第56話 制圧十秒、違和十年。
エレベータが減速を始めた。その時の重力の感覚が誠は気に入っていた。そんな誠をカウラは厳しい表情で見上げた。
「神前、お前はバックアップだ。もし法術師の気配が有ればいつでも『光の剣』と『干渉空間』を展開してフォローできるように準備しておけ。中佐や日野や茜警部との法術訓練の成果でどちらも『法術増幅システム』の補助なしに展開できる貴様だ。最前線でアレを使うレベルで無いのは確かだが、もし単独犯では無く法術師の支援を受けているのならそのどちらの法術も敵にとっては脅威になる。西園寺はそのまま犯人の視線を引くように動け。常日頃『囮は得意だ』と言っているその証明を今こそ見せろ」
カウラの一言にかなめは自信ありげにうなずいた。
「オーケー!人質は任せた!神前、悪かったな!アタシの見るところオメエの出番はねえ!アタシ一人で瞬殺だ!」
かなめはそう言うと銃を構え直した。その銃口が天井を向くのとドアが開いたのが同時だった。
まず飛び出したのはかなめだった。そのまま目の前のイタリア料理の店の大きな窓をかすめるようにして走っていった。
一方、カウラは静かに銃を両手で握り締めながら反対側の寿司屋の前を進んだ。カウラはハンドサインで誠に静かに前進するように指示を出した。誠も慣れないリボルバーをちらちらと見ながら彼女に続いて滑りやすいデパートの食堂街の廊下を進んだ。銃を持ちながらも常に強大な力を持った法術師の介入に備えて銃を捨てて、最近では何の媒介も持たずに展開できるようになった『光の剣』で一撃でその相手を仕留めて見せる覚悟は誠には出来ていた。
客の避難は完了しているようで人影はまるで見えなかった。
「奥の肉料理のレストランでアルバイト店員が二名拘束されているわけだ。まず西園寺が……」
そう言いかけた所で銃声が一発響いた。その音にカウラの表情は一瞬で曇る。
「あの馬鹿!私が行くまで撃つなと言ってあっただろうが!神前!急ぐぞ!アイツは放っておくとそのまま実行犯を射殺しかねん!なんとかそれだけは止めないと意味がない!」
カウラはそのまま犯人が立てこもっているレストランに走った。
レジ横の暗がりを抜けて銃を構えたカウラと誠の目に震えながら抱き合っている二人のアルバイト店員の前でかなめが頭を掻いている光景が目に飛び込んで来た。
「痛てえ!血が!血が!」
レストランの前で右腕から血を流して長い茶色いコートを着た若い男がうめいていた。確かにその男がかなめが映像として誠の携帯端末に送って来た犯人だった。
「馬鹿か!貴様は!ちゃんと私達が到着するまでなぜ待てない!銃が撃てれば人質なんてどうなってもいいのか貴様は!それにこの男が単独犯で無かったときはどうするつもりだ?もし、この男が法術『演奏術』で操られた傀儡で本命の法術師が動き出したとしたら貴様はどう責任を取るつもりなんだ!」
カウラは大声で平然と痛みに苦しむ犯人に銃口を向けているかなめに向けて怒鳴った。その剣幕に人質にされていた二人の女性アルバイト店員が一斉にすすり泣き始めた。誠がそのまま人質に近づくと、二人は緊張感の糸が切れたと言うように銃を手にした誠に抱きついた。
「大丈夫ですか?もう安全です……西園寺さん……カウラさんの言う通りですよ!法術の気配は感じませんが常日頃『戦場では何が起きるか分からない』と言ってるのは西園寺さんじゃないですか!それが何も考えずに突撃して発砲するなんて無謀すぎます!」
二人にしがみつかれながら誠は犯人の拳銃を手にとって笑っているかなめを見つめた。だが、時折誠をちらちら見つめる視線にはどこと無く殺気のようなものが漂っていた。
「撃ったのは威嚇じゃない、制圧射撃だ!銃を持っている敵は見つけ次第無力化する!これは軍事の常識だ!アタシは元非正規部隊員!その常識に従ったまでだ!」
まったく悪びれもせずに撃った銃の銃口をちらちら見ながらいかにも気に食わない銃を撃ったことに不快感で一杯のかなめを誠はにらみつけた。
