第59話 前夜祭は甲羅でドン
「おい、アメリア……オメエは目の前の状況を説明する責任がある……違うか?」
後部座席から、助手席で伸びをするアメリアにそう言った。
「なに?責任?なんでそんなものが私にあるとかなめちゃんは思うの?」
かなめが身を乗り出して道場の庭に停められたレンタカーとわかるナンバーのマイクロバスを指差した。
「あれはなんだ?マイクロバスから変な髪の色をしたどう見てもオメエの周りのブリッジクルーの女としか見えない人間が降りてきてる……あのピンク髪の女はサラにしか見えないな?今日はアイツは仕事じゃないのか?」
カウラがそう言った瞬間、道場から駆け出してきたピンク色の長い髪の馬鹿っぽい女性の姿が目に入った。カウラの言う通り誠にもそれは運航部のピンクの髪の馬鹿娘サラ・グリファン中尉その人にしか見えなかった。
「カウラちゃん!」
運航部のブリッジクルーの一人で運用艦『ふさ』の管制担当のサラが手を振っていた。その後ろでは水色のショートヘアーの同じく副長のパーラ・ラビロフ大尉が待っていた。そして彼女等に続いて変わった髪の色のブリッジクルーの女性隊員達がマイクロバスから降りていた。オフなので当然全員私服を着ていた。
「降りろ、神前!緊急事態だ!あの馬鹿女が連絡もせずにアタシ等の休暇に乱入してきたってことは何か考えがあるってことだ!どうせ連中のことだからろくなことじゃねえ!」
そう言ってかなめが足を蹴り上げるので誠は状況がつかめないままカウラに続いて車から降りた。
「全く西園寺の足癖の悪さには困ったものだ。人の車だと思って乱暴に扱って」
かなめの態度に呆れながらカウラは狭い後部座席から降り立った。
三人はなぜ彼女達がここにいるのか不思議に思いながらニヤニヤしながら自分達を見つめているアメリアに視線を移した。
「ああ、カウラちゃんの誕生日でしょ?たくさんで祝ったほうが良いって非番の人全員出来たのよ。ああ、私は当直だったけど、正人に頼んで交代してもらったの。技術部の『金に困ってる人』と。偉いでしょ?」
アメリアの隣に並んだサラが満面の笑みでカウラを見つめていた。
「そう言うわけなのよ♪お祝いするの人が多い方がカウラちゃんもうれしいですものね?みんなでお祝いしましょうよ♪」
アメリアは運航部の大半が揃っている状況に満足したようにうなずきながらそう言った。予想通り先日のエロゲ騒動でキレてアメリアとは口も利かない状態になっているらしいルカの姿はその中には無かった。きっと愛車の『ハチロク』で今の時間は峠を攻めるために北関東に向っている事だろう。
「オメエ等、マジで社会人としての責任感とかは……いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。アメリアの部下が務まる時点でそんなものとは無縁なのはアタシにも分かる。それにしてもだ。仕事の方は本当に大丈夫なのか?年中遊んでばっかりで……オメエ等本当に暇で良いな。羨ましい限りだ」
さすがのかなめも心配そうな表情を浮かべた。
「ああ、例の隊長のシュツルム・パンツァーの起動実験と実戦での稼働準備を含めた武装等の調整があるでしょ?ともかくしばらくは整備班はあれにかかりっきりでとても他の機体の面倒なんて見る余裕もないから運用艦『ふさ』を動かすことは無いだろうと言うことで私達暇だったのよ。でも……」
パーラはそう言うと隣のサラを見つめた。整備班班長の島田と付き合っているサラの表情はさすがに冴えないものだった。
「まあ島田先輩は休めないでしょうね。名目だけとはいえ技術部長代理ですから。今回の起動実験の後始末の全責任は島田先輩に有る訳ですから。これは正月も続けて出勤になりそうですね、島田先輩」
誠の言葉を聞くとサラはそのまま静かに頷いた。
「こんなに来て道場で雑魚寝でもする気か?それに明日じゃねえのか?こいつの誕生日?」
かなめはパーラ達にいかにも厄介者がやって来たと言うような態度でそう言った。
「だって……明日だと私が出れないでしょ?それに今日もパーラが運転してくれるから夜には帰るから雑魚寝は無いわ。だから明日はちゃんとお仕事している正人と一緒に過ごすの。せめて正人が仕事をしているところを一緒に居てあげたいし。それにいいものが手に入ったんだから。きっと中身を知ったらかなめちゃんの態度も一変するかもよ!」
