帯を巻いていたような私よりはるかに大柄の私を差し置いて四番キャッチャーを打ってた人がうちのチームに居たよな気がするんですけど……それはどこの誰でしたっけ?」
厭味ったらしいアメリアの言葉を聞くと明石のサングラスがわずかに傾き、誠が慌てて割って入る。
「まあまあ、二人とも落ち着いて!室内訓練の報告データは中央高速からの渋滞中にすることが無かったんで報告書は仮のものを僕がメールで送ってました!」
誠らしい気遣いを聞いてアメリアは満足げな笑みを浮かべ、明石は自分の胸のポケットから取り出した携帯端末でメールをチェックするとそこに確かに誠からの着信があることを確認して大きくうなずいてアメリアに向けていた視線を誠達へと向けた。
「ああ、来とるな……どれどれ……ほう……神前、書式は出来とるな……まあ、ワシもこれなら面子がなんとかなるわ。でも、アレやで。ここで読んでもワシも完全に理解できるほど嵯峨隊長みたいな天才ちゃうからそのままクバルカ中佐の机を借りてしっかり読ませてもらうさかいに。だから、それまで顔でも洗ってちゃんと顔出しだけでもしといてんか?それにしても……まるでわややんか……神前の報告書の出だしには酷い事書いてあるで。特に西園寺の嬢ちゃん。連携って言葉の意味を理解しとるんか?ワシも説教はしとうないが、これやったらほんまクバルカ中佐の説教もんやで……あちゃー……神前。酷いこと書きよるな……これをワシがクバルカ中佐に見せるんか?えらい面倒なこと引き受けてもうたわ、以上や」
明石は頭の上がらない東和陸軍はおろか遼州圏の中佐の中でも一番在任期間の長い先任中佐であるランに誠の歯に衣着せぬ報告書を提出することに頭を痛めながらそれだけ告げて踵を返した。
「いくら姐御と一緒のやくざ者とはいえ、一応アタシ等は軍事警察で、やくざ屋さんとは違うからなー、暴れんなよー!」
巨大な体を折りたたむようにして部屋を出ていく明石の巨大な背中に向けてかなめが冷やかすようにそう言った。
厄介者の明石が去ると同時に、アメリアがそれまでの明らかにやる気の無さそうな傍観者を気どる態度を急変させてぱんと手を打って満面の笑みを浮かべた。
「さて今日は……何日でしょう!はい!サラ!あなたも一応は『ラスト・バタリオン』でしょ?戦闘用人造人間なら日付ぐらいすぐに答えて見せる!それが常識!」
自分も同じ『ラスト・バタリオン』の癖にまるで学校の先生のように偉そうにアメリアは三日の徹夜で半分死にかけているサラを指さしてそう言った。
「12月15日よ!そんなのアメリアも知ってるでしょ?」
目の下にクマを浮かべながらもいつもの無茶振りに最後の力を振り絞って怒りをぶつけて見せるサラがそう叫びながら今にも倒れこみそうになる眠気に耐えるような目でアメリアをにらみつけた。一方のアメリアはその答えに満足するようにうなずくだけで何もサラ達を手伝うようなそぶりも見せない。
「さっきかなめちゃんに手伝ってもらったから良いけど、ルカのデバッグ、今日中に上げろって言い置いたのはあなたでしょ!そんな予定を切っておいて何よその態度!いくら部長でも部下に対する思いやりってものはアメリアには無いのね!」
誠は意外にそのまま倒れこみそうでいて怒りに任せるとなると平気でアメリアに食って掛かるしぶといサラに伊達に『ラスト・バタリオン』として生を受けた訳では無いと妙な感心をしていた。
その怒りの対象のアメリアは右手の人差し指を上げて軽く横に振り満面の笑みを浮かべていた。
「思いやりで作品は作れないわよ。それに同人ゲームの発売予定なんてユーザーもあてにならないことぐらい知ってるわよ。メインでダウンロードするサイトの営業担当にはスケジュールの余裕を見て連絡してるし……ご苦労様。まあ、早くできれば実際に私がプレイしてみてどれだけ興奮する傑作に仕上がってるか見たかっただけだから。それとどれだけかなめちゃんがドSの変態で妹を平然と史上最高のドM奴隷の調教したのかその成果を見たいだけだから」
アメリアのかなめのいつもの自己中心発言に匹敵する爆弾発言にこの部屋で作業中の運航部の『ラスト・バタリオン』の女子隊員達はそれぞれ自然にはあり得ない様々な色の髪を振り乱して中央に立つ紺色の髪のアメリアをにらみつけた。
特に最終作業のデバッグを任されていたルカはマスクで隠された口元の上の目をきっと見開いてアメリアをにらみつけ、デバッグで見つけた誤字の修正作業の手を止めた。
数秒の沈黙が流れ、普段は無口なルカの前の端末の画面上では修正を待つカーソルが点滅していた。
「誰がお前の性生活のために徹夜するんだ!最初から納入予定日を私達に知らせてから作業の予定を組め!アメリアの我儘に付き合わされるのはもうこりごりだ!こんなことなら峠の一つでも攻めた方がよっぽど楽しい!」
そう言うとルカはマスク越しに初めて声を荒らげ、椅子を引き倒して出ていった。
「あー、怒らせちゃった……どうするの?ルカなしじゃデバッグ作業は進まないわよ……他の子だってそれぞれ神前君の描いた原画の色指定をAIにやらせた奴の修正とかの仕事が有るんだから」
いつもアメリアに苦労を押し付けられてばかりの苦労人である進行を担当していた副長のパーラが額を押さえてがら空きになったルカの席に目をやった。
「これでデバッグ要員全滅ね……でもこれで作業を急かす人が居なくなったから少しは楽をできるかも……」
先ほどの怒りの爆発ですべての力を使い尽くしたような表情のサラは安堵の表情を浮かべながら画面を走らせる視線の速度を落とした。
「サラ、甘いわね。ルカがやらないなら私がやるわ。楽しみじゃない……誠ちゃんの原画がどんな動きになってるか……それに台本を書いた私が誤字脱字の修正をすればよりいい作品になる。私は転んでもただでは起きない女なのよ」
そう言ってアメリアはいかにも楽しそうにルカの座っていた席に座るとルカが中断した文字修正の為にキーボードを慣れた手つきで叩き始めた。
そのいかにも楽しそうなアメリアの顔を見て誠とカウラは顔を見合わせながら同じことを思っていた。
『アメリアの辞書に、やはり反省の二文字はない』
そのとき、誠の脳裏に『12月25日」が浮かんだ。
あの人は、静かに祝ってほしいと言っていた。
ゲームにまるで関心のないかなめは見つめあう誠とカウラを見ながら当たり前だというような顔をしてドアノブを握って頭を掻きながら時間を潰していた。