「そんなかなめさんルールはどうでもいいんです!大丈夫ですから!もう終わりましたから!」
少女達の頭を誠は自然になでていた。そこでさらに黙って慣れない借り物の銃の安全装置をチェックしているカウラも厳しい視線を誠に向けてきていることに気づいた。そんなカウラの表情に気づいたかなめは満足げに犯人から奪った拳銃をかざして見せた。
「馬鹿扱いするけどな。この状態で人質に銃口向けてたんだぜ?そこであの馬鹿な犯人が引き金を引いたら人質は死ぬんだ。その状況下なら普通はこっちから撃つだろ?場合においては臨機応変!状況は何時だって変わってるんだぜ?それに今のところ神前の顔を見ると法術師の反応はねえ……だったら問題ねえじゃねえか?」
そう言ってかなめは犯人から奪った銃をカウラに手渡した。銃の後ろを見るとハンマーが下りた状態だった。オリジナルモデルのノックダウンモデルのトカレフならば通常はシングルアクションで作動する。東和でも内戦の国ベルルカンやいまだにトカレフを正式拳銃にしている遼帝国からの密輸品でトカレフを使用した犯罪が多い東和での警察での東和で使用される銃の作動上の特徴で誠もトカレフはハンマーが下りた状態ではいくら引き金を引いても決して弾が出ることは無いことは知っていた。胸を撫で下ろす誠だが、カウラはそうは行かなかった。
「西園寺の言うことは一理あるようにも思えるが、本当にそれが常に通用する理屈には私には思えないな。もし万が一、貴様が撃った弾が反れたらどうするつもりだ?いつもの弾道を完全に記憶しているスプリングフィールドXDM40とは違うんだぞ……もしその弾が人質側に逸れたらとか言った状況は考えられなかったのか?」
カウラは何かきっかけさえあればいつでもすぐ発砲するかなめに向けてそう叫んだ。
「こいつの弾道はすべて頭の中にあるからな。まず外さねえよ。アタシは生身じゃねえからな……便利な身体だろ?羨ましいか?」
そう言うとかなめは誠にまとわり付いている二人のアルバイトに手を伸ばした。
「怖かったのか?もう安心だ」
手を差し伸べてくるかなめを見るとなぜか二人とも誠から離れて今度はかなめにしがみついて泣き始めた。かえでをはじめかなめは同性をひきつけるフェロモンでも出ているんじゃないだろうか。誠はかなめにしがみつく二人の少女を見てそう思いながら手にした銃の置き場に困っていた。
それを見て大きく息を付いた後、カウラは銃口を通り魔の男に向けた。男はまだ腕を押さえたままで痛みに顔をゆがませながら倒れこんでいた。
「それでは……」
カウラが銃を構えたまま男を組み敷こうと手を伸ばした瞬間だった。
誠は法術のもたらす直観に駆られてカウラと男を突き飛ばしていた。誠が感じたそれはまるで威圧感のようだった。
男が倒れていた廊下の床が白くきらめく刃物で切り裂かれた。遅れて、焦げた匂いが鼻を突く。その床材と金属のこすれる音を感じてカウラが振り返った。
「なんだ!神前!状況を説明しろ!」
振り返った先にできた刀傷のようなものを見て、カウラの目は驚きから状況を分析しようとする指揮官のものへと変わった。
「神前!法術の反応は!有るんだろ!どこからだ!」
かなめの言葉で誠は精神を集中した。そしてその時いくつかの思念が遠ざかりつつあるのを感じた。先ほどまでまるで何も感じなかった自分の甘さを後悔しつつ些細な感覚も取りこぼさないようにと意識を集中した。
消えたはずなのに、そこだけ空気が冷たいままだった。
先ほどの何者かの物理的攻撃を察知はできたが、その干渉空間を生み出す波動はすでに消えていた。そしてただ、痛みに痙攣する通り魔の恐怖だけが誠の脳にこびりついて離れなかった。
「さっき、僕が二人を突き飛ばした時に凄いのを感じましたが……かなり遠距離のもので僕の『干渉空間』で跳べる範囲外からのものです……相手の方が僕よりはるかに上の腕前です……それも一瞬のことで……今はとりあえず……特には……」