うれしそうにサラはそう言った。確かに司法局実働部隊での唯一の彼氏持ちである彼女は島田とクリスマスくらい一緒に居たいだろうと推測されて一同は苦笑いを浮かべた。
「なんですか?」
誠は馬鹿娘のサラの言う『いいもの』がいいものである確率がじゃんけんで勝つ確率程度なことを学習していたので疑いの目でサラを見つめながら尋ねた。
「蟹よ!超高級タラバガニ!こんなことでも無いと滅多に食べられないんだから!」
アメリアがうれしそうに叫んだ。かなめとカウラはなんとなく納得したような表情でアメリアのうれしそうな顔を眺めていた。
道場の入り口で手を振る母、薫の姿が見えた。誠は母親に向って突然の来訪者の訪問に苦笑いを浮かべた。カウラとアメリアが冷やかすような視線を彼に向けてくるのがわかった。
「本当に仲がいいのね。かなめちゃん、うらやましいでしょ?」
そう言って見つめてくるパーラにかなめは思わず顔を赤らめた。そしてそのまま足を玄関に向けた。
「そう言えば西園寺さんのお母さんて有名な剣術家で……」
誠の家の道場の迫力のある木造の建物を見上げながらパーラは話題をかなめに振ろうとした。
「お袋の話はするなよ。あの顔を思い出すと折角の蟹が水の味になる」
かなめはパーラにそう言うと足を速めた。
「ええ、かなりしごかれたらしいわよ。すっかりトラウマになったみたいで」
「アメリア!聞こえてんぞ!」
怒鳴るかなめにアメリアは思わず首をすくめた。誠も仕方なくかなめやカウラと玄関へと向かった。引き戸を開いて入った玄関には大量の大きな白い発泡スチロールの容器が積み上げられていた。
「これ……全部蟹?」
「そうよ!」
呆れたようにつぶやくかなめにアメリアは元気良く答えた。誠も空の容器を見つめながらその量の多さにただ圧倒されていた。
「北海ズワイ……本物か?最近のこう言う表示の紛らわしいのは何とかならないのか?」
カウラのつぶやきに誠も苦笑した。遼州には魚類はなぜか地球の日本近海に居る魚は生息しているが地球のズワイガニはこの星にはいない。脊椎動物が遼州人という人類しかいなかったように甲殻類の進化は地球のそれとは明らかに違った。この『北海ズワイ』と呼ばれている『リョウシュウクモガニ』は見かけは確かに蟹と思えるが、足の数が二本多いのが地球の蟹とは違う点だった。美食家のクバルカ・ラン中佐に言わせると味はあっさりしすぎていて地球のズワイガニより劣るという話だった。
「でもまあこれは誰が金を払ったんですかね。これ結構な値段しますよ」
呆れながら誠は靴を脱いだ。かなめは誠を待たずに奥の洗面所に走って行った。
「隊長に決まっているじゃない……オートレースで大穴当てたんだって!私達が今日暇してるって言ったら、ちょうどいいのがあるって千要市場で買い占めてくれたのよ」
「よかったわね!誠ちゃん!蟹好きでしょ?」
背中からいきなりアメリアに声をかけられて誠はバランスを崩した。靴を脱ぎ終えたカウラが手を出さなければそのまま顔面から玄関のコンクリートにキスをするところだった。
「脅かさないでくださいよ。顔面からこけるところだったじゃないですか」
パーラは満面の笑みを浮かべながら体勢を立て直す誠に手を貸した。
「ごめんなさい。でもこれで今日は蟹鍋ができるのよ。みんな楽しくって……」
そう言うとサラはサンダルを脱いでそのまま道場へ向かう廊下を小走りで消えていった。
「楽しそうだな」
誠を待ってくれているカウラに笑顔を向けながら誠はようやく靴を脱いで立ち上がった。
「でもこんなに食べるんですか?これってかなりの量ですよ。それに鍋が……たぶんこう言うところだけはしっかりしているアメリアさんのことだからそれは用意してあってバスに積んであるんですね。失礼しました」
明らかに伊達では無い量に誠はただ圧倒されていた。
「ちゃんと手を洗って!今の時期はインフルエンザの季節なんだから!気を付けないと駄目よ!」
道場の方からの母の叫びに苦笑いを浮かべながら誠はそのまま廊下を奥に進んだ。