誠はそれしか言うことができなかった。カウラとかなめが顔を見合わせた。そして床に突然できた傷に驚いて泣き止んでいた少女達がかなめにまとわりついてまたすすり泣き始めた。
「おい、カウラ。まだ下のお巡りさん連中は来ねえのか?いい加減女にモテるのはもうこりごりだぜ。まあこれがかえでなら喜ぶシチュエーションかもしれねえがな」
二人の女性アルバイトに抱きしめられてうんざりした表情でかなめはそうつぶやいた。
「はい来ました」
突然の声。かなめの後ろに立っていたのは手に野菜の袋を抱えたアメリアだった。
「やっぱりジゴロよねえ、かなめちゃんは。女の子を二人も手玉に取るなんて……どんな魔法を使ったの?さすがあの『王子様』かえでちゃんのお姉さんと言うところね。私も納得だわ♪」
二人の少女に抱きつかれているかなめをじろじろと見た。アメリアの後ろに立っていた女性警察官が毛布で二人をくるみ、彼女達がゆっくりと立ち上がるまでかなめは少女に抱きつかれながらアメリアに対する怒りでこめかみをひくつかせていた。
「なんでテメエがここにいる?それとさっきなんでアタシ等と同行しなかった?まったくちゃっかりしたもんだよ。さすが中佐殿だな……大したもんだ」
そう尋ねるかなめにアメリアは自分の身分証を見せた。そして左手の指で身分証の右肩を指し階級の表示を誇示してみせた。
「まあ階級が高いといろいろと便利なの。カウラちゃんがパトカーをかっぱらって出かけた後に来た刑事さんの車に乗せてもらったのよ。かなめちゃんも兵隊さんなんだからわかるでしょ?軍隊では階級がすべて。軍隊風の軍隊の階級が生きている司法局でもそれは当てはまる訳……分かった?」
満足げに笑うアメリアにかなめは明らかに食って掛かりそうな雰囲気を持ってにらみつけた。
「協力感謝しますが……とりあえず銃を」
緊張感ゼロのアメリアの後ろから現れた機動隊の制服の警部補に言われてかなめは銃を手渡した。カウラが組み敷こうとしていた犯人はすでに機動隊員が取り押さえていた。出血がひどいらしく、両脇を隊員が抱えながら連行されていった。
「神前。さっきのあれはなんだったんだ?あれは明らかに証拠隠滅を狙ったものだった……神前の反応を感じた途端に引いたところから見て神前がいなければ私達は全員死んでいただろう……違うか」
落ち着いたと言う表情の誠を見つけたカウラに尋ねられて誠は神妙な顔で彼女を見つめ返した。
「わかりませんよ……ともかく急に来ましたから。確かに僕の存在に気付いた瞬間に法術の反応が消えたのは事実ですけど。監視カメラとかからこの状況を外部から見ている法術師がいれば干渉空間を一瞬だけ展開してあの犯人の殺害をすることができるだろうとは思いますが……なんでそんなことをするのか……」
誠にも明らかに第三者である強力な法術師がカウラと犯人の殺害を図った事実しか分からなかった。
「そうなるとあの通り魔実行犯の取調べには法術特捜の茜警部に手を貸してもらわなければならないかな……これは明らかに法術犯罪……つまり法術特捜の捜査範囲内の事件だ」
カウラの言葉に誠は同意するようにうなずいた。
「法術特捜。年末だと言うのに早速のお仕事か……まあ茜なら大丈夫か。アイツも神前と同じで彼氏いない歴=年齢だし。アイツはフリーの弁護士時代から仕事が恋人。仕事の無い人生はアイツには価値はねえんだろうからな」
かなめとカウラはそう言うとそのまま彼女達の周りに現れた鑑識の捜査官達に現場を任せてちらちらと二人を見ながら付いて来いと言うような表情の先ほどの警部補のところに向かった。
「私は無視?せっかくのお野菜をどうするのよ!」
立ち去ろうとするかなめ達に向けて野菜の入った紙袋を手にしたアメリアはそう叫んだ。
「まあいいわ。行きましょう……誠ちゃん♪」
カウラとかなめに無視されたアメリアは嬉しそうに誠声をかけていかにも軽快な足取りでその後ろについて来た。