「良いわね、お母さんて」
「そうですか?面倒なだけですよ」
パーラの言葉につい出た言葉に誠は頭を掻いた。そんな誠をカウラは静かに見守った。
「なんだよ、早くしないと全部食っちまうぞ」
洗面所に向かう廊下から顔を出したかなめがそう言って笑った。誠は仕方がないと言う表情でそのまま洗面台に向かった。
「お前もちゃんと手ぐらい洗えよ」
「余計なお世話だ」
いつものように一言多いかなめにカウラがやり返した。
「本当に二人は仲良しなのねえ」
サラの言葉にかなめとカウラが見つめあった。次第にその表情が複雑なものになった。
『どこがですか!』
声をそろえて二人が言うのを見て手を洗っていた誠が噴出した。それを見るとすぐさまかなめの手がその襟首を捕まえて引き倒した。
「おい、どういうつもりだ?あ?」
かなめはそのまま誠の利き手の左手をつかむと後ろにぎりぎりと締め上げ始めた。
「どういうつもりも何も……」
「西園寺、ちゃんと躾をしておけ」
カウラは引き倒されてじたばたしている誠を横目に見ながら、優雅に手を洗っていた。そしてその水音と暴れる誠の音ににまぎれて玄関の引き戸を開く音が聞こえた。
『はじめちゃうからね!』
『いいぞ!アタシも行くから待ってろ!』
廊下でサラとかなめの叫び声が響いた。
「冗談抜きで西園寺はすでに始めているだろうからな。こういう時のあいつは気が早すぎる」
笑みを浮かべているカウラについて道場へ向かう廊下を急ぎ足で進んだ。
「かなめちゃん!もう蟹を入れちゃったの?」
アメリアの声が響いた。道場にはテーブルが五つほど並んでいた。上にはそれぞれ土鍋とその隣に山とつまれた蟹。
中央の一卓だけ、もう湯気が立っていた。かなめの占拠したテーブルの鍋から湯気が上がり、その中にかなめが蟹を放り込んでいた。
「まあすぐに茹で上がるわけじゃないからいいですよ」
薫の声にこたえてカウラは微笑んだ。
「そうそう!蟹はちゃんと火が通らねえとな」
そう言って上機嫌なかなめの手にはすでに芋焼酎が握られていた。そのラベルを見て誠は母に近づいて小声でささやいた。
「いいの?母さん、それ親父の秘蔵の焼酎なんじゃないの?」
おどおどとした誠に薫は笑顔を浮かべていた。
「あら、大丈夫よ。代わりに麦焼酎のおいしいのを頂いたから。惟基君にはちゃんと感謝しておいてね」
そんな薫を見てうなずきながらかなめは次々と蟹を鍋に入れた。
「そんなに入れても仕方ないだろ?それより野菜を入れろ」
自然とかなめの座っているテーブルに着いたカウラは対抗するように白菜を鍋に投入した。
「だってアタシは野菜食べないし……」
かなめはそう言うと蟹を鍋に放り込んでいた手を休めてグラスに焼酎を注ぎ始めた。
「あ!待っててくれなかったの?」
母屋から遅れて入ってきたサラの一言が道場に響いた。にんまりと笑ってかなめがサラを見上げた。
「オメエは飛び入りだろ?遠慮しろよ」
そう言いながらかなめは乾杯を待っていた。それを見てパーラは自分のテーブルにサラを招くと周りを見回した。
「カウラさん……」
そう言いながら後ろのケースから冷えたビールの瓶を手にして誠はカウラに向けた。
「今日ぐらいはいいか……」
「明日も飲むくせに何言ってんだか」
カウラをいつものようにかなめが茶化した。それを無視するようにグラスを手にしたカウラは誠の注ぐビールをうれしそうな顔で見つめていた。
「えーとそれじゃあ失礼するわね」
それぞれのテーブルにはお互い運航部の女性士官たちは、互いにビールを注ぎ合い、グラスを掲げた。今日もこういう時は損な役回りで帰りの運転手と務める予定のパーラだけはペットボトルから注いだ烏龍茶が入ったグラスで引きつった笑みを浮かべていた。
「まあいろいろと忙しいみたいで今年は部隊での忘年会は出来そうにないから」
「あのーアメリア?趣旨が違うんだけど」
思わず突っ込むかなめに思い出したようにサラはどてらの袖を打った。
「えーとじゃあカウラちゃんの誕生日が明日と言うことで!おめでとう!」
『おめでとうございます!』
黄色い歓声が沸きあがる。誠は少し肩身が狭いと言うようにグラスを合わせて乾杯した。




